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「令和2年、花園神社の酉の市」(日比恆明)

【特別リポート】
「令和2年、花園神社の酉の市」

日比 恆明氏(弁理士)

今年も年末に近づき、関東地方では縁起物の熊手を販売する「酉の市」が開催されました。関西では「えべつさん」と呼ばれて、1月10日前後に開催されています。何れにせよ商売繁盛を願う庶民の信仰です。一般家庭で購入することはまれで、大半は飲食店や会社関係の人達が購入しているようです。

ただし、熊手は購入しないが、神社に参拝される方は多く、その参拝者を目当てにして境内には多数の露店が並ぶのが通例です。また、参拝者の方も家内安全、商売繁盛を願うよりも、露店で一杯楽しむのを目的としているようです。

毎年恒例のイベントであり、一家や知人同志で露店でおでん、焼き鳥などをツマミに日本酒を飲むのが冬の風物詩となっているようです。
 
さて、新宿にある花園神社は歌舞伎町に近いため、毎年酉の市では大勢の参拝者で賑わっています。しかし、今年の酉の市では例年とは様変わりしました。その原因は新型コロナ・ウイルスによるもので、参拝者と熊手業者への感染防止のために例年にはない特別な措置を取っていました。

このような措置は、多分花園神社の歴史始まって以来の出来事ではないかと思われます。百年に一度あるかないかの様子の変化であり、このような状況は二度と見かけられないでしょう。今までは酉の市には無関心で、撮影などしなかったのですが、今年だけは記録のために境内を撮影し、状況を報告します。

                    写真1

写真1は花園神社の入口(正門と呼ぶのかどうかは不明)で、明治通りに面しています。大鳥居の前には多数の奉納提灯が吊り下げられていて、電飾により明かりが皓々としていました。この提灯を見かけると、もうすぐ正月になります、と庶民に声を掛けているような気持ちになります。


                    写真2

                    写真3

その奉納提灯の下を潜って境内に入ると、先ず目にするのは「入場口」という看板です。例年は裏門、側門(正式の名称は不明)を開放し、どこからでも入場できるのですが、今年はここからしか入場できません。

また、例年であればこの入口付近まで参拝者が密集していて、真っ直ぐに歩けないような状態でした。しかし、今年はスカスカの状態であり、人混みがありません。

入口からさらに進むと、机が並べられ、学生らしいバイトの男たちが待機していました。最初の机には消毒液が置かれていて、先ずは手先を消毒させられます。次いで、その裏側に並べられた机で、検温していました。消毒と検温により、ウイルス患者の入場を排除しようということなのですが、入場を断られた参拝者はいないのではないかと思われます。

バイト諸君は指示された通りに参拝者を検温するのですが、その動作は少々投げやりでした。もし、体温が高い参拝者を見つけても、お帰り願うのは困難なことです。まあ、一応は検査をしてます、というポーズではないかと思われました。


                   写真4

境内には、令和二年の参拝についての注意書きが出されていました。その概要は、
 1、境内は午後10時に消灯します。
 2、マスクの着用をして下さい。
 3、検温と消毒をしてから入場してください。
 4、飲食などの露店は出店していません。
 5、混雑する場合は入場制限します。
ということでした。

この看板は手書きで急遽制作したような感じでした。神社側では行事の変更を決定するのに相当に苦労したようで、方針が決まったのは酉の市の始まるぎりぎりであったのではないかと推測されます。
 
例年であれば、飲食を提供する露店が並び、午前3時頃まで酔客で賑わっていました。それが、午後10時で参拝を停止して境内を閉鎖することになりました。第3波のコロナ騒ぎで飲食店の営業を午後10時までとする、と小池都知事が自粛を要請したので、それに合わせたのでしょう。

また、飲食できる露店の全ての出店を禁止したのですから、大変な決断であったと思います。年末の書き入れ時である酉の市に露店を出せないとなると、業者の人達には大打撃となるでしょう。店舗を抱えた飲食店では、自粛要請により売り上げが激減しています。だが、店舗を持たない露店商はそもそも露店を開けられないのですから、売り上げが減少するというより無くなったということなります。露店商の方が、歳の瀬を越すことができるか心配です。


                    写真5

境内のあちこちには、「マスク着用」「飲食禁止」のプラカードを掲げた氏子の人達が立っていました。皆様、「露店が出なくなり、飲食を禁止するのは、今まで経験したことのない酉の市です」と申されていました。少々寒さを感じられる晩秋に、ザワザワと参拝者が混み合うのが例年の境内の雰囲気なのです。神社も参拝者も、人混みで賑わうことで何となく幸せになったような気分になっていたはずです。


                    写真6

神社の本殿に向かう参拝者は、石段を一段づつ空けて順番を待っていました。密集を避けるためのソーシャルディスタンスです。


                    写真7


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境内では、例年と同じように熊手を販売する露店が並んでいました。飲食を提供する露店やみやげ物を販売する露店の出店は禁止されましたが、熊手の露店は営業していました。これだけは信仰の対象であり、コロナ騒ぎでも熊手の販売を中断することはできないからでしょう。

顧客が熊手を購入すると、露店商は「商売繁盛、家内安全」の掛け声で拍子木を打ってくれますが、顧客も露店商もマスクしているのは異常な光景です。声で飛沫が飛散しないようにマスクをするのは当然ですが、何か声に力が入らないようでした。


                    写真9

どの露店でも、熊手には顧客の店名を記入した名札を付けてくれます。店の前に設置した机の上で、名札に手書きで店名を書き込んでいました。作業する机の三方には、感染防止のビニールが張られていました。木枠で作った簡素なものですが、露店でもここまで対策を立てているのか、と感心しました。


                  写真10

花園神社の出口は、靖国通りに面した細い通路(正式な名称は不明)でした。つまり、明治通り側の入口から入って、そのまま真っ直ぐ本殿に進み、参拝が終わったなら左側に折れて靖国通りの出口から退散するという一方通行になっていました。

これなら参拝者はL字形に誘導され、短時間で参拝が終了することができます。例年ならば、この細い通路の両側にも露店が並び、参拝者は細くなった通路の中央を肩をすり合うようにして歩いていました。

来年にはウイルスが完全に鎮静化し、このような寂しい光景にならないよう願っています。