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「実業家の目で見た『コスタリカの奇跡』」(前編)(小島正憲)

小島正憲氏のアジア論考
「実業家の目で見た『コスタリカの奇跡』(前編)
                              
小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)

数か月前、いつもお世話になっている旅行社(富士ツーリスト)から、「コスタリカの旅」という案内状が送られてきた。それを読んで始めて、私は、コスタリカが「常備軍を持たない国」であることを知った。

またその案内状には、「池住義憲立教大学大学院元特任教授が引率する“コスタリカの奇跡を学ぶツアー”」というキャッチフレーズが付いていた。ちょうど8月には予定が入っていなかったので、私はさっそくそれに応募した。

8月21日から29日まで、この旅が参加者35名(ただし女性が25名、男性が10名。しかも高齢者が大半で、若年女子が4名、若年男子はツアーコンダクターのみ)という大人数で催行された。コスタリカ滞在が実質的に5日という短期間だったが、内容はきわめて豊富だった。

以下に、私がコスタリカで学んだものと感想を、独善的で木を見て森を見ない雑文だと思うが、記させていただく。
なお第1部は池住教授らが作製されたよびかけや資料からの引用、第2部が私の感想である。

■第1部 「コスタリカの旅」の概要

《よびかけ》
憲法で、常備軍としての軍隊を廃止した国コスタリカ。「兵士の数だけ教師を!」「トラクターは戦車より役に立つ」「兵舎を博物館に」「銃を捨てて本を持とう」などをスローガンにして平和を創ってきたコスタリカ。世界のモデルとなっているコスタリカの平和教育実践を学ぶと共に、環境、自然、文化についても学びたい。人々の息吹き、生への情熱に触れ、共生を考える出会いと交わりの旅です。安倍政権のもとで憲法9条改憲の動きが加速しつつある今、それに備えて、憲法を、9条を、原点に立ち戻って考える「平和づくりの旅」、共生を考える「出会いと交わりの旅」にしたい。

《サンホセでの面談の目的》
日本では今、「戦争放棄」「戦力不保持」「交戦権否認」を明記した9条を含む現行平和憲法を変更する動きが起こっています。そうした「今」だからこそ、憲法で常備軍としての軍隊を廃止し、平和を創ってきた国コスタリカの歴史経緯と現状を直接訪問して学び考えたい。コスタリカの人たちとの交流・対話の中で、日本社会に生きる主権者として、今後の生き方、平和づくりの取り組み方を強める機会にしたい。

素晴らしい国だと拍手するのではなく、それを築いた具体的な努力やこれまでの社会の地ならしなどを伺い、日本がその足跡をたどるためのヒントを見つけたい。そのことから、国のリーダーだった方たちにお目にかかりたい。そして今もその基礎を作っている教育関係者の方にもお目にかかりたい。
(事前に現地へ連絡した文面より)

◆《サンホセでの面談及び関連訪問スケジュールなど》
8/22(水) 09:00 国会訪問  11:00 選挙最高裁判所訪問  
        15:00 オスカル・アリアス元大統領面談 ※大統領私邸
8/23(木) 09:00 レプブリカ・デ・ハイチ小学校訪問  11:30 子ども博物館訪問(子ども模擬選挙担当者面談)
        15:00 ジャーナリスト協会メンバーと意見交換会 ※ジャーナリスト会館
8/24(金) 09:00 オットン・ソリス前国会議員訪問 ※BCIEコスタリカオフィス  11:00 国立博物館訪問  
        13:00 ロベルト・サモラ弁護士面談 ※レストラン 17:00  コンスエロ・バルガス教師面談 ※ホテル
8/25(土) 08:00 自然観察クルーズツアー(タルコレス川) 
        17:30 自然保護区のナイトツアー(モンテヴェルデ)
8/26(日) 07:30 自然保護区の自然探索(モンテヴェルデ)

◆《コスタリカの基礎知識メモ》
1.概要
・面積:51,100km(九州と四国を合わせた面積)  
・人口:約486万人(2016年世界銀行。参考:ニュージーランド484万人、福岡県510万人)
・首都:サンホセ(標高1200m) 言語:スペイン語  宗教:カトリック教(国教 ただし信教の自由あり)
・民族:スペイン系及び先住民との混血95%、アフリカ系3%、先住民他2%
・機構:大統領を元首とする立憲共和制、立法権は国会(立法議会)、司法権は最高裁以下の裁判所、行政権は大統領及び内閣により行使。上記三権の他に、選挙最高裁判所、会計監査院、検察庁、住民擁護官(オンブズマン)、が強い発言権・影響力を有する。「七権分立」と呼ばれることもある。

