【真田幸光の経済、東アジア情報】
中国本土人民解放軍内部の実状について
真田幸光(嘉悦大学副学長・教授)
中国本土・中央軍事委員会委員兼政治工作部長である苗華氏が規律違反の疑いで停職となり、取り調べを受けているという発表がありました。
習近平主席の福建省人脈に属するとされる苗氏は、習主席が政権を握ってからスピード昇進を重ね、中国本土軍関係者を統括する政治工作部主任の座に就き、また、彼の活躍によって、習近平国家主席の軍に対する権力掌握力も強まったとも言われていました。
つまり、事実上、人民解放軍内部での習近平主席の代理人とも言える人物であった人が失脚したのです。
中国本土軍では2023年、李尚福前国防相や魏鳳和元国防部長らが汚職の疑いで相次いで失脚し、李玉超元ロケット軍司令官をはじめ、現職と元のロケット軍幹部9人も次々と粛清されました。
それから約1年が過ぎて、習近平主席の最側近であるとされる高官が粛清の危機に追い込まれたのでありました。
そして、海外のソーシャルメディアでは、福建省出身で苗氏の戦友だった林向陽・東部戦区司令官も関与し、自殺したという説まで流れていました。
中国本土政府・国防部は、
「苗氏に重大な規律違反の疑いがあり、党中央による検討を経て、停職状態で取り調べを行うことを決めた」
と発表、11月中旬以降も、海外のソーシャルメディアでは苗氏が引き続き取り調べを受けているという噂が絶えませんでした。
こうした報道や噂を受けて、国防部は苗氏に対する取り調べの事実を公式に確認しました。
習近平国家主席は1985年から2002年まで中国本土南部の福建省で勤務、苗氏は当時、福建省アモイに駐留していた第31集団軍の政治部主任を務め、習近平国家主席と交流があったようです。
苗氏は習近平国家主席が就任する直前の2012年には中将まで昇進し、政権発足直後の2014年には海軍政治委員に、2015年には上将に昇進、2017年には中央軍事委軍事委員兼政治工作部主任に抜てきされてきました。
あまりにもスピード昇進だったことから、中国本土国内では、
「ヘリコプター昇進」
とまで呼ばれるほどでした。
この政治工作部は共産国家特有の軍組織で、軍の人事管理や党組織の建設、思想教育、宣伝活動などを統括します。
かつては人民解放軍総政治局でありましたが、2015年に中央軍事委員会政治工作部に改組されました。
習近平国家主席が政権2期目の軍人事を統括するポストに、福建出身の最側近である苗氏を据えたのでした。
こうした経緯のある習近平国家主席の最側近に対する今回の調査は、前年の李尚福国防部長とは比べ物にならない波紋を招くと見られており、苗氏は国防部長より地位が高い中央軍事委員で政治工作部を率いる人物であることから、苗氏の停職は極めて重大な事態であると見られています。
中央軍事委員会は、中国本土軍の最高意思決定機関、指揮機関であり、習近平国家主席を含む6人の委員で構成されていますが、その中央軍事委員会の内紛が高まり、今回の苗氏が逮捕に至っているとの見方も出ています。
今回の最大の関心事は誰が今回の粛清を主導しているのかでありますが、こうした中、中央軍事委第1副主席を務める張又侠氏に今、注目が集まっているようです。
張氏は中国本土建国の功労者である張宗ソン氏の息子であり、1979年に中越戦争に参戦した人物でもあります。
父親が功労者である上、参戦経験もある軍の元老なので、軍内部の信望が厚いとされる人物でもあります。
張氏は習近平国家主席と同じ太子党出身ではありますが、中央軍事委では習近平国家主席が抜てきした何衛東副主席、苗氏など福建系とは関係がぎくしゃくしており、両者による権力闘争が起きたのではないかという分析なども今示されています。
習近平国家主席がかばいきれないほど汚職問題が深刻であったとする見方も出てきています。
習近平国家主席の権力掌握力の低下にも繋がる事態であるだけにしっかりと動向分析を続けていきたいと思います。
真田幸光————————————————————
1957年東京都生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科卒業後、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。84年、韓国延世大学留学後、ソウル支店、名古屋支店等を経て、1998年から愛知淑徳大学学部にて教鞭を執った。2024年10月より現職。社会基盤研究所、日本格付研究所、国際通貨研究所など客員研究員。中小企業総合事業団中小企業国際化支援アドバイザー、日本国際経済学会、現代韓国朝鮮学会、東アジア経済経営学会、アジア経済研究所日韓フォーラム等メンバー。韓国金融研修院外部講師。雑誌「現代コリア」「中小企業事業団・海外投資ガイド」「エコノミスト」、中部経済新聞、朝鮮日報日本語版HPなどにも寄稿。日本、韓国、台湾、香港での講演活動など、グローバルに活躍している。
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