【講演録】「アフリカのビジネス概観と南アフリカの今後の可能性」(石原圭昭)
[ 特集カテゴリー ] ,

【講演録】「アフリカのビジネス概観と南アフリカの今後の可能性」(石原圭昭)

「アフリカのビジネス概観と南アフリカの今後の可能性」

石原圭昭(よしあき)

(日本貿易振興機構(ジェトロ)ヨハネスブルク事務所長及びアフリカ総代表)

 1990年に日本貿易振興会(現;日本貿易振興機構)入会。東京本部勤務の他、山形事務所、大分事務所所長も務め地域企業の輸出促進を支援。93-98年ポーランドのワルシャワ、2007-11年トルコのイスタンブール所長として勤務。2019年9月より南アフリカのヨハネスブルクに赴任し、現職として活躍。

■ジェトロの事業概要と、アフリカにおける拠点

 私は1990年にJETRO(ジェトロ)に入社し、山形など国内と、海外はワルシャワ、イスタンブールに駐在し、今はヨハネスブルク(南アフリカ)で3ヶ国目になります。

 ジェトロは経済産業省の傘下の貿易及び投資を促進する機関で、海外に76事務所(55ヶ国)、国内には全都道府県にあります。各県庁では国際的な展開のお手伝いをしてほしいということで、自治体からも予算をいただきながら運営をしている政府系機関です。

 主に4つのミッションがあります。一つには、海外企業の対日投資の促進。今は特にイノベーティブなスタートアップの誘致に注力しています。海外には優秀なスタートアップ企業がたくさんありますので、それを日本に入れて、より日本経済の活性化を図る。

 次に、各都道府県含めて食品の輸出が大きな目標の一つになっていますので、その支援。ここがジェトロとしては一番やっているところかなと思います。そして、食品以外の中堅中小企業の海外展開の支援。ここも南アフリカを含めいろいろな事業を行い促進しているところです。

 あとは調査です。われわれの住んでいるアフリカの情報を皆さんにお届けする。また、パートナーとなりうる南ア企業を探すということも行っています。基本的にすべて無料で対応させていただいております。ただ、個別の企業の情報提供等になりますと調査する内容によっては有料でやらせていただいております。

 アフリカには9つの事務所があります。私は、ジェトロのヨハネスブルグ(南アフリカ)におります。北から、ラバト(モロッコ)、カイロ(エジプト)、コートジボアール、ガーナ、ラゴス(ナイジェリア)、エチオピア、ナイロビ(ケニヤ)、モザンビークです。モザンビークは天然ガスの埋蔵が発見され、日本企業、特にエンジニアリング関係の日本企業が進出してこられています。ただ、北部では武装勢力が出てきており、陸上の天然ガスの開発準備が止まっています。

閲覧にはログインが必要です。→ .
【講演録】「発達障害の傾向のある人を雇用したら」(応用編)(小島健一)

-発達障害傾向のある社員とどうコミュニケーションを取り、戦力化するか [ 特集カテゴリー ] ,

【講演録】「発達障害の傾向のある人を雇用したら」(応用編)(小島健一)

 

「発達障害の傾向のある人を雇用したら」(応用編)

■紛争を予防するだけではなく、ピンチをチャンスに変える発想で

最近は、労働事件といわれる裁判の中で、社員の健康やメンタルヘルスに関わる事件が半数を超えています。それくらい、心と体の健康についての正しい知識やノウハウがないと、人を雇って働いてもらうことが難しい時代になっています。私も、お客様の人事労務のご相談に対し、多くの部分をこうした産業保健のコンサルティングに充て、さらに、人事担当や管理職をカウンセリングやコーチングで支援しているのが実際です。

女性の活躍はもちろん、外国人、障害者の雇用に始まり、がんやさまざまな生活習慣病、難病に罹った方でも働きたいという、病気と仕事の両立支援が、今非常に重要になってきています。今、特に30代の女性で不妊治療をしておられる方が増えていますので、女性に活躍してもらうためには、それもカバーしないといけない。そしてLGBT。こういったさまざまな、まさに多様性のある労働者を戦力とし、組織に包摂してメンバーとして活躍してもらうことが人事の本当に大きな課題です。

閲覧にはログインが必要です。→ .
[ 特集カテゴリー ] ,

【講演録】「“光触媒+カビ止め”“光触媒+防さび”:世界初の技術をブルネイ国から世界に発信」(大河内 博)

大河内 博 おおこうち・ひろし(スマート・シールド・インターナショナル/スマート・コーティング・テクノロジーズ 代表取締役)

1967 年、東京生まれ。92年、経済産業省(当時、通産省)に入省。2005 年に外務省へ出向、在ブルネイ日本大使館に赴任。10 年に帰国、経済産業省情報通信機器課に勤務。 13 年、同省を依願退職し、家族ともどもブルネイに移住。現在はブルネイやインドネシアを中心に日本の企業のイスラム圏への進出をサポート。

ブルネイは、新型コロナ感染者がゼロです。年明けに日本に戻って、すぐまたブルネイに戻りましたが、マスクもなしで人々は全く警戒もなく外を歩いたりしています。

 どういうことかと言うと、外から人を入れない、鎖国状態です。国内だけで商売や経済を回しています。人は入れ替わりません。外国から来ても15泊、まるで感染者扱いのようにホテルで隔離です。ホテルで、というのがポイントで、日本のように自宅で隔離、ということはなく、保健省の人がホテルの出入り口に張り込んで、24時間体制で見ているので外に出たりできません。

