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【清話会会員企業インタビュー】タキオニッシュホールディングス(増田辰弘)

中堅企業のあるべきM&A戦略を提示したタキオニッシュホールディングス

増田辰弘『先見経済』特別編集委員

1947年島根県出身。法政大学法学部卒業後、神奈川県庁で中小企業のアジア進出の支援業務を行う。産能大学経営学部教授、法政大学大学院客員教授、法政大学経営革新フォーラム事務局長、東海学園大学大学院非常勤講師等を経てアジアビジネス探索者として活躍。第1次アジア投資ブーム以降、現在までの30年間で取材企業数は1,600社超。都内で経営者向け「アジアビジネス探索セミナー」を開催。著書多数。

【会社紹介】

タキオニッシュホールディングス株式会社

  • 設立:2006年8月
  • 代表者:代表取締役社長 鈴木敏夫
  • 事業内容:グループ事業戦略及びビジネスインキュベーション
  • 従業員: グループ合計450名
  • 売上高: グループ合計93億4,500万円(2021年3月期)
  • 事業子会社:8社
  • 海洋産業を軸とした「垂直統合型」のM&A

 かつては日本企業はM&Aは苦手と言われてきたが、それはもはや昔の話で今ではすっかり企業の成長戦略の一つとなって来た。しかし、戦略的にM&Aをしている多くは大企業で、中堅・中小企業でまだあまり得意としている企業はそれ程多くはない。それは上場している大企業は市場を活用し売り買いがしやすいという事情もあるが、それだけではない。このほかにもうまく進めない中堅・中小企業特有の問題も存在する。

 これらの課題をなんなくクリアしたのが今回取り上げるタキオニッシュホールディングス㈱(本社・静岡県静岡市、鈴木敏夫社長)である。その基本は海洋産業を軸とした「垂直統合型」のM&Aであるが、まさに計画的、戦略的な経営手法はほかの中堅・中小企業、ほかの業種にも充分活用できるものである。

 同社はM&Aのそのスピードもまた驚くほど早い。この短期間の間に8社をM&Aしている。その実績をざっと駆け足で振り返って見ると、まず2006年6月に日本は魚を取るのは先進国だが海洋産業では後進国であり、これを本格的に改善するため海洋産業の先進国である欧米各国から良い製品を持ってきて国内に普及させるために海洋および環境調査計測器や潜水関連機器などの海洋機器の輸入商社日本海洋㈱(このケースはM&AでなくMBOである)を、また同年9月には海外から良い製品を輸入するだけではなく、自社で実際に良い製品を作るためメーカー機能を持たねばならないと超音波計測機器などを製造する㈱ソニックをM&Aする。そして翌07年6月には測深、海底状況、地層探査を行う沿岸海洋調査㈱をM&Aする。

 続いて、08年6月にはメーカ―で開発した製品や輸入した製品が実際に使えるかどうかを評価、診断する海洋水域コンサルタントを行う海洋エンジニアリング㈱(M&Aした当時の社名は芙蓉海洋開発㈱)を、13年11月にはさらにメーカー機能を充実させるには様々な技術が必要となるため無線技術の日生技研㈱を、同社の子会社である㈱テクノスルガ・ラボがこれまで行って来た微生物・化学分析の精度をより高めるため18年6月には医療・健康、美容事業の㈱メディカルインテグレーションをM&Aする。

さらに、18年11月には海の環境問題が課題になって来ているのでこの環境計測と海で工事をする船舶が自分の位置が解らなくなるためこれをカバーするためのGPS事業を行う㈱オー・ケー・イー・サービスをM&Aする。また、先にM&Aした海洋エンジニアリング㈱は自社の海洋調査船を7隻所持している。これは日本企業では最大規模である。そこで20年8月にはこの海洋調査船に船員を供給するための航海士、機関士などの社員を採用し、派遣するサンエイ・マリン㈱をM&Aしている(図1 タキオニッシュホールディングス㈱がM&A(MBO)した会社の経緯参照)。

 

  • M&Aを成功させる5つのポイント

 

