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「熱い・愛・あきらめない:この3つの[あ]を新たな年も。」(澤田良雄)

鬚講師の研修日誌(56)
「熱い・愛・あきらめない:この3つの[あ]を新たな年も。」

澤田良雄氏((株)HOPE代表取締役)

◆入門時 ワクワク感が溢れる

この言葉は坂本博之氏から伺った言葉である。
坂本氏は平成のKOキングとの異名をとった元東洋太平洋ライト級チャンピオンで、現在は都内でボクシングジムの会長を務めている。

経営者の直話には時には涙しその生き様から学ぶことは多い。氏の人生の歩みは決して平坦ではない。

幼少時に両親が離婚、親戚筋宅に預けられる。年子の弟と共に辛苦の日々を送る。時にはザリガニを獲り食べることや、釣りする大人から魚を頂き、焼き、むさぼり食べることもあった。

幸い養護施設に入所される。入所時の直感は「こんなにゆっくりと食事ができる、トイレに自由にいける、殴られることもない、こんな生活があったんだ」と驚いたと幼い頃を回顧された。

ボクシングへの目覚めは養護施設でのテレビでボクシング中継を観たとき、体を張って闘っている姿に衝撃を覚え、自分もこのブラウン管の中に入ると決めた。しかし、施設ではボクシングジムに通う月謝はない。そこで独自に走りこむ、図書館で技術書を読みあさり自分ができることから練習を重ねた。

高校卒業後ジムに入門、そのときの気持ちは緊張するも、しかしワクワク感が溢れていたという。なぜか? 夢を叶えるスタートだからである。

4回戦デビューでリングに上がるときにはそこまでのいきさつが走馬燈のようにめぐる。勝った。拍手が送られる。それは褒められた喜びに近く心地よかった。

以後、全日本新人王、ライト級王座を獲り、東洋太平洋ライト級チャンピオンとなる。熱い想いでの19連勝。そこには、自分に約束した「リングで負けるな。あの惨めな生活に戻るぞ」と言いきかせたていたそうだ。そして世界タイトルに挑む。

◆創業塾も熱い
 
新たなことに取り組む。「熱い心」が漲ることはいうまでもない。

講師団として取り組んでいる創業塾での最終項は経営計画のプレゼンテーションである。 熱い想いをどう実現していくか。商品群はどうする、売り上げ、利益見込みはどうか、場所、設備、資金繰り、市場調査、販路戦略……をまとめ上げたのが経営計画書である。

熱く発表する創業例には、
「子供のふれ合いの場としての親子麻雀倶楽部を創ります。それは親子のコミュニケーション不足、近隣の人々とのふれ合い不足の解消です。そこから、子育ての不安解消となる」
「夫婦で手づくりをハムを当市ブランドで製造販売します。美味しく、安心してハムを食べる楽しみ作りです」
「独自開発したソフトがあり活用しての事務改善事業を創業します。既に活用企業からは評判を得ています」
「親の経営している美容院を新たな魅力を加えて第二創業です。美容師としての各種コンクールでの入賞、店長、エリアマネジャーの経験が必ず生きます」
「<敦子の水泳教室>の創業です。インターハイ出場の実績、既にトレーナーとして各種の選手の育成実績があります。シニア層のマスター出場への指導もターゲットにします」
「子供服を1日で製作できる教室を創業します。我が子に母として創作、制作した洋服を着せることの喜びは自分(二人の母)の実感であるからです」
「東洋医学を基にした薬膳料理教室を開業します。管理栄養士としての長年のキャリアと学習での知的財産をリンクして、特に成人病予防の役立ちを思い立っての創業です」
「企業で人材育成をで実績を高めてきた。その自信を独立して広く提供していく」
「シニア向けの海外でのステイ、そして得意分野の指導を加えるその取り次業を創業します。自分がかつて海外留学の経験を生かします」
……との想いの実現に向けた方法、数字を裏付けしての成功シナリオだ。

自信あるキャリを生かして市場に打って出るだけに皆、熱い。だからこそ試作洋服、試食のケーキ、製品を持ち込み各自に配付しての入れ込みもある。プレゼンテーションする話力も見事。ロジカルスピーキングであり、ウキウキ感が漲る、絶対いけますとの信念に基づく力強さが語調、しぐさ表情にも伺える。指導にあたった小生の喜びの一端である。
 
