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「債券バブルと自社株買い」(武者陵司)

武者陵司の「ストラテジーブレティン」vol.21
「債券バブルと自社株買い」
—-DebtとEquity間の巨大な隔壁

武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)

(1) 政策が引き起こした債券バブル、その帰趨

■最も安全なはずの国債で投機が進行している

この夏世界の長期金利が急低下(債券価格は急上昇)した。ドイツ10年国債利回りは-0.7%まで低下した。満期まで保有すれば確実に損失になるこうした投資はさらなる値上がりだけを期待した投機である。バブルといってもよい。年初来のリターン(ドルベース)は、オーストリア100年国債の68%、日本40年国債は28%、ドイツ30国債は28%、米国30年国債は27% に達しギャンブル化している、とウォールストリートジャーナルは報じた。

これまでの市場の常識は、国債投資はリスクを回避したい投資家の投資対象であった。先行きの経済不安や危機意識が高まる時に、資産保全を目的として国債投資が選好されるとの解釈である。しかし現在、人々はリスク回避で国債を取得するのではなく、リスクテイクとして、国債を買っている。なぜだろうか。

    図表1:主要国長期金利

  図表2:超長期国債年初来値上がり率

■債券バブルの背景

まず指摘される理由は世界的金余りが進行し、長期金利を押し下げ債券バブルをもたらしているということである。ただ配当利回りは日米欧で2~4%と十分高く、株式の世界ではバブルは起きていない。それどころか、株式は著しく割安、利潤率の上昇により、株式価値は高まっている。

この高リターンの株式に資金が向かわずに、著しくリターンの低いDebt(広義の債券)部門に巨額の資本が滞留し、さらに金利を押し下げている。DebtとEquityとの間に巨大な隔壁があり、相互の資本が行き来していないのである。なぜだろうか。

■より重要な要因は政策・制度面での債券優遇

最も重要な理由は、制度・政策であろう。

1. BIS規制のリスクウェィトで国債はゼロ、株式は今は100%、中期的には250%まで引き上げられることになっている。銀行が株を持てばリスクが高まるので資本を装備しなければならない。つまりおなじ資本保有額だとすると株式保有が制限される。

2. 会計基準。株式は低価法、期末に株価が下落した場合に直ちに損失が発生する。他方、国債は原価法が適用されるので、価格が下落しても評価損を計上する必要はなく持ち続けることができる。銀行・機関投資家の保有コストにおいて極端な債券優遇、株式冷遇が起きている。

3. 日米欧の量的金融緩和政策による中銀の大規模国債購入により国債価格が引き上げられた。

こうして国債保有はコストが小さい一方、高リターンが望めるようになり、資金が一方的に国債に流れ続ける、ということが起こっている。

  図表3:世界的マイナス金利債券の推移

■余剰貯蓄のほぼ全てが債券に流れてきた

最もリスクテイク意欲が旺盛な米国においてすら、リーマンショック以降の10年間、余剰資金はすべて債券、特に国債へと流れ、株式購入には全く向かってこなかった。

図表4は米国国債の主体別保有比率推移であるが、2015年以降、FRBと海外部門が米国国債保有を減らした分を米国国内の家計と金融部門が全て肩代わりしてきていることが鮮明である。

また投信・ETFへの純資金流入を見ると、もっぱら債券投信・ETFに資金が流入し、株式投信・ETFからは資金が流出し続けてきたことが分かる(図表5)。

図表6に見るように2009年以降の米国家計・年金・投信の資金フローを見ると余剰はすべて債券投資に向かい、株式へのフローは三者ともマイナスになっている。2009年以降の株式累計投資額を主体別に見ると、家計0.4兆ドル、年金保険1.5兆ドルの売り越し額となっている。

このように米国のすべての投資主体は株式に悲観的で、資金をむしろ引き揚げている。また株式のインカムリターンは債券に対して著しく高い。これらは米国株式が決してバブルではないことを示している。債券でバブルが出来ていることから即、株式もバブルであるとの主張が少なからぬ専門家によって主張されているが、それは間違いであろう。

金融の中心はDebt(広義の債券)部門であり、Equity(株式)部門は従属分野なので、資金がDebtに集中するのは当然である、という常識的反論はあるだろう。しかし、今や米国金融市場において、両者の規模はほぼ拮抗している。2009年第1四半期末で、Debt残高52.6兆ドル、Equity残高(時価総額)は48.0兆ドルとなっている。DebtとEquityとの不公平な扱いが、両者間の資本移動を阻害し金融市場を機能不全にしていることを看過することはできまい。

