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「平成30年 春の九段界隈のできごと」(日比恆明)

特別リポート
「平成30年 春の九段界隈のできごと」

日比恆明氏(弁理士)


        写真1

今年の東京の気候は異常に暖かく、昨年の3月の平均気温に比べて3.5度も高くなりました。特に、3月14日、15日は最高気温が22度にまで上昇し、29日には24度となって早くも夏日を観測しました。その結果、桜の開花が早まり、例年であれば3月26日が開花日となるのですが、今年は17日に開花宣言となりました。

その後、21日は降雪となり気温が一時的に下がったのですが、また気温が上昇し、24日には満開となってしまいました。例年の満開日は4月3日なので、10日も早く満開となったことになります。

すると、4月には桜は散ってしまい、私が出掛けた7日には桜の木には桜花は一輪も無く、葉桜を愛でるという結果となりました。こんなに桜の開花、満開が早くなるのは地球温暖化の影響によるものではないかと思われます。20年後には2月中に花見が終わってしまうことになるかもしれません。
 
写真1は、北の丸公園で春の宴会を楽しんでいる人達です。桜花は散ってしまい、葉桜となった桜木の下で、三々五々と知人同士やママ友同士が弁当や酒を持ち込んで楽しんでいました。桜が満開の日であれば、芝生の上には無数の宴会客の輪ができていたことでしょう。

この写真から、庶民が公園で春を楽しむ雰囲気を読み取ることができるのですが、実は千代田区で宴会できる場所が限られているのです。千鳥ケ淵は歩道が狭いためかなり前から宴会が禁止され、靖国神社では昨年から宴会や屋台の出店が禁止されています。このため、千代田区で飲食できる桜の名所は、JR中央線に沿った外濠公園しかないのです。
 
昨今では、都内では花見で宴会することができる公園が減ってきているのです。新宿御苑では飲食はできますが、飲酒は禁止されています。御苑には幼児や子供を連れた家族が多いからでしょう。桜の名所の谷中霊園は3年前から宴会が禁止されました。宴会の後始末をしない宴会客が多く、ゴミが散乱する問題があったためだそうです。多摩霊園も墓参りの人達の邪魔になるという理由で、宴会はできません。北の丸公園は都心にあって、飲食・飲酒ができる珍しい場所なのです。
 
今年二月に国立博物館では「仁和寺展」が開催されました。仁和寺の境内には「御室桜」の林があり、京都では江戸時代から続く桜の名所なのです。

仁和寺展には京都から僧侶が出張していたので、仁和寺での花見について問い合わせたところ、すでに7年前から宴会および屋台出店を禁止しているとのことでした。宗教と遊山とを区分けするために決定したとのことでした。今後は、全国的に桜の名所での宴会が禁止されていくのではないかと予想されます。

テレビや新聞などでは、春になると上野公園での酒盛り風景が報道されていますが、ここだけは特例なのです。花見で酒を飲み、酔って羽目を外す、ということは落語の世界だけになりそうです。


        写真2

この日、北の丸公園にある武道館では明治大学の入学式が行われていました。都内にあるマンモス大学の殆どは入学式、卒業式を武道館で開催しています。その理由は、武道館の収容人員が1万4千人以上であるためで、他に代替えできる施設が見当たらないからです。

今年、武道館で入学式を開催する大学は、東京電機大学、法政大学、帝京大学、専修大学、東洋大学、明治大学、日本大学、東京理科大学、東京大学でした。

その昔、日本大学は両国に日大講堂という巨大な施設を保有していたため、全ての大学行事を自己施設内で開催できました。しかし、1983年に日大講堂は国技館となったため、日本大学も武道館を借りなければならなくなりました。

        写真3


        写真4

さて、明治大学の入学式には全国から新入生とその家族が参加し、会場前で記念写真を撮影していました。子息が目標とする大学に合格したことから、親としては感慨深いものがあるのでしょう。武道館の入口には新入生とその親が列をなしていました。

