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第12回「清話会会員企業インタビュー」東京周波㈱ (増田辰弘)

増田辰弘が訪ねる【清話会会員企業インタビュー】第12回

「創業65年会社のカタチの変革を目指す」- 東京周波㈱ 

~静かにしかし着実に進める漢方療法的手法の経営革新~

【会社紹介】
東京周波株式会社

設立:1958 年4月11 日
代表者: 代表取締役社長 宮澤誠博
資本金: 3 億1000 万円
従業員数: 130 名(2022 年4 月 現在)
事業内容: 東芝製トランジスタ、ダイオード、集積回路、電池、日本ケミコン製コンデンサ、
KOA製抵抗センサータ・テクノロジーズ製ソケット等の卸売
関連会社: 周波(香港)有限公司、SAS SHUHA(THAILAND)CO.,LTD.

 


                                                        宮澤 誠博 代表

 

まず会社の定款を変える
  これだけ変化が激しい時代の会社の経営は大変難しい。すなわち、立ち止まりそのままやり過ごすなら負けを意味するからだ。
 東京周波㈱(本社・東京都千代田区、宮澤誠博社長)は今年の株主総会で会社の定款を変え、静かにそして着実に新しい鼓動をし始めている。現在はワンクッション置いてホールディングスのかたちではあるものの、マスクの販売、除菌製造装置の販売、女子プロと一緒のゴルフツアー、M&A戦略など新分野への進出を始めている。今後このホールディングス会社の機能を増やして行くものと思われる。
 「何をもたもたしているのだ。そんなことは気の利いた会社ならどこでもやってる」と言われるかも知れない。しかし、会社にはそれぞれ歴史があり、風土があり、経営環境があり、それほどすぐには動けない事情もある。同社の創業は1958年に宮澤社長の祖父である宮澤義武氏が長野から上京し真空管、電子部品を仕入れて販売したことから始まる。
 その当時、社長の叔父が東芝に勤めていて彼を会社に引き抜き、その縁で東芝との取引きが始まる。東芝製のトランジスター、ダイオード、集積回路などを次々と手がけ現在は半導体などを手がけているが、これが今でも同社の売上げではトップを占めている。同様にKOA、日本ケミコン、など160社が供給元としてあり、各メーカー及び商社に販売している。概ねユーザーは1200社、扱う電子部品は数千点でその構成比は車載関係が30%、産業機械関係が40%、アミューズメント関系が20%である。
 電子部品メーカーが直接そのユーザーに販売するなら電子部品商社の出番はない。そうはならない事情がある。
 一つは、電子部品メーカー側にはユーザーの個々の事情に合わせて細かく販売する体制と意識がないからである。少しオーバーに表現するとどちらかと言えば売ってあげるという姿勢である。
 一方、買う側のユーザ―もどちらかと言えば買ってあげるという姿勢である。そこで供給側のメーカーから、半導体、電池、コンデンサー、抵抗、スイッチ、液晶、システム機器、電源などの電子部品を必要な時にタイミング逃さずにこの両者をうまく引き合わせるのが電子部品商社の役割である。

