[ 特集カテゴリー ] ,

「令和3年のみたままつり」(日比恆明)

【特別リポート】
「令和3年のみたままつり」

日比恆明氏(弁理士)

令和3年7月18日に靖國神社の「みたままつり」に出掛け、境内で見聞したことを報告します。
 
今の日本人の関心事は、当然のように「新型コロナウイルス」と「オリンピック」でしょう。昨年初めよりコロナウイルスが蔓延し、毎日のニュースではまずコロナ感染者数がトップに報道されています。コロナに関するニュースは途切れることなく続いていて、生活の一部となってしまったようです。

昨年の始め頃は、感染は1年程度で収束する、というような緩い報道がなされていましたが全く収束する見込みがありません。今年になると感染力の強いインド変異株が発生し、7月には第4回目の緊急事態宣言が発せられました。それでも東京都の感染者数は1日5千人を越すことになり、終わりが見通せません。もしかすると、コロナ感染は半永久的に続き、人類滅亡の始まりになるのではないかと危惧しています。
 
国内のコロナ騒ぎの最中に、東京オリンピックが開催されました。クラスターによる感染拡大を防ぐため、無観客で試合が開催されました。それでも、選手や関係者の中から430名のコロナ陽性者が発生しました。

この人数が多いか少ないかは疑問がありますが、それでも8月8日に終了し、ヤレヤレといったところです。しかし、無観客による入場料収入の減収やその他のトラブルがあり、これから残務整理が始まることになるでしょう。


                    写真1

靖国神社では、毎年7月13日から16日の間に「みたままつり」が催されます。東京では夏の風物詩になったのですが、歴史は意外に新しく、戦没者の霊を慰めるために昭和22年より始まったとのことです。全国の護国神社でもみたままつりを催していますが、同じような時期に始めたのではないかと思われます。

神道で、亡くなった人の霊を慰める行事は古くから存在していたようで、京都の上御霊神社では貞観5年(873年)から始まったらしい。ただ、上御霊神社の祭礼では「御霊祭(ごりょうまつり)」と呼ばれています。靖国神社は「みたままつり」と平仮名書きにしているのは、この祭礼と区別するためではないかと思われます。「御霊祭」「みたままつり」も共に文献が少ないので由来や経歴があまり明瞭ではありません。


                      写真2

さて、昨年はコロナ禍によりみたままつりは中止されましたが、今年は1年振りに開催されました。しかし、コロナの感染を防ぐため露店の出店、盆踊り、各種行事などを一切中止することになりました。今年のみたままつりでは奉納の提灯と雪洞が展示されるだけ、という夏祭にしては寂しいものとなりました。

そもそも、今年にみたままつりを再開することになったのは、奉納提灯の永代献灯が原因です。戦友会の解散や遺族の高齢化により参拝でき難くなった人達が増えてきました。そのような人達のために、最初に纏まった献金をすることで、永代に渡って献灯を続ける、というのが永代献灯です。毎年に提灯を奉納する、という約束であることから、今年は提灯を掲げることになったようです。
 
今年のみたままつりでは露店、行事は一切中止したのですが、開催期間を例年の4日間から6日間に長くしています。これは参拝者が集中することで密集することを防止するためのようです。

もう一つの特徴は、拝殿と本殿の間にある中庭での参拝を斎行したことです。通常は、一般参拝者が入ることができない領域を開放したのです。1日5千人という限定でした、毎夜満員の盛況だったようです。ただ、中庭で参拝するのは無料ではありません。

                       写真3

境内には恒例の奉納雪洞が掲げられていました。有名人や著名人による揮毫や絵画が掲げられ、順番に見ていくのも楽しいものです。今年も奉納雪洞の数は一昨年と同じようでしたが、少し雰囲気が変わってました。今まで見かけたことのない人の奉納が増えていて、今までの常連の奉納者の氏名が抜けていました。


                      写真4

特に、相撲業界からの奉納が見かけられませんでした。毎年、横綱、大関あたりの雪洞が境内の目立つところにあったのですが、今年は見当たりません。相撲業界では、コロナの感染を防ぐために、相撲取りに外出禁止などの措置を取っていました。裸で勝負する相撲のため、コロナに感染する確率が高いのです。実際に、若い相撲取りにはコロナ感染で死亡された人も見えました。相撲業界では健康を維持するのが最優先となっているのでしょう。
 
また、今までみたままつりで見かけることがなかった画家、漫画家による奉納が目立っていました。揮毫のような文字ではなく、絵や漫画の奉納は視覚により理解しやすいからでしょう。
 