 私もホテルでの“地獄の15泊”を越えて、ひと月経ったところです。それだけやっているのでこの一年間、コロナ感染者はいません。が、経済は大打撃です。

 私が最初にブルネイにやってきたのが2005年。もともと経産省(かつての通産省)の職員で、今の和歌山県知事が大使として経産省から見えたということで、私はそのカバン持ち、日本国大使館の一等書記官として参りました。

 元々、私、中学生の頃にバドミントンに一生懸命打ち込んだ時期があり、ブルネイではそのスポーツがメジャースポーツでした。大使のかばん持ちで来たはずでしたが、バドミントンを通じて大臣や王族から好まれ、いつの間にか、5年間ブルネイにおりました。もう帰ってこないと経産省の職を失うとなり、日本に帰されることになり、帰りました。そして2013年8月に通産省を辞め、10月にブルネイに再び戻ってきました。

 現在は、光触媒の製造・販売・輸出、海産物を扱ったり、インドネシア人の看護学生を日本の人手不足の介護施設にインターンシップで派遣したり、ERIA(東アジア・アセアン経済研究センター)という国際機関の総長のブルネイ担当アドバイザーや立教大学の研究員をやっています。私の性分、一つでは収まりきらず、色々とやっています。

 本日は、1.ブルネイのお国柄事情、2.体験談の共有、3.ブルネイ光触媒研究所と国際展開、の3つに分けてお話させていただきます。

閲覧にはログインが必要です。→ .
【講演録】「戦後日中関係史」(後編)(西園寺一晃)

~日中国交正常化への道のり、冷戦下の各国の複雑な思惑を紐解く [ 特集カテゴリー ] ,

【講演録】「戦後日中関係史」(後編)(西園寺一晃)

■反日正常化を目指す中国

 民間組織の活躍で在留邦人の帰国が進む

1950年代初期、中国は対日正常化を目指す方針を決めていました。ただそれには二つの大きなネックがありました。1つは日本政府がそれに応じるかどうか。2つ目は、日本に恨みを持つ中国民衆の国民感情。これをどう変えていくかでした。

1950年10月に当時の日本の世論が大騒ぎすることが起こりました。モナコで行われた「世界赤十字総会」で、中国代表団の団長・李徳全(中華人民共和国衛生部初代部長、中国赤十字会会長)が日本代表団の島津忠承団長を訪ねました。この人は戦前の華族で公爵、日本赤十字社名誉総裁です。李徳全は島津に大変なことを告げたのです。戦争の結果、中国に取り残された残留邦人3万人、及びB級、C級戦犯をすべて釈放して日本に安全に帰国させる、これを全力で支援するということです。

戦後、日本政府が真っ先にやるべきだったのが、戦争の結果、外地に取り残された、帰国できない日本人をすべて安全に帰国させること、そして戦犯として、あるいは捕虜として外国に拘留されている軍人の釈放の交渉です。ところが中国では終戦とともに内戦が起き、一方日本はアメリカに占領され、残留邦人の問題は放置されたままでした。そして中国には中華人民共和国が成立しました。しかし冷戦化、アメリカの影響下にある日本は対中国、対ソ連、対東側陣営の防波堤にされました。中華人民共和国を承認せず、内戦で敗れ、台湾に逃れアメリカの第七艦隊に保護された国民党政権を中国の唯一正統政権として認め、平和条約を結んだのです。つまり日本にとって、中華人民共和国は存在しないのでした。

李徳全衛生部長がモナコに向けて出発する前、周恩来から「日本代表団の島津団長と接触せよ」という指令を受けていました。周恩来は中国残留邦人、B級、C級戦犯の帰国支援を、正常化を目指す政府間交渉の突破口にしたかった。これは中国が本気で日本との正常化を望んでいるという日本政府へのシグナルでした。しかし日本政府は動けませんでした。中国と交渉すれば、中国を認めたことになります。動いたのは日本赤十字会、日中友好協会、日本平和連絡会、3つの民間の組織です。この3団体が相談し、残留邦人の帰国の交渉のため、北京に交渉団を送りました。中国政府は受入れを表明しました。困ったのは日本政府です。この交渉団が北京に行くためにはパスポートが必要ですが、承認してない国に行くパスポートを日本政府が発行するかどうかです。しかしさすがに世論の圧力と人道主義に鑑みて、日本政府は初めて中華人民共和国へ渡航するための正式な旅券を発行しました。日本政府が出した、戦後初の「中華人民共和国」と明記した公文書です。

交渉は順調に進み、残留邦人1000名を乗せた第1船、興安丸が舞鶴に着いたのは53年3月です。その後、54年まで帰国者全員2万9000余名が無事に帰国しました。54年8月には日本のB級、C級戦犯の生きている417名が全て釈放され無事に帰国しました。

日本の世論は中国政府と中国赤十字会に対する感謝で沸騰しました。この空気の中で、衆議院は中国の赤十字訪日団を招請するという決議を満場一致で採択しました。参議院も同じ決議をしました。その結果、李徳全を団長、廖承志を副団長とする中国赤十字会訪日団が54年10月訪日しました。

中国の周恩来外交は非常に冴えていました。54年6月、周恩来はインドのネルーと共に「平和五原則」を発表しました。55年4月には、当時の非同盟の代表的な指導者、インドのネルー、エジプトのナセル、インドネシアのスカルノなどと共に、第一回アジア・アフリカ会議をインドネシアのバンドンで開催し、成功させています。この会議の旗印は反帝国主義、反植民地主義、民族独立でした。日本もこの会議に代表団を送っています。各国は元首、あるいは首相が参加しましたが、日本は経済審議庁(後の経済企画庁)長官・高碕達之助が団長でした。高碕は日本出発前に「バンドン会議で決して中国代表団と接触しないこと」という指示を受けていました。ところが高碕はバンドンに行くと、公然と中国の周恩来と会談しました。

