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「対韓国輸出規制がえぐりだした日本の国際分業での優位性」(武者陵司)

武者陵司の「ストラテジーブレティン」vol.18
「対韓国輸出規制がえぐりだした日本の国際分業での優位性」
—-際立つ日本製品の希少性

武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)

(1) 顕在化したオンリーワンの日本の強み

相互依存が深く絡み合う国際分業において、希少性の重要性が如実になっている。米中貿易摩擦では、半導体設計における必須技術を提供するアームとの取引が停止されることにより、ファーウェイの新製品開発は著しく困難になっている。

■安倍政権の対韓国通商姿勢変化

また、安倍政権は半導体と有機EL生産に必須のフッ素系2素材(フッ化ポリイミド、フッ化水素)とレジストの3品目の韓国に対する輸出優遇措置を撤廃した。元徴用工問題で韓国政府に対応を促すのが狙いで、韓国の対応次第では輸出規制に結び付く。第二、第三の輸出規制対象品目の拡大もあり得る。

フッ素系2素材やレジストは日本が世界シェアの大半を占め、その調達ができないと生産ラインが止まってしまう。韓国の生産ラインが止まれば日本の他の部品や材料の販売がダメージを受け、被害は日本に返ってくる懸念はある。

しかし韓国での生産が滞れば、競合する台湾、中国企業がそのシェアを奪い、そちらで日本の素材部品企業の追加需要が発生する。中国と伍し世界最大級の半導体、スマホ生産国である韓国のボトルネックを、日本のサプライ(素材・部品・機械装置など)が抑えている現実が浮き彫りになった。

スマホ、テレビ、パソコン、液晶、半導体などの最先端ハイテクの生産集積は、世界で唯一北東アジアのみに存在しているが、その理由は日本が大半のサプライを供給しているからで、要(カナメ)は日本なのである。韓国・台湾・中国の製品は他国で代替が効くが、日本のサプライはオンリーワンでそれができない。

希少性は将来の価格設定を有利にし、いずれ収益力に結実する。スマホ、半導体等での価格競争で負けた日本は、その土台をなす無数のサプライ領域で技術・品質優位の希少性、オンリーワンの地位を獲得しているのだ。この希少性は5G、IoT時代の製品開発でますます威力を発揮する。日本の国際分業上の優位性が、顕著になっていくだろう。

■主張し始める日本、その背景にハイテクバーゲニングパワー

トランプ氏のみならず、とうとう日本も自由貿易に背を向けたという驚きと失望、それは大きな副作用を生むという恐れが喧伝されている。

WSJ紙は
「貿易に政治を絡ませる日本の決断は、日本の国家戦略の劇的なシフトを意味する。・・・日本は第2次大戦後に主権を回復して以降、ルールに基づく多国間国際システムの支持者として特に信頼できる存在だった。
その日本が旧来の体制の制約から抜け出したがっていることが示唆するのは―日本の観点から見れば―トランプ時代とは移行期であり、一時的な幕あいの出来事ではないということだ」
(7月2日付WSJ紙「Trump Goes to Japan and Japan to him」ウォルター・ラッセル・ミード氏)
との論説を掲載している。

WSJ紙が言うようにこれが歴史的なものか否かは、即断できない。日本政府は、韓国に与えていた通商上の優遇措置を撤廃しただけで、WTOのルールの下での変更に過ぎないと説明している。

しかし(十分な正当性があるとはいえ)日本政府が政治的不満を経済的制裁・恫喝によって解決しようとしたのは戦後初めてであり、日本が主張し始めたと、対外的に受け取られることは必至であろう。

このように政治的意味合いも大事だが、差し当たってより重要な事実は、日本が相手国を経済的に恫喝できる立場を確立している、ということである。日米貿易摩擦、長期円高以降、日本は海外からの経済恫喝と圧力に屈し続けてきた。その日本がハイテク技術において、圧倒的バーゲニングパワーを確立しているのである。いずれ市場はそのことの持つ大きな意味を思い知らされるであろう。

(2) 牧歌的20世紀の国際分業

WSJ紙でウォルター・ラッセル・ミード氏が論ずるように、トランプ政権の一国主義的政策が一時的なものか、それとも多国間の国際秩序の転換期を意味するのか、は極めて重要な論点である。武者リサーチは国際経済の現実は、牧歌的自由貿易論の下での国際秩序からどんどん遠ざかっている、と考えてきた。

