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「平成30年みたままつりの靖国神社」(日比恆明)

特別リポート
「平成30年みたままつりの靖国神社」

日比恆明氏(弁理士)

平成30年7月14日に靖國神社の「みたままつり」に出掛け、境内で見聞したことを報告します。今年のみたままつりは第72回目となりました。
 
最近の国際的な大ニュースは、何と言ってもシンガポールで開催されたトランプ大統領と金委員長による米朝首脳会議でしょう。現役の米朝首脳が直接会談するのは歴史上初めてのことであり、会談の行方がどのようになるか注目されていました。会議の目的は、北朝鮮の核とミサイルの開発中止とアメリカによる制裁の解除です。

予想に反して会談は短時間で終了し、トランプ大統領は「北朝鮮は非核化に合意して、成功裏に終わった」と宣言しました。しかし、多くの消息筋が睨んだとおり、金委員長は簡単には核兵器を廃棄する気はなさそうです。会談後の北朝鮮情勢をご覧になればお判りになるでしょう。こうなると、トランプ大統領は米軍を動かして局地戦を開始するかもしれません。中近東ばかりか極東アジアでもきな臭くなってきました。
 
海外の情勢はさておき、国内では6月下旬から7月上旬にかけて中国・四国地方では大変な豪雨となりました。3日間で1年間の降雨量の1割が降ったことになり、過去最多の降雨量となりました。あちこちの河川が氾濫しましたが、濁流というよりも砂や石が混じった土砂流となり、住宅や田畑を土砂が覆う被害となっています。土砂の厚さは1メートルにも達した地域もあり、生活の再建には大変な苦労が必要かと察せられます。
 
豪雨が過ぎ去ったと思ったら、今度は7月に猛暑日が続くことになりました。全国200カ所で35度以上となり、多治見市では40度を記録しました。地球は温暖化の傾向にあるのですが、こんなに気温が上昇すると日本は熱帯化になるのでは、と危惧しています。

       写真1

靖国神社の「みたままつり」では、神門に巨大な七夕飾りが吊り下げれています。この飾りは毎年宮城県護国神社から奉納されていて、地元では「笹飾り」と呼ばれているものです。七夕飾りの頂部は球形になっていて、ここは人の霊を表しているとのことです。派手に見えるのですが、本場仙台の七夕飾りはもっと派手であり、丈も長いようです。多分、神門の大きさに合わせて短く、地味にしているのではないかと思われます。

        写真2

何時ものことですが、参道の両側には約1万灯の大型献灯が掲げられていました。どの神社でも献灯はあるのですが、これだけの数の献灯は全国でも珍しいようで、靖国神社の名物となっているようです。

さて、不思議に思われるのは、20年以上も献灯の数が変わらないことです。献灯の多くは戦友会や遺族からのものであり、多くの戦友会は解散しており、直接の遺族は少なくなっています。すると、献灯の数は年々減少していくはずなのですが、そのような兆候はありません。靖国神社が無料で掲げてくれるほど甘くはなく、初穂料を払わなければ献灯を掲げてくれません。

献灯の数が減らない理由の一つに「永代献灯」があります。十数年分の献灯料を払うと、永代に渡って献灯してくれる制度です。解散した戦友会などでは、解散する際に永代献灯に切り換えており、そのまま献灯が継続しているようです。

しかし、平成27年をもって永代献灯の制度は廃止されました。今後は、献灯を維持するための献金を募集する制度になるようです。

       写真3

神門よりも内側の境内には有名人、著名人が揮毫した色紙を入れた懸ぼんぼりが吊り下げられています。色紙には、新聞や雑誌などで良く見かけることできる有名人、著名人が確認できます。参道の左側には政治家、有名人の色紙が、右側には画家、芸能人、関取などの色紙が吊り下げられています。

参道より中門の前を左右に折れ曲がった通路の脇にも色紙が吊り下げられていますが、こちらはそれほど有名ではない人達によるものです。どのような基準で出品者が選択されているのか知りたいところです。

        写真4

今年も、写真4のように小泉純一郎氏の揮毫が吊り下げられていました。「過則勿憚改」という書で、「過ちを犯したら、躊躇せずにすぐに改めよ」とい意味なのだそうです。何を改めるのか、意味深長というかどこか曖昧な表現でした。なお、今年も安倍晋三氏の揮毫は見つけられませんでした。

