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令和7年 春の九段界隈のできごと(日比恆明)

【特別リポート】
令和7年 春の九段界隈のできごと

日比恆明(弁理士)

ほんの一カ月前はオーバーやダウンコートを着ていたのですが、3月下旬になると暖かくなり、花見の季節となりました。靖国神社の標準木では、桜の開花は3月24日となり、満開は3月30日となりました。昨年よりも5日早い開花と満開になったようです。今年は3月29日に九段界隈に出掛けました。

         写真1

桜は咲いたのですが、今年の天気は全く期待を裏切られました。天候が不順なのです。雨と曇りの日ばかり続き、桜花を愛でるような天候ではありませんでした。写真1は、都内で名所として超有名な千鳥ケ淵の桜並木です。この日、桜は満開に近いのですが、シトシトと雨が降り、寒いのです。春の陽気で、気持ち良く散歩するような雰囲気ではありません。例年ならば、桜並木の下にはぞろぞろと花見客が行列しています。配備された警備員が「立ち止まらないで下さい。歩いて下さい。」と怒鳴るのですが、そんな騒音も無く、静かな花見となりました。

毎日が雨天ということでは無いのですが、快晴になったのは3月25日、26日、4月4日だけで、他の日は「雨のち曇」とか「晴のち曇」とか「曇一時雨」といった天候となり、全くの外れでした。雲一つ無く、青空を背景にして桜花を楽しむという理想には達しなかった今年でした。

        写真2

この日は雨のため観光客が少なかったのですが、千代田区観光協会は例年のように花見客の対策をしていました。人込みができるはずの千鳥ケ淵の歩道には、人の流れを規制する標識が掲げられていました。その内容は「10分以上の撮影禁止、身を乗り出さないで」というものでした。人流を停滞さぜず、流れを良くすることで多数の観光客を誘導しよう、とい趣旨のようです。

千鳥ケ淵はオーバーツーリズムなので、こんな無粋な看板を掲げなければならないほど、観光客が密集するのです。ここでは満開の桜の下で花の匂いを嗅ぎながら、季節の移ろいを五感で受け止めることはできません。一人静かに春を愛でるなら、都内ではなく、とんでもない郊外の桜木を見つけるしかないでしょう。


        写真3

都内の桜の開花を判断する靖国神社にある標準木も、写真3のように閑散としていました。例年ならば標準木の周りには、桜花と共に記念写真を撮影する人達で溢れているのですが、この日はこんなものでした。
 

さて、雨天の時、桜花を撮影して困ることは、花びらと雲の色がほぼ同じで、コントラストが悪くなることです。また、紫外線の照射が少ないので、画面全体が薄鼠色となって汚く写るのです。桜花を観察した時には綺麗に見えるのですが、撮影した画像を確認すると泥臭い配色となっていました。皆様も私と同じような経験をされたのではないかと思います。やはり、桜花は快晴でなければ綺麗でありません。


        写真4

        写真5

今年も靖国神社の参道脇には、千代田区観光協会の案内所が設置されていました。何時もならここには机が配置され、数名の担当者が観光客を案内をしていました。今年は雨天が続くため、担当者は2名だけで、レインコートを着て案内していました。しかし、雨天のためか観光ガイドブックを受け取る人も少なく、手持ちぶたさでした。紙のガイドブックを貰っても雨で濡れるため、観光客も受け取りたくないのでしょう。テント内には「さくら祭」のイベントや配付資料が配置されてました。天候が変わったため、急いで作ったようなビラで、雨さえ降らなければこんなことにはならなかったでしょう。

この日の駐車場には、多数の観光バスが駐車していました。ほぼ満杯で、参拝を終えた一台が出庫して駐車場が空くと、次のバスが入庫していました。地方からの観光バスも見かけられましたが、主力はやはりはとバスなのです。その昔のはとバスの人気コースは、「皇居二重橋」「靖国神社」「東京タワー」でした。昨今は、「東京スカイツリー」や「浅草」の方に人気があり、靖国神社を廻るコースは少なくなったようです。


        写真6

しかし、桜の時期だけは特別で、はとバスでは靖国神社を廻るコースの増便をしているようです。これだけ多くの観光バスが駐車するのは、春の季節と終戦の日くらいなものです。


        写真7

今年も靖国神社の大村益次郎の銅像の下では、「同期の桜をうたう会」が開催されました。要するに、戦時体験者が集まって懐かしの軍歌をうたう会なのです。今年は雨天のためか、参加者は数十名といったとことでした。以前は参加者が数百人以上にもなり、参道を真っ直ぐに歩けない程参加者で溢れていました。参加者が減少した原因は戦時体験者が激減したことです。今年は昭和100年、戦後80年という節目です。「戦前」とか「戦中」という言葉はもう遠い世界の話になってきたようです。このうたう会も戦時体験者の激減により、いつかは消滅することになるでしょう。