リフォーム型の経営革新

 もう一つが在庫管理である。
多くのユーザーは必要な時に電子部品が必要な量だけ欲しい。例えば、半導体のなかには10に1回、15年に1回使うような保守パーツ製品がある。これを直に電子部品メーカーに注文し
てもすぐと言う訳にはいかない。
 現在同社には在庫が14億円ほどある。一番多い時は21 億円ほどもあった。同社の年商が110億円であることからこれは大変な額である。同社がいかに多
くの在庫を持ちどんな注文にも対応できる体制を取っているかが分かる。
 こんな割の合わない仕事をするわけであるから電子部品商社側もそれなりの対策を取っている。それはメーカーごとに概ね電子部品商社が決まっていることである。
 例えば、東芝の半導体、日本ケミコンのコンデンサー、KOAの抵抗だと東京周波㈱で決まっている。それ以外の電子部品商社が取り扱う場合は文書で通知するという徹底ぶりである。電子部品商社が過当競争にならないようにきちんと整理されており、電子部品メーカー、ユーザ―、電子部品商社の3者が共存して生きていく体制が確立されている。
 従って、電子部品商社の東京周波㈱はある意味では守られているとも言えるが、反面ではこの電子部品商社業界を生き続ける限りは、それほど大きな成長は期待できないことを意味する。これだけ大きく産業社会が変革していくなかで、これで良いのか。宮澤社長が入社以来ずっと考えて来た大きな課題である。
 社長になってから6年、密かに温めていた構想を少しづつ動かし出した。それが、まず今年の株主総会で会社の定款を変えホールディングスのかたちであるが、新しい分野への挑戦を始
めた。
 なぜ、こんなに慎重に進めるのかと言えば、それも理由がある。創業以来65年一つのビジネスモデルで仕事をして来ると、会社の空気が、社員の体質が電子部品商社風に染まり、かつそれが固まっていてなかなか新しいビジネスを始めるぞという体制にはならない。何しろ同社で一番古いベテラン社員などは40年近くこの仕事しかしていないからである。宮澤社長が子供の
頃から同じ仕事をやっているわけである。
 あれだけ変化の大きな秋葉原のど真ん中にいて、驚くような変化を毎日見ているから変身も容易と思われるがそうでもない。長年沁みついた風土や習慣は容易には変われない。そこで、東
京周波㈱の経営革新はトップが宣言し華やかに推進する一般的なやり方ではなく、静かに少しずつ変えて行くやり方を選んだ。住宅でいえば建て直し型でなくリフォーム型である。

受託開発・製造部門の強化

  そのやり方であるが、まず始めたのが女性社員の積極的活用である。同社には130人の社員のなかで40人の女性社員がいる。まず彼女たちが働きやすい職場づくりを始める。今はほとんどが総務や経理、営業アシスタントの仕事が中心で営業の前線に出ているのは7人ほどであるが、今後は各分野でもっと頑張れる職場環境づくりを目指していろいろ仕組みを考えた。
 会社に長く勤めてもらえるように産休や育休の確保は更に使いやすくし拡充してきた。そして2023年4月より、3人目の子供には25万円、4人目の子供には50万円の出産手当金の配布も決めた。テレワーク体制、福利厚生を更に充実させて女性社員が長く働き易い体制を整えつつある。と言うのもこれからは、いわば男の世界で作り上げてきた電子部品商社業界を変えて行くのは新しい女性社員の視点と行動が不可欠であるからだ。
 次に手がけるのが若手社員と経験者採用社員の活用である。彼らもある意味では電子部品商社業界と少し距離がある。この距離を生かすのである。若手社員にはまず頻繁にヒアリングを行い意見の出しやすい職場にする。社員に自分の目標を設定させ、まず自己査定を行わせる。
 成果を出せば社員褒賞制度を活用してボーナスを支給する。特に3月の決算賞与は業績によりに配分する。また同社の経験者採用社員は半導体メーカーやコンデンサーメーカーのOB社員などが多いが、これまでの経験を生かして新しい風を社内に吹き込んでもらう役回りである。
新規採用社員も毎年2名は確実に確保し新陳代謝を進めて来ている。
 第3が、受託開発・製造部門の強化である。これまではどちらかと言えば同社のビジネスモデルは電子部品商社として特化して来たが今後はファブレスではあるものの設計、開発部門を持つ製造商社としての機能を強化する。具体的には、医療、車載、民生、産業、アミューズメントなどあらゆる分野の製品の立上げを行なう予定である。
 東京周波㈱が電子部品商社であるがゆえに数百社に及ぶパートナー企業とのネットワークとそのビジネスの積み重ねから部品の性能、コスト、ロットなどのノウハウを所持する。今後はこれを生かすのである。電子部品のハードの設計、ソフトの設計から部材調達、製造、組立までをこれまで交流を重ねて来たメーカー、開発会社、製造工場などを選び出しワンストップで製造から出荷までの一貫生産を行う体制を整えた。また、そのためにM&Aを積極的に行いその体制も強化している。

