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「感謝の心で施す、言動の素晴らしさを生かす」(澤田良雄)

髭講師の研修日誌(74)
「感謝の心で施す、言動の素晴らしさを生かす」

澤田良雄氏((株)HOPE代表取締役)

◆研修現場での推論を検証する

「2020東京五輪は開催して良かったとなる」のディベート的討論(テーマに対して肯定・否定側に分かれての討論方式で勝ち負けを争う)で肯定側の立論のまとめは「スポーツ 界及び未来を担う世代の影響として良かった」、それは、世界中のアスリートの努力が無駄にならぬよう成果発表の場を残せた意義は大きい。そして、TVで選手の活躍をみた若い世代が、興味を持ち新たな夢を持つきっかけとなり、次世代の育成に繋がる。特に新種目(スケボー・サーフイン等)広く知られるきっかけとなった。

討論に勝利した。この討論はT県内職員対象の折衝力向上研修の最終講での演習で、折衝時にどう折合いをつけるかその過程での論理的議論のスキルアップを期した演習である。従って緊張感をあおり、発信と反論のやりとりであり、参加者は自己との闘いでもある。

研修目的は十分に掴め、初体験の受講者から、「良い学びとなりました」との謝意も頂いた。実は、開幕7日目の実施であるので中途までの事実を基にした議論である。以後閉幕された時点での持論がどうであるかが討議参加者の興味であろうと察した。いずれにしてもきつい演習であるからこそやり遂げた感謝の言葉であろう。

◆ありがとうの言葉が交わされる
 
五輪は閉幕した。「ARIGATO」のカードを掲げて、帰路につく外国選手を送るボランティアの人、帰国選手の声には「コロナ禍でも親切な日本の人たちのおかげで、最高のコンディションで臨むことができた。人生で最高の思い出になった」と語った選手もいたとのことだ。

コロナ過での開催については1年延期、賛否両論、無観客等当初計画の度重なる変更を余儀された。しかしながら、開催したからこそTVを通しての観戦でも、世界一流選手の魅せる心技体の凄さは見応えがあり感動、感激であった。
 
開催に関わった多くのスタッフ・アスリート、そして医療関係者、ボランティアの人たちに「ありがとう」の言葉が多く送られている。小生もその一人である。前記した討論参加者の特に肯定者側の想いに近い現実もあり、否定側のコロナ過での危惧すべきリスクも最小に収まった。

改めて、選手がインタビューに応えた内容にふれると多くの学びがある。その核たる学びは、次の2点である。

1、感謝の心での話す事の素晴らしさ
2.そして、感謝は苦難との闘いあっての言葉である

まず、感謝で話す素晴らしさに着目してみると、開催され、出場できた感謝、そして結実した結果に対する感謝の言葉が多い。それは、今回の諸事情を踏まえたこともあるが、年々にも及ぶ厳しいトレーニング、プレッシャーに耐えてきたメダルを掴んだ努力過程、それは挑みであり、過酷であることだからこそ、目指してきたその力を発揮できる舞台としてオリンピックが開催され、自分がいかに多くの人の支援に支えられて出場できたか、活躍できたかこのことへの感謝が述べられている。

◆声援、支援、想いの結実、役割の成就、感謝、悔しいの言葉に学ぶ
 
そこで、報道記事で目についた選手の言葉をみてみると、
「本当に楽しかった。みなさんの声援のおかげでここまで来られたし、自分たちも辛い練習を乗り越えられた。オリンピックの舞台を作ってくれた人たちに感謝したい」(女子バスケット)
「一つも楽な試合はなかった。とにかく選手の勝ちたい、金メダルを取りたいという思いが結束した。テレビの前でたくさんの人に応援していただいたし、サポートしてくれた方々もいる。本当にみんなでつかんだ勝利だ」(野球)
「いつも悔し涙ばかり流してきたんですけど、初めてうれし涙を魅せました」(アーチエリー男子団体)
「厳しいコンデションでも、今まで辛いときでもそれが,結果に繋がった」(新競技サーフイン女子)
「僕の長所は、気持ちで折れずに最後まで攻め抜く姿勢だと思っている。今大会、それが生かせてよかった(柔道男子)
「自分がメダルを獲得したことでサーフインが日本中の人に知ってもらえたらうれしい」(サーフイン)
「何度もくじけそうになったのですが、自分の信念を崩さずここまでやってきて結果が出てよかった」(女子柔道)
「13年間出せるように頑張りました。ずーっとささえてくれた両親に報告したいと思います。」(ボクシング女子)
「家族は怪我をして手術した時からどんな時でも支えてくれた。今まで結果が出せなかったのでやっと恩返しができた」(フエッシング女子)
「時間がたつにつれて、やっぱり金が良かったと思う。すごく悔しい。でもみんなに『胸を張って帰っておいで』と言われたのが救いになった。(空手女子形)
「どんなミスしても水谷選手が『強気で攻める』と言ってくれたことでどんどん調子が出た」(卓球男子団体)
「私の目標はテレビを見ている子供たちに『ゴルフって楽しい、初めてみたい』と思ってもらえるようなプレーを見せることだったので、それができたと思う(女子ゴルフ)

