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「貿易戦争中間総括、米国隆盛、中国退潮の潮目に」(前編)武者陵司

武者陵司の「ストラテジーブレティン」vol.3- (前編)
「貿易戦争中間総括、米国隆盛、中国退潮の潮目に」
~衝突回避が秋口からのリリーフラリーをもたらすだろう~

武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)

アメリカの本気度が見え、中国の狼狽が明らかになってきた。しかし関税引き上げに始まる米中貿易戦争は、世界景気と市場を深刻な困難には導かないだろう。米国経済は絶好調、依然リセッションの影は地平上には表れていない。

中国では景気テコ入れにより一定の成長と市場の安定化が画策されている。懸念されるグローバル・サプライチェーンの遮断は起きるとは考え難い。

トランプ氏の強面政策は成功するだろう。第一に米国経済の圧倒的優位が明白なこと、第二にアメリカがけんかを仕掛ける相手は、中国であっても誰であっても、二つの理由により相手側が譲歩せざるを得ないから。
1. アメリカは世界最大の顧客であり、お客様は神様であること、
2. 唯一の決済手段ドルの威光が顕著になっていること、
による。

アメリカ経済の一人勝ちと中国経済の衰弱、という長期趨勢はほぼ明らかである。中国に集中していた、グローバル・サプライチェーンの大転換が進行し、台湾、ベトナムなどの受益国も現れよう。

当面の市場の焦点はひとえに強い米国。1. 米国景気拡大持続、2. ドルの威光顕著に(新興国問題はドル調達不安問題)、3. 強いドルが米国国益に(輸入物価上昇を抑え貿易収支改善、米国企業の対外購買力強まる)。強い米国経済(=ドル)が世界経済を押し上げる構図がはっきりとすることで、秋口から市場はリスクテイク環境に入ると考えられる。

図表1:ドルの長期趨勢(実質実効レートの推移)

(1)アメリカの本気度鮮明に、後悔する中国

・アメリカは対中覇権戦争の火ぶたを切った
政策の本丸、対中貿易戦争が始まった。就任2年目に入り、トランプ政権は米中貿易戦争を引き起こし、中国の覇権台頭の阻止に乗り出した。

選挙期間中、就任初日に中国を為替操作国と認定すると主張してきたことをいよいよ実施に移した。中国のアンフェアな経済台頭と覇権追及に対するアメリカの拒絶感は、今やトランプ氏を毛嫌いするメディア、民主党からアカデミズムまで完全に一致している。

もはやアメリカは手綱を緩めない、貿易に・軍事に・外交に・為替に2月以降対中通商要求と関税の引き上げ、などのペナルティー措置を次々に打ち出した。ソーラーパネルと大型洗濯機に対する通商法201条に基づく緊急輸入制限発動、鉄鋼・アル
ミ輸入関税、対米貿易黒字削減計画要求、500億ドルの対米輸出品目に対する輸入関税、2000億ドル分に対する追加関税と、制裁は際限なく強まっている。

サイバースパイによる技術盗用、アメリカ企業に対する技術移転強制、自国企業への法外な補助金の停止、さらにはハイテク覇権奪取計画「中国製造2025」の停止などが求められているとされるが、トランプ政権の要求はそれにとどまらないだろう。

8月に成立した2019年度の国防予算と国防政策を決める国防権限法では、ZTE(中興通ジン)や華為技術など中国ハイテク企業製品の使用禁止、対米外国投資委員会(CFIUS)の権限強化、中国の環太平洋合同演習(リムパック)参加禁止などが盛り込まれた。

他方で台湾との国交を事実上認める台湾旅行法が2月に成立しており、全面的中国封じ込めというアメリカの意図が明確になっている。またムニューシン財務長官はことあるごとに人民元の低め誘導をけん制している。

・狼狽する中国、懐柔策と景気弥縫策を繰り出さざるを得ず
トランプ政権の徹底した中国叩きは、トランプ氏から友人との甘言を得ていた習近平氏にとっては、想定外だっただろう。長老を交えた年一回の北戴河会議では対米政策に批判が出たと推測されている。中国国内での党主導のプロパガンダに変化が表れている。習主席をたたえる言葉が消え、中国の産業技術躍進を誇る言葉が消えた。メンツを維持しつつも、対米国では懐柔策を打ち出し、摩擦の激化を沈静させる道を探りつつあるとみられる。

アメリカの究極の狙いは中国に過度に依存したグローバル・サプライチェーン(特にハイテク)の再構築であることは明らか。かつて2000年代の初めの10年間に、中国は国家資本の際限ない投入と補助金により、鉄鋼の世界生産シェアを10%台から50%に引き上げた。同様にソーラーパネルでは日米欧の競争相手をなぎ倒し世界シェア80%を獲得した。

今や液晶でも中国シェアは3割強と世界最大になっている。自動車用バッテリーでは7年前に設立されたCATLが、パナソニックを抜き世界一となった。さらに移動体通信機器では中国のZTE、ファーウェイ二社で世界シェア41%を握り、米日欧企業を大きく引き離している。今や中国はハイテク立国に焦点を絞り、最先端技術で世界を支配しようとしているのであるが、アメリカがそれを容認することはあり得ない。

