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「令和3年 春の九段界隈のできごと」(日比恆明)

【特別リポート】
「令和3年 春の九段界隈のできごと」

日比恆明氏(弁理士)

昨年初めから続いているコロナ禍は延々と続き、1年以上経過した現在も感染者が増加していて沈静化する兆しが見えません。毎日のテレビ、新聞ではコロナ感染者の増減やワクチンなどのニュースが繰り返し流れています。しかし、最近ではコロナの話題に代わってオリンピックと東日本大震災に関係したニュースが増えているような気がします。コロナが常態化してしまい、一般市民のコロナに対する関心が薄くなったからでしょうか。1年以上もコロナのニュースばかり見ていると、飽きてくるでしょう。しかし、油断は禁物で、コロナ・ウイルスには絶対に感染しないことが肝心です。持病を持った人が感染すれば死亡する可能性が高くなり、完治しても大きな後遺症が残ります。政府がコロナ・ウイルスの撲滅を宣言するまでは、万全の注意をすべきではないでしょうか。
 
コロナで社会は大騒動となっていますが、これは人間だけのことです。当たり前のことですがコロナとは無関係に四季は巡り、冬が過ぎれば春になって桜が咲くのです。もしかしたら、コロナ・ウイルスや強力な感染症が全世界に拡散し、人類が滅亡しても春はやって来るのです。そうなったら、無人で静まりかえった桜並木に桜花が咲き、誰も鑑賞せずに桜花が散っていくというSFの光景となるかもしれません。
 
そんなコロナ禍の最中にある九段界隈を散策してきました。


                    写真1

今年の東京の開花宣言は昨年と同様に3月14日になり、満開の予想は25日前後となりました。平日にもかかわらず、私は24日(水曜日)に千鳥ケ淵に出かけるることにしました。天気予報によればこの日は快晴になると報じられ、25日以降は曇または雨になると予想されたからです。写真1は千鳥ケ淵を南側から北側に向けて撮影したものです。桜は満開とは言えませんが、ほぼ九分咲であり、花びらが散る直前でした。空は青く、心地よい春の陽光でした。写真の撮影を趣味としている方はご存じなのですが、青い空を背景にして淡いピンクの桜花を撮影するのは極めて難しいのです。春は天候が変わりやすく、かつ、曇り空が多い季節なのです。曇り空を背景に桜花を撮影すると、白い空の色に薄桃色の桜花が重なり、桜花は濁ったような色に写って失敗します。
 
東京で満開の日に快晴になるのは数年に一回、或いは十年に一回であり、滅多に重ならないのです。写真好きな趣味人は体験的にこのことを知っていて、桜が満開であった快晴の日に撮影に出かけるのです。24日は滅多にないチャンスということで、アマチュアカメラマンが千鳥ケ淵のあちこちに出没していました。
 
なお、桜の写真を専門に撮影するプロがいますが、彼らは桜の開花時期に合わせて、鹿児島から撮影を開始し、開花状況を睨みながら車で北上し、北海道まで移動します。有名な桜の名所はほぼ決まっていて、ほぼ同じ場所から満開の桜を撮影するのです。しかし、そんなプロであっても、真っ青な空を背景にして撮影することは滅多にありません。従って、最高の条件で撮影された桜の名所の写真は高額で取引されているのです。


                  写真2

コロナ禍による外出自粛のため、以前に比べて千鳥ケ淵に出かける花見客は減少しています。このため、貸しボートの前で待機する乗船客は少なく、待ち時間は10分以下のようでした。いつもであれば行列ができ、2時間待ちは当たり前であったのですが。なお、昨年の花見期間中は貸しボートは禁止されていたため、このような光景は見られれませんでした。

さて、今年の千鳥ケ淵の様子を観察すると、昨年よりも花見客が増えたような気がします。写真3は千鳥ケ淵の桜並木の入口から南方向を撮影したものです。また、写真4は同じ場所で昨年の3月27日(金曜日)に撮影したものです。いずれも平日でした。


                   写真3


                    写真4

両者を目分量で比較すると、今年は花見客の人数は昨年の3倍以上になったのではないかと思われます。昨年、東京都から外出自粛要請が発せられたのは3月25日で、撮影したのは自粛要請が出てから2日後ということになり、社会一般にコロナの感染に敏感になっていたのでしょう。今年1月8日に第2回目の緊急事態宣言が発せられ、それが解除されたのが3月21日でした。このタイミングの差が花見客の増減と関係があるのでしょう。今年の花見客が増えたのは、第2回目の緊急事態宣言が解除されて人々の気が緩んだのか、自粛疲れで外出したくなったのか、どちらかでしょう。