56年、B、C級戦犯以外の、中国に拘留されていた戦犯・捕虜1062名を中国はすべて釈放、帰国させました。55~57年、文化、芸術、スポーツ、医学、科学等幅広い日中交流が実現しました。中でも、市川猿之助の歌舞伎訪中と、梅蘭芳の京劇の訪日は両国の国民感情に非常に良好な影響を与えました。

中国政府が行わなければならなかったもう一つのことは、中国の民衆の感情にどう対処するかということです。当時は戦争が終わったばかりで、民衆の中に渦巻いていたのは「我々はやっと独立した。これから強くなって、あれだけ酷い目にあった日本に仕返ししてやるぞ」という感情でした。周恩来は「我々は数限りない会議を開いて、いろいろな検討をしてきた。その結果、日本の一部の軍国主義者と善良な国民を分けること、そして日本の善良な国民も戦争の犠牲者であり、両国の国民が仲良くすることは両国にとって有利である。アジアの平和にとって不可欠である」と国民を説得しました。

この点に関して私見ですが、これは大変ありがたいことだと思いますが、我々日本人にとって、あの戦争は軍部がやったもので、日本の国民も犠牲者だと片付けて良いものか、当然主要な責任は当時の軍部、当時の政府にあります。しかし、当時の文化界、スポーツ界、メディアは戦争に協力しなかったのか。戦後の日中友好運動は中国のこの論法に甘えて来たのではないか。そして国民自身のあの戦争に対しての反省が足りないのではないかということです

閲覧にはログインが必要です。→ .

~先人の足跡から学び歴史のつながりを取り戻せ! [ 特集カテゴリー ] ,

【講演録】「“東京五輪”と“日本書紀”」(久野 潤)

■後鳥羽上皇「承久の変」の意図と

 「正道」を『日本書紀』に求められたこと

 日本の2000年以上の歴史を見ると100年に一回くらい疫病が流行っていて、先人たちは今のような科学的な知見がなくても、一致団結して乗り切ってきたわけです。

 今日から5日間、「承久の変と令和」という連載を『夕刊フジ』に連載させていただいております。今年はちょうど承久の変(承久の乱)が起きて800年の節目の年です。承久の変は後鳥羽上皇、この方は18歳で譲位されて23年間ずっと院政を敷かれていたのですが、土御門天皇、順徳天皇と譲位して仲恭(ちゅうきょう)天皇のときに変が起きました。何で後鳥羽上皇が兵を挙げたのかというと、そのとき鎌倉幕府が政治的な混乱の極みにありました。来年の大河ドラマの主人公である北条義時という方がおられますが、第二代の鎌倉幕府の執権になります。もともと北条家は源氏将軍家の補佐役でした。そこに政所の別当を兼務することで強大な権力を手に入れることになりました。

 天皇からみれば天皇によって任命される将軍の補佐役つまり家来の家来に過ぎない、そんな北条家が皇室をも危うくさせるような状況でした。それは正道から外れるということで後鳥羽上皇はあえて挙兵をした。初代将軍の源頼朝も不審な死を遂げましたが、二代将軍の源頼家などは将軍にふさわしくないということでお寺に閉じ込められたり、三代将軍の実朝も北条家が直接暗殺したわけではないけれども、いろいろ吹き込まれた一族の若者(頼家の子公暁)に鶴岡八幡宮で暗殺されてしまいました。

 将軍家や皇室をないがしろにするあり方はおかしいということであえて挙兵をした、それを今の教科書では承久の「乱」として後鳥羽上皇が引き起こした、つまり本来なら北条氏の主君の主君にあたる後鳥羽上皇が家来の家来に過ぎない北条家に対して反乱を起こしたという書き方になっています。しかも、天皇であられた方が隠岐に流されたという日本の歴史上の一大事態です。これはあまりにもおかしいと思い、『夕刊フジ』に書かせていただきました。

 明治時代になって、かつて後鳥羽上皇の離宮があった近くに水無瀬神宮を建てて隠岐から御霊にお戻りいただいたという経緯があります。明治維新の際に「王政復古」と言われたのも、武家政権でないがしろにされてきたこうした歴史を総括するという意味もあったということです。

「奥山の おどろが下も 踏み分けて 道ある世ぞを 人に知らせむ 」という後鳥羽上皇の御製(和歌)があります。奥山の枝などがたくさん茂る中でも、ほんとうの山頂に至る道はこちらだということを知らせるように、政治が混乱している世の中であっても正道はこちらだということを日本の人々、その時代の人だけでなく後世も含めた世の中に知らせるのだ、という強い意志の読み取れる歌であります。

「道」というのを、後鳥羽上皇もそうですし、他の例えば後醍醐天皇とかそういう方々が「道」を何を根拠に、参考にしてお求めになったのか、というと大元の元が『日本書紀』に描かれた国のかたち、日本精神、皇位継承でした。今、女性宮家、女系天皇でもいいのではないか、という学者もいる中で、なぜ「男系継承でないと皇室が途絶えてしまうのだ」と言われているかというと大元は『日本書紀』です。戦後の学者は、『日本書紀』に出てくる初代天皇以降しばらくの天皇は実在したかどうか分からない、と言ったりしますが、確固たる史料のうえでどう判断できるかという議論は差し控えるとして、その代々の天皇がどうやって皇位継承されたかが『日本書紀』に全部書かれています。一つの例外もなく男系継承です。様々なお話がある中で、エッセンスをどう読むかが大事なのですが、戦後は「あり得ないようなことを書いているから『日本書紀』はすべて嘘っぱちの物語だ」というような決めつけ方をされてきたのが歴史教育や戦後全体の風潮だったりしたわけです。