お聴きいただいた主催者商工会議所T(女性)会頭は陶芸家として独立し、陶芸教室を広く開設、製作販売を展開してきた歩みから「あきらめないこと、今の初心(熱い心)を忘れないで下さい」とエールを送った。指導にあたってきた講師団も同感である。だからこそ拍手を送るともにプランと現実のギャップを想定してのアドバイス、苦言も率直に提起する。

それは、講師としての馴れ合いのない優しさと厳しさの愛情である。

◆愛とは心を受け止め思いやることである
 
坂本氏の愛の施しは、養護施設、少年院の訪問そしてジムでのトレーニングを通じてである。

養護施設は全国の600強の施設を訪れ、パソコンの提供も成している。そして子供とミットで心を通わし
「一番嬉しかった出来事はなんだ。悲しかったことはどんなことだ。怒ったことはどんなことだ」
と問いかけ、
「さー怒りを込めて打て、悲しさを、辛さを吐き出して打て、思い切って、もっと強く、もっと強く打て」
と檄を飛ばす。

やがて子供の目にうっすらと涙がうかんで来るという。坂本氏は子供たちが醸し出す空気でその内なる心は読めるという。それは自身の幼少の頃の養護施設の入所も含め辛苦の経験、そして栄光への道のりから備わった能力であろう。

信条は「人間やればできるんだ」と誰しもが持つ可能性の見出し、実践への勇気を持たせる支援である。そこには持論である「運命はこうなんだと決めつけず、新たな道を切り開く」—この向い様への導きと言える。 まさに教育の心随がここにもある。それは引き出す、育む、そして自ら変えていく働きかけであるからだ。
 
改めて愛について考えてみよう。愛とはひと言でいうと「相手の心を受け止め思いやること」。

なぜ? それは「愛」の文字は真ん中に「心」が来て上下で「受ける」となっている。つまり相手の心を素直に受け止めて、そのことに打てば響く言動の施しと考えてみた。

そこには相手の話を心から聴くことが大切。それは単に聞くというのでなく十四の耳と心で全身全霊を傾けて聴く自分でなければならない。そこに言葉から読み取る心の受け取りもあろうし、言葉そのものだけではなく語調、表情、目線、肩の張りようで語っている心を汲み取ることも欠かせない。そこに本音、本心を掴む実践があるからだ。感受性の豊かさによる包容力の愛の施しがそこにあり「愛で包む」とはそのようなことを言うのである。
 
かつて映画評論家として名を成した故淀川長治氏から「苦労よ来たれ」という言葉を伺った。人を好きになるための実践策の一つとしての紹介だが、例えば「大病煩わずして大病の人の真の気持ちはわからず」ということである。

それは概念としては理解できても、それでは深くその人の気持ちを思い図ることはできない。だから人を好きになるためには自分が苦労をすることも良い。まさに心を受けとめ、汲み取る深さ・広さは、自分の苦難の体験如何によって決まるといえる。

切り口を変えてみれば「ありがとう」の言葉を施すことのできる人は、それだけ体験に裏付けされた愛情の豊かさを持ち合せている。なぜなら「有難う」は、「難きことがある」と書くからだ。 
 
日常業務とリンクさせてみると「お・も・て・な・し」の実践に通ずる。来たる年の東京五輪に関わる言葉として脚光を浴びた言葉であるが、その実践は相手が困り、欲することを察して、その解決のために、自身でできることはなにかと知恵をはたらかせ、先手で施すことである。

即ち相手の心を受け止め、思いやりの気配り上手である。従って肝腎なことは「察する、声なき心を汲み取る、シグナルを感じる」ことにほかならない。  

坂本氏はジムでの育成はただ力を付けるだけでなく「優しさに裏打ちされた強さ」をモットーに教え込んでいる。

◆あきらめない、そこには支える働き掛けがある
 
坂本氏は世界戦に4度挑む。負けたときはどうなる。「兄さん次もやるよね。あきらめないよね」と施設の子供たちが寄ってくる。

引退との文字も流れた3回目の挑戦もかなわなかった。子供たちは「兄さん、やるよね。あきらめないよね。応援するよ」すかさず「やるよ」と答える。なぜ? それは子供たちに説いている言葉「あきらめない」この言葉に背くことはできないと覚悟を決めるからだ。体は既に限界を超えていることは承知の上である。

