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「解消した二つの不確実性」(武者陵司)

武者陵司の「ストラテジーブレティン」vol.11
「解消した二つの不確実性」

武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)

■米中貿易戦争が米国リセッションの引き金を引く可能性はなくなった

万人注目のブエノスアイレス米中サミットが終わった。共同声明の発表はなく、米中双方の発表から全体像を推測するしかない会談であった。

 
日経新聞は「米国が年明けに予定していた中国への追加関税を猶予することで合意した。米中は知的財産保護など中国の構造改革を巡り協議を続けるが、米側は90日以内と期限を区切り、合意できなければ関税を引き上げる方針だ。交渉決裂による貿易戦争の激化は当面回避したが、抜本的な解決につながるかは不透明感も強い」と報じている。

但し、議題や交渉期限などを巡り両国の発表内容には食い違いが大きかった。米国側の声明では発動猶予は中国の構造改革を条件としている。
(1) 米企業への技術移転の強要
(2) 知的財産権の保護
(3) 非関税障壁
(4) サイバー攻撃
(5) サービスと農業の市場開放
― の5分野で協議し、90日以内に結論を得るとした。

 
それまでに合意できなければ、2000億ドル分の関税は当初計画通り25%に引き上げる。他方、中国側声明は、関税引き上げ猶予に加え、米国が現在25%の関税を課す500億ドル分の制裁措置も「取り消す方向で協議する」(王受文商務次官)とした。中国側の発表は協議期限を示さず、サイバー攻撃や技術移転の強要など具体的な交渉項目に触れるのも避けた。

メディアの大勢の評価は「一時休戦、問題先送り」であり、懸念の種は全く消えていない、というものである。そうだろうか。最も重要な変化は、

1. 米中覇権争いの本質は変わり様がないこと、
2. 米中双方が、当面の経済と市場への影響を最大限の努力で回避したということ、
の2つである。
 
そもそも米中覇権争いに、根本的な妥協点はない。あるのはいかに相手を押し込むかということだが、その際の最重要戦術として、目先の経済安定を優先した事実は大きい。今後米中貿易戦争が米国のリセッションの引き金を引くことは起きないのではないか。
 
90日後に中国の妥協が得られず追加制裁が発動されたとしても、発動の米国経済への影響を細心の注意でチェックされた後であろう。不確実性は大きく解消されたのである。

■米国は利上げサイクルの終盤

先週の講演でFRB議長パウエル氏は、短期金利は中立金利に近づいており、あと2、3回の利上げで金融引き締めは打ち止めになる、という可能性を示唆した。なぜなのかだが、その理由はインフレが加速しないからである。

 
3%近い賃金上昇は続いているが、生産性の上昇により企業の価格引き上げプレッシャーは高くはない。よってなかなか2%というインフレターゲットに届かないのである。これだけ景気が良く失業率は4%以下という完全雇用状態でなお、なぜインフレが強まらないのだろうか。
 
「好況」「低インフレ」「低金利」という組み合わせはせはあまりにも好都合すぎて、にわかには信じがたいのであるが、パウエル議長によってこの好都合すぎる現実が当分持続し、金融引き締めの打ち止めが近いことを市場は織り込み始めた。

そもそも長期金利の上昇は金融引き締め、短期金利の引き上げに突き動かされているが、短期金利の引き上げがそろそろ終わるとみられ始めたことで、長期金利は3.2%から先週末2.99%まで低下、長期金利上昇にはっきりと歯止めがかかっている。

これまでの米国景気拡大の終焉は、常に金融引き締めによって引き起こされた。よって今度もという懸念はわかるが、他方で本格的引き締めの条件が整っていないことも事実なのである。上がったとは言え3%ちょっとという現在の長期金利水準はアメリカの名目経済成長率6%に比べるとまだ半分、金利が景気のブレーキになるには程遠い水準である。

■大きなリリーフラリーが始まるかもしれない

となると、またまた景気悲観論は時期尚早、ということになる。2018年の2月と10月の2回にわたる株価急落により、いよいよ長期株価上昇と戦後最長景気拡大の終焉だとの見方が高まっていた。ブーム終焉の二つの要因、米中貿易戦争と米国金融引き締め、金利上昇が棚上げされたことの意味合いは大きい。

この間の株価の意表をついた下落、著しく高いボラティリティーによりリスクテイカーは大きなダメージを受けている。だから株価回復は緩やかになるという可能性もある。しかしテクニカルで売られたものはテクニカルで買い戻されるので、著しく早い回復があるかもしれない。

 
2月と10月の2つの天井によりダブルトップでいよいよ長期上昇相場は終わったと言う人もいるが、1月高値より9月高値が高いこと、10月の安値は2月の安値を下回っていないことなど、ダブルトップの形状にはなっていない。そうなってくると来年早々に堅調な相場が戻る可能性は十分にある。

 
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■武者 陵司
1949年9月長野県生まれ。1973年横浜国立大学経済学部卒業。大和証券(株)入社、企業調査アナリスト、繊維、建築、不動産、自動車、電機、エレクトロニクスを担当。大和総研アメリカでチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長を経て、1997年ドイツ証券入社、調査部長兼チーフストラテジスト。2005年副会長就任。2009年7月(株)武者リサーチを設立。
 
■(株)武者リサーチ http://bit.ly/2x5owtl