        写真8

この日、銅像の台座の上には軍歌酒場で歌っていたコーラスガールが並び、その前には観客が並んで軍歌を合唱していました。不思議なことに、最近は30歳代、40歳代の女性の参加が増えています。特に政治的な思想は無いようで、軍歌のリズムが好きだとか、昔の歌が好きと言った理由で参加しているのではないかと思われました。もしかしたら、自衛隊関係者の家族か、元自衛隊員かもしれません。


        写真9

歌う会には写真9のような参加者もみえました。軍隊生活のアルバムを開き、遺影に軍歌を聞かせよう、としているようでした。しかし、アルバムは拾ってきたもので、写真に写っている軍人と当人とは何の関係もありませんでした。靖国神社の境内でこのような恰好をしていれば目立つため、誰かが声を掛けてくれるのを待っているのだそうです。色々な人達が集まるものです。

    【奉納相撲】写真10

4月14日には、日本相撲協会主催による奉納相撲が開催されました。従来は昇殿参拝だけで終わるのですが、今年は横綱の豊昇龍による雲竜型の土俵入りが行われました。写真10は拝殿前で土俵入が終わった豊昇龍が土俵場に向かって歩く姿を写したもの。私は拝殿前での土俵入を撮影しようとしたのですが、大変な人だかりで撮影できませんでした。しかし、「靖国神社で豊昇龍が土俵入りする」と言うニュースは何処にも流れておらず、皆様はどのようにしてこの情報を入手されたのか不思議です。もしかしたら、相撲協会の関係者が裏情報でマニアに流し、それで観客が集まったのかもしれません。


       写真11

さて、横綱の土俵入りは毎年1月に明治神宮で行われるのが有名で、相撲業界の安寧のために行われています。何時もニュースで流れるので、ご存じの方は多いはず。今年は靖国神社でも土俵入りが行われました。これは戦後80年目を記念して行われたようです。10年前の2015年にも、終戦70年を記念して、白鵬と日馬冨士が不知火型で土俵入りしています。いずれも不定期であることから、今後も土俵入りが続けて実施されるかどうか不明です。何れにせよ、今年の奉納相撲は、従来とは違って大変な観客数でした。
 
横綱の土俵入の後、幕内以上の力士が昇殿参拝を終わり、一列になって土俵場に向かって歩いていました。奉納相撲は毎年あるのですが、こんな風景は初めてです。

 
       写真12
 
写真12は靖国神社の相撲場の全景で、観客がギッシリと座っていました。この写真を見ると、私が如何にも簡単に入場できたかのように思われますが、この日は入場するまでが大変でした。例年に比べて来場者は多く、朝8時30分の開門から場所取りをしていた人達もいて、会場は既に一杯となっていました。また、拝殿前で土俵入りを見学していた間、相撲場に向かう進路は閉鎖されていて、入場できませんでした。何だかんだと小一時間程待たされて、やっと入場できたのです。

既に取り組みは中盤が終わっていて、私は会場の雰囲気だけを味わってきたようなものでした。しかし、この奉納相撲は無料なのです。無料なのですから、その位は我慢しなければならないのでしょう。

       写真13
 
土俵の周りには、弁当や相撲に関する土産物などを販売するテントが出店していました。一旦土俵場に入場したら、満員のため再度の入場は認められません。テントで販売している弁当を食べ、自動販売機の飲料水で喉を潤し、直射日光の暑さに耐えて、ただただ我慢するしかないのです。そんな苦労も相撲マニアにとっては楽しい出来事かもしれませんが。


       写真14

       写真15

写真14は花道で、力士との距離は1メートルもありません。ここでは力士の手と触れることができ、親切な力士は握手してくれます。ただ、全ての力士がそうだ、ということではなく、握手してくれる親切な力士は少数派でした。
 
写真15は出待ちの力士と記念写真を撮影する人達です。写真の向かって左側は力士が支度部屋から出てくる通路、右側が観客の通路です。目当ての力士が出てくるのを待って、「一枚、お願いします」と断って撮影していました。

       写真16

今年の奉納相撲では、外国観光客の来場が無茶苦茶に多いのです。10%かそれに近い比率で外国人が観戦していました。日本人でもあまり知らない奉納相撲を外国人がどうして知ったのか不思議でした。どうも、外国人向けの観光ガイドブックに紹介されていたようです。外国人向けのSNSに、日本の裏観光地を紹介するサイトがあり、そこで奉納相撲が紹介されていたのかもしれません。また、You Tubeで検索すると、「Free Sumou Tornament」とした動画が投稿されていました。もしかすると、外国人専用のサイトがあって、大相撲に関する詳細な情報が外国語で掲載されているのかもしれません。

何れにせよ、外国人観光客は、富士山、京都、奈良といった古典的な観光ではなく、日本の文化に触れるような体験型旅行に移っているようです。これからは、日本の歴史や文化を探る観光客が増えていくことでしょう。