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「台風19号の日の新宿」(日比 恆明)

【特別リポート】
「台風19号の日の新宿」

日比 恆明氏(弁理士)

「その日は朝から雨だった」とは有名な小説の出だしですが、10月12日の東京では台風19号が通過して、朝から大雨でした。前日の11日夕刻から雨が降り出し、夜半からは大粒の雨となりました。シトシトとした秋雨なら情緒があるのですが、バシバシとした豪雨であり、気分は最悪といったところでした。
 
気象庁は今までにない勢力のある台風であり、1958年の狩野川台風以来の強力なものであるため特別警戒を発しました。このため、航空各社は12日の全便の欠航を発表し、鉄道各社は計画運休をすることになりました。新幹線は12日中の全てを、在来線は正午以降は運休することになりました。山手線も12日13時に運休することとなり、首都での交通網はほぼ全て利用不可能ということなりました。それに合わせて、高島屋、伊勢丹、三越などの百貨店を始めとして、多くの商店が閉店すると発表しました。
 
交通網が絶たれて商店街が休止するとなれば、買い物客などは集まらず、新宿は陸の孤島となります。過去の経験から、このような現象には遭遇したことはなく、無人となった新宿を体験するのは絶好のチャンスです。この日、私はカメラを片手にして新宿駅周辺を散策し、見聞したことを報告致します。

この日の新宿通りは時たまタクシーが通るのを見かける程度で、人通りは殆どありません。何時もの土曜日であれば、買い物客や飲食店に出掛ける人達で混み合う歩道に人影は無く、死の街となっていました。

JR新宿駅の西口改札口は全く人影がなく、静かでした。1日に平均340万人が乗降すると言われる、日本一のターミナル駅でこのような光景を見かけることは滅多に無いことです。もっとも、前日から在来線の運休は発表されているので、乗降できる列車は無く、駅まで出掛ける人は誰もいないでしょう。駅には掲示板が設置され、各線の運行状況を貼りだしてありました。関東圏の全ての列車は運休となり、路線によっては13日午後まで運休されると掲示されていました。

辛うじて地下鉄の一部は運行していましたが、銀座線のみであり、それも荻窪と銀座の間だけ、ということでした。しかし、接続している他の路線が運休しているため、銀座線に乗降する客は少なく、駅員も手持ちぶさたでした。

この日の西新宿のほぼ全ての商店、飲食店は休業していました。年中無休を看板にしているあのヨドバシカメラ本店もこの日は臨時休業となり、シャッターを降ろしていました。年始年末も開店しているヨドバシなのですが、土曜日に閉店するのは前代未聞のことでしょう。しかし、在来線が運休しているため、従業員も出勤できなくなるので当たり前かもしれません。

各店舗はそれぞれ台風の被害を最小にするため防衛策をこうじていました。ブランド店のアンダーアーマーでは入口のガラスに養生テープを貼ってありました。風害によりガラスの破損を防止するためでしょう。このような対策をこうじている店舗はあちこちで見かけられました。しかし、結果としてはそれほど強烈な風は吹かず、風害による損害は極めて小さかったのではなかったかと思われます。

臨時休業する店舗は多かったのですが、それでも大雨と強風の中で営業を続けている店舗も見かけられました。コンビニのローソンはほぼ全店が営業を続けていたようです。しかし、商品の補給が無いため、商品数が少なくなっていました。特に、生鮮食品や弁当などは売り切れていました。コンビニによっては休業している店舗もありましたが、それはチェーン本部と各店舗の方針によるものでしょう。また、マツモトキヨシも営業を続けていました。午後6時までは何とか営業を続ける、と申されていました。

台風が近づいていて、雨や風が強くなっていく中で、煌々とネオンと点けて営業しているパチンコ屋もありました。交通網が遮断されて中で、パチンコ屋まで遊びに来る客がいるのも不思議ですが。店員はガラス戸の保護のため板材を貼り付けて夜半の台風上陸に備えていました。

この日、新宿駅の周辺で歩いている人は殆ど見かけられませんでした。しかし、時々歩いている人達もお見えになりましたが、いずれも海外からの観光客でした。新宿のホテルまではたどり着いたのですが、観光地には移動できなく、駅周辺を散歩して東京の光景でも見ておこうという心情でしょう。大雨でホテルの一室に閉じこもっているよりは、雨に打たれてもいいので気分転換に出掛けられたのでしょうか。彼らにとって、台風という日本の文化を感じ取っていかれたのかもしれません。

JR新宿駅南口にはテレビ局などのマスコミ関係者が集合し、ニュース番組を収録していました。どういう理由か不明ですが、ニュースでは新宿駅南口で取材することが多いようです。新宿駅には西口、東口などがあるのですが、何時も同じ背景で撮影しています。甲州街道に面していて開放的であり、乗降客に邪魔にならないからでしょうか。

この日、私は多摩川のライブカメラを見ていました。画像は二子玉川の駅近くに設置されたカメラから撮影されたもので、正午になると多摩川の水位は徐々に上昇していきました。

画像は午後3時30分のもので、何時もであれば散策のコースとなっている中島が完全に水没し、立木の半分の高さまで水が増えていました。この辺りにはホームレスの人達が居住する仮設住宅が多く見かけられたのですが、それらは全て流されたようです。お住まいになっていた人達はどうなったのでしょうか。無事を祈る他ありません。

この日の夜になると、新宿西口広場にはホームレスの方達が仮眠を取られていました。普段は新宿公園やビルの隙間でお泊まりになっているのですが、大雨を避けるためにこちらに避難されてみえたようです。

夕刻になって、歌舞伎町まで足を伸ばして様子を見学することにしました。交通機関が運休しているので、飲食店に出掛けるような酔狂な客はいないでしょう。客が来ないのですから、中央通りでいつも見かける客引きやポン引きなども姿を現していませんでした。こうなると、歌舞伎町は健全な街に変わってしまったようです。

大半の飲食店、風俗店が休業している中で、ドンキホーテだけは営業を続けていました。どうも終夜営業を考えているようで、休業のお知らせなどは貼ってありませんでした。他の店舗が休業しているので、それなりに買い物客で賑わっていました。

歌舞伎町の一番通りの左右にある飲食店では、2、3の小さなラーメン店を除いてほぼ全てが休業していました。地方都市のシャッター通りを連想させるもので、こんな光景も珍しいことです。この日一日だけで、全歌舞伎町の店舗の売上は数百億円の損失になったのではないでしょうか。もしかすると、この日の損失を補うため、来週からはボッタクリ店がさらにぼったくるのではないかと危惧しています。