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終わりに近づく意義不明の金融引き締め(武者陵司)

武者陵司のストラテジーブレティン vol.63
終わりに近づく意義不明の金融引き締め
~SVB破綻が米国株高の起点になる可能性~

武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)

 

          【特別企画】武者サロンコラボセミナー開催のお知らせ
          『2023 年世界経済と市場展望』


    宮田直彦                                        武者陵司

                  2023 4 6 日 (木) 18 時~
           会場:紀尾井フォーラム
               東京都千代田区紀尾井町4 1
              ニューオータニガーデンコート1 F
              
(*詳細は最終ページをご覧ください)

(1)SVB 破綻 の 含意 ➡金融引 き 締 めの 副作用顕在化

強烈な金融引き締めの副作用が、SVBの破綻により顕在化した。全米 16位、総資産 2090億ドル (28兆円 )の中堅銀行 SVB(シリコンバレー銀行グループ )が破綻し、公的 (FDIC)管理となった。

SVBはシリコンバレーの金融エコシステムの中核企業 で 、リーマンショック以降 で 最大の銀行破綻 となった が、 その 影響は 限定的 との見方が一般的である。であれば 、この株価急落場面は買い場ということになる。

伝統的な商業銀行のビジネスモデルは、 短期金利で預金を受け入れ 、 より金利の高い貸し出しや長期債券などで運用することで 利ザヤを得ようとするものである。しかし 、 2022年の急激な利上げにより長短金利が逆転 (逆イールド )し、伝統的な銀行ビジネスは 過去 20年間で最大の 逆ザヤになった。

SVBは 、 シリコンバレーのスタートアップ企業がベンチャーキャピタルなどから調達した資金の一時的滞留場所として急成長を遂げ、それを米国国債などの長期資産として運用 することで 利ザヤを得てきた。しかし長短金利逆転による逆ザヤ化と、国債など長期債券の値下がりにより、潜在的な損失が発生し、預金者の引きだし (取付け )が起きて、公的管理の下 に入ることになった。

しかし SVBは特殊であり 、 他行 に火の粉が飛ぶことはない との観測が一般的である。
① SVBは資金調達の 90%が預金であるのに対して、 JPモルガン、バン
カメなどの金 融機関は 6 7割と低く調達コスト上昇の影響は軽微、
② SVCは大半の資産を
金利固定の長期債券に投資して いるが、他行は広く多様化している、
等の理由による。

とはいえ、 逆イールドが続けば、銀行の収益と資産価値は棄損され、いずれは金融の安定性が損なわれることは 間違いない。預金 の 受け入れ により 融資業務を行う 預金 金融機関(Depository Institution)の ビジネスモデルは成り立たなくなり、 収益は大きく傷つく だろう。SVBの破綻は米財務省の迅速な対応により解決されるとみられるが、 FRBは今の急激な利
上げのリスクを深く認識したに違いない。

  図表1: 米国イールドカーブ推移(10年債利回り-FFレート) 

   

図表2: SVBの主要貸借項目(預金, 保有証券, 貸付)の推移 

  

 

(2)実は意義不明の金融引き締め

このように利上げの弊害が顕在化したが、では金融 引き締めの効果は ?  となると大いに疑問が高まる。

まず利上げにもかかわらず長期金利が ピークアウト し ており 、経済全体の資金コストは上昇し てい ない、故に景気にはブレーキになっていない。 金融環境指数 (Financial Condition Index)は 2022年の秋口以降 改善している。まさに 2005年にグリーンスパン議長が謎 (Conundrum)といった現象が 依然として 続いているのである。

何故、 長期金利は上昇しないのか 。 ① 市場はインフレを一過性と見ている、②企業の超過利潤 など による恒常的資金余剰 など、 構造的要因が働いている、と 見るほかはない 。

2022年半ばにかけて TIPS(インフレ連動債利回り =実質金利 )が上昇したが、それはインフレ懸念ではなく FRBの利上げに影響された可能性が濃厚である。 図表 4に見るように期待インフレ率は既に沈静化しているのに、実質金利 (TIPS)が 高止まりしているのである。 長期的自然利子率 (=景気に 中立 となる実質 金利 ) が 低下してい る ことが 、強く示唆される 。

その背景には 、 IT・ NET・ AIによる技術革命があるのではないか。つまり財・サービス価格が技術進化によって急激に低下し、資本生産性が高まっているからと考えられる。金利低下要因として一般的に指摘される生産性の低下、潜在成長率の低下とは全く逆のことが起こっている、のではないだろうか。

こうした条件の下で更に利上げを続ければ金融システム不安が高まり、長期金利はさらに低下するだろう。利上げの正当性が 強く疑われる 状況である。

  図表3: 米国名目GDP成長率と長短金利推移
     

 

図表4: 既に沈静化 した 期待 インフレ 率

 

 

 図表5: 米国10年国債利回りの推移(名目利回り、コアCPI実質利回り、TIPS)      図表6: 米国企業の資金余剰

      

 

利上げの効果がしり抜けなのは、労働市場も同じである。利上げによる景気減速、労働需給緩和というプロセスは起きていないのに、賃金上昇率ははっきりピークアウしている。結果オーライではあるが、 何故だろうか。