タキオニッシュホールディングス㈱は、これまで2年に1社のペースで海洋産業関連の企業を垂直統合型でM&Aをしてきているが、このことは取りも直さず一つ一つのM&Aが成功しているからである。次々と失敗を重ねていてはとてもこうはならない。ここで同社がこれまでM&Aで結果を出して来たポイントを5つに集約して述べる。

第1は、相手方、社員にやさしいM&Aである。

自分の会社がM&Aされるということは、一般の社員にとっては大変なことである。会社の名前が変わるかも知れない。場所も移転するかも知れない。突然知らない上司がやって来て苦労、ストレスが増えるかも知れない。もっと深刻な場合は、給料が減らされるかも知れない。リストラされるかも知れない。そうすると今の家のローンはどうなってしまうのか。限りなく心配事は増えて来る。新しいかたちが定まるまではとても仕事どころではない。

 こんな悩みを吹き飛ばしてしまっているのがタキオニッシュホールディングス㈱のM&A戦略である。同社は、M&Aした会社を多くの場合、会社の名前は変えない。場所も変えない。社員も多くは変えない。会社をそのままの状況から再出発させる。外側から見ると一見何も変わらないので一般の社員にとってはまさに気の休まるM&Aである。しかし、これは会社を再出発させる上で大変大事なことである。

第2は、M&Aした相互の会社が相乗効果を出せるM&Aである。

 同社は海洋産業を軸とした垂直統合型のM&Aである。海洋産業と言う共通の基盤を生かして8つの会社が相互に資金投資をする、人事異動をする。研究開発の依頼をする。仕事の受発注をする。巧みに絡み合い、刺激し、相互に補完しながら充分に相乗効果を発揮している。

 またこれは意外な効果を発揮する。社員によってはたまたま入った会社が合わない場合もある。しかし、その社員の能力がない訳ではない。これが別の会社に出向すると生き返る場面もある。鈴木社長はこんな事例を何度も見ているという。

 まったく別の8社の会社がそんなにうまく行くのかと疑問が出るのかも知れない。これには2つの仕掛けがある。一つはホールディングス会社と8社の幹部約20人の四半期に1回の幹部会であり、もう一つは年1回の社員総勢500人を3班に分けての全員の方針発表会である。これを積み重ねるうちに知らない仲から知っている仲になって来る。「あの会社のほうがおもしろそう」という社員も出て来る。今では定期の人事異動のごとくグループ内の各社に出向が行われている。

 

  • グループ全体の投資戦略の策定

 

第3は、グループ全体の投資戦略の策定である。

 新規の工場を建てる。土地、建物を購入する。新しく船舶を購入する。大規模な研究開発を行うなどは巨額の資金を必要とする。これを個別の企業で検討し行っていたら時間がかかりタイミングを逸する可能性がある。また、当たり前の話だが個別の企業に資金がなかったら投資そのものができなくなる。ここはグループ全体の資金管理をホールディングス会社が行うことにより適切な投資が行えることになる。

第4は、M&Aの事例にありがちなあらゆる壁を作らせなかったことである。

 親会社と子会社、利益を出している会社とそうでない会社、中途入社の社員と昔からいる社員、8社も会社が集まると人間の社会どうしても壁ができやすい。また、多くの日本人はこの壁を作るのが好きでもある。タキオニッシュホールディングスグループはこの壁を極力作らない、作らせないことにこだわった。男女の差もなくやる気にある多くの能力の高い女性社員が幹部に登用されている。

第5は経営の情報の公開である。

 タキオニッシュホールディングスグループは、ホールディングス会社及び各社の決算を全社員に公開している。どの社員も会社の状況、各会社の課題、などが誰でも分かる。鈴木社長の「会社に秘密があればそれだけで経営は停滞する。どうしても社員に見せられない情報はダンボール1箱分ぐらいです」と語る。

 

  • 企業グループ創生の源流

 

 どうしてタキオニッシュホールディングス㈱はここまで理想的なM&A戦略が実行できたのか。この源流をたどれば鈴木社長の人生そのものにたどり着く。彼は静岡にある機械部品メーカ―の駿河精機で社長としてジャスダック上場、東証2部に上場まで育て上げる。やがてこの会社はミスミグループ本社と経営統合し副社長を就任する。