       写真5

写真5は、陸軍大臣であった阿南惟幾の四男である阿南惟正氏による揮毫です。阿南氏は新日本製鉄の社長にまで上り詰めた経済人であり、父親とは別の意味で成功した人です。どういう訳か、阿南惟正による揮毫は毎年「鎮魂」です。同じ色紙を毎年使い回しているのか、と勘繰ったのですが、過去の色紙と比べてみると微妙に筆跡が違っているため、毎年同じ文字を揮毫しているようです。どうも、阿南氏はこの文字にこだわりを持ってみえるようです。

        写真6

何時も参道の中門に一番近い場所に並んで吊り下げられているのは、裏千家の千玄室氏(左)と千宗室氏の揮毫です。何れも家元であるため、筆跡には味のあるものでした。

        写真7

こちらは横綱の白鵬の揮毫です。色紙を何度見ても白鵬とは読めず、何かのイラストではないかと勘違いしそうです。モンゴルには漢字が無いはずで、もしかしたら白鵬は漢字が書けず、サインの意味での揮毫かもしれません。

       写真8

数多くある色紙の中にはこんな変形の揮毫もありました。「夜露死苦」と書かれていて、これで「よろしく」という意味になります。かっては暴走族が良く使っていた文字です。遊びのつもりで書いたのか、それともこれが本音なのか理解不能です。書いた本人はプロレスラーの横山佳和氏です。毎年4月には奉納プロレスが興行されている関連で、横山氏の色紙が掲げられたのではないかと推測します。おまけに、◎のマークもあって、このような色紙では情けなくなる、と感じられるのは私ばかりではないでしょう。

        写真9 

       写真10  

       写真11

今年の懸ぼんぼりでは、イラストの色紙が極めて多くなったのが特色です。画家やイラストレーターなどによるもので、それなりに上手いものばかりでした。若い人達にとっては、何やら難しい漢字が書かれて意味不明の色紙より、絵や漫画の方が直観で理解できるのかもしれません。

写真10は小林よしのり氏によるもので、ほぼ毎年のように日本軍に関連した漫画を提出しています。

写真11は西原理恵子氏によるもので、「毎日鳥頭」という意味不明の文字が入っていました。西原氏の色紙は今年が初めてでした。

       写真12  

       写真13

       写真14  

       写真15

さて、ことしの靖国神社の敷地内では、柵による規制が目立っていました。特定の場所に若者達がたむろしないようにしたものと思われます。写真12は神社への入口にある坂で、死角となるような空き地に入り込まないようにしていました。参拝者が参道の中央を移動するように導いていました。

写真13は社号標であり、回りを柵で囲ってありました。この石垣に腰掛ける輩を防ぐためでしょう。

写真14は茶屋の前の参道であり、茶屋の入口を除いて柵が設けられていました。毎年、茶屋の前に参拝者がたむろするため、飲食する人達を茶屋の中に誘導するために設けたと思われます。

写真15は臨時の喫煙所であり、柵の内だけで喫煙しなさい、と規制していました。まあ、この規制はいたしかたないことですが。

       写真16
 
柵による参拝者の動線の規制はしかたないことですが、今年は参道に沿って休憩のためのベンチが用意されてました。暑さで疲れた人達にとっては、足を休めることができて有り難いことです。ベンチをもう少し多く提供してもいいのではないかと思われました。

      写真17

       写真18

さて、平成27年から、みたままつりでは屋台の出店が禁止されました。若者が多数集まり、未成年者による飲酒や喫煙が目立ち、傷害などの事件が多発していたからでした。ネットでは「ナンパ祭り」とも呼ばれ、不良青年が集まる場所と化していました。
 
今年から屋台の出店が認められましたが50店だけで、最盛期の四分の一程度となりました。屋台が許可された場所は、大村益次郎銅像の周囲で、参道に沿って半円形となるように屋台が配置されてました。屋台の数は少なくなったのですが、狭い場所に密集するように営業しているため、逆にここにだけ参拝者が集中していました。
 
例年のみたままつりでは総参拝者数は約30万人でしたが、屋台が禁止された年は半分の15万人に減少したそうです。しかし、今年は屋台が復活したことから参拝者は増加し、従前のように約30万人となったのではないかと推測されました。


       写真19

       写真20

夏の夜に浴衣を着て出掛けるとしたら、夏祭しかありません。会場内で盆踊りがあれば、なお浴衣にピッタリの風情となります。しかし、夏祭と言っても何か楽しみがなければ若い女性は出掛けません。

若い女性にとっての楽しみとは、屋台での買い食いや金魚すくいなどの遊びです。さらに、暑さによる気だるさを感じながら、暗がりの中で何か非日常的な体験ができる、という期待感もあります。

昔から夏祭には何か猥雑感があり、それが若者を引き寄せる理由でした。昼間に開催される秋祭りには健康的なものを感じられますが、夜間に開催される夏祭はどこか卑猥なところが感じられます。
 