■米国は自由貿易と管理貿易のダブルスタンダード

レーガン・ブッシュ・クリントン時代の日本叩き、その理論的背景をなした戦略的通商論は、到底自由主義といえる代物ではない。日本がWTOに提訴するなど対抗せず、泣き寝入りしたから米国は自由貿易と管理貿易のダブルスタンダードを続けることができた。そしてその躍進が不公正な手段の塊によってなされたとはいえ、顕著に台頭した中国に対しても、政治的恫喝により米国の主張を受け入れさせようとしている。

なぜ米国はダブルスタンダードを求めざるを得ないのだろうか、そして米国国益の観点からダブルスタンダードは正当なのだろうか。

そのためには、依然としてエコノミストやジャーナリストを支配している古典的牧歌的自由貿易の前提がすっかり変わっていることを知らなければならない。国際分業の在り方が根本から変わっているのである。

■自由貿易が機能した20世紀先進国の世界

20世紀までの国際分業の決定要素は単位労働コストと為替であつた。日本が米国に勝ったのも、日本が韓台中に負けたのも、それが主たる理由であった。それは水平分業、つまりお互いに同じ製品分野を持っている場合に成り立つ。自由貿易の経済学では競争する各国が比較優位産業に特化することになり、それはwin-win関係をもたらすと想定されている。

比較優位の考え方による貿易理論は19世紀の英国の経済学者、デビッド・リカードが確立した。リカードは、仮に英国がポルトガルよりも毛織物生産とワインの生産の両方で優れている(絶対優位)としても、英国は毛織物生産に特化し、ワインはポルトガルに任せてお互いに貿易したほうがよいと主張した。

労働者1人当たりが生産できる毛織物の量が英国で4トン、ポルトガルで1トンとし、ワインの場合は英国が3キロリットル、ポルトガルが2キロリットルだとして考えてみる。労働者の数は英国とポルトガルのどちらも3万人ずつと仮定する。もしどちらの国も毛織物に2万人、ワインに1万人の労働者を振り分けると、両国合わせた生産量は毛織物が10万トン、ワインが5万キロリットルになる。

一方、英国は3万人全員が毛織物、ポルトガルは全員がワイン生産に従事すると、両国合わせた生産量は毛織物が12万トン、ワインが6万キロリットルまで増える。お互いに毛織物とワインを貿易取引すれば両国とも豊かになれる。

それでは生産性の高いイギリスが生産性の低いポルトガルから輸入するメリットはどこにあるのか、それはポルトガルの賃金または通貨が安いことにより、自国で作るよりは安く手に入るからである。イギリスとの毛織物の価格競争の結果、生産性が1/4のポルトガルは賃金をイギリスの1/4まで引き下げられているはずである。

イギリスは生産性が自国の2/3しかないポルトガルからワインを輸入する、なぜならポルトガルの賃金は1/4なので、それでも自国で作るより安価だから。

■一物一価が貫徹、要素費用均等化の法則が機能する世界

このように理想的な自由貿易環境では、国際的な一物一価が成立し、それは要素費用(例えば単位労働生産性当たりの賃金)を均等化させる。労働生産性が2倍の国は賃金が2倍になることで、国際的には単位労働コスト(労働コスト/生産性)が均等になるように働く。

図表1に見るように、先進国の労働市場は基本的に一物一価、同一生産性労働同一賃金の原則が貫徹してきた。生産性を上げぬままに賃金を引き上げても、それはインフレ→通貨安となって逆襲される、つまり世界賃金に回帰する。同様に生産性を上げぬままに通貨高になっても、国内賃金下落を引き起こし世界賃金に収斂する。1990年代から2012年までの執拗な円高は日本の国内賃金の下落圧力を定着させ、日本に世界唯一のデフレをもたらした。

一般的な通貨変動は購買力平価と比べてプラス・マイナス30%程度の為替変動が限度なのに、円の場合は一時2倍という異常な高評価が与えられた。それによって国際水準に対して日本企業の賃金コストは2倍となり、企業は雇用削減、非正規雇用へのシフト、海外移転などを進めた。

この結果、労働コストは大きく低下し、かろうじて競争力を維持できたものの、日本の労働者の賃金はいわばその犠牲となり、長期にわたって下落し日本にデフレをもたらしてきたと言える。