閲覧にはログインが必要です。→ .
講演録「コロナ禍の経済、今後の見通し」(加藤 出)

~日銀の金融政策と、今後の日本経済 [ 特集カテゴリー ] ,

講演録「コロナ禍の経済、今後の見通し」(加藤 出)

■講 師 加藤 出氏(東短リサーチ(株)代表取締役社長チーフエコノミスト)

1988年4月東京短資(株)入社。金融先物、CD、CP、コールなど短期市場のブローカーとエコノミストを兼務後、2013年2月より現職。マネーマーケットの現場の視点から日銀、FRB、ECB、BOE、中国人民銀行などの金融政策を分析している。2007~08年度東京理科大学経営学部非常勤講師。09年度中央大学商学部兼任講師。20年度成蹊大学経済学部非常勤講師。 著書に「日銀は死んだのか?」(2001年)、「メジャーリーグとだだちゃ豆で読み解く金融市場」(2004年)、「バーナンキのFRB」(共著、2006年)「日銀『出口』なし!」(2014年)、「図解とQ&Aですっきりわかるマイナス金利」(監修、2016年)など。主な連載コラムに週刊ダイヤモンド、日本経済新聞電子版、日経ヴェリタス、毎日新聞など。テレビ東京「モーニング・サテライト」、BS・TBS「サンデーニュース・Bizスクエア」、BSジャパン「日経プラス10」、NHK総合「視点論点」などにコメンテーターとして出演。

 

■コロナ禍の世界経済を

 外観してみると 

日本は、新型コロナの感染者数は欧米諸国に比べて結果的に少ないとはいえ、経済への打撃はかなり強いものがあります。主な国の実質GDPの水準をみると、2019年、コロナ前を100として、その後の推移はIMF(国際通貨基金)の予想推計では、日本は去年、イタリア、イギリスほどではないとはいえ、結構、大きな落込みでした。

このIMFの先行きの予想で気になるのは、4月に発表された2026年までの見通しで、台湾、エストニア、ノルウェー、韓国など、全般的にIT系の企業が活発なところが随分伸びてきますが、日本は低調だということです。世界をリードしていくようなIT企業がいまひとつ少ないということや人口が減ってきている、特に生産年齢人口は95年から減り続け、今後も顕著に減っていくので、それも折り込まれているということです。目先のウィズコロナ、アフターコロナの中で日本経済をどうやって運営していくかという問題と、中長期的に見てどうしらいいかという議論も必要ということだと思います。

アメリカの1人当たり実質可処分所得は、コロナ禍前の2020年4月の月当たりで4万6000ドル弱(500万円前後)だったものが、コロナで逆に増えてしまい、3月に限っていえば5万8000ドルを超えています。3月は、前年同月比で29%も増えています。日本人であれば、一部は使うけども貯蓄しておこうという人も多いかと思いますが、アメリカ人はこういうときバンバン使うので、様々なところで商品の供給が追いつかないという事態を生み出しており、一方でヨーロッパや日本の自動車など輸出産業の中には、その恩恵を大変、受けているところもあり、アメリカが今、世界経済をかなり引っ張っています。

ただ、こういう実質可処分所得の激増はいつまでも続くものではありません。失業給付金は9月までですし、アメリカでも財政赤字が膨らみ過ぎると、国債発行額も急激に増えていますので、まだしばらくは需要が強いものの、今ほどの爆発的な瞬発力はいつまでも続かないということだと思います。

経済の状況全体を見た場合、金融緩和で、コロナ対応で金利を世界中、押し下げていますので、その影響として、例えば、住宅価格がスウェーデン、ニュージーランド、オーストラリア等々随分と上がっています。一方で日本は、2013年ぐらいから上がってはいますが、95年を起点にするとまだ水面下にあります。日本のように地方に行けば空き家がたくさんあるという状態ですと、老後に家を売却して資金にするということが成り立たない地域が多い。となると、それは現在の消費を慎重化させる面もあるわけです。また、住宅価格が上がらないと家賃も上がりませんから、消費者物価指数、インフレ率、日銀は2%というインフレ目標を掲げていますが、家賃が上がらないというのは、けっこう大きな影響があったりします。

閲覧にはログインが必要です。→ .
講演録「発達障害の傾向のある人を雇用したら」(小島 健一)

-トラブルやいざこざをどう未然に防ぎ、かつ収めるべきか [ 特集カテゴリー ] ,

講演録「発達障害の傾向のある人を雇用したら」(小島 健一)

小島健一(鳥飼総合法律事務所・パートナー弁護士)

人事労務を基軸に、問題社員処遇から組織・風土改革、産業保健、障害者雇用まで、紛争予防・迅速解決の助言・支援を提供。メンタルヘルス不調やハラスメントが関わる深刻な案件も、早い段階から依頼者に寄り添い、解決まで支援。「さんぽ会」幹事、日本産業保健法学会(2020年11月発足)理事。

 