2.大統領
・任期は4年、独裁者を作らない目的のため、連続再選は禁止
・8年以上の期間があいていれば再選可。ただし2期までに限る(2003年改正)
・得票率が40%以下の場合は、決選投票を行う
・行政権は、大統領及び内閣により行使される、閣僚は大統領によって任命され、国会議員との兼任ができない
・2018年4月の大統領決選投票で、市民行動党(PAC)のカルロス・アルバラド・ケサダ候補が選出され、5月8日に就任。税制改革や歳出削減による財政健全化や、国内の格差是正などを主な目標に掲げている。任期は2018年5月。

3.国会
・一院制。57名の議員により構成。議員の任期は4年。連続再選は禁止
・国会議員選挙は完全比例代表制。各党拘束名簿では、どちらかの性の候補者数を40%盛り込むこととされている
・国会会期は5月1日から7月31日及び9月1日から11月30日までの通常国会と、8月の1か月間並びに12月1日から4月30日の特別国会に分かれ、特別国会においては政府が法案審議優先順位を決定できる。一般法案の成立及び条約の批准には、1会期中2度の討論における承認が必要である。法案の成立に必要な票は、38.8票(2/3)

4.最高裁判所
・裁判官22名で構成。裁判官任期は8年。議会の2/3の反対のない限り、再選される
・最高裁判所、4つの法廷。 第1法廷:民事(行政問題)、第2:労働(家庭問題)、第3:刑事、第4:憲法

5.選挙最高裁判所
・1989年、オスカル・アリアス大統領によってつくられた。国民の基本的人権を守る人権裁判所(平和・人権・平等)の存在により「四権分立」ともいわれる
・選挙関連事項(告知、選挙委員会の設置、結果発表など)を総合的に担う
・3名ずつの判事及び予備判事は、最高裁判所の2/3の多数決で選出され、任期6年で再選可能
・選挙の6ヶ月前から警察権(公安警察に対する指揮権)を掌握する
・選挙日2日前から1日後までアルコール販売の禁止を行う(任務・機能は憲法第99~103条で規定)

6.教育
・1869年、初等教育の無償義務化を憲法に規定
・1949年憲法で「国家予算の6%を下回らないこと」(以後、8%に変更) 2017年度国家予算の28.7%が教育費
・義務教育は13年間(就学前2年、小学校6年、中等部3年、高等部2年)
・現在、施設の不足で小学校は2部制(または3部制)のところも多い。
・公教育省がガイドラインで大枠を示すが、実際は教員が現場に合わせて自主教材を作成する
・小学校:貧困者の多い地域で指定を受けた学校は1学級の人数は少ない(30人以下)
・試験があり、毎年6%が落第する。落第クラスがある。成績評価は年3回。
・障害児のための特別学級がある(最大12人くらいの学級)
・憲法第19条:「外国人も教育、健康ではコスタリカ国民と同じ権利を持つ」
・憲法第33条:「人間は国籍、人権、宗教にかかわらず誰しも平等である」

7.コスタリカの歴史
1502年 コロンブス、コスタリカを「発見」
1848年 コスタリカ共和国として独立
1948年 大統領選挙不正問題で内戦
1949年 コスタリカ憲法施行 (第12条で常備軍の廃止)
1983年 モンヘ大統領による永世非武装中立宣言 (世界で初)
1989年 オスカル・アリアス大統領、ノーベル平和賞受賞
2004年 大学生ロベルト・サモラさんが最高裁憲法裁判法廷に提訴 (2005年に勝訴)

■第2部  実業家の目で見た「コスタリカの奇跡」

1.平和の配当

①コスタリカ国民も日本国民も、「平和の配当」を享受してきた。

オスカル・アリアス元大統領は、自信に満ちあふれた顔で、「コスタリカ国民は“平和の配当”を、十分受け取っている」と言い切った。つまり「コスタリカ政府は軍隊を放棄し、その軍事予算を福祉や教育などの民生分野に回してきたので、コスタリカ国民はその恩恵に預かってきた」というのである。

たしかに教育費や医療費の全面無料など、コスタリカの福祉や教育などの民生面はきわめて充実しており、「平和の配当」という言葉はよく理解できる。もちろん、その面では日本国民も同様に、「平和の配当」を享受してきた。現在、日本は自衛隊の予算だけでも、約5兆円を費やしているが、もし日本が正式に軍隊を保持していたなら、かなりの軍事予算が計上され、その分だけ福祉や民生予算が大幅に削られていたに違いない。


