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「株式暴落の正体」(武者陵司)

武者陵司の「ストラテジーブレティン」vol.12
「株式暴落の正体」

武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)

■高予測能力AI専門家集団の登場

この株式市場の暴落によって相場の正体が見えた気がする。
12月25日、クリスマス暴落となった。日経平均株価は1,010円安、NYダウの下落も12月24日累計では14%と史上最悪に近い下落である。

本日(12/26)の日経新聞は、「複合株安に戸惑い、PBR1倍割れは行き過ぎ」との相場コラム(証券部次長 川崎健 氏)を掲載しているが、的確な分析であろう。

「ここまで下げる明確な理由がない。あえて言えば複合不況ならぬ複合株安」とし、コラムは「冷え込んだ心理とバリュエーションの低下でパニックに陥った投資家が売りに走り、掘り出し物を生み出している時に買うことだ」との米著名投資家ハワード・マークス氏の言葉を紹介して締めくくっている。

図表1:日経平均株価と一株当たり純資産、PBR の推移

リーマンショック級の経済悪化を予見しているとは考えられない。
現在の日米株価急落は到底ファンダメンタルズでは説明できないと感じられる。とすれば主たる下落要因は市場内部にあるのではないか。

トランプ当選後2年間で50%というスピード違反の株価騰勢が続いていた。そのさなかに10月4日のハドソン研究所でのペンス米副大統領の米中新冷戦勃発宣言と思われるスピーチにより、地政学的不透明感が強まった。

政治学者でWSJ紙のコラムニスト、ウォルター・ラッセル・ミード氏は「いよいよアメリカと中国は根底からの戦いの時代に入った。経済や市場関係者は、トランプ政権のこの転換を軽視している。国家安全保障が経済に優先する時代に入っていることを過小評価している」と述べ、市場の不安心理を高めた。

その環境下での、AIトレードによる市場のかく乱が大きく効いたのではないだろうか。ファンダメンタルズとは全く関係なく、市場の内部要因が株式暴落をもたらした典型はBlack Mondayであるが、現在との類似性が感じられる。

Black Mondayはポートフォリオ・インシュアランスという新種のコンピュータトレーディングによる自動売買が、1日で23%という巨額の自己実現的な株価暴落を引き起こした。今は最先端のAIとデータベースの蓄積により、あたかも天気予報のごとく予測精度を著しく高めている専門家集団が、市場に多大な影響力を持ち始めているようである。

私の友人にも常勝のAI専門家がいる。そうした新規AI専門家集団に対しては大多数の個人投資家や既存のクオンツやトレーディングシステム利用者は、まるで競争力がない。新規AI専門家集団の投資行動が今年に入ってからの異常な値動きを数々もたらし、市場のベテランの定石をことごとく打ち負かし、彼らに大きな損失を与えている。
しかしBlack Mondayがリセッションを引き起こすことなく2年で下落を取り戻したように、今回もそうなる可能性が高いのではないだろうか。

依然株式市場を覆う霧が晴れないが、長期上昇相場が続いている、との見方を変える必要はないのではないか。長期株価上昇と戦後最長景気拡大を終わらせるほどのマグニチュードの要因は二つ、
1. 米中貿易戦争、2. 米国金融引き締め
だが、まだまだ景気悲観論は時期尚早であろう。

■いずれ米中の妥協点が見えてくる

まず、米国の対中要求5項目は不公正行為に対するもので、中国は要求を全面的に受け入れざるを得ず、追加関税は回避される公算大。中国の半導体国産化率は8%に過ぎず、過半の供給を米国企業に頼っている。

他方、米国もスマホ、パソコンなどの大半のハイテク製品を中国から輸入しており、両国ともに相互依存関係を崩すことはできない。米国は対中圧力を最先端ハイテクなどに選択的に行わざるを得ず、全面対決は回避されよう。

