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「ミャンマーのクーデターとお詫び」(小島正憲)

小島正憲氏のアジア論考
「ミャンマーのクーデターとお詫び」

小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)

この度のミャンマーのクーデターを、事前に察知・予告できなかったことを、心からお詫び申し上げます。

1.お詫び

2月1日午前10時、ちょうど本社に出勤していた私に、幹部社員が、「ミャンマーで軍事クーデターが起きました。現在、工場と連絡を取ろうとしていますが、電話もネットもつながりません」と報告してきた。それを聞いて私は、 びっくり仰天した。まったく想定外だったからである。

次の瞬間、工場に駐在している日本人1名と中国人6名の安否が心配になった。すぐに、「中国からならば通信可能かもしれない」という考えが浮かんだので、ただちに中国在住の社員に、中国からミャンマーへ連絡をさせてみた。すると、中国ネットの微信が通じ、午前10時半、工場の安定操業と日本人・中国人の身の安全が確認できた。

そのときふと、私は、「国軍は中国と示し合わせてクーデターを起こしたのではないか」と思った。その後、2月4日の日経新聞に、「狙いすました政変 ミャンマー国軍に中国の影」という記事が載ったので、私はその思いを強くした。たしかに、昨年末から国軍は、なんども「前回の総選挙に不正があった」として、強く抗議をしていた。今から思えば、それがクーデターの兆候だったのである。

私は、どの国の選挙でも、負けた側が選挙の不正を大声で訴えるのは、よく起きることであるし、ことにトランプ前大統領の酷い行為を見慣れ、情報感度が麻痺し、ミャンマー国軍の抗議の大声を見逃してしまったのである。また国軍の抗議の情報はなんども入手していたが、結果として、「東南・南西アジア短信」で、一度も、発信しなかった。私は、このことに思い至り、読者のみなさんに、とにかくお詫びしなければと思った。

2.言い訳け

コロナウイルスの全世界への蔓延のために、私は、この1年間、日本国内に閉じ込められていた。もちろんミャンマーの工場にも足を運んでいない。もし私が、総選挙の前後でミャンマーを訪問していたら、何かの兆候をキャッチできていただろう。また、今、ミャンマーにいたら、クーデターの実況中継ができただろう。本当にコロナが憎い。

3.自信喪失・自己嫌悪

長年、私は中国や東南・南西アジアの情報を発信し続けてきた。誰よりも早く情報を掴んだこともあるし、大方の認識を覆す論考を発したこともある。ことにこの10年間は、東南・南西アジアの現地情報を発信することに努めてきた。AAP(アジア・アパレルものづくりネットワーク)の会員さんが、それぞれの国で操業されているので、情報収集にも便利だったし、会員さんに他国の情報を届けることもできた。わが社も、バングラデシュ・ミャンマー・フィリピンの3か国で操業しているので、ことにそれらの国の現地情報を発信する役割を担っていた。

それが今回、私のお膝元のミャンマーでクーデターが起きた。私は、その兆候さえ、察知できなかった。なんのための「東南・南西アジア短信」なのか? この2日間、私は自信喪失・自己嫌悪に陥った。ミャンマー通を自称していたこの私が、「なぜその兆候を見逃したのか」、と。そして、「そろそろ短信もやめごろか」と思い、「断筆」という文字が頭をかすめた。

今から40数年前、当時、私が信奉していた著名ジャーナリストが、突然、断筆された。表向きの理由は腱鞘炎だったが、後に、「“ベトナムのカンボジア侵攻”という想定外の事態に遭遇されたことが真因だった」と、知らされた。今、あの大先輩の心境がよくわかる。

昨日、ミャンマー研究の第一人者である根本敬上智大教授(ビルマ近現代史)の談話が入手できた。
「ミャンマーで議会招集日のこのタイミングで国軍がクーデターを起こすとは正直、想定外だ。国軍は昨年11月の総選挙の不正を理由とするが、前回2015年の選挙でもアウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝しており、今回さらにNLDが議席を増やしたとはいえ、大勢は変わらないはずだ。国軍がなぜ一線を越えたのか、不可解だ」
というものである。

私は、この根本教授の談話を読み、ホッとした。「あの根本教授ですら、このクーデターは想定外だったのである。ましてや私など」と。そして、私は、コロナ終息後、ただちに現地へ飛び、今後の動向を報告せねば」と、自らを奮い立たせた。

4.今後のミャンマー情勢への所感 

得意の現場検証を封じられているので、推測の域を出ないが、ひとまず書き出してみる。

① 一般情勢

NLDなど民主派の巻き返しは、しばらくは困難であろう。民衆がコロナウイルスを恐れて、デモなどで密になることを避けるという心理的影響が大きく、実力行使の足かせとなる。

NLDが総選挙に大勝したというものの、小選挙区制であるための結果として認識しておく必要がある。わが工場内では、NLD派が2/3、国軍派が1/3であったという。過去のスー・チー政権下の5年間は、経済は小幅増進であり、民衆の期待ほどに発展しておらず、不平不満もくすぶっている。以前のような欧米からの熱意ある支持は、スー・チー氏がロヒンギャ問題を解決できていないため、期待できない。何よりも、スー・チーさんの年齢や体調に懸念が残る。

このクーデターが中国との連携のもとで行われたものであるとするならば、事態は長期化する。その場合、中国に政変が起きれば一蓮托生となる。もともとミャンマーの民主化は、国軍側の譲歩から始まったものであり、NLD側の圧倒的な実力で獲得されたものではなく、いずれの日にか、巻き返される道程だったと考えることも可能である。この点では、歴史の検証が必要である。

② わが社を巡る状況

私は1997年から3年間、タン・シュエ軍事政権下のミャンマーで工場経営に携わっていた。その時の経験から、軍事政権下であっても、操業に困難があるとは思わない。この1週間ほどは混乱があるかもしれないが、それが収まれば、世情も通常に戻り、わが工場は安定操業を続行できると思われる。もともと、これらの事態を見越して、わが社はヤンゴンから遠く離れた場所に建てておいたので、ヤンゴン近辺の騒動に巻き込まれることもない。コロナの影響も軽微で済んでいる。

おそらく軍事政権下では、最低賃金アップもしばらく凍結されるだろうし、チャット安も進行するだろうから、外資の工場経営にとってはメリットが出てくる。欧米からの経済制裁などが加わると、欧米向け輸出を行っているライバル工場の地盤沈下が進み、工場閉鎖も出現し、安値で入手できるチャンスが来るかもしれない。労働力が余剰となり、日本政府が前回軍事政権下と同様の対応をするならば、日本向け輸出の工場には有利な展開となる。

5.民主主義の再興

新型コロナウイルスへの対応で、どうも民主主義国家は旗色が悪い。ましてや今回のミャンマーのクーデターで民主主義国家がひっくりかえされた。これで東南・南西アジアでは、まともな民主主義国家が少なくなってしまった。

民主主義は絶対に守らなければならない。何とかして再興しなければならない。

 

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清話会  小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。