発達障害という言葉は大分知られるようになってきましたが、一番知られてないのが実は中高年の男性です。逆に小さいお子様をお持ちのお母様はかなりご存じではないかと思います。今の小中学校では、発達障害の特性が見られる子どもを早い段階から支援しようという文科省の取組みがここ10年ぐらいで進んできましたから、小さなお子さんをお持ちの親御さんは判るのです。しかし50代のわれわれが育った時代、発達障害という言葉には全く出会いませんでした。ただ自閉症は旧来から知られており、実はわれわれの世代にもそういった自閉症の方が患っているものと共通な要素があることが分かったのは、比較的最近です。アメリカなどでは、30~40年前から自閉症についての研究が行われており、我が国に入ってきたのは20、30年遅れといったところでしょうか。

私も長年、人事労務の仕事に携わってきましたが、どうしてこうなってしまうのだろう、この人はなぜこんなことをやっているんだろう、そんな疑問を抱くことがありました。しかし発達障害を知ることで、今まで埋まらなかったピースがはまったような、そんな実感も得られましたので、人を雇い仕事をお願いするという局面で、問題社員やうまくいかない社員、さらには自分自身というものをよく知るためにも、発達障害とはどんなことなのか、少しでもお伝えできればと思います。

閲覧にはログインが必要です。→ .
講演録「“コロナ後”の日本」(馬場 伸幸)

-令和3年衆議院選挙・維新の戦い [ 特集カテゴリー ] ,

講演録「“コロナ後”の日本」(馬場 伸幸)

馬場 伸幸氏(衆議院議員、日本維新の会幹事長)

 1965年大阪府堺市生まれ。高卒後(株)オージーロイヤル入社。86年衆議院議員秘書(中山太郎議員)。93年堺市議会議員補欠選挙初当選。2006年堺市議会副議長、11年堺市議会76代議長(市議6期)、12年衆議院議員選挙初当選。16年日本維新の会幹事長就任。17年衆議院議員選挙3期目の当選。

 

■「地方から日本を変える」――

日本維新の会の矜持 

 日本維新の会は、いつも皆様のご期待に添えてこられたわけではないと思います。政党自体にも紆余曲折があり、二度にわたる離合集散がありました。今の日本維新の会になって約5年、幹事長の仕事を拝命し、この間、組織をきちっと固めてさらに大きくしていくという思いを強くしながら、活動をして参りました。

 過去2回、大阪都構想を掲げ、「地方から日本を変える」ということで、やって参りました。会社で言えば、大阪市の中に大阪本社と大阪本店があり、経営者が2人いて、それぞれの経営理念で、それぞれの商売を好きなようにやっている、というのがかつての大阪でした。指揮官を一つにして、皆様方からお預かりしている税金(財布)も一つにさせていただいて、より税金が有効に、一円でもムダのないように使っていきたいというのがわれわれの考え方でありました。

 大阪都構想は今のところ成就はしておりませんけれども、基本的な考え方はこれからも変わりません。チャンスがあれば、大阪都構想か違う形かわかりませんけれども、行政の仕組みを変えていくという考え方はいささかも揺らぎはございません。

 大阪都構想が昨年、住民投票で否決されたときには、メディアでいっせいに「日本維新の会は終わり、大阪維新の会も終わり」と盛んに書き立てられました。われわれもそういうことが言われないように、色々な勉強をして参りました。

 皆様方の目下の一番の関心事はコロナだと思われます。われわれは、昨年コロナの流行の兆しが見えたときに、政党としては初めて国会で質問をさせていただきました。昨年1月の衆議院本会議、代表質問で私が「コロナというものが中国で流行っているらしい、春節になると多くの方が中国から来日をされる、ということに対して水際対策をどうしていきますか」と質問をしました。あのときは安倍総理でしたが、まだ他人事かなという感じでした。予算委員会でも私のほうからコロナ対策の質問をしました。PCR検査の際に、プライマーという試薬がないために検査ができないという情報をキャッチしておりましたので、PCR検査の段取りを早くしたほうがいいですよ、ということを申し上げましたが、当時の加藤厚労大臣もあまり危機感の感じられないような答弁でした。

閲覧にはログインが必要です。→ .
Online講演会「戦後日中関係史」(前編)(西園寺一晃)

米ソ核戦争は一触即発だった~冷戦下の日中関係史 [ 特集カテゴリー ] ,

Online講演会「戦後日中関係史」(前編)(西園寺一晃)

戦後の日中関係についてこれからお話したいと思います。この間の日中関係について研究する学者は少なく、歴史的に不確定な部分が多くあります。日本側と中国側両方を合わせた研究が不可欠ですが、共同研究はいまだにありません。

特に中国の幾つかの歴史問題は、まだ残ったままです。例えば中ソ論争、文化大革命、林彪事件、毛沢東の評価などです。いずれ、中国自身がきちんと総括しなければならないと思いますが、まだその時期ではありません。

■第2次世界大戦の終結と当時の状況

日本の教科書では、太平洋戦争は真珠湾を皮切りに日本とアメリカが戦争した、と教わります。しかしこれは「アジア太平洋戦争」というべきだと思います。日本軍国主義の朝鮮、中国、アジアへの侵略と日米戦争には質的な違いがあります。

1945年、ホットな戦争の終結は、クールな戦争=冷戦のスタートでした。世界は主に3つに分かれます。1つはアメリカを中心とする資本主義陣営(西側陣営)、もう1つはソ連を中心とする社会主義陣営(東側陣営)、そしてもう1つは、この両方とも同盟を結ばない、非同盟の第三世界です。

世界には、2つの政治制度の国が存在し、対立していました。資本主義と社会主義です。資本主義はかなり長い歴史がありますが、社会主義は新たに生まれた政治制度です。

閲覧にはログインが必要です。→ .
講演録「“サラリーマンの心”が分かる経営者たれ」(杉野 正氏)