……皆、話す表情、語調は、真剣な面持ち、笑顔、そして自然に下がる頭と、こらえる涙腺が大方である。

◆被災地企業から頂いた年賀状に心する
 
この姿に心から拍手を送りながら改めて、感謝の心は、五輪選手に限らず、生きている、仕事ができる感謝、お客様がきてくれることの感謝、そこで働く事に感謝、しかも障害が大きければ、また多いほど支えてくれた人や応援している人への感謝の気持ちも大きくなることも共通することだと確認した。

ふと、11年前、福島県の出講企業の常務M氏から頂いた年賀状を思い起こした。記された言葉は
 家族と生活できる事に感謝! 仕事ができることに感謝!
 多くの友人の励ましに感謝!  郷土愛と地域の絆に感謝!
と「感謝」の言葉が綴られている。そのいきさつは、同社が被災4ヶ月後の7月半ばの工場再開に当たって、社員に呼びかけたトップの言葉が「改めて感謝」の言葉を大事に活躍していこう、だった。

それは、働ける、誇ってきた仕事ができる、同じ仲間と仕事ができる、同じ場所で仕事ができる、そしてご心配と励ましを頂いた方々が多くいた。このことへの当社社員としての感謝の念を共有化し、今後の業務に関わろうとの訴えであった。

これは、被災地の方だから発信できる真の言葉であろう。以後、見事に企業活動は継続されている。今大会は「復興五輪」と名付けられたが、どんな感想を持たれたであろうか。

◆ひと言の美学 それはありがとうの心の言葉
 
読者諸氏はいかがであろうか。感謝の心をどれだけ素直に持ち、心から発信しているだろうか。改めて確認してみよう。

その代表的言葉は「ありがとう」である。ありがとうと発信する人は、人から施されたことによる幸せの時、ありがとうと言われた人は自らの施しが喜んでいただけたと感じる幸せの時、と考えると、幸福度はこの言葉を交わされた分だけ高まることとなる。

対象は人だけとは限らない。モノにも、動物にも、植物にも、時には自然に向けられる。例えば、梅の花が良い香りを醸して心を癒してくれる。やがて梅干しとなりご飯を美味しくいただける。ありがたいな、と思えることもあろう。

要はそれを「感受できる人となり」がどうかである。類した言葉を確認するとそれは、
①  お陰さまで(支援いただいた、ご心配いただいた、ご指導いただいた…)
②  助かりました(協力いただいた、困ったことへの助力、厳しい指導をいただき…)
③  お世話になりました(支援、多大な尽力、困難なことへの解決示唆をいただき…)
④  気を遣っていただき(気持ちを汲んでくれた、敢えて配慮いただき…)
⑤  ご配慮いただきまして(事前の施し、根回し、ご無理の事への対応頂きまして…)
⑥  ご心配いただきまして(気に掛けていただいた、弱い点へのカバーいただき…)
⑦  ごちそうさま(心づくし、食の楽しみ、おもてなしいただき…)
等が挙げられる。

この言葉が飛び交うほど、職場、諸処の集まりで喜びが相互に享受され、良き関係が深まるのだが、とかく、言わなくてもわかっている「だろう」「もんだ」「らしい」「ようだ」との不精はないだろうか。「そんなことはあたりまえだ」と謝念を持てない自己中心、自分の欲望だけを求めている人は論外である。

◆謝念が生きた日々の実践
 
感謝の心を日常生活の中で自然な言動として表わされる状態を「謝念」という。「感謝の念」つまり、ありがたく思い、感謝したいと感じる心をふだんの生活のさまざまな場面で表わすことを表現している。人生論などを多数書かれた昭和を代表する文芸評論家の亀井勝一郎氏の言葉に、「幸福とは、つきつめていえば『謝念』の二字につきる」と著されている。それほどこの二文字の意味は深いものである。