さて、今年になって靖国神社のみたままつりで屋台が復活したことから、浴衣を着た若い女性がぞろぞろと集まってきました。すると、若い女性をナンパしたい若い男性が集まってきて、境内は数年前と同じような猥雑な雰囲気となっていました。こうなると、以前のようなナンパ祭りが復活したことになります。テレビ朝日のニュースでもこの点を取り上げて、ナンパをする若者の実態を報道していました。
 
英霊の御霊を慰める、というみたままつりの本質を追求するのであれば、例えば25歳以下の若い女性の参拝を制限するか、屋台の全面禁止をするかの何れかでしょう。参拝者は多くしたいがナンパの横行は困る、という相反する問題です。来年のみたままつりでは、靖国神社の判断によって状況が変わってくるでしょう。

       写真21

この日のお楽しみは日本歌手協会による「奉納歌謡ショー」です。開演は午後7時ですが、私は午後5時には席取りをして最前列を確保できました。今年の出演者は、写真21で左から、貴津章、北岡ひろし、あべ静江、原田直之、多摩幸子、九重佑三子、田辺靖雄、大川栄策、合田道人、こまどり姉妹、ポニージャックスとなります。貴津章、北岡ひろし、多摩幸子、大川栄策は初出演となります。
 
貴津章は「男酒」という演歌で売れているようなのですが、まだ知名度は薄いようです。ネットで検索すると、あちこちのチャリティーコンサートに顔を出しているようです。要するに入場無料のイベントで歌って知名度を高めるよう努力しているのです。歌手も売れていくためには大変なのです。
 
多摩幸子は歌手の菊地章子の妹で、「北上夜曲」で大ヒットしました。この日も北上夜曲をソロで歌ってくれました。今年75歳ですが、若い人のような柔らかい声をしていました。ただ、語尾がハッキリしないのが気にかかりました。
 
大川栄策は当然のように「さざんかの宿」を歌ってくれました。声が鼻に抜けるようなところがありましたが、声量があって楽しめました。30年前にはラジオからは毎晩のようにこの歌が流れ、懐かしくなりました。
 
あべ静江は連続の出演なのですが、何時も同じ膝上たけの白いドレスを着ていました。衣装を楽しむのではなく、歌を楽しむのであるため、衣装が同じであっても別に問題はないのですが。何か気にかかりました。


       写真22

夕刻から歌謡ショーが始まると、シートの上に座った観客は熱心に拝聴してみえました。観客の殆どは60歳以上の高齢者ばかりで、年に一度の無料ショーが楽しみなのです。写真22では、舞台で原田直之が歌ってくれましたが、今年は持ち歌の「相馬盆唄」ではなく「あざみの歌」でした。声にハリがあり、境内に声がビンビン響きます。どういう訳か、この人は歌い始めると身体を斜めにする癖があり、くの字形に曲げて歌っていました。

       写真23

このところ連続出演しているのがこまどり姉妹です。両人とも今年80歳となり、声は老人特有の少し嗄れたようなところもありましたが、持ち歌の「ソーラン渡り鳥」を歌うと昔と同じような声量でした。やはりプロの意識は違うものです。


       写真24

二年ぶりに出演した九重佑三子は「ウエディング・ドレス」を歌ってくれました。最近は滅多に聞くことの無い歌だ、と思ったら50年以上前のヒットでした。九重佑三子もナツメロの範疇に入ってきたようです。しかし、70歳を越してもスタイルは良く、遠目から見ると外人風の顔つきでした。

       写真25

今回の異色の出演者は北岡ひろしで、着物姿で出演してました。なんでも、歌手協会会員で唯一の女形の歌手なんだそうです。歌と踊りを披露してくれましたが、目をつぶって聴いていると、やっぱり男の声なのでした。
 
この歌謡ショーで歌手が歌う歌詞は2番までと決まっているようです。3番以降は歌ってくれません。ショーの最後で司会の合田直人が、「全曲をお楽しみなるのであれば、11月に開催されるコンサートにご参加下さい」と歌手協会の宣伝をしていました。

要するに、全曲を聴きたければ有料のコンサートでお願いします、ということです。プロの歌手の歌を無料で聴けるのは、2番までなのです。

       写真26

歌謡ショーが終わった午後9時前の参道ではこの状況でした。夜が更けても若い人達ばかりで、こんな人込みとなっていました。それもこれも屋台が復活し、浴衣姿の若い女性の参拝が増えたことが原因なのでしょう。来年からは何か対策を講じていただけないでしょうか。