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『百寿はそんなに目出度いことか』(佐々木 学著) 評者:小島正憲 

【小島正憲の「読後雑感」】
『百寿はそんなに目出度いことか』  
佐々木 学著  現代書館  2022年6月30日
副題:「最期を自宅で迎えるために」

『百寿はそんなに目出度いことか』というタイトルの本書を、高齢者本の定形のようなものだろうと思いながら読み始めた。だが、中身はなかなか面白かった。

著者の佐々木氏は、地域医療・在宅医療を専門とする医師であり、本書には、その豊富な体験が具体的に語られている。ことに痛快なことは、佐々木氏が医師でありながら、現代医療の常識を痛烈に批判していることである。

佐々木氏は、医師になりたてのころ、過剰医療を排し、「薬や検査は極力しない。自己治癒力に依拠した経済的負担の少ない医療などなど」をこころがけていたという。
しかし、
「そんな理想は3か月も続かなかった。そんな理想の医療なんか田舎の老人たちは誰一人望んでいなかったのだ。薬はいっぱい欲しいし、注射も大好きだった。点滴してあげると満足だった。検査もいっぱいするとそれだけで安心してくれた。医者の説明なんて誰も喜ばない」
「60歳を過ぎてからは、点滴して欲しい人には点滴を、抗生剤の好きな人には抗生剤の注射を平気でできるようになった。あえて言えば、悪徳過剰医療への拒否感がなくなった
と、正直に本音を書いている。

佐々木氏自身がいかに過剰医療を排し、良心的な医師を目指しても、患者自身が過剰医療を望むので、「患者さんが喜ぶ医療をやってあげる」医師、つまり悪徳過剰診察医師に変身していったというわけである。医療が万能であるという常識と、医療費の安価という現実が、老人達から自己治癒力を奪い、過剰医療を選択させ、悪徳医師を量産させてしまったのである。

また佐々木氏は、
「医学の世界では一時期やたらとエビデンス万能時代あった。議論の二言目にはエビデンスが求められ、エビデンスが提示できなければ軽い侮蔑と共に議論は打ち切られるのだった。若い医者はiPadを片手にエビデンスを提示して勝ち誇ることができた。唖然として、私達年輩医者は沈黙するしかなかった。そんな時代が10年ほど続いて落ち着いてきた。この本はエビデンスとはまったく無縁の書き物である。だから、わかる人にはわかるのだが、わからない人にはおとぎ話のようだろう」
と書いている。
この文章は、冒頭の医学という文字を、経済学に書き換えても、十分通用する。

佐々木氏は、
「私の患者さんは高齢者が多いので、行動変容を求めることはまずこちらからはしない。そんなことをしては、その人らしさが損なわれると感ずるからだ。
しかし、世は長寿社会になり皆長生きするようになった。幸か不幸か認知症はまず普通に老化と共に発生してくる。そんな時、その人らしさとはどうらえればよいのか。
やや若かりし頃、スムーズにコミュニケーションがとれていた人格をその人ととらえるのか。すると認知症の進んだ今のありようはその人らしくないと評価してよいのだろうか。いやいや、変化してきた現在のありようがその人らしいととらえるべきなのか。
それでは、まったくコミュニケーションが不可能になった認知症や精神疾患の患者さんはその人らしいとはだれも言わないだろうが、その時その人らしい人生を支えるにはどうすればよいのか。
どんなに考えてみても正解は出てこない。
私はとりあえず現状を尊重することを、原則としてきた。功成り名を遂げて多くの人に知られた人なら、その差は大きい」
と書いている。
含蓄のある文章である。

さらに佐々木氏は、
「施設入所でなく在宅を選択するには、もう十分生きたという諦念が必要だと思う。決められた日課に従って一日が過ぎていく施設と違って、多くを自分で決めなければならない在宅はかなりしんどいようだ。
施設のように黙って座れば食事が出てくるはずもない。“人任せでは生きるに値しない”とはまったく正論ではあるが、後期高齢者になれば様々なことに一つひとつ決定を下すのはかなり面倒な行為である」
「どんな選択をしようとも老人の孤独と寂しさは残酷だと思う。この孤独にたえるのは5年もあれば十分ではないか。健康寿命が延びたとはいえ、男性8年、女性12年の延びた分を不健康寿命として生きるということは、孤独と寂しさに耐える時間が延びたと覚悟した方がよい。
時代は確かによくなった。人生を楽しむチャンスと方策は大幅に拡大した。しかし、残念ながら老人になると、それらを選択する能力が格段に落ちてしまう。仲間を作り、身体を鍛え健康寿命を延ばそう。楽をしてはダメなのである」
と書いている。

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清話会 評者: 小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化 市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を経ながら現職。中国政府 外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。