2023年 2月の雇用統計では、雇用増加数は 31.1万人、失業率 3.6%と絶好調なのに、平均時給は 2022年 1月の 0.7%、3月 0.6%をピークに、 8月 (0.3%)、 9月 (0.3%)、 10月 (0.4%)、 11月 (0.3%)、 12月 (0.3%)、 2023年 1月 (0.3%)、 2月 (0.2%)と 確実に鈍化 してきた。また平均失業期間は 2019年 9.3週から 2021年 16.1週、 2022年 8.7週の後 、2023年 2月には 8.3週 へと短期化している。

その分析は前々回レポートしたが(ストラテジーブレティン 325号 2月 14日 )、 労働市場が弾力的に動き、資源配分を采配していると 考えられる 。より具体的には、 NAIRU(インフレを加速させない失業率 )が低下している可能性である。

労働市場ではインターネットによって求人と求職のマッチングが瞬時にできるようになった。また よりフェアな労働賃金決定が可能になっている。スキルアップによるジョブシフトが給与増 +生産性上昇を引き起こしているかもしれない。 NAIRUが低下しているとすれば、それは労働力供給余力を意味し、生産増加の一方で賃金が抑制される環境にあるのかもしれない。

つまり利上げで景気 を 減速させる必要が もはや ない のではないか 。

        図表7: ピークアウトした平均時給                                                                              図表8: 失業率と求人未充足率

    

 

         図表9: 53年ぶりの低失業率とNAIRU

 

(3)今何が起きているのか、 NAIRU の低下、自然利子率の低下、いずれも株高要因

このように、 利上 げ ➡総需要抑制 ・ 景気減速 ➡求人減 ・ 資金需要減 ➡賃金上昇率下落 ➡金利 下落 という、 FRBの 想定したマクロ経済のトランスミッション メ カニズムが働かないまま、政策のゴールが実現できている、という「不思議」が起きている。

ならば 、 何のための利上げなのだろうか。利上げの副作用が顕在化し、政策の目標が利上げ以外の経路で実現されているとすれば、もはや利上げは必要ない、ということになる。 結論は、 一時的 供給制約の下で起きたインフレは 、 供給サイドの改善で沈静化しつつあり、 総需要 の抑制は必要なかった、 と言える のである。この「不思議」の背景には、自然失業率NAIRU)の低下と自然利子率の低下、というコロナ禍前からの長期トレンドが持続している と考えるほかないのではないだろうか。

自然失業率、自然利子率の低下は技術進化 (=供給力の上昇 )によってもたらされており、放置されればデフレと成長率の低下を引き起こす、と考えられる 。これは日本病 (Japanification)そのものであり、米国経済は依然としてデフレのリスクをはらんでいる、とも考えられる。

その関係を図表 10で考えていただきたい。 よって余剰 (Slack)を稼働させる適切な 需要創造 政策 の 対応が望まれ、その下で は リスク資産の上昇が期待できる、と考えられる。

 

     図表10: 新産業革命=生産性・供給力上昇がデフレと低金利の根本原因

 

 

 

                                     【特別企画】武者サロンコラボセミナー開催のお知らせ
              『2023 年世界経済と市場展望』


    宮田直彦                                        武者陵司

                  2023 4 月 日 (木) 18 時~
           会場:紀尾井フォーラム
               東京都千代田区紀尾井町4 1
              ニューオータニガーデンコート1 F
             
(*詳細は最終 4 ページをご覧ください)

 

黒田日銀総裁の退陣で、時代を画したアベノミクスの主役が去った。ウクライナ戦争と米中対立、AI・ Net革命と新エネルギー化の加速、インフレと金利上昇、など激変
する世界情勢の下で、日本経済はどこに向かうのか。次のリーダーは危機をチャンスに変えることができるのか。

長年テクニカルアナリストとしてご活躍されている宮田直彦さんをお迎えし、ファンダメンタルズとテクニカルの両面から、日本経済と市場について考えてみたいと思います。

詳細・申込方法は弊社HP > 武者サロンコラボセミナー 4 月 6 日 詳細・申込

【開催概要】

日     時:2023 年 4 月 6 日(木) 18: 0 0 開演 1 7: 3 0 受付開始)~ 2 0:5 0

会     場紀尾井フォーラム 千代田区紀尾井町 4-1ニューオータニガーデンコート 1F

参加 費:2万円 (税込) 受付にて現金のみ
         ※お席に簡単なお食事をご用意致します。キャンセルは 4月 4日迄。
          以降は キャンセル料が発生しますので代理の方のご出席をお願い致します。
定  員: 40名

【プログラム】

司  会:  岸田 恵美子 氏

講  演: 18:00-19:00  『賃金上昇と格差縮小が日本の成長をもたらす~鍵を握る高圧経済政策~』
               株式会社武者リサーチ 代表 武者 陵司

講  演②:    19:00-19:50     『日本株は「異次元の強気相場」へ!~長期デフレを超えて~』
                                                       エリオット波動からみた相場展望
                                                       株式会社マネースクエア チーフテクニカルアナリスト 宮田 直彦 氏

休   :         19:50-20:00

Q  &  A:        20:00-20:50        質疑応答と参加者によるディスカッション