では、この実践事例をいくつか紹介しよう。

●来客の訪所時事務所内の社員が一斉に立ち上がり、「いらっしゃいませ」と丁寧な言葉とお辞儀で迎え、退所時には再び立ち上がりで退室時までお見送りする。(W会計事務所)
●連絡文の冒頭には必ず「御世話になっております」と記し、末尾に感謝と記す。
●帰宅したら、玄関に脱いだ靴を磨きながら、靴に「今日はありがとう」と声がけし、泥がついて汚れている時には「こんなに汚してごめんなさい」と言いながら一層きれいに靴磨きをする。(建築工具メーカーS社経営者)
●工場で使用する機械に名前をつけて、毎朝、声がけしながら掃除をする。(製紙メーカーG社社員)
●朝、帰社時のトラックに「ご苦労様」と労いの言葉をかけ、丁寧に掃除をする。新車を購入した時には、トラックを主役にした入車式を行い、お祝いの言葉がけをする。長年運行していただき、廃車が決まった時には退車式を行い、長年の務めをねぎらう。(運送会社M社経営者・社員)
●出勤時に、自宅近隣のご両親にあいさつし、社屋にあいさつする。退社時には「ありがとうございました」と社屋に感謝の言葉をかける。(印刷業D社経営者)
●毎朝、仏壇、神棚に「昨日はお守りいただき、ありがとうございます」と感謝の言葉を申し上げ、毎週末墓参する。(O幼稚園経営者)
 
これは、ほんの一例だが、毎日実践していくことは容易なことではない。欲得抜きに実践する。実践し続ける。これが素晴らしい。従って、日々の感謝の実践が輝きの人生を創造し、それは、人間性を磨き、周りの人々の喜びを生むのである。

この施しのひとつが、日本人の遺伝子に脈々と伝わる「おもてなし」である。「おもてなし」の言葉は今大会のキャッチフレーズとなっていた言葉であるが、その意味合いは、相手がしてほしいことを事前に察知して、そのために今の自分に何ができるのかを素早く考え、これで解決できると判断し、それを即実行することである。それは、謝念から発する「先手のお役だち」の言動である。

◆利他の心、お役立ての心から生まれた感謝話法
 
そこで、感謝の心でお役立てのできる話し方を「感謝話法」と名付けているが、その志は自分の都合ばかりを考えて巧みに話すのではなく、自身の持ちうる財産(専門力、教養、技術、情報、思考、智恵、人間味、人脈等々)を生かして関わる人のお役立てを伝えることであるとしている。

従って、後日「あのとき教えて頂き」「あのときアドバイス頂き」「あのときご紹介頂いたおかげです」と感謝の言葉が返る事は日頃体験している通りである。この切り口からみると、今回の選手の感謝の言葉の前提には、支えてくれた人からの「お役立ちの話」に対する感謝を表す一つである。

ここで確認しておくべきことは、「頼りになる人として認めていただいている感謝」が基である。だからこそ、お役立ての機会としての話すことのできる感謝、聴いてくれている感謝、聴いたことを受け入れていることへの感謝、そして実践してくれたことへの感謝、その結果がお役に立てた結実を産んでくれたことへの感謝のストーリーが成り立つのであり、頼りになる存在感なくしてあり得ないからである。つまり、あの人に訊けばとは、自分を大事にしてくれ、当てになる人だと言うことだ。
 
このことは、企業活動でも提唱されている「利他の心」に通じる。社会にお役に立てる会社、お客様に喜んでいただける会社という理念を掲げ、先手で実践している企業は、規模の大小にかかわらず発展している。そこには、どんな苦境やアクシデントに見舞われようとも、こうした姿勢での足腰がしっかりしているからこそ必ずや困難を乗り越えていけるのである。
 
今大会の舞台で選手が感受した感動、感激、感謝は、自身に敢えて困難な条件を課し、堪える実践の継続により実らせた心技体であったといえる。

◆感謝話法実践極意11箇条

そこで、感謝の心で「お役だて」を楽しむ話すことを感謝話法と称し、その実践の極意を次の11箇条にまとめ上げて小生からのお役だて支援としよう。

第1条 自分の持ち味(才能、知識、技術、人間味)を積極的生かすことです。

第2条 話す内容は、相手のためにお役に立てる事を信じて話すことです。

第3条 自分も話せば話せる人、本気、本心から話すことです。
 機会を得た感謝の心で話すのであり、例え、吃音でも訥弁でもかならず受け止めて頂ける。話の味は人の味。話し下手だからとの逃げは、自分を粗末にする。