その列の側で耳を澄ませていると、中国語、韓国語などの外国語が聞こえてきました。中国、台湾、韓国などの外国からの新入生とその家族と思われ、国際化に伴い結構な人数を確認できました。子息の入学式のために、両親がわざわざ来日してきたのでした。外国から入学式に参加した家族は、母国ではそれなりに裕福な方でしょう。


        写真5

入学式の会場近くには仮設の売店が店開きしていて、大学関係のグッズを販売していました。この売店では「明治大学饅頭」なる商品を販売していました。新入生の親が購入し、故郷の親戚縁者に配り、子息が入学したことをお披露目するためのお土産となるでしょう。各売店は大学が公認した業者のようで、キーホルダー、名入りノートなどを販売していました。入学というおめでたい日なので、親の財布が緩むことを期待しているようです。


        写真6

写真6は靖国神社の標本木で、この桜木に数輪の桜花が芽吹くと東京で開花したことを宣言しています。4月7日の標本木は全ての桜花が散っていて、完全な葉桜の状態でした。桜花を愛でることはできませんでしたが、新緑の色彩は瑞々しいものでした。これから始まる初夏に向けて、緑色を濃くしていくことでしょう。


        写真7

境内の染井吉野の桜花は全て散っていましたが、所々に植えられた遅咲きの八重桜はまだ咲いていました。しかし、染井吉野に比べると本数が少なく、周囲の緑色にかき消されて目立っていません。写真7は茶店の前の桜木で、薄桃色をしているため周囲の樹木に比べてここだけが華やかとなっています。しかし、この桜花は造花であり、茶店が毎年ここに立てているものです。


        写真8

この日の午後2時半から「靖国神社の桜の花の下で同期の桜を歌う会」が開催されました。桜花が散った7日に開催されたのは、この会が毎年4月の第一土曜日に開催する、と決められているからです。

こうして、葉桜の下での軍歌の歌唱が始まったのですが、例年に比べて参加者が激減していました。ざっと見て3百人程度であり、昨年の三分の一くらいと思われました。主催者は例年のように会場を設営していたのでしょうが、参加者が少なく、警備の守衛も手持ちぶたさでした。

参加者が激減していた理由の一番は、当然のように桜花が散ってしまったことですが、二番目の理由として当時の天候があります。天気予報では午後になると小雨になると発表していて、気温も寒くなると報じていました。参加者の多くは寒さに弱い高齢者であることから、出足をためらった人が多かったと推測されました。


        写真9

今年も、大村益次郎の像の下でコーラスガールがエレクトーンの伴奏に合わせて軍歌を歌っていました。昨年のコーラスガールは7名でしたが、今年は10名に増えていました。彼女たちを近くで観察すると、失礼ながらそれほど若くはなく、中年の方ばかりでした。

以前(10年以上前)は、銀座にあった軍歌バー「トップクラブ」で歌っていたホステスがコーラスガールとして出演していたのですが、バーが閉店してからはつながりが無くなりました。最近は自由参加ということで、一般からコーラスガールを募集しているようです。

今年初めて見かけたコーラスガールに職業を尋ねたところ、無職であり、年に1回だけこの会にだけ参加している、とのことでした。どうも、参加しているコーラスガールの半数はどこかの酒場や宴会に出演しているプロのようですが、残りの半数はアマチュアのようでした。カラオケなどで歌うことが趣味の人は多いのですが、女性であって軍歌を歌うのが趣味という人は珍しいのではないでしょうか。


       写真10


       写真11

この日、会場では熱心に軍歌を歌うおばさんトリオを見かけました。戦前生まれとしても戦中派という年齢ではなさそうです。軍歌が好きな男性は比較的広い年齢層に見かけられますが、戦時経験が無いのにもかかわらず軍歌が好きという女性は珍しいことです。どのような影響で軍歌が好きになったか、次回にでも尋ねてみようと思います。


       写真12