組織を活性化するのはシステムではなく“心”だ [ 特集カテゴリー ] ,

講演録「“サラリーマンの心”が分かる経営者たれ」(杉野 正氏)

1958年東京都生まれ。神奈川大学卒業後、82年(株)ユニ・チャーム入社。96年(株)エイチ・アイ・エス入社。2002年田中康夫長野県知事に見込まれ、しなの鉄道(株)代表取締役社長に就任。04年上田埼玉県知事の要請を受けて埼玉高速鉄道(株)代表取締役社長に就任。07年神奈川知事選に立候補するも次点で落選。以後、複数の会社の社長を歴任。

長野県のしなの鉄道、埼玉県の埼玉高速鉄道の再建を成し遂げたのは、そこで働く社員=スタッフの皆さんの力だと確信しています。では私は「社員」=スタッフをどのように動かしてきたのか。「サラリーマンの心」を理解し行動した結果だと思います。

 

 

 

■社員を「やる気にさせる」

 サラリーマンの心

  • 社長は誰よりも早く出社し定時に退社する

 まず第一項目に「社長は誰よりも早く出社して、退社しろ」です。私は、ユニチャームにて13年間、9時~17時45分まで働いていました。いつも7時に出社して定時に帰っていました。気づいたのは、いつも褒められるのは遅くまで残業してる人です。残業で残っている人を見て下さい。何にも考えてないです。そして、経営者の多くの方は、遅くまで残っている人を高く評価します。

 それと朝、出社したときの挨拶が大切です。私が「しなの鉄道」にいた当時、会社は債務超過です。100円稼ぐために127円使ってました。ここで私は最初に、毎朝早く元気に「おはよう」って先にこっちが言うのです。残念ながら、返さない人が多い。元気にさせない限り、やる気にさせない限り、士気は盛り上がらない。だから、経営者はまず誰よりも早く出社して、プレイヤーの状況をしっかり把握することです。

閲覧にはログインが必要です。→ .

リーダーと部下がムリなく築ける関係性づくりのために [ 特集カテゴリー ] ,

講演録「上司やリーダーが陥りやすい思考を打破する考え方と行動」(吉田 幸弘)

■共感されるリーダーが持っている4つの要素
 信頼されるリーダーと、されないリーダーの違いは何でしょうか。リーダーシップとは「付いていきたい」というフォロワーが存在して初めて成立する影響力のことです。部下が信頼できるかどうかがポイントになってきます。
よく権力に付いてくる部下がいるからリーダーシップが優れている、と思われがちですが、そうではないです。「権力」と「権威」の違いと言えます。

閲覧にはログインが必要です。→ .

革新的事業再構築によるコロナに打ち克つ経営 [ 特集カテゴリー ] ,

【講演録】「事業再構築補助金活用セミナー」(秋吉正一)

■事業再構築補助金の

概要と要諦

今回の事業再構築の補助金ですが、1兆1485億円。第3次補正予算の目玉です。思い切った事業再構築、規模拡大、新分野展開、業態転換、そして、再編について100万円から3000万円まで受けることができます。30%以上、売上げが落ちた企業や事業主に、優先して補助金をもらえるようにしますという制度です。

閲覧にはログインが必要です。→ .
【インタビュー】「ひとり親家庭にお弁当を届ける“hottokenine(ホットケナイン)”を展開」

「ひとり親家庭にお弁当を届ける“hottokenine(ホットケナイン)”を展開」 [ 特集カテゴリー ] ,

【インタビュー】「ひとり親家庭にお弁当を届ける“hottokenine(ホットケナイン)”を展開」

新企画≪飲食店・宿泊施設はいま≫

第1回「ひとり親家庭にお弁当を届ける“hottokenine(ホットケナイン)”を展開」

Noza Caza(東京・六本木)
東京都港区六本木4-8-8 第12岡崎ビル B1F
TEL: 03-6434-0859

笹 裕輝氏((株)SASA代表取締役)
1989年兵庫県加古川市生まれ。3歳から母子家庭で育てられ、高校を中退し、16歳で鳶職の道へ入る。21歳のとき、友人の誘いで上京し、新宿歌舞伎町のバーで働き始め、28歳の時に独立、六本木にカジュアルイタリアン店を構える。趣味はサッカー、野球観戦、読書、ワイン。

■昨年4~5月、さらに首都圏や関西等大都市圏で今年1月4日から2か月以上にわたって再度の緊急事態宣言が発出、飲食店は時短営業を要請され、また県をまたいだ人の移動も制限される中、宿泊施設も厳しい経営環境に置かれた。そんな中でもウィズコロナの時代を見据えて独自の活動を続けるお店や宿泊施設にお話を伺いながら、危機の時代を突破する方法を探っていきたい。第1回めは、緊急事態宣言下、コロナ禍で困窮するひとり親家庭に弁当を無料配達しながら新たな飲食店のあり方を模索する32歳の若き経営者とそのチームに話を聴いた。(聞き手:編集部)

■「hottokenine(ホットケナイン)」とは?

