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【清話会会員企業インタビュー】㈱メディカルフロント(増田辰弘)

増田辰弘が訪ねる  清話会会員 企業インタビュー ㉘

人がいつまでも健康で幸せに生きるための道標をつくる
日本の医療改革を強力に裏方で進める
㈱メディカルフロント

  •  国民皆保険制度ゆえの課題

 今回の㈱メディカルフロント(本社:東京都新宿区、島崎肇社長)の取材は不思議な取材であった。普通取材を終えると納得して帰るのだが、今回は多くの問題点を抱え込んで納得しないまま帰ることになった。

これはもちろん同社の責任ではない。というのも同社の商品とも言えるポケットファーマシーなどの医薬品情報サービスは現在の日本の医療制度と深く関連しており、新システムの開発を行えば行うほど医療の効率化が図れるが、その課題も顕在化するためだ

 同社の現在の基本的なサービスは、約1700店の薬局とその薬局の利用者である80万人の患者に調剤等の医療情報のサービスを提供するシステムを開発することである。このネットワークをもっと拡げ、充実させて行くことが当面の課題である。

 ここで日本の医療制度を簡単に説明すると、世界にもまれな国民皆保険制度で病気になればいつでも、どこでも、誰でも病院に行き治療を受けることができる。一見すばらしく良いシステムであるが、今やこのすばらしい仕組みがゆえの問題点も多く顕在化している。

まず、医療費の総額が50兆円に迫る。GDPの1割近い医療費というのはいかになんでも問題ではないのか。この制度はもはや持続可能性が確保されていないのだ。

次に問題なのは、誰でも病院に行きその経費の1割から3割の範囲内で治療を受けることができると言うことで、どうしても過診療を招きやすい。端的な事例が高齢者の薬漬けである。

多くの高齢者はどこか身体の悪いところが出て来る。病院に行くとお医者さんが親切に見てくれてそして病気の治療する処方箋をくれる。多くの病院をはしごし多くの薬を飲むがゆえにそれがかえって身体を悪くする場合が出て来る。時には飲み合わせ悪く命を落とすことすらある。今でこそ薬を飲むのは最高5種類までという話は出ているが徹底されてはいない。いわゆる薬害の問題である。

一つひとつの病院の治療と処方箋の薬は合理的であろうが、それを積み重ねた時にどうなるのかを考え、検証し相談する機関やシステムがない。また、そのために医療費が膨らみ医療保険の会計は厳しくなる。

  •  威力を発揮する投薬チェックマスター

 先に述べたように同社の事業は基本的にこの国民皆保険制度の弱点を補う事業のような感がある。例えば、薬害を防ぐ措置として目玉商品であるポケットファーマシーで電子版お薬手帳によりデータセンターに患者の服薬情報が集まることで薬薬連繋(病院薬剤師と薬局薬剤師が連携して患者さんが安全で効果的な薬物療法を受けられるようにする取組み)で薬の副作用マネジメントネットワークが形成され、患者に対し警告できる。しかし、これで万全とは言えない。患者が受け取った情報をきちんと把握し、軌道修正できる保障はない。

 そこで威力を発揮するのが、同社が東京理科大学と産学共同で開発した「投薬チェックマスター」である。これは病名と医薬品と医薬品を関連付けてチェックを行うためのマスターである。

 このマスターは、1万8000品目のすべての医療用医薬品データを網羅し、薬品の銘柄名、一般名、禁忌病などをコード化して、薬の効能効果や適応性などをキーワードで切り出していて、医師が出すオーダーをリアルタイムでチェックする。例えば、併用禁忌チェック機能、用途容量チェック機能、妊婦投禁忌与チェック機能、高齢者投禁忌与チェック機能などである。この仕組みにより薬害を完全にブロックできる。

 ポケットファーマシーは、基本的には各導入薬局店舗がレセコン運動により、服薬情報が自動登録される。これで病院、クリニック、介護施設、地域包括支援センター、訪問介護ステーションと調剤薬局を結びお薬手帳の情報や患者の検診情報、バイタル情報を共有し、さらにチャットによるコミュニケーションによって的確な対応を機動的に行なえる。

 ただ、年齢的に利用できる者とできない者がおり、概ねデジタル難民の多い65歳以上の利用者は30%台に落ちて来る。40代、50代はほぼ大丈夫である。デジタル難民の多い高齢者になるほどデジタルアレルギーが起きて来る。今後はこの高度なシステムをもっと高齢者にも簡単に動かせるような機器を開発するのも課題である。

  •  宝の山をどう有効的に使いこなすか

 ㈱メディカルフロントの基本事業は医薬品情報を仲介するシステム業である。それも多くの機関、他業種間を仲介する。機関では。病院、クリニック、薬局、介護施設、地域包括支援センター、業種では主治医、看護婦、薬剤師、栄養士、ケアマネジャー、社会福祉士、そして患者とその家族である。

 これらの間を医薬品のデータ、薬歴、おくすり手帳、健康診断書などの情報が流通する。このシステムでは患者とその家族の電子版おくすり手帳(ポケットファーマシー)は最初こそ普及が進まない時期もあったが、今は着実に利用率は進んでいる。