ただ世界の多国籍企業の中国投資が急減しつつあり、習近平政権は政治的観点からそれを打ち消さざるを得ず、景気てこ入れに注力している。中国は民間企業債務の増加、ドル調達難などの困難はあるが、当面財政と金融緩和出動の余地は大きい。

以上から米中貿易戦争が世界リセッションの引き金を引く可能性は当面ないだろう。2019年の国防権限法は、最悪の場合、米国が標的にするファーウェイなどの中国企業とのドル取引を禁止するとの条項すらあり、それが発動されれば当該企業は即破綻し、世界金融危機の引き金がひかれる、とのシナリオがあり得る。しかし、トランプ政権がそこまで押し込むとは考えられない。

■流動性不安などない、FRBには大きな裁量力がある

あと一つの懸念、米国の金利の上昇と金融引き締めもFRBは大きな裁量の余地を持っており、景気を腰折れさせるとは考えられない。

12月初めのパウエル議長の講演以降、米国が利上げサイクルの終盤に近づいていることは明らか。その理由はインフレが加速しないからである。3%近い賃金上昇は続いているが、生産性の上昇により企業の価格引き上げプレッシャーは高くはない。

「好況」「低インフレ」「低金利」という組み合わせはあまりにも好都合すぎてにわかには信じがたいのであるが、この好都合すぎる現実がFRBの裁量権を著しく大きくしている。

12月18日のFOMCの直前に盛り上がった金融政策の転換期待が裏切られ、市場は大幅な株価下落、金利低下とドル安で反応した。FOMC直前に、それまでQEを批判してきたWSJ紙は社説で、ハト派への転換を主張し、マッチポンプ的役割を果たした。これに対してパウエル議長は景気に自信を見せることでその期待を一蹴した形であるが、どちらにしても小さな話である。

インフレリスクが封印されている現状では、必要とあらば利上げの停止または利下げ、QT(バランスシートの圧縮)停止またはQE(バランスシートの再拡大)となんでも可能である。上がったとは言え3%前後の現在の長期金利水準は名目経済成長率6%に比べるとまだ半分、金利が景気のブレーキになるには程遠い水準である。懸念される信用循環の暗転が起きる条件が整わない。

■市場は新年、再度アップサイドを試す

米中貿易戦争に関する不透明さが消えるのに伴い、年初の株安が癒され、ドルは緩やかに強くなっていくのではないか。足元、株価急落にも影響されて米国景気指標の軟化が見られ始めた。

FRBはアニマルスピリットを喚起するために、一段と踏み込んだ金融政策、利上げの停止とバランスシート圧縮の棚上げを打ち出すかもしれない、それは一時的にドル安をもたらすが、株式市場がそれを号砲にリスクテイクに向かうとドル高トレンドが復帰するだろう。

■ますます鮮明、長期ドル高趨勢

長期ドル高の二つの力を認識しておくべきだろう。

第一は世界経済における最後の切札、ドルの威光が日増しに高まっていることである。トルコ、イラン、北朝鮮、そしていずれ中国が深刻なドル不安に直面することになるだろう。ひとたびアメリカと対決しドル使用が禁止されれば、経済は干上がってしまう、という当たり前の現実を思い知らせる事態が、トランプ政権の国際政策において頻発している。

第二にドルは米国の強い産業競争力と経常収支の改善を通して、実態的にも強化されている。国際信用や国際投資に占めるドル比率が高まり、ドル需要を支えている。財政赤字増加による金利上昇圧力は限定的であろう。

 
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■武者 陵司
1949年9月長野県生まれ。1973年横浜国立大学経済学部卒業。大和証券(株)入社、企業調査アナリスト、繊維、建築、不動産、自動車、電機、エレクトロニクスを担当。大和総研アメリカでチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長を経て、1997年ドイツ証券入社、調査部長兼チーフストラテジスト。2005年副会長就任。2009年7月(株)武者リサーチを設立。
 
■(株)武者リサーチ http://bit.ly/2x5owtl