4回目挑戦でのリングでの闘いは伝説になる名勝負を成すが敗者となる。施設を訪ねたとき、子供たちが皆で作った手づくりのタイトルベルトを送ってくれた。感動の瞬間だ……。
 
「熱く、決してあきらめない」と覚悟を決めつつも頑張れば必ず願いなら叶うことが全てではない。

そのとき、今ひとつの心の支えがその辛苦の扉を開いてくれる。それは、仕事上でも同じである。その支えとなる人は誰? 同期であり、先輩であり、信頼される上司でもある。小企業であればトップである。

「あのとき、あなたの支えがあったから」「皆で支え合って」とのよき結果に対する確認は組織の持つ素晴らしさである。

こんな支え合いの一例が、今年の流行語大賞に輝いた「ONE TEAM」でもある。1年間240日に及ぶ強化合宿でチーム力を強固にし「チームで勝つ」を合言葉に闘ってきた。従って「勝利は奇跡でなく、必然である」との言葉は勝利後の選手の言葉だ。

しかし、代表に選ばれない、選ばれてもジャージに袖を通すことができず水係に徹した選手もいる。ピッチに立って思う存分活躍できる選手を支えている人だ。だからこそ、時には褒め、時には檄を飛ばし、励まし、心の安定への施しもあろう。そこに支えあうチームで勝つ合言葉が生きている。他のスポーツでもコーチも含め同様であることはいうまでもない。

創業塾卒塾者へは自転車支援と称して、寄り添いの支えを講師団で実践している。店探し、顧客の発掘と縁作り、補助金申請、迷いに対する適切な示唆、指導など多岐にわたる。だからこそ2~3年経ての「おかげさまで」との言葉を掛けられる喜びは格別といえる。
 
勿論、点滴石をうがつ、積小為大、塵も積もれば山となる……の言葉があるように本人が初心を忘れず、例え小さなことでも熱き心で努力を継続していくことが前提である。

坂本氏の結びの言葉は「熱を持って接すれば、熱を持って返ってくる」であった。支える力は本人の発する「あつーい実践」の姿に触発される現実である。

◆新たな年にタスキを繋ぐ
 
現役のマラソン走者君原健二氏、は「マラソン人生は駅伝の如し」と語る。人生には節目、節目がある。だから、その節目を中継点として自らタスキを繋いでいく。そこには新たな想い(ゴール)描き、その実現に向けて走り出す。従って色紙の言葉は「努力を糧にゴール無限」と書かれる。それは、新たなゴールへ向けての条件は、走る道路状態、気温、風、他ランナーの状態、体調条件が決して同じことはない、だからこそ新たな努力を要するということだ。  

令和元年。我が国とって歴史的な今年だ。来たる年へ、タスキをきちんと繋ぎ、次なる想いに重ねてきた底力を生かし、着実に到達したいものである。勿論まさかの想定外の条件が発生してもだ。そのためには、何をする? それは新たな学びをすることだ。
 
令和の新時代、新陛下のお言葉に「自己の研鑽に励み」、そして新皇后陛下のお言葉に「自己研鑽を積んで」とあった。新たな時代、新たな自分づくりだからこそ新たな学びによる新たな知恵を生み出し、実現を成す活躍を楽しむ術である。
 
坂本氏からの学びを反芻し、あつーい考働力で新たな年を迎え、活躍していくと胆に納めた。どうぞ良いお年を……。

 

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◇澤田良雄氏

東京生まれ。中央大学卒業。現セイコーインスツルメンツ㈱に勤務。製造ライン、社員教育、総務マネージャーを歴任後、㈱井浦コミュニケーションセンター専 務理事を経て、ビジネス教育の㈱HOPEを設立。現在、企業教育コンサルタントとして、各企業、官公庁、行政、団体で社員研修講師として広く活躍。指導 キャリアを活かした独自開発の実践的、具体的、効果重視の講義、トレーニング法にて、情熱あふれる温かみと厳しさを兼ね備えた指導力が定評。
http://www.hope-s.com/