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「令和元年みたままつりの靖国神社」(日比 恆明)

【特別リポート】
「令和元年みたままつりの靖国神社」

日比 恆明氏(弁理士)

令和元年7月13日に靖國神社の「みたままつり」に出掛け、境内で見聞したことを報告します。

        写真1

昨年から引き続いている国際的なニュースは、米中貿易戦争でしょう。
事の発端は米国の中国に対する貿易赤字を解消するためであり、昨年夏には中国からの特定の輸入品に高関税をかけたことでした。

中国も対応して米国からの輸入品の関税を高くしたのですが、貿易格差は縮まりません。さらに、今年5月になると、トランプ大統領は、「中国は米国の特許などの知的財産権を盗用している」として制裁関税を10%から25%に引き上げると共に中国製通信機器の不買運動を開始しました。
 
この根底にあるのは、中国が国家を挙げて外国の技術を盗用していることにあります。
20年以上前から中国では外国企業に特許料を支払わず、コピー商品を製造してきました。

今更、トランプ大統領が中国による知的財産権侵害の問題を取り上げるのは時期が遅いのでは、という意見もあるでしょう。しかし、実は未だ表面化していない大きな問題があり、トランプ大統領はそれが表面化する前に先手を打とうとしたのです。
 
その問題は中国の異常な特許出願件数なのです。
2013年度の中国の特許出願は728,556件(内、中国籍604,578件)となっています。
これに対して、米国の特許出願は344,262件(内、米国籍194,678件)、日本の特許出願は267,758件(内、日本籍214,833件)で、日本、米国の3倍なのです。
いわば、中国政府が国家を挙げて特許出願を奨励しているようなものです。
 
ただ、中国の特許出願は玉石混同のようで、全ての特許出願が優れたものではなさそうです。しかし、これだけの件数になると、中には世界的に飛び抜けた発明も含まれている可能性もあります。すると、10年後にはどうなるかと言えば、中国は海外の競合企業に特許使用料を請求することになるはずです。

今までは、海外の特許などの知的財産権を無断で使用していた立場であったのが逆転し、中国が海外の企業に特許使用料の取り立ての訴訟を連発することになります。さらには、特許商品の製造停止を申し入れることも考えられます。これまでは、中国は軍事力で諸外国に威力を示していたのですが、これからは自国で開発した技術で世界を押さえ込もうという戦略を練っているはずです。
 
トランプ大統領はこれから予想される中国の威圧にクサビを刺すことを想定し、貿易戦争などを仕掛けたのでしょう。米中の貿易戦争及び知的財産権問題はトランプ大統領が次期選挙で落選したとしても、10年以上は続くと考えられます。米国内の世情には、中国の世界覇権に対する強い恐怖心があるからです。


        写真2

       写真3

今年は靖国神社創立150年目となります。このため、数年前から各種の行事を予定していて、今年はその総仕上げになったようです。外苑付近は長期に整備を続けていて、南側の駐車場と休憩のための東屋の整備は完了し、北側の公園化も昨年にはほぼ完了しました。残るは茶店の改築だけとなり、最後の仕上げに急ピッチのようです。

写真2では茶屋の屋根だけが見えますが、銅拭きのコンクリート造りの建物となりそうです。元々、ここは参拝者のための無料休息所として、篤志家の寄贈により建てられたものだったそうです。戦後になって、境内には多数の屋台が無許可で営業していて、何かとトラブルとなっていました。それを或る親分が追い出して、その見返りに茶店の営業権を貰ったのでは、という噂もあります。

今までの茶店は、お世辞にも衛生的ではなく、薄暗いものでした。今回の改築により、茶店も近代化され、明るい店舗になるでしょう。もしかしたら、明治神宮のようにカフェテリア形式となり、入札で業者が決められることになるかもしれません。


        写真4

一昨年来の工事により、外苑の北側は遊歩道と植栽により公園化されましたが、今年6月には公園内に「さくら陶板」が設置されました。この陶板は、都道府県のそれぞれの土を使用して桜の花をモチーフとしたもので、47カ所に配置されています。各地の名工によるもので、色、質感がそれぞれ違い、巡ってみるのも面白いものです。

        写真5

境内には靖国神社名物の奉納雪洞が所狭しと吊り下げられていました。どういう訳か、今年は演芸関係者の奉納が目立っていました。写真5の一列は手前から三遊亭遊三から始まり、春風亭昇太、桂文治、桂米助、一龍斉貞花、一龍斉貞友などの落語・講談の面々の揮毫でした。神社では、奉納を依頼する業界を毎年変えているのではないかと推測されました。