第4条 決して押しつける話しではなく謙虚・誠実さを持って話すことです。
 訊いて(尋ねる)頂けることに感謝。この心の持ちようが、威張っての話し手でなく、聴いて頂ける感謝の心での話し方。リーダー、ベテランが実れば実るほど頭をたれる稲穂かなといわれるごとく人間味の豊かさがここに活きる。

第5条 なぜそうすると良いか、相手の立場になりきって話題を生かして話すことです。
 お役立ては実践して頂くこと。それは、相手が実践しやすいように話題、実物を利用しての方法をわかりやすく伝え、そして、そのことを実践したときの喜びのイメージをつくり上げていく。そのコツは,自分の体験に基づく歓喜の事実を紹介もある。

第6条 聴き入れている相手に対して、感謝の心を深めて話すことです。

第7条 聴くときには、自分に寄り添って話してくれる誠意を素直に受け止め、感謝の心で聴くことです。
 聴くことは、自分を高める学びの機会。敢えて時間の都合つけ、準備を整え、丁寧に話してくれる好意を感受し,感謝の心で聴く。それは良き反応の返しがその証。

第8条 言いにくいことでもきちんと伝えることも大事です。「あのときのひと言のおかげです」の感謝の言葉はお役だてのもたらす価値として大きいのです。
 相手に受け入れやすい話しだけするのが感謝話法ではない。是々非々で判断し、たとえ言いにくいことでもきちんと伝えること。その時には、クッション言葉を活用し、良きところを褒め、更によくするためには,こう改善するとよいと話す。受け入れていただいたときにはありがとうの感謝。

第9条 人を好きになる、愛するこの心持ちが感謝の心を育みます。
 その源は相手の心を受け止め、例え、当たり前と思えることでもその好意に感謝する。気を掛け合う施しによるありがとう,おかげ様が交わされる。

第10条 相手からの感謝は素直に喜びとして、「お役に立てて嬉しい」と謙虚に対応します。
 感謝のひと言をいただいた一瞬に魅せる人徳のあるひと言で次ぎの機会が得られる。ですから「お役に立てて嬉しい。また、お声がけください」と笑顔で話す。

第11条 ありがとうございました。おかげ様の心を自然に出される人徳を磨きます。
 なんと言っても感謝話法の極意は「ありがとうございます」「おかげ様」の言葉が適宜いつでも,どこでも,誰にでも自然に届けることに他ならない。

◆苦労は楽しい。それは目標に近づくことだから…
 
この言葉は、開会式で日の丸の運び手を務めた前東京五輪の重量挙げ金メダリストの三宅義信氏から直聴した言葉である。その意味合いは、勝つ目標に向けての実現は、今よりも力をつけていくことであり、それは過酷なほどの新たな苦難を自らに課す。五輪の舞台で戦う相手だからこそ、相手が何キロ、1日何本上げるかの練習目標を知ればそれ以上の数字を設定することだ。それは苦しいが、金に近づく階段だと思えば楽しいものだと説かれた。今大会でのメダリストの感謝の言葉も、三宅説に通じているようだ。つまり、感謝とは、苦労があっての喜びの獲得であり、そのプロセスで支えてくれたご苦労への感謝なのである。
 
そういえば、「ありがとう」の言葉は「有り難とう」と書き表すと難きことがあり、難き事とは「苦難」という事を考えると、苦労を積むほど、人の心を感じる強さになるとも理解できる。

2020東京五輪は閉幕した。しかしコロナ過での企業活動の厳しさが終わったわけでない。ならば、新たな「感謝」の瞬間を勝ち取るために、新たな苦労、それは、戦略、戦術であり、個々の改善への取組みである。今大会からの多くの学びからそのヒントを掴み出すのも良いであろう。

本稿はその一助として感謝の心で話すことの働きかけをお役立てとした。
お読みただきありがとうございました。

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澤田 良雄

東京生まれ。中央大学卒業。現セイコーインスツルメンツ㈱に勤務。製造ライン、社員教育、総務マネージャーを歴任後、㈱井浦コミュニケーションセンター専 務理事を経て、ビジネス教育の(株)HOPEを設立。現在、企業教育コンサルタントとして、各企業、官公庁、行政、団体で社員研修講師として広く活躍。指導 キャリアを活かした独自開発の実践的、具体的、効果重視の講義、トレーニング法にて、情熱あふれる温かみと厳しさを兼ね備えた指導力が定評。
http://www.hope-s.com/