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「高プロ法案の狙いとするところ」(神田靖美)

【ニュース・事例から読む給料・人事】
第9回「高プロ法案の狙いとするところ」

神田靖美氏 (リザルト(株) 代表取締役)

前回のこのコラムで、高度プロフェッショナル(高プロ)はけっして働かせ放題ではなく、働かせることができる時間や日数には限度があるということをお話ししました。

この言い方が適切かどうかは別として、「残業代ゼロ」に近い労働条件を容認する法律がすでにあるにもかかわらず、高プロ法案が出てきたのはなぜか、今回はこれについてお話しします。

■「課長以上には残業代を払わなくても良い」は誤解

高プロの構想が出てきた背景には、現在の労働時間法制が不備なことがあります。
 
高プロを待たずとも、すでに法定労働時間や法定休日が適用されない人たちがいます。「管理監督者」と「裁量労働のみなし労働時間制」が適用される人たちです(ただし後者には、法定休日は適用されます)。しかしこれらの制度には不備な点がいくつかあります。
 
まず管理監督者は、具体的にどういう人のことをいうのかが明示されていません。「課長以上は残業手当を払わなくても良い」と理解している人がいますが、これは誤解です。労働省(現在の厚生労働省)が1977年に、「都市銀行その他の金融機関における管理監督者の範囲」として、本部の部長、次長、副部長、課長であるとする通達を出しました。これが拡大解釈されて、課長以上の肩書を与えて役職手当さえ払っていれば、残業手当の支払いを免れられると理解されたのが発端です。

管理監督者といえるかどうかに関する裁判所の判断は非常に厳格で、人事に関していえば、部下の採用や解雇に関する最終的な決定権を持っていることが条件です。このような部課長が世の中にどれだけいるでしょうか。おそらく全体の10%もいないはずです。裁判で管理監督者であると認められた例は極めて限られています。

■管理監督者は働かせ放題なのか

管理監督者についてはさらに大きな問題があります。法定労働時間や法定休日の例外とするということがどういうことなのかが明らかにされていないことです。「これ以上働かせてはいけない」「これだけは休ませなければならない」という規定がないということは、字義通り解釈すれば、365日24時間働かせても構わないことになります。

常識的に考えて、そのようなことはあり得ませんが、これについて法律は何も言っていません。前回このコラムで述べたとおり、高度プロフェッショナル法案には「勤務インターバル」や「健康管理時間」、休日の確保など、労働時間を制限する規定がありますが、管理監督者にはこのようなものがありません。

管理監督者に該当するかどうかについて争われた、「日本マクドナルド事件」という有名な裁判がありますが、あの判例は「日本マクドナルドの店長は管理監督者ではない」という判断を示したのであって、「管理監督者といえども働かせ放題ではない」という判断を示したわけではありません。

さらに、後述する「企画業務型裁量労働制」では、どのような社員をその対象にするか、労働基準監督署長に届け出なければなりませんが、管理監督者についてはそのような規則もありません。「会社が管理監督者と呼べば管理監督者」という状態が通用しているのが実情です。

■裁量労働は範囲が狭すぎる

もうひとつの、労働時間・休日規制の例外である「裁量労働のみなし労働時間制」は、管理監督者とはちがって、労働時間・休日に関する歯止めがあります。まず、休日勤務までみなし労働時間に入れることはできません。休日勤務をさせた場合は休日勤務手当を払わなければなりません。残業手当は不要というより、みなしで払うことが認められているのであり、何時間働いているとみなすかは労使で公正な手続きを経て決めなければなりません。会社側が一方的に決めることはできません。

裁量労働制の問題は、これを適用できる労働者の範囲が狭すぎることです。裁量労働制には「専門業務型」と「企画業務型」の2種類があります。専門業務型裁量労働制は大学教授や弁護士など具体的に21の業務が列挙され、適用できるのはそれらの業務に限定されています。

一方、企画業務型裁量労働制では細かい業務の限定はなく、企画といえるような業務でさえあれば導入することができます。その代わり導入について、労使双方の代表で構成される労使委員会の8割以上の多数による決議が必要で、しかもその決議を労働基準監督署長に届け出なければなりません。手続きが煩雑です。

裁量労働制は適用範囲が狭すぎるか導入手続きが煩雑すぎるかで、本来労働時間や休日の規制から除外すべき労働者を除外しきれていない可能性があります。

このように、現状の労働時間・休日規制からの除外制度は不備な点が目立つので、いっそ白紙に戻して新しい除外制度(エグゼンプション)を作ろうというのが「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」構想です。高プロはその第一弾で、アメリカで「高額賃金エグゼンプト」と呼ばれているものの日本版です。

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神田靖美氏(リザルト(株)代表取締役)

1961年生まれ。上智大学経済学部卒業後、賃金管理研究所を経て2006年に独立。
著書に『スリーステップ式だから成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)『社長・役員の報酬・賞与・退職金』(共著、日本実業出版社)など。日本賃金学会会員。早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。

「毎日新聞経済プレミア」にて、連載中。
http://bit.ly/2fHlO42