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「転職大国に学ぶ、大リストラ時代のサバイバル術」(神田靖美)

【ニュース・事例から読む給料・人事】
第14回「転職大国に学ぶ、大リストラ時代のサバイバル術」

神田靖美リザルト(株) 代表取締役)

■銀行員はそんなに使えないのか
 
みずほフィナンシャルグループ(FG)が19,000人の人員削減を、三菱UFJFGが9,500人相当の、三井住友FGが4,000人相当の、それぞれ業務量を削減すると発表しました。

このようなリストラ話が出ると、やれ銀行員は受け身的だとか、ビジョン構築力が弱いとか、専門性が低いとか、要するに他社で通用するスキルが乏しいという意見が堰を切ったように湧き出てきます。

私はこれらの言説に違和感を覚えます。銀行と言えば、メガバンクだけでなく地方銀行も第二地方銀行も、それぞれの地域では学生の就職人気企業であり、同世代の中でも優秀な人が就職する職場です。私も銀行員の方を何人か知っていますが、彼らはみな聡明です。

■人はみな、わが社でしか使えない能力を財産にしている
 
まず、他社に行ってすぐに戦力にならないのは銀行員だけではありません。お金を生み出すもとになるもののことを「資本」といいますが、その中で人の体の中にあるもののことを「人的資本」といいます。知識や経験、人脈などは典型的な人的資本です。

人的資本はさらに、どの会社に行っても役に立つ「企業一般的人的資本」と、特定の会社でしか役に立たない「企業特殊的人的資本」に分けられます。

外国語やパソコンの操作方法、簿記の知識などは典型的な「企業一般的人的資本」です。これに対して、わが社にしかない機械の操作方法や社内の人脈、わが社の顧客に対する理解などは、まれに社外でも通用する場合もありますが、通常は「企業特殊的人的資本」です。そして人は通常、「企業特殊的人的資本」のほうを多くの割合で活用して所得を得ています。これは労働経済学では常識です。
 
コンサルティングで企業に伺うと、ほとんどの経営者の方は「わが社は特殊だ」とおっしゃいます。これは「わが社は企業特殊的人的資本の塊だ」と言っているのと同じことです。

■「つぶしが利く」人なんていない
 
あるいは、企業は分業の利益を追求するためにあります。アダムスミスが「国富論」の中でピン工場を例示していますが、そこでは一人の職人が針金をピンに換えるのではなく、針金を引き延ばす係、まっすぐにする係、切断する係、先をとがらせる係、頭をつける係などに分担することによってコストを抑え、低価格化、大量生産して利益を得ています。

現代の企業はアダムスミスの時代とは比べ物にならないくらい細かく分業化していて、大企業になるほど高度に分業化しています。中小企業の社員は一人で何役もこなしていますが、その代わり一つ一つの業務に大企業の社員ほど習熟していません。いわゆる「つぶしが利く」などということは幻想です。

■「職業大学」の自分版
 
しかしそうはいっても、いったん職を失ったら再就職が厳しいことは事実です。広く外の世界に眼を向けよとか、既成の成功パターンと決別せよとか、好奇心を持てとか言う処方を提示する専門家がいますが、そのような精神論で解決できる問題であるとは思えません。
 
来るべき大リストラ時代への備えとして、解雇が広範に認められている社会での労働者の生き方として、「スウェーデン方式」あるいは「アメリカ方式」ともいうべきモデルが参考になります。
 
スウェーデンは労働生産性が日本より34%も多い、世界で有数の豊かな国ですが、彼の国の労働政策は「積極的労働政策」と言われています。

①余剰人員がいるということが、解雇の正当な理由になる
②最低賃金を、労働者が十分生活可能な水準に設定し、それが払えない企業には退出を促す
③失業者は政府から生活費の補助金を受けて職業教育を受けることができる
などがその特徴です。

特に③に関しては、「職業大学」という2~3年制の教育機関があり、学費は無料で、在学中は子供の数に応じて生活費も支給されます。
 
リストラ対策としてのスウェーデン方式とは、これを自分でやることです。いざとなったとき、大学や大学院、専門学校など、職業教育を受けられるよう準備しておきます。

残念ながら日本政府は離職者に学費や生活費を支給してくれませんから、それらの費用は自分で準備しなければなりません。そして進学先も、無試験で入学できるような安易なものではなく、スウェーデンの職業大学が倍率3倍であるように、入学試験があるところを選ばなければなりません。無試験で入学できる教育機関で学んだくらいで、企業一般的人的資本は身につきません。もちろん、そうした学校に合格できるだけの学力も用意しておかなければなりません。
 
「転ばぬ先の杖」で、失職する前に資格を取っておくというのは反対です。実際に失職してみなければ、そのときの有望産業はわかりませんし、予想外に現在の職場に長く勤められた場合、せっかく身につけた知識や技能を忘れてしまうからです。

■転職支援を頼む
 
アメリカは日本よりはるかに転職が盛んな社会です。労働者の平均勤続年数は日本の3分の1以下です。多くの人は、現在の職場に特に不満がなくても、日常的に転職サイトをチェックしたり、転職仲介業者と交流したりして、より条件が良い仕事を常に探していると言われています。
 
そういうアメリカの転職市場を支えているのが、転職支援のサービスです。職務経歴書の書き方や面接対策などを有料でサポートするプロがいます。こうしたプロの力を借りるのが、「アメリカ方式」というべき方法です。
 
私はこのように文章を書くことも仕事の一つにしているので、職務経歴書の書き方がわからないという人から相談を受けることがあります。見せてもらうと、たいていの人は一つの仕事についてせいぜい1行から2行程度の、箇条書きのようなものしか書いていません。これは当然で、普段文章を書いていない人が、いかに自分の職業とはいえ、1,500字(最低でもこのくらいは必要です)の文章を書けるはずがありません。
 
日本にはまだ転職支援サービスの市場がありませんが、職務経歴書は編集者やライターに、面接はカウンセラーに相談すれば、より洗練されたものができるはずです。
 
スウェーデンでは、労働者を雇うことは原材料を仕入れるのと同じことだと考えられていると言います。アメリカでは「随意雇用の原則」といって、解雇に理由は要りません。そのような社会でも人々は十分生活しているということを強調しておきます。

*参考文献
①湯本健治、佐藤吉宗『スウェーデン・パラドックス』(日本経済新聞出版社、2010年)
②宮本弘暁『転職市場に見る日米労働市場の違い』(日本労働研究雑誌2018年1月号所収)

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神田靖美リザルト(株) 代表取締役)

1961年生まれ。上智大学経済学部卒業後、賃金管理研究所を経て2006年に独立。
著書に『スリーステップ式だから成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)『社長・役員の報酬・賞与・退職金』(共著、日本実業出版社)など。日本賃金学会会員。早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。

「毎日新聞経済プレミア」にて、連載中。
http://bit.ly/2fHlO42