 しかし、鈴木社長は東証1部上場企業で個室、車付きのサラリーマン人生はどうも好きになれず性に会わなかった。やはり経営者としてチャレンジャーでありたい、その思いは断ち切れず副社長の座を降りて、2005年に当時の駿河精機の海洋事業のみを引き継ぎタキオニッシュホールディングス㈱を設立した。社名であるタキオは「仮説的な超高速粒子=タキオ粒子」に由来する。鈴木社長こだわりの社名である。

 零細企業の寄せ集めであった日本の海洋産業を集め、一つの一つの粒子を集合させて大きな塊を創りたい。同社はこの崇高な理念と戦略からスタートしたから立て続けにすさまじいスピードでM&Aできたのだ。鈴木社長には大きく稼いでやろうとか海洋産業の盟主になろうとかと言う野心はない。海洋産業の超高速粒子を集めたいその一心なのである。

 だから、そのM&Aの手法は力任せでなく冷静である。まず、経営に困って引き取ってくれないかと頼んで来た会社は容易であるが、この会社はと目をつけたが交渉になる場合は専門の仲介業者に依頼している。

 多くの零細企業がそうであるがどこでも自社の評価は高い。長年経営して来たから愛着もある。その気持ちは分かる。これを直接当事者同士が交渉すると価格面などでこじれる場合がある。あるいは流れることにもなりかねない。鈴木社長は、少し経費はかかっても(当該企業の年商の10%から15%程度)専門の仲介業者に依頼し第3者の目で会社を客観的に評価して貰うのが合理的だと言う。落し所はだいたい当初の予定していた価格になるそうである。

 

  • M&A戦略の最大の課題は社風を変えること

 

 鈴木社長は、「M&A戦略の最大の課題は社風を変えること」だと語る。どこの会社でも長年で積み重ね、染みついた風土がある。これを変えねば企業は再出発して成長はできないし、また理由があるから変えられない訳でもある。同社がM&Aしたある会社はその社風を変えることに8年の歳月を要している。

 しかしながら良くしたもので、長年かけて社風を変えることができたら今度は逆にそれまでの欠点であった長年で染みついてきた風土が、岩盤がある面では生きて来る。そんな場面を何度も見て来た。

それではどのようにして社風を変えて来たのか。これはもうとてつもない持久戦である。「お前たちはもういらない。頼むから会社を辞めてくれ」では何も解決しない。毎月のように泊まり込みの研修を行う。ディスカッションをする。一つ一つの会社の仕組みや仕来りを改善する。M&Aとはこの目には見えない地味な努力の積み重ねこそが大切なのである。

しかし、これを鈴木社長がこれらを一人でやれる訳ではない。彼の両腕になったのがタキオニッシュホールディングス㈱の杉山真実取締役と秋山徹取締役技術部長である。杉山取締役は鈴木社長の意向を受けて資金面、組織面、人事面をサポートする。一方、秋山取締役技術部長は技術面をサポートする。

特に杉山取締役は戦国時代の黒田官兵衛的役割と見ることができる。鈴木社長の出過ぎたところを抑え、足りないところを補完する。どうしてもトップは大きく打って出なくては行けない場面がある。それをうまく調整するのが参謀としての役割である。

こうしてみるとM&A戦略とは壮大な「人間ドラマ学」とも言える。そう言えば、M&A戦略でうまく行かなかった事例を調べて見るとこの「人間ドラマ学」で失敗している事例が少なくない。「チャレンジ精神と明確なビジョンさえあればどの会社でもM&A戦略を成長戦略として活用できますよ」。鈴木社長から中堅・中小企業に前向きな答えが返って来た。

 

M&Aした会社

事業内容

2006年6月

日本海洋㈱

海洋機器・海洋調査事業

2006年9月 

㈱ソニック

超音波計測機器事業

2007年6月

沿岸海洋調査㈱

フィールド調査事業

2008年6月 

海洋エンジニアリング㈱

(当時の社名は芙蓉海洋開発㈱)

海洋水域コンサルタント

2013年11月

日生技研㈱

電子通信機器事業

2018年6月 

㈱メディカルインテグレーション

医療・健康・美容事業

2018年11月

㈱オー・ケー・イー・サービス

環境計測・GPS事業

2020年8月

サンエイ・マリン㈱

海洋調査への人材供給事業