現在の状況から抜け出そうと立ち上がったひとり親家庭に飲食店が作ったおいしいお弁当を毎日無償でお届けするひとり親家庭のサポートチームです。
hottokenineは、シングルマザー家庭で育ち、飲食店を経営している発起人・笹が、「INGプロジェクト」という活動で、コロナ渦で、困窮しているひとり親家庭に対して、無償でお弁当を配達することをきっかけに始まりました。
当プロジェクトは、東京23区を中心に800家庭にお弁当の提供を行い、様々な反響やお言葉をいただきました。
今後は、プロジェクト名を「hottokenine」に変え、お弁当を届けるだけでなく「卒業」という新たなキーワードを取り入れ、現在の状況からの脱却を目指すひとり親家庭に、卒業までの期間無償でお弁当を届けます。
シングルマザー家庭で育った当事者として、「ほっとけない」想いを支援の輪に繋げ、より多くのひとり親家庭に寄り添っていきたいと考えています。
https://hottokenine.jp/

—-「hottokenine」を立ち上げるに至ったきっかけは何だったのでしょうか?

笹 裕輝(以下、笹):はじめは「INGプロジェクト2020」というプロジェクト名でスタートしました。
 
緊急事態宣言が昨年の4月7日に出されましたが、すでに2月くらいから、六本木ヒルズに入っているIT企業さん等から「もうお店に行けなくなりそうだから」というキャンセルが入り始め、危機感をすでに感じていました。それで早めに1000万円の融資を確保できましたので、他の飲食店さんよりは資金的にゆとりがあった、ということが一つあります。
 
そして緊急事態宣言が出され、お店をいよいよ閉めなければならないかなと思い、スタッフたちと何か自分たちでできないかと話し合ったとき、ボクたちには「食」と「時間」がある、お金も1000万円ある。じゃあ困っている人たちに「食」を届けよう、自転車を使って配達をしよう、ということに思い至りました。

閲覧にはログインが必要です。→ .
【講演録】二木芳人氏「新型コロナの感染拡大はいつ収まるか」

収束に向けて、今後想定されるシナリオ [ 特集カテゴリー ] ,

【講演録】二木芳人氏「新型コロナの感染拡大はいつ収まるか」

【講演録:2021.3.4開催】

「新型コロナの感染拡大はいつ収まるか」
―収束に向けて、今後想定されるシナリオ

昭和大学 医学部 内科学講座 臨床感染症学部門 客員教授 
二木 芳人

川崎医科大学卒業。倉敷第一病院呼吸器センターの副センター長、昭和大学医学部 臨床感染症学講座の教授等を務め、12年昭和大学病院感染管理部門 部門長(兼務)。昭和大学医学部 内科学講座 臨床感染症学部門教授。19年4月より現職。

■世界の感染者状況と変異ウィルスの動向

米国のジョンズ・ホプキンス大学が毎日、更新しているデータによりますと、昨年8月にこちらでお話させていただいたとき、世界の感染者数は、2867万人、亡くなった方が81万人でした。それから半年、現在、世界の感染者数は1億1400万人、亡くなった方は250万人です。これは診断が付いた人だけですので、実際は、大体3億5000万人くらいの方が、すでに感染したのではないかと考えます。

現時点で、地球上の人口がおよそ78億人ですので、まだまだ感染していない人のほうが圧倒的に多い。大体、人口の6割ぐらいが感染をして免疫を持つとパンデミックが収まるとされていますが、現在、ワクチンを接種した人は2億5000万人ぐらいです。まだまだ免疫を獲得して、この感染症が終わっていくというのを期待するには早いかなと思います。

閲覧にはログインが必要です。→ .
【講演録】「若き日の渋沢栄一」(永冨明郎)

「若き日の渋沢栄一」  ―日本資本主義の父・渋沢栄一の原点を振り返る [ 特集カテゴリー ] ,

【講演録】「若き日の渋沢栄一」(永冨明郎)

「若き日の渋沢栄一」
 ―日本資本主義の父・渋沢栄一の原点を振り返る

歴史紀行作家 永冨 明郎

【講演日:2020年11月11日】

「官尊民卑」に疑問を抱き、
武士になることを目指す

「日本資本主義の父」と称され、わが国の経済の基盤を築いた渋沢栄一。2021年NHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公となり、さらには24年から新一万円札の顔としても起用されることが決定しました。

渋沢栄一は、天保11年、武州榛沢郡、現在の埼玉県深谷市血洗島の豪農であった渋沢一族中の家(なかんち)当主渋沢市郎右衛門の長男として誕生します。父市郎右衛門は、中の家が財政難にある.中立て直しのために婿養子に入り、農業や養蚕のみならず、新しい事業として藍玉づくりとその販売を始め、家を再興した人物でした。

閲覧にはログインが必要です。→ .
【講演録】「2021年、コロナ禍の世界と日本の行方」(白井さゆり)
[ 特集カテゴリー ] ,

【講演録】「2021年、コロナ禍の世界と日本の行方」(白井さゆり)

「2021年、コロナ禍の世界と日本の行方」
 ―新たな世界秩序と、新型コロナウィルス収束への見通し

 

白井 さゆり氏(慶應義塾大学 総合政策学部 教授)

■コロナ危機以降の主要国地域の経済情勢
 
全体像を見るために、コロナ危機以降の動向だけではなく、その前の状況から見ていきたいと思います。
 
まず目につくのが中国です。ここのところ六%くらいの高い成長率を実現しています。中国を起点としたコロナ危機が始まり、昨年第一・四半期の1―3月は、厳しいロックダウンをしましたので他の国より先に大きな打撃を受け落ち込みました。が、その後、唯一世界でV字回復し、現在はコロナ危機前の状態を超えており、景気回復が著しくなっています。

閲覧にはログインが必要です。→ .
日本人よ、もう謝るな!

