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「変革なき歴史決議」(後編)(小島正憲)

小島正憲氏のアジア論考
「変革なき歴史決議」(後編)

小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)

〔前編は、こちら

3.「中国の特色ある社会主義」とは何か?

本決議文中には、「中国の特色ある社会主義」というフレーズが、明確な定義抜きで、28回も出てくる。
毛沢東思想については、「毛沢東同志を主要な代表とする中国共産党員は、マルクス・レーニン主義の基本原理を中国の具体的実情と結びつけ、苦しい模索を経て、そのために大きな犠牲を払って積み重ねた一連の独創的な経験に対する理論的な概括を行った。

“農村から都市を包囲し、武力によって政権を奪取する”という正しい革命の道を開き、毛沢東思想を打ち立て、新民主主義革命の勝利を勝ち取るための正しい方向を指し示した」と書いている。つまり、毛沢東は新民主主義革命を領導したのである。

鄧小平理論については、「社会主義市場経済体制の改革目標と基本的枠組みを確立し、社会主義の初級段階に公有制を主体にして、さまざまな所有制経済が共に発展する基本経済制度および労働に応じた分配を主体にして、さまざまな分配方式が併存する分配制度確立した」と書いている。つまり、鄧小平は、「社会主義市場経済」と称し、「共産党管理のもとでの市場経済」を確立したのである。

習近平については、「習近平同志は、習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想の主要な創始者である。習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想は、現代中国のマルクス主義、21世紀のマルクス主義であり、中華文化と中国精神の時代的神髄であり、マルクス主義の中国化における新たな飛躍を遂げた」、「改革開放を全面的に深め、共同富裕を促進し、科学技術の自立自強を推進し、全過程の人民の民主主義を発展させ、人民が主人公であることを保証し、…」と書いている。

毛沢東も鄧小平も習近平も、マルクス主義を奉じているのだから、当然、共産主義社会の建設を目指している。今まで、毛沢東の人民民主主義も、鄧小平の社会主義市場経済も、共産主義への過渡期の形態と位置づけられてきた。ただし、「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義」が、どこに位置付けられるのかは、明確には示されていない。それにもかかわらず、このフレーズが28回も出てくる。本決議はきわめて不可思議な代物である。 

最近、メディアによく登場してくる「共同富裕」という言葉が登場してくるのは、本決議文中で、上記の1か所のみであり、これが習近平の着地点とは考え難い。「中華民族の偉大な復興という中国の夢」というフレーズは、8回出てくるが、これもなり得ない。なぜなら、マルクス主義は、「万国の労働者 団結せよ」に象徴されるように、インターナショナリズムを標榜しており、一国社会主義を認めておらず、ましてや「中華民族の偉大な復興という中国の夢」というナショナリズムまがいを許さないからである。

4.習近平の成果?

反腐敗闘争における習近平の成果については、「全面的な厳しい党内統治においては、党の自己浄化・自己改善・自己革新・自己向上の能力は顕著に高まり、ゆるんだ党管理・党統治の状況は根本的転換を遂げ、反腐敗闘争は圧倒的勝利を収めて全面的に定着し、党が革命性を鍛え上げる中で一層強くなった」と、うたい上げている。また、「中国共産党と中国人民は勇ましい不屈の奮闘を持って、中華民族が“立ち上がることから豊かになる”ことから、“強くなる”ことへの偉大な飛躍を成し遂げたと世界に向けて厳かに宣言した」と、習近平の成果を強調している。

しかし、「ハエもトラもたたく」と言って始めた反腐敗闘争だったが、権力闘争の具になっただけで、党の末端まではびこってしまった腐敗は一掃できていない。つまり圧倒的勝利ではない。また中国は「豊かになった」と書いているが、現在の中国の繁栄は、もともとただの土地を外資に売りつけ、株式や債券で巨額の外資を取り込み、いわば借金まるけでつくり上げられたもので、いまだに外資依存から脱却できていない。

「中国は世界の工場」の時代は人口ボーナスの消失で終わりを告げ、「中国は世界の市場」は少子高齢化の消費減退の前に、かすみつつある。米中貿易摩擦に見られるように、欧米先進国が無条件で中国からの輸出を受け入れてくれた時代は終わった。

また中国は、自ら「強くなった」と持ち上げているが、かつての米ソの宇宙開発を思い起こせば、その帰結は容易に判断できる。肝心の若者は「寝そべり族」で、兵士の質にも問題があり、「強くなった」と過大評価することは危険である。

5.マルクス主義か、マルクス・レーニン主義か?

決議文中には、マルクス主義とマルクス・レーニン主義という字句が、しばしば使われている。だが、その定義や区別は定かではない。それは下記の文章のように、同一文脈の中で、同時に併用されており、読者の理解を混乱させるものとなっている。

「毛沢東思想はマルクス・レーニン主義の中国における創造的な運用と発展で、実践によってその正しさが証明された。中国の革命と建設に関する正しい理論原則と経験総括であり、マルクス主義の中国化の最初の歴史的飛躍だった」、「全党はマルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、“三つの代表”重要思想、科学的発展観を堅持し、習近平の新時代の中国の特色ある社会主義を全面的に貫徹し、マルクス主義の立場、観点、方法で時代を観察し、…」。

私は、マルクス主義のソ連への創造的な運用がマルクス・レーニン主義で、マルクス主義の中国への創造的な運用はマルクス・毛沢東主義だと考えている。本決議を起草した中国共産党首脳部が、マルクス主義とマルクス・レーニン主義を峻別しないで、本決議を起草したとするならば、それは知的怠慢であり、杜撰な起草と言わざるを得ない。なお、決議文中には、マルクス主義が11回、マルクス・レーニン主義が4回、使用されている。

6.決議文は2/3に圧縮可能

この決議文中には、各文節の冒頭に、「全会で……」というフレーズが置かれていることが多い。「全会は…発表した」、「全会は…一致した」、「全会で次のように確認された」、「全会で次のように提起された」(5回)、「全会で次のように強調された」(4回)、「全会で次のように指摘された」(2回)、「全会は次のように指摘した」(3回)、「全会は…決定した」などなど。それは、まるで、「子 曰く」で始まる論語の文章を想起させるようである。
 
その上、決議文中には、「マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、江沢民の重要思想“三つの代表”、胡錦涛の科学的発展観、習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」というまったく同じ文章が3回も出てくる。前述したように「中国の特色ある社会主義」という文句は、28回も出てくる。その他、誇大な形容詞や美辞麗句なども、やたら多い。これらのフレーズや字句を削ったら、おそらくこの決議は、2/3に圧縮できると思う。

それができれば、ヒラの中国共産党員や中国人民にとって読みやすいものとなり、下々まで、歴史決議を徹底することができるだろうに。
                                                  

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清話会  小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。