  図表4:米国国債の投資主体別保有比率

図表5:米国債券・株式別 投信 + ETF 純資金流入

(2) 自社株買いが米国金融を機能させている

このように米国国内の貯蓄余剰が全て債券に向かっている中で、唯一の株式の投資主体は自社株買い(10年間累計で3.9兆ドル)であった。リーマンショック以降の10年間に米国株価が3.5倍に上昇した唯一の推進力は自社株買いだったのである。

  図表6:米国株式主体別純投資累計

図表7: 米国S&P500社の配当+自社株買いと設備投資

図表8:米国企業(非金融)部門の資金フロー推移

■ゼロ金利に陥った日欧と米国との相違

日本、欧州は長短ともにゼロ金利に陥り、長短金利差がなくなり、銀行の利ザヤは完全にフラット化or逆転し、銀行ビジネスは預貸業務においても、債券分野でも収益があげられなくなった。銀行株価が特に欧州と日本で最悪のパフォーマンス、リーマンショック時の最安値すら下回っている。唯一米国においてのみ、金利は正常に機能しており、今のところ銀行収益は健全で銀行株価はリーマンショック前の水準に戻っている。この違いはどこにあるのだろうか。

日欧は企業と家計の新規貯蓄がDebtの世界に滞留しマイナス金利に陥った。米国の場合も同様に家計・年金・保険の余剰はすべてDebtに向かったが、唯一巨額の自社株買いにより余剰がEquityに投資され株高を引き起こした。この株高を軸とした家計の純財産増加が米国の消費を支えている。

2009年以降、米国家計の純財産額は49兆ドルから108兆ドルへと60兆ドル(対GDP比3倍)増加した。その内、株式資産は5→17兆ドルへ、年金資産は10→27兆ドルへと、著増した。自社株買いを起点とした資本の循環が資産価格を引き上げ、米国消費の推進力になっている様相が看取できよう。

図表10は米国家計の現金所得の比率であるが、27%が資産所得73%が労働所得となっており、金融市場の健全性と株高がいかに家計消費に重要かがわかる。また図表12から消費者心理が株価に遅行していることがうかがわれる。これらから自社株買いによる株高が、消費けん引の米国景気回復にとって、決定的であったことがわかる。

 図表9:米国家計の総資産・債務と純財産推移

図表10: 米国家計の現金所得内訳(労働所得と資産所得)

    図表11:米国消費の対GDP

図表12: 米国株式が先導する米国消費者センチメント

■米国に見る債券と株式との裁定関係

Equity(株式)部門とDebt(広義の債券)部門相互の資金移動と裁定関係は1970年からリーマンショックの直前の2006年ごろにかけて見事に機能してきた。図表13は米国SP500益回りと米国10年国債利回りの推移であるが、同期間内においてはほぼ連動してきたことがわかる。

リーマンショックで両者の連動性が崩れ、乖離が広がった。つまり、債券が割高に、株式が割安になった。しかし2013年以降、両者の乖離が縮まり緩やかに連動性が復活している。この両者の乖離を縮め連動性を強めた唯一最大の推進力が企業による自社株買いだったのである。

図表13:米国株式益回りと国債利回りの推移

以上の分析から、少なくとも以下の2点が結論付けられるだろう。

結論1:不適切な制度・政策による債券保有優遇が、資金をDebtに滞留させ債券バブルを引き起こした。不適切な金融制度抜本改革が必要だ。但しEquityはバブルではない。

結論2: 唯一米国だけが巨額の自社株買いによりEquityへの資本流入が起き、Debtへの資本滞留→ゼロ金利化が回避されている。米国がゼロ金利に陥る日欧化(Japanification, Europification )は回避されるだろう。米国景気拡大確認と財政出動で世界的金利低下(=債券バブル)は止まるだろう。

 

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■武者 陵司
1949年9月長野県生まれ。1973年横浜国立大学経済学部卒業。大和証券(株)入社、企業調査アナリスト、繊維、建築、不動産、自動車、電機、エレクトロニクスを担当。大和総研アメリカでチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長を経て、1997年ドイツ証券入社、調査部長兼チーフストラテジスト。2005年副会長就任。2009年7月(株)武者リサーチを設立。
 
■(株)武者リサーチ http://bit.ly/2x5owtl