図表2:主要国特許出願件数
図表3:中国の留学生と帰国者数


図表4:中国の業種別実質GDP成長率(2017年、速報値)

(2) 世界経済と市場への悪影響は限定的

・米国で選択的物価上昇だがマクロへの影響は今のところ軽微
関税引き上げのマクロ経済への影響はいまのところごく軽微である。ソーラーパネル、洗濯機、鉄鋼価格は顕著に上昇している。他方中国の報復関税の影響で価格競争力を失った米国産大豆価格が下落しているが、トランプ政権は補助金を創設すると言明しており、影響は限定的であろう。対中輸入減により米国に生産が回帰すれば、それは米国の生産を押し上げるというメリットもある。

図表5:米国鉄鋼価格推移
図表6:米国大豆価格推移

関税引き上げは対中輸入価格の上昇をもたらすが、それは、
1. 最終消費価格に転嫁される、
2. 高価格となった中国から他国へ輸入先が変わる、
3. 中国が輸出船積み価格を引き下げる、
4. 米国の総需要が減少する、
という4つの可能性を引き起こす。

懸念されるのは4. の需要押し下げであるが、現在の好況下では深刻にはなるまい。物価上昇圧力が抑制されている現在の環境下では、玉突きによる消費者価格上昇の影響は大きくはない。ちなみに最大見積もって、対中輸入額2500億ドル×25%=625億ドルの関税引き上げがすべて米国消費に転嫁されたとしても、それは個人消費額14兆ドルの0.4%である。

株価も底堅い。米国株式はトランプ大統領が当選して以降一年余りで40%上昇し、2月のVIXクラッシュで12%下落したものの、すでにほぼ下落を取り戻すなど、世界最高の成績である。

・アメリカ経済の一人勝ち、リセッションの影が見えない
アメリカ経済の独り勝ち色がますます強まっている。3~4%の経済成長率が視野に入っているのは先進国の中ではアメリカだけである。失業率は4%をきり、完全雇用をほぼ実現している。低迷していた物価もFRBの目標の2%がほぼ達成された。日本と欧州はゼロ金利にもかかわらずインフレ率が高まらず、長期金利の低迷が続き、銀行の利ザヤが極小となり、信用創造が事実上停止する「流動性の罠」に陥ったままである。

その中でアメリカだけは、長期金利が上昇に転じ十分な長短金利差の下で、銀行貸し出しが増加し、金融機関の収益体質は大きく強化されている。2019年6月にアメリカが10年という戦後最長の景気拡大記録を更新することはほぼ確実であろう。好況なのに物価も金利も抑制されている、だから景気を殺す金融引き締めも、バブルの崩壊も起きようがないのである。この経済力を支えているものがインターネット、クラウドコンピューティング、スマホ、AIなどを駆使した新産業革命における圧倒的リーダーシップである。

・景気テコ入で中国経済は目先順調
他方中国は、米中貿易戦争のマイナス影響を回避するためにいち早く金融緩和を打ち出し、沈静化した不動産価格が騰勢を強め始めた。また西部辺境地域への高速鉄道建設など、インフラ投資を増やし始めた。景気急降下が通貨金融危機を引き起こした2015年の教訓は生きている。

・米中首脳の対話によりサプライチェーンの遮断という悪夢は回避されよう
最大の懸念は世界経済を破局に導くグローバル・サプライチェーン遮断・途絶だが、それは考えられない。トランプ政権が性急にすべてを求め、米中通商関係を破壊するとは考えにくい。今やハイテク製品の最大の組み立て基地は中国であり、アメリカ半導体各社の最大の売り上げ先は中国である。例えば対中売上比率はスマホのコントローラーを一手に担うクアルコムが65%、マイクロン・テクノロジーが51%と過半を占めている。

この中国依存のサプライチェーンを改変することが究極には必要だとしても、それはアメリカ企業のビジネスモデルの大転換を伴うことであり、長期にわたる作業を必要とする。短兵急の対応は米国にとっても自殺行為である。グローバル企業は対中投資を激減させ、中国から台湾、ベトナムなどの他国への生産シフトを急ぎつつも、しばらくは、今の国際分業体制を維持せざるを得ないだろう。

米中貿易戦争の当面の世界経済、アメリカ経済に対する影響は限定的であろう。

図表7:米国の品目別対中貿易バランス
図表8:米国半導体メーカーの対中依存度

中国商務部次官訪米するなど、協議が進行している。米中首脳間の対話の道は確保されている。

(次号に続く)

 

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■武者 陵司
1949年9月長野県生まれ。1973年横浜国立大学経済学部卒業。大和証券(株)入社、企業調査アナリスト、繊維、建築、不動産、自動車、電機、エレクトロニクスを担当。大和総研アメリカでチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長を経て、1997年ドイツ証券入社、調査部長兼チーフストラテジスト。2005年副会長就任。2009年7月(株)武者リサーチを設立。
 
■(株)武者リサーチ http://bit.ly/2x5owtl