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「未払い残業問題をどう解決するか」(下)(神田靖美)

【ニュース・事例から読む給料・人事】
第13回「未払い残業問題をどう解決するか」(下)

神田靖美氏 (リザルト(株) 代表取締役)

■基本給ではなく賞与の切り下げで
 
前回はこのページで、弁護士の向井蘭氏が推奨する未払い残業解消策として、基本給を切り下げる方法を紹介しました。
 
しかし私はむしろ、基本給ではなく賞与を切り下げることを提案します。「方法」というのもはばかられるほど単純な話で、残業代はきちんと払います。基本給はもちろん今までどおりに払います。当然、月々の人件費は増えますが、代わりに賞与を減らします。
 
もちろんこの方法とて「会社」「サービス残業をしてきた社員」「サービス残業をしてこなかった社員」の三方良しではありません。人件費の総額を増やすことなくサービス残業を解消するとしたらこうするというものにすぎません。

この場合、不利益を被るのはいままでサービス残業をしてこなかった社員です。賞与が減る分だけ年収が減ってしまいます。しかし賞与をいくら支給するかということについては、労働契約で何も言っていないので、少なくとも労働契約上は文句を言えません。
 
また、この方法はもともとの賞与原資が少ない場合には使えません。しかし厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によると、日本の企業(従業員10人以上)は平均で、1年間に、所定内給与(残業手当を除く給与)の2.9か月分の賞与を払っています。

これは大雑把に計算して、残業代386時間分に相当します。年間386時間ということは、1か月あたり32時間です。すべての社員が残業をしているわけではないので、平均すれば月間32程度の残業時間に収まり、賞与から残業代にシフトするという方法が使える会社もたくさんあるはずです。
 
やはり向井蘭弁護士が推奨するとおり、できれば人件費全体のパイを少し大きくするということと、未払い残業が時効を迎える、2年が経つまでトラブルを起こさないように注意するということに関しては、私も同意見です。

■人件費削減策だと誤解されないために
 
賞与原資の決め方として、「ラッカープラン」と呼ばれる方法があります。事前に労働分配率、すなわち付加価値(営業利益+役員給与+役員賞与+従業員給与+従業員賞与+福利厚生費+支払利息)に占める人件費(役員給与+役員賞与+従業員給与+従業員賞与+福利厚生費)の割合を決めておいて、それに対して事後的に残った人件費を賞与原資として支給する方法です。
 
たとえば付加価値が1億円で、事前に決めた労働分配率が75%であったとすれば、人件費は7,500万円ということになります。7,500万円から、基本給や残業手当、福利厚生費など、すでに払ってきた人件費を引いて残った金額を賞与の原資とします。残らなければ賞与支給は見送られます。今まで払っていなかった残業代を払うとすれば、当然、サービス残業に甘んじていたころに比べて、賞与に回される額は少なくなります。

ラッカープランを使うことによって、賞与原資を残業代に回すことが、体の良い人件費削減策であると誤解されることを避けます。従来並みの労働分配率を維持することを宣言すれば、賞与を減らすことに対して社員からの理解も得られるでしょう。

■賞与を続けるべき理由は見当たらない
 
賞与は日本企業独特の慣行です。考えてみれば、年収の相当部分が、会社側の裁量で決められてしまうもので占められているというのは奇妙な話です。
 
一般的に、賞与にはインセンティブ(努力する意味)としての機能と、人件費の変動費化(経営が苦しい時には少ししか払わない)としての機能があると言われています。

しかし実際にこれらの機能が果たされているかどうかについては、否定的な見方も少なくありません。普通に考えても、会社員が賞与をインセンティブにして働いているようには思えません。人件費の変動費化ということについても、経営者が賞与の額を「いくらでも良い」と考えているようには見えません。賞与について、想定されている機能がもし働いているとすれば、日本企業だけでなく世界中の企業が採用しているはずです。

要するに賞与には、これからも続けた方が良いと断言できるような明確な根拠はありません。そうであれば、未払い残業の解消と引き換えに廃止または縮小を検討する価値は十分あるはずです。

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神田靖美氏(リザルト(株)代表取締役)

1961年生まれ。上智大学経済学部卒業後、賃金管理研究所を経て2006年に独立。
著書に『スリーステップ式だから成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)『社長・役員の報酬・賞与・退職金』(共著、日本実業出版社)など。日本賃金学会会員。早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。

「毎日新聞経済プレミア」にて、連載中。
http://bit.ly/2fHlO42