                   写真5

花見には出かけたいがコロナに感染するのは嫌だ、と思われる人も多いでしょう。花見と感染防止の相反する利益を満たすのは、「車中花見」ということになります。千鳥ケ淵の桜並木に沿って延びる車道には車中花見を楽しもうとする自家用車が連なっていました。いずれの車もノロノロと動くので、写真5のように渋滞が続いていました。こんなことなら、花見期間中は通行禁止にすべきでしょう。


                   写真6

昨年に続き千代田区主催の「さくら祭り」は中止となり、靖国神社でも屋台の出店は禁止となりました。当然のように、桜の木の下での宴会は禁止されました。それもこれも、人の密集を避けてコロナ感染を防止するためです。この措置は千鳥ケ淵だけではなく、上野公園、飛鳥山公園、隅田公園などの都内の桜の名所に共通したものです。2年も連続して花見が禁止されると、将来は花見の習慣が無くなってしまうのではないかと危惧しています。
 
桜の木の下に段ボールを敷いて宴会を始めようとしたグループがいました。たちまち警備員が飛んできて立ち退きを命じられていました。ただ、禁止されているのは、多人数が敷物を敷いて集まるような宴会だけのようです。ベンチに座って静かに弁当を食べるのは許されているようでした。


                    写真7

この日の靖国神社の参道はこのような光景でした。例年の花見の季節に比べると人出は少ないと思われるかもしれませんが、昨年に比べるとはるかに人出は増えています。しかし、この程度の人出であれば、他人とは2m以上離れていて感染するおそれは薄いでしょう。春爛漫の長閑な日でした。


                   写真8

靖国神社の境内にある標準木は見応えのある咲き方でした。地表をご覧になるとお分かりのように、花びらが殆ど見られず、まさに満開でした。多分、翌日からは散りはじめ、地面には白い文様のように花びらが敷きつめられることになるでしょう。今年は絶好の花見日和でした。


                   写真9

この日の東京の気温は今年最高の20.5度となり、実感ではもっと温かいと感じられました。気温の上昇により、参道脇の売店ではソフトクリームを買い求める人達の行列ができてました。
 
なお、現在の休息所ができる前は木造の茶店があり、ここでは軽食と共に酒、ビールなども販売していました。このため、茶店の近くでは知り合い同士が集まって酒盛りをする光景が見られました。旧友達と出会って、楽しい時間を過ごしているようでした。しかし、新しい売店では酒類は売らず、健全な営業となっています。昔の境内の光景を覚えている人にとっては何か寂しいと感じられるかもしれません。しかし、靖国神社はモダンに変化し、今までの方針とは違った路線に進んでいるようです。戦後75年が経過したため、神社の運営は新しい世代により変えられているのでしょう。


                   写真10

境内のあちこちには袴姿の女性を見かけることができました。彼女達は法政大学の学生で、この日は卒業式で、その帰り道に靖国神社に立ち寄ったのでした。境内では同級生などが集まって記念写真を撮影していました。


                   写真11

法政大学の卒業式は、武道館で行われていました。武道館に続く田安門の前には卒業式に参加するために待機する学生達で混雑していました。この日、法政大学では午前と午後に分散して卒業式を2回開催していました。武道館の収容人数は1万4千人であり、法政大学の卒業生は1万人程度なので1回で終わるはずですが、密集を避けるため分散したようです。
 
艶やかな着物を着た若い女性が満開の桜の下に集まっているのを見ると、何とも言えない甘い気分になります。一生に一度の華やかな時期だからです。しかし、彼女たちには失礼ですが、卒業する時期が悪すぎるのです。コロナ禍により景気が落ち込んでいて、何時回復するか読めません。もしかしたら、就職先が決まらずに卒業してしまった学生もお見えになるかも知れません。また、このコロナ禍は社会の形態を大きく変えてしまう要素が大きいのです。リモートワークが常識となり、打ち合わせは全てインターネットによるウエブ会議で終了することが増えています。すると、交通機関や宿泊施設を利用する顧客が減少し、鉄道会社、ホテルなどでは人員を削減すると予想されます。また、外食する習慣が薄れてくることで、サービス業が淘汰されることも考えられます。社会は明治維新以来の百年に一度の大きな変革の時期にきています。
 
卒業した彼女たちの前には、色々な難関が待ち構えています。しかし、そんな障害を乗り越えて、これからの日本を支えて欲しいものです。