        写真6

毎年、拝殿に近い場所から順番に有力者の雪洞が吊り下げられているのですが、何時もは見かけられる小泉純一郎氏の雪洞がありません。理由は不明です。崇敬者代表の阿南惟正氏の雪洞もありませんが、氏は3月3日に亡くなられています。拝殿に一番近い特等席には、崇敬奉賛会会長の扇千景氏の雪洞が下げられていました。その横は裏千家の千玄室氏の揮毫でした。


        写真7

        写真8

昨年から西原理恵子氏の雪洞が下げられるようになり、今年は夫の高須克弥氏の雪洞も並んでいました。高須氏は高須クリニックで著名な人であり、色々とマスコミを賑わせているようです。

写真8は、「お父ちゃん、パンツ洗っているかい」で参議院議員に当選した田嶋陽子氏のものです。大学教授から国会議員に転身し、社民党、社会党を遍歴し、急進的な発言で注目を浴びてました。過去の言動からすれば、靖国神社の主旨とは相反する思想であったと思われ、今年になって田嶋氏が雪洞を奉納した理由が理解できません。現在はタレント活動に注力されてみえることから、生活のために思想転向されたのでしょうか。

        写真9 

        写真10  

        写真11

夏であるため、参拝者、特に女性には浴衣の着用が目立ちました。さらには、外人の浴衣姿も多く見かけられ、日本情緒を肌で感じさせる小道具となっているようです。その背景には、日本の観光旅行で異文化に接触する「コト消費」が増えてきたことが挙げられます。一時流行った「爆買い」よりも良い方向でしょう。

ついでに、神社の一部に日本の歴史などを3時間程度で解説する教室(当然、外国語ですが)を開いたら面白いのではないでしょうか。浴衣を着ただけでは表面だけの「コト消費」ですが、知識や文化の「コト消費」がこれからの宿題となりそうです。
 
写真11はインドネシアから来日した女性で、宗教上の理由からヒジャブを着用されてました。イスラム教は一神教なので、他の宗派の参拝は出来ないはずなのですが、彼女たちは神社を宗教施設とは考えず、観光地と判断したようです。


       写真12

大村益次郎の銅像の下では、恒例の盆踊りが開催されていました。銅像の台座は踊り手さんがぐるっと回ることができるので、盆踊りの舞台としては最適です。地元千代田区民謡連盟のお姐さん達(お婆さんに近い)が模範の踊りを披露してました。
 
今年の盆踊りは近年になく盛況で、舞台の回りには踊りに参加する人達で賑わっていました。4年前の屋台の出店禁止により参拝客が激減したことから、盆踊りへの参加者も激減したのですが、屋台の復活と共に参加者も増えてきたようです。


        写真13

久し振りに千修吹奏楽団によるパレードを見ました。このブラスバンドは、近くに本社のある株式会社千修の社員により結成されていて、交通安全週間や地区のお祭のパレードには駆り出されているようです。演奏した楽曲は、東京行進曲とか365歩のマーチなどの和風のもので、演奏場所を考慮して選曲しているようです。一度でいいから、海上自衛隊の音楽隊により軍艦マーチを演奏して欲しい、と願うのは私ばかりではないでしょう。


        写真14

今年7月より、東京都では禁煙条例が施行され、病院、学校内などでは禁煙となりました。靖国神社は東京都が指定した禁煙施設ではなさそうですが、従前は5か所あった喫煙場所が2か所に減らされました。この喫煙指定場所も何時まで続くか不明であり、もしかすると近い内に境内全域が禁煙の場所となる可能性もあります。喫煙できる場所が無い、という変な理屈で参拝に出掛けなくなる人も出てくるかもしれません。

        写真15

        写真16

        写真17

平成27年には外苑での屋台の出店が全面的に禁止されましたが、その後は出店数を徐々に増やしてきました。今年の出店数は昨年よりも増えていて、どの屋台も賑わっていました。夏祭には飲食できる屋台がなければ夏の風情にはならないからでしょう。さほど美味いとも思われないたこ焼き、焼きそばなどを賞味するのが、庶民のささやかな楽しみなのです。
 
しかし、神社では内苑への飲食物の持ち込みは厳重に禁止する方針のようで、外苑と内苑の境界には警備員が立ち、食べ歩きする参拝者に注意をしていました。鳥居には「飲食はお控え願います」という大きな看板が立てられていました。飲食を禁止するのであれば、屋台の出店を禁止した方が早いのではないかと思うのですが。


        写真18

        写真19

昨年までのみたまままつりでは、飲食の屋台の出店だけでしたが、今年は遊戯の屋台も出現しました。ただ、参道の表では営業許可が出なかったようで、裏側での出店となりました。