円高が進行したことで、日本の労働者の賃金は、他国に劣らない労働生産性の伸びが続いたにもかかわらず、大幅に下落してきたと捉えるのが正しい理解だろう。図表1は現地通貨ベースとドルベースで見たユニットレーバーコストと時間当たり人件費の比較(製造業)だが、日本の賃金は大きく下落したのにドルベースでは大きく上昇し、日本の競争力を阻害したことが鮮明である。


図表1:主要国製造業 ユニットレーバーコストと時間当たり人件費の比較(2010年=100)

■21世紀は大きく変化

以上のような自由貿易を正当化する国際分業環境は、21世紀になって劇的に変わった。

1. 各国が特定産業に特化 ⇒ 既に多くの国が特定製品分野に特化し、貿易相手国との価格競争がなくなった。今や世界でハイテク機器を生産しているのは北東アジアの4か国のみ。インターネットのプラットフォームは米国・中国の二か国が独占・・・。となると価格競争はそもそも成り立たなくなる

2. ハイテク・ソフトなどの先端分野ではコストの圧倒的部分が固定費に ⇒ 固定費=過去投資の累積額(R&D投資、販売網、事業買収)がコストの大半を占めるようになった。賃金・インフレ・為替などマクロ経済要因が影響力を及ぼす変動費は微々たるものとなり、マクロ政策調整が全く効かなくなった。
一旦ハイテク強国になってしまえば、どんなに通貨高、賃金高になってもその競争力は奪えなくなる。履歴効果、収穫逓増の世界、つまりWinner takes allとなり容易には破壊されない。固定費は政策が決定的に重要に。

3. 企業内工程間国際分業が一般化 ⇒ 米国のデータベースをシンガポールで加工、日本で最終製品パッケージとし、欧州で売るなど、企業内で国際分業が営まれている。企業内で各国間の仕切り価格をどうするか付加価値の国ごとの配分が変わる。付加価値の圧倒的配分は本国本社に帰属する傾向。

4. 直接労働工程はすべて無人化 ⇒ AI・ロボット化により新興国低賃金は工場立地の条件ではなくなる。マザー工場の役割が決定的に重要になっている。製造ラインを持たない米国はこのAI・ロボット化の恩恵を受けられない、そこにトランプ政権(ピーター・ナバロ氏等)の焦りがあるのでは。製造工程編成のノウハウが重要。日本はこの点で世界最先端。

以上のような国際分業環境の変化においては、過去の累積投資、履歴効果が決定的に重要である。

■重商主義には新通商対応が必須

そしてそのような履歴効果を生むには政治、重商主義的サポートが決定的に重要になってくる。

1980年代の日本の米国のコンピュータ、半導体にキャッチアップに際しては、通産省やNTTが音頭を取った企業横断的研究開発組合が寄与した。それを見た韓国、台湾の政策資金の投入、補助金、産業育成はさらにスケールが大きく、さらに国家資本主義の中国においては、国家的プロジェクトによるハイテク企業育成のパワーは、急速に台頭したファーェイに見るように絶大である。

中国の極端な重商主義が圧倒的に有利に働いたため、対抗するにはトランプ政策、通商摩擦が起きる必然性があったと解する。

■日本の国際分業上の地位極めて有利に

企業内工程間国際分業が先端企業のビジネスモデルになっているが、その際、付加価値の圧倒的部分の配分を受ける本社の確保、囲い込みが大切である。他方で労働コストは重要ではなくなっていく。労働集約産業に特化する国はますます不利になり、通貨も安くなる。新興国がハイテクへと産業シフトを急ぐのはそのためである。

以上ざっと指摘しただけでも、古典的自由貿易理論が無力化している現実が明らかであろう。自由貿易信仰に基づく多数派エコノミストのトランプ通商政策批判は半知半解で、対案が無いのはそのためであろう。

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■武者 陵司
1949年9月長野県生まれ。1973年横浜国立大学経済学部卒業。大和証券(株)入社、企業調査アナリスト、繊維、建築、不動産、自動車、電機、エレクトロニクスを担当。大和総研アメリカでチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長を経て、1997年ドイツ証券入社、調査部長兼チーフストラテジスト。2005年副会長就任。2009年7月(株)武者リサーチを設立。
 
■(株)武者リサーチ http://bit.ly/2x5owtl