新型コロナで大きく変わる パワーゲームバランスを生き抜くために [ 特集カテゴリー ]

日本人よ、もう謝るな! [ 情報戦略アナリスト 山岡 鉄秀 ]

 

現在の日本が置かれている状況

 

日本が置かれている国際情勢を、私達一人ひとりが正確に理解しなければなりません。昨年出版に至りました『目に見えぬ侵略‐中国のオーストラリア支配計画』という本ですが、これは2018年にオーストラリアで出版された本「Silent Invasion」の邦訳です。チャールズ・スタート大学のクライブ・ハミルトン教授が著し、それから2年かけて地政学者の奥山真司氏が翻訳して、それを私が監訳(全体の査読と監修)しました。やっと日本で出版にこぎつけた本で、お読み頂けた方もいらっしゃるかもしれません。今日はその本の復習と、それに関連して日本が置かれている状況、そしてベルリンにおける慰安婦像問題、日本学術会議問題など……。複雑に絡み合う国際情勢を紐解き、私達が今どういう状況に置かれ、どういう判断を迫られるか、その上でどういうメンタリティを持つべきか、それが最終的には「もう謝るな」となりますが、一言で言えば謝っている場合ではないのです。日本に謝罪を求めるのは韓国と中国だけです。逆にアメリカという最大の同盟国から見たら、「いつまで戦後のメンタリティなのか」となります。しかし、それを理解するためには少し複雑な国際情勢を見ていかなくてはなりません。

 

閲覧にはログインが必要です。→ .
コロナ禍を豊かに生きるための  熟年人生の経済学

世界の経済のあり方は、これからどう変わるのか!? [ 特集カテゴリー ]

コロナ禍を豊かに生きるための 熟年人生の経済学 [ 東京国際大学学長 塩澤 修平 ]

人生と経済学

目的達成に最良の選択を

 

経済学が人生にもたらす意味とは何でしょうか。人生の捉え方は様々だと思いますが、1つには選択の連続だということが言えるでしょう。朝食に何を食べようか、何を着て出かけようかといった小さな毎日の選択から、進学や就職といった大きな選択に至るまで、日々選択の連続です。その一方、我々が欲する財やサービスは、ほとんどの場合に制約があり、自由に手に入れることはできません。さらに、新型コロナウイルスの感染流行によって、その制約はより強いものとなり、選択肢はより狭くなりました。例えば、1日は24時間と限られていますし、経済活動には予算という制約が伴います。コロナ禍により、集会の禁止や人同士の距離を空けることなど、新たな数多の制約も生まれました。

閲覧にはログインが必要です。→ .
コロナ時代に求められる企業経営

永続する企業を目指して [ 特集カテゴリー ]

コロナ時代に求められる企業経営 [ 経営学博士 アシックス商事㈱前代表取締役 梅垣 和英 ]

 コロナ禍で見えてきた事

 

本日は新型コロナとどう付き合い、どういう企業経営をしていくかを主眼に話をさせていただきますが、その前にこのような事態になって見えてきたことがあるので、その辺りから話をして参ります。

近代日本になり今日まで、元号が変わる際は良くないことが起きていました。明治時代は戊辰の役がすぐ始まり、西南戦争まで続き内乱が収まりませんでした。大正は1912年から15年間ですが、その前に日露戦争があり景気は落ち込んでいました。さらにしばらくするとスペイン風邪が流行りました。1927年に昭和が始まりましたが、ちょうど金融恐慌の中で2年後にはウォール街の大暴落があり、世界的な不況になりました。平成は、バブルの後始末で「失われた20年」などと呼ばれ、日本が低迷期に入るきっかけとなり、さらにデフレの時代を迎えるなど、良くないことがおきました。

そして令和の今年になり、この新型コロナの世界的な蔓延が起きてしまいました。

未だ感染が収まらず先が見えないのが一番困りますし、どう収束するか心配ですが、そこからいくつか見えてきたことがあります。

 

閲覧にはログインが必要です。→ .
新型コロナ、今後の対応

第二波、第三波に向けての準備と心構え [ 特集カテゴリー ]

新型コロナ、今後の対応 [ 二木 芳人 昭和大学医学部 内科学講座 臨床感染症学部門 客員教授 ]

新型コロナウイルス出現
日本の対応はいかに

 

中国武漢から発生し、世界中を震撼させた新型コロナウイルス―。今なお世界中へと感染は拡大し、数多くの死者を出し続けています。日本では昨年末頃より報道され始め、年が明けてほどなく発生したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号でのクラスターを皮切りに、徐々に国内へと波及し、我が国を蝕んできました。

現在、日本では新型コロナウイルスを指定感染症に指定し、その中でも二類相当と位置付けています。罹患した場合に重篤化する危険度の高い二類感染症では、基準が厳しく、検査結果が陽性ならば無症状であっても隔離対象となります。日本が他国に比べて患者数や死亡者数が少ないのは、この二類に指定したことにより、患者を囲い込み、感染の拡大をある程度は抑え込むことができたからだと言われています。また、指定感染症に指定されたことにより、治療費を公費で負担することとなったのも良い点でした。治療費を取ると、「どうせ風邪みたいなものだから家で寝ていれば治る」という人が増え、感染状況はますますわからなくなったことでしょう。

ところが、最近この二類を外し、インフルエンザらが属する五類相当とするという議論が行われています。しかし、新型コロナウイルスに関する情報が集まりきらない現段階でインフルエンザと同等に考えるという判断を下すと、行動制限や感染状況の観測が難しくなり、痛い目に遭う危険があります。

このように、新型コロナウイルスについては、毎日様々な議論がなされています。私たちは今後このウイルスとどう戦っていけば良いのか、これまでを振り返りながらお話ししたいと思います。

閲覧にはログインが必要です。→ .