新しい日本企業の方向性を示す

 しかし、変えない分野もある。同社には本社のほかに営業部を東京、北関東、神奈川、静岡、名古屋、松本に配置しているが、それぞれに機能がかなり異なる。
まず、ユーザーであるが、北関東は自動車関係が多く、名古屋は自動車関係やアミューズメント系が多く、松本は産業機械関係が多い。
 ユーザーにより商慣習も相手の人間のタイプもまったく異なる。こんな事情からこれまでは現地採用の社員が長く営業部で勤めて来た。マンネリ化の批判は出るのかも知れないが、他の営業部もしくは本社に異動したい希望する社員以外はこの体制は維持して行く予定である。地場での強さをこれまで以上に維持強化して行くのは変えないし、変わらない。
 同社は、定年が一般社員が60歳、役員が65歳であるが、このなかで4人を顧問としてお願いし色々なアドバイスをいただいている。特に経営判断に迷う事態には過去にはこんな場合どのように動いたのかを丹念に聞いている。このことはこれまでの電子部品商社としての機能、役割はこれまで通り維持するという意味でもある。
 現在、日本経済は1ドル150円台で30数年ぶりの記録的な円安である。しかし、不思議なことに日本に観光に来て爆買いする、不動産を買うという動きはあるものの、日本企業を買いたいという動きはまったくと言っていいほどない。これは日本企業と日本の商慣習に魅力がないということでもある。
 もちろん、中国企業や台湾企業に日本企業がM&Aでどんどん買われるというのも問題であるが、まったく買われないというのはある意味で考えたほうが良い。それはひとり電子部品商社業界とて例外ではない。外国企業から見て魅力のない商売をしていることは、自覚は持ったほうが良さそうである。
 その意味では宮澤社長の現在の電子部品商社としてのビジネスはそのまま維持し、静かに新しい分野、新しいビジネスモデルに挑戦する姿というのはある意味ではひとつの日本企業の進むべき方向かも知れない。大変地味かも知れないがこのリフォーム型経営革新は賢明な策と思える。

◆名経営者二村昭二の遺言
―企業経営の本質を突く言葉―

「年を取るごとに(会社の)数字を見る目が優しくなる。甘くなる。そうすると会社の成長力が落ちて来る。数字は常に幅広く、また厳しく見ておかねばならないのだがなかなか難しい。年齢という壁がある」。
 今年4月に亡くなられた放電精密加工研究所(本社横浜市、工藤紀雄社長、東証スタンダード市場)の創業者二村昭二さんが晩年私に語っていた言葉である。
 これはひとり日本企業だけでなく、日本経済そのものにも言えることである。膨大な国債残高の出口も考えずコロナ対策だ、防衛力の強化だと安易に国債を発行する。おのずと資源配分を間違え国の成長力は落ちて来る。これも国民の目が優しくなったからであろう。この二村さん、我が国の放電加工技術の第一人者であるが、特に企業経営理念についても第一人者で独特の理論をお持ちであった。
 「会社とは常に自社の存在を否定するところから始めねばらならない。工作機械業界は、放電加工機が出る前は常に強いもので弱いものを削っていた。しかし弱いワイヤ―で強い鉄を切るという放電加工機が出て来るとあっという間に市場が変わった。
 スマホが出て来てガラケー携帯、デジカメ、パソコンの市場が大きく変わるのと同様である。ましてや、技術や商圏を抱え込んで会社を楽に経営しようなんて思考法はそれ自体がそう長く続くものではないし、そのこと自体、会社を沈滞化させてしまう。相手が仕方がないから嫌々付き合ってくれていることに気が付かねばならない」と話していただいたのが印象的である。
 ほかにも、「積極的に研究開発投資をしなければ企業は成長しない。しかし、その体力から自ずと限度額はわきまえねばならない」
 「現状に満足せず企業は常に新しい分野に挑戦しなければならない。その新しい分野は現在の分野から遠いところの技術であっても投資を惜しんではならない」
 「社員は少し多めに採る。人材は学歴や経歴、面談ではわからない。ひとつの仕事を根性があり、やり抜く社員が欲しい。しかし、これは入社し現場で実際に仕事をやらせて見ないとわからない。掘り出し物の人材は意外なところから出て来る」
 これらは一つひとつが物事の本質を突いている。私は二村さんとは現役を退いた後もコロナの前までお付き合いしていただいた。そして、お会いする度ごとに貴重なお話をいただいた。
90歳を過ぎていつもノートを持ち、新しい技術開発を自身で考えておられた。こんな名経営者と生涯お付き合いいただいたことが私の誇りである。