《面談中のオスカル・アリアス元大統領―大統領私邸にて》

②日本にはコスタリカにはない、特有の「平和の配当」がある。

2017年度の日本の経常収支は、22兆円の黒字であった、ただし中身は、海外子会社からの配当などの所得収支が約19兆円の黒字、貿易収支が約4兆円の黒字、サービス収支が約1兆円の赤字。この数字を見れば、現在、日本経済が企業の海外投資の成功とその配当によって成り立っていることは明白であり、今後もこの傾向は続くと見られている。

今や日本は、かつての貿易立国から投資収益立国に変身しているのであり、それが今後の日本の生きる道なのである。実は、日本の海外進出企業が、海外で収益を上げることができているのは、「平和の配当」のおかげなのである。

すべての海外進出日本企業は、それぞれの企業の責任において、当然のことながら、丸腰で海外に進出している。また日本政府はそれらの企業を守るべき軍隊を持っていない。したがって進出先の国や企業は、日本企業を受け入れても、その背後にいる国家の有形無形の出動を警戒しなくてもよいので、純粋に経済面での損得勘定で受け入れを判断する。むしろ、日本企業が武力を背景にしていないので、組みやすい相手と考え、喜んで受け入れてくれる。

かつて中国企業の間では、「騙しても まだまだ騙せる 日本人」という流行言葉があった。このように進出先国の企業は、日本企業は御しやすいと考え、初めから警戒心を解き、友好的に振る舞う。これは日本企業が海外進出する際、大きなメリットとなる。

日本企業が海外進出し成功している大きな要因は、「日本が軍隊を持っていない」からである。このことは日本国民の間でも、あまり認識されていない。これは日本特有の大きな「平和の配当」なのである。

2.確立されたシステム

①国会                                  
私たちは国会内の議場に案内されて、議場の狭さに驚いた。だが、案内係から国会議員の総数が57名であることを知らされ、それに納得した。

《国会内議場》

コスタリカの国会は、いわば日本の地方議会のような規模なのである。しかもその国会議員の任期が4年で、連続再選が禁止されているということを聞き、コスタリカ社会には国会議員経験者が相当数いる計算になり、身近にも元国会議員がいることで、結果的に国会や政治が日本国民に比べてはるかに親しみやすくなっていると思った。

《議場脇のプレスルーム》

さらに議場の右横がガラス張りで、そこにプレスルームがあり、議会情報が国民に包み隠さず公開されるようになっている。また議場の後ろには喫茶室があって、議員たちが休憩したり、そこで白熱した議論を続行したり、逆に妥協したりできるようになっている。私は、それらのシステムを見聞しながら、コスタリカの民主主義システムはハード面でもかなり整えられているものだと思った。      

②選挙最高裁判所
国会から歩いて5分ほどの場所に選挙最高裁判所(併設:民主主義形成研究所)がある。これは1989年に、オスカル・アリアス大統領の発議によって作られたもので、主に選挙関連事項を(告知、選挙委員会の設置、結果発表など)を総合的に担うという。

選挙最高裁判所は日本にはないシステムで、コスタリカでは選挙が民主主義を守る重要なシステムとして位置づけられており、選挙を統轄する常置機関であり、コスタリカ国民は、このシステムを誇り高く「四権分立」と称している。さらに案内係から、この機関が選挙の6ヶ月前から警察権(公安警察に対する指揮権)を掌握することや、選挙日2日前から1日後までアルコール販売の禁止を行うとことを聞いて、私はその徹底したシステムに驚いた。

なお、この選挙最高裁判所は、コスタリカ国民の戸籍(住民登録)の登記管理を行う事務所と併設されており、案内係から、公正な選挙は国民の戸籍の厳重な管理が基礎となるとの説明を受けた。私は今まで、近代国家における戸籍管理は徴税や徴兵のためだと考えていたので、この説明にも驚かされた。

民主主義を守るこのシステムに感動しながら、私はこの建物の前庭に出たとき、なぜか、ふとドイツのワイマール憲法を思い出していた。

第一次大戦後のドイツのワイマール憲法は、当時、世界で最も民主的な憲法とされ、第1条では国民主権を規定していた。しかしそのワイマール憲法下で、いとも簡単に独裁者ヒットラーが生まれ、再びドイツを戦乱の渦に巻き込み、ドイツ国民だけでなく、世界中の人民に塗炭の苦しみを味わわせた。

つまりいかにシステムが完璧であっても、それを運用する人間の思想が拙ければ、そのシステムは活かされないということである。

私は、「果たして今、コスタリカ国民は、過去の人々が営々として築いてきたシステムを、引き続き守り、さらに発展させていく思想を堅持しているのだろうか」と思った。

(後編に続く)

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清話会  小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。