その入口は写真18にあるように献灯の下で、献灯の最下段をくぐって入ることになります。これなら献灯に遮られて、参道からは遊戯屋台を直接目にすることもなくなります。遊び感覚で参拝者が来て欲しくないという神社の思惑と、営業範囲を広げたいというテキ屋との思惑を調整したのかと思われます。

裏側に回ってみると、以前のように金魚すくい、射的、くじ引きなの遊戯屋台が密集してました。さすがに、見せ物小屋などの大きな出店はありませんでしたが、このような出店形態になると平成26年前の夏祭と同じことになってしまうのではないでしょうか。
 
なお、今年は外苑のあちこちに大型スピーカーが設置され、10分置きに「みたままつりは、尊い命を捧げられた英霊に感謝するためものです」と祭の趣旨を放送していました。しかし、若い参拝者にとっては糠に釘のようなもので、全く反応はありませんでした。


        写真20

この日のお楽しみである日本歌手協会による「奉納歌謡ショー」は午後7時に始まりました。この日の午後は小雨だったのですが、歌謡ショーが始まる1時間前には雨は上がり、涼しくて気持ち良く歌謡曲を楽しむことができました。
 
今年の出演者は、写真20の左から、合田道人、あべ静江、原田直之、九重佑三子、田辺靖雄、ポニージャックス、こまどり姉妹、大津美子、三沢あけみ、根本美希、宇山保夫となります。三沢あけみは10年振りの出演で、根本美希、宇山保夫は初出演でした。


       写真21

こまどり姉妹は4年連続で出演しています。本年81歳で、お顔を見るとお婆さんですが歌唱力はあり、「九段の母」と「ソーラン渡り鳥」を歌ってくれました。ただ、声量はあるのですが、高い声は出難くなっているようです。さすがに持ち唄の「ソーラン渡り鳥」では聞き応えのある歌いっぷりでした。

        写真22

この日、九重佑三子は「愛国の花」を歌ってくれました。この唄は渡辺はま子の持ち唄であり、大ヒットしたことで有名です。私は生の唄を聞いたことはありませんが、CDで聞く渡辺の声量、音域は身震いするほど迫力のあるものでした。この日の九重の歌は、伴奏には沿っているのですが声が小さく、声域が狭いものでした。特に高い声が出ず、渡辺の歌に比べると平面的な感じを受けました。

        写真23

根本美希は初見の歌手ですが、会津若松市の出身で仙台を中心にして民謡歌手として活躍しているようです。この日は「伊勢音頭」を歌ってく、高い声が出て楽しめる歌手でした。ただ、声量が小さいのが気にかかりました。

       写真24

例年のように、あべ静江は持ち唄の「みずいろの手紙」を歌ってくれました。声は柔らかく、音域が広くて伸びのある歌い方であり、満足できるものでした。昭和26年生まれで、合田直人を除いて今回の出演者の中では一番若いからでしょう。歌手は体力が勝負なので、若さには勝てないところがあります。

        写真25

今年初めて見る出演者に宇山保夫がいましたが、この人の経歴が良く判りません。インターネットで検索しても詳細な情報が出てこないのです。日本歌手協会に登録してあることからプロの歌手のようですが、島根県を中心にして活動しているようです。

持ち唄は「宍道湖慕情」「出雲大社」などであり、ローカルな内容でした。今年が歌手デビューで50周年目ということなので、地元ではそれなりに人気があるようです。しかし、全国的に有名にならずとも、地元だけであっても仕事があって生活できたのですから歌手人生としてはまずまずではなかったでしょうか。

       写真26

       写真27

本日のお楽しみは大津美子の「ここに幸あり」です。その昔、ラジオからは毎日のようにこの歌が流れ、結婚式では必ず歌われたという伝説もあります。彼女の顔を観察すると、大きくて輝いているのです。明るく楽しく生きてきた、憂いのない顔つきなのです。アップした写真を見ても、この人が81歳とは思われないでしょう。17歳でデビューして直ぐにヒットし、それからは表通りだけを歩んできたのです。スキャンダルに巻き込まれず、幸せな家庭だったのでしょう。そんな人生が自信のある顔つきになっているようです。
 
さて、この日の彼女の歌は高い音域が出ず、しわがれたような声でした。声量を出すために、必死になって全身で声を出しているような雰囲気が見えました。声が続かないためか、語尾がモゴモゴとしていて、メリハリがありません。歌い終わってから司会者に、「歌うのがしんどい」とやや本音に近い話をされていました。ステージを去る時に、観衆に向けて、「皆様、お幸せに」と申されました。彼女も我々もお互いにお幸せになりたいものです。
 
こうして、1時間ばかりの歌謡ショーは終わりました。来年もまたここで歌謡曲を聞けることを楽しみにしています。