プロレラーで国会議員の「アントニオ猪木」の雪洞がありました。タイトルは「道」ということで、人生の方向性を表した詩が書かれていました。それなりの蘊蓄のある内容でした。


                       写真5

「アントニオ猪木」の雪洞の近くには「アントキの猪木」の雪洞が掲げられていました。こちらも揮毫ですが、タイトルは「偽道」ということです。本家の「アントニオ猪木」の「道」とは違う、裏の道を表現したのでしょう。本人が「アントニオ猪木」の偽物であることから、揮毫も本物とは偽であることを強調したかったのでしょう。物真似芸人であることを自覚していて、それを売り物にしているのですからこのような内容になったのでしょう。
 
さらに、今年の奉納雪洞で特徴的なのは、多数のプロレスラーからの奉納が目立つことです。例年10名程度のプロレスラーからの奉納があるのですが、数えてみたら今年は53名のプロレスラーから奉納されていました。

写真の手前には女子プロレスラーの「アジャコング」による奉納雪洞で、そこから先の一列全員がプロレスラーによる奉納でした。靖国神社では、毎年3月に奉納プロレスを開催しているので、プロレスラー達とも縁が無い訳でもないのですが少々多過ぎでしょう。


                       写真6


                       写真7

参道の両側には、例年のように献灯の提灯が吊り下げられていました。例年に比べて数が多いように思われましたが、何時もと同じ3万灯だそうです。例年ならば参道には参拝者が溢れているため遠くの提灯は見えませんが、今年は誰もいないため遠くの提灯も見通せます。そのため、提灯の数が多くなったように錯覚したのでしょう。
 
その提灯が吊り下げられた足場の下には防護柵が並べられていて、林の中には入ることができないようにしてありました。防護柵には侵入禁止の注意書きのパネルがありました。要するに、コロナ感染を防止するために林に入ることを禁止する、ということなのです。夜になって若者達がこの林の薄暗い場所に入って何をするか判らず、その予防のためではないかと推測されました。


                        写真8


                       写真9

神門を入って直ぐ左に回ると社務所があります。靖国神社の本部のようなもので、鉄筋コンクリート造りですが和風のデザインとなっています。社務所の入口には建て替えの案内が掲示してありました。老朽化により同じ場所に新設するとのことで、この社務所は8月2日から仮事務所に移転し、直ぐに解体されるとのことです。

現在の社務所はガッチリした構造であり、老朽化したとは思われないのですが。一昨年に終了した創建150周年記念では多額の寄付金が集まり、予算が余ったので社務所を新築することになった、という噂も聞こえてきましたが。


                      写真10


                        写真11

この日は7月であったのに真夏日となり、暑い日でした。休憩所の前には、水をノズルから細かく噴出して周りを冷やすミスト噴射装置のポールが立てられていました。このポールは仮設のものではなく、常設のようです。地面の下に水道管を配置し、地表にはポールの下端を差し込む金具が固定してあり、ポールと水道管を直結できるようになっていました。休憩所を改築する際に、この装置を設置したようです。神社の中でミストを噴出できるのはここだけなのですが、これからの地球温暖化に備えて、境内のあちこちに同じミスト噴射装置を設置して欲しいものです。


                       写真12


                        写真13

今年も神門には、七夕の吹き流しが吊られていました。吹き流しは、七夕祭りで有名な仙台にある護国神社からの寄贈です。今年はその吹き流しの足が短くなっていました。

写真13は2017年の吹き流しで、足がイカのように長いのです。今年の吹き流しは足が短く、タコのようでした。これは吹き流しの材料を節約したのではなく、破損を防止するためなのです。以前の足の長い吹き流しでは、参拝者がその足を引っ張って切断してしまう悪戯が発生していました。少し手を延ばせば吹き流しの足を掴むことができるからです。そんな悪戯による破損を防ぐため、タコのような吹き流しとなってしまいました。


                       写真14

この日、とある政治団体の一団が参拝されてました。団体では提灯を奉納しており、その前で一同が記念写真を撮影することになったようです。奉納した提灯を背景にして、全員を写すためには誰かにシャッターを押してもらわなければなりません。そのため、近くにいた人に撮影を依頼していました。依頼されたのは公安関係者の人で、丁寧に撮影されてみえました。こうなると政治団体と公安関係の癒着のようなもので、ブラックユーモアと言ってもいいかもしれません。