 一方、医療機関や薬局などの専門機関相互では医薬品情報、投薬チェックマスター、医師や看護婦のコメント、写真、検診結果、薬歴、バイタル情報など各種の情報をデータセンターシステムで相互に伝達する。

 この医薬品情報は陳腐化しない。個人ベースでも、全体のベースでも蓄積するごとに価値が出て来る。多くの患者が多くの治療を行い、多くの薬を処方するごとにそのデータが蓄積される。これだけのデータがどんどん蓄積されると将来は患者が来ただけで一定の検査を重ねる内にその後の患者の姿が見えてくるようになる。すなわち、これまでは多くの医者が治療行為を通して積み重ねてきた経験がデータベースででき上がるのだ。

 この分野から大手のシステム会社が一斉に手を引いた。それはシステム開発自体が単純には行かないからだ。大規模な開発ではなく、一つひとつの事例を手間をかけ丹念に追いかけられる姿勢が必要となるからだ。

 そして、問題はこの情報を医療機関などがどう把握し、どう活用するかだ。これだけの情報が集まるとその把握力、分析力で大きな差が出て来ることである。そしてこの情報を医療機関などが本当に良心的に活用するのかという疑問も出て来る。せっかく多くの貴重な医療情報が出て来てもそれを使う側が良心的に使わなければあまり意味がなってしまう。この問題も意外に大きい。

  • 幸せ寿命を長くするポケットウエルネス事業

 同社が現在全力で取り組んでいるのが「メディヘルプラットフォームサービス提供事業」である。これはこれまでのメディサーブ&地域連携DI、すなわち患者の薬物療法を病院、クリニック、介護施設、地域包括支援センター、訪問介護ステーションと調剤薬局を結び多職種連携で支援するものから、これらの基盤を生かして「ポケットウエルネス」を開発し人間が生活するうえでのセルフケアを習慣化させる画期的なものである。

 これまでは同社のサービスが病気になってからのサービスが中心であったが、このサービスは病気にならないような健康な生活をいかに確保し長く維持させるかというものである。それも個人対応でなく家族を含めて多職種で総合的にサポートするネットワークを構築するものである。

 我々の健康寿命を延伸させ、快適な人生を送っていただくための生活する上でのセルフケアを習慣化させるこのサービスは個人には願ってもないサービスであるが大きな弱点がある。これを強力に推進する機関が見当たらないのだ。病院は発病するから収入になる。薬局もその医者の処方箋が出て薬を提供し始めて収入になる。こちらも未然に病気を防がれては困るのだ。

 国策である健康寿命の延伸には願ってもないこのポケットウエルネス事業だが、こんな理由から必ずしもうまく運んでいない。私も泌尿器科系のある病気で通院しているがなかなか卒業させてくれない。卒業すると収入がなくなるからなるべく長く引っ張る。心療内科などはその典型であるが、現実には病院の卒業時期も患者が決めるという不自然な状況が続いている。もちろん良心的な病院や医師もあるにはいるが、このような病院が患者を引っ張る傾向は少子高齢化でますます増えて行くものと思われる。

 これは国民的議論を経て現在の国民皆保険制度を大きく変えて行く必要があるように感じる。すなわちポケットウエルネスを活用し発病せず、未病の状況を作り出す人にはポイントをつけ保険料を安くする。モデル的な事例は国が表彰をするなど工夫を重ねないと、なかなか難しいように感じる。

 島崎社長は「当社の事業は当初のポケットファーマシー事業から大変でありました。サービス内容が時代を先取りしているから、時代が追い付いてくれるまで資金的には厳しくなるのです。事業の黒字化に相当の時間がかかりましたが、今回のポケットウエルネス事業も同様ですね。この種の事業の宿命かも知れませんね」と語る。

 メディヘルプラットフォームサービス提供事業のような動きこそ国民皆保険制度の予算から回すような事柄であるが、このような事業の開発と施工の予算はあまりどこも出せるところが見当たらない。しいて言えば生命保険会社位である。複雑な気持ちにとらわれながら同社を後にした。

【インタビューを終えて】

  • リゾートホテルを運営する活性化を果たした病院

 病院の名前は出して困るということで伏せるが、新しいかたちの病院がある。この病院の院長さんはダイビングが大好きで年に何度も出かけたいから、そのための仕組みを作った。院長は自分だけが休暇を取ってダイビングに出かける訳にいかないので病院の医者も、看護婦も、事務職も全員が休暇が取れる仕組みをつくり上げた。

 その院長が、「病院の収入は、診療報酬費、薬剤費、ホテル事業費(入院による病室サービス事業)、サプリメンドの4つに分けられるが、多くの病院は診療報酬費、薬剤費で食べようとするから皆が忙しくなる。今の多くの病院は医者も、看護婦も、事務職もとても忙しく、あれでは良い治療はできない。休みをきちんと取るから良い治療はできることになる。うちはそれを実践している」と語る。

 それをどうやってそれを実現するのか。この病院は中に経営企画室と数社の子会社を持ち、この4つの事業をバランス良く推進するスタッフがいる。利益が多いのはホテル事業、サプリメント事業2部門である。「どのようにしてこんな人材を確保したのですか」と聞くと、病院に出入りしていた製薬会社の中なら腕利きの営業マンを責任者としてスカウトしたとのこと。これでこの2部門の事業を充実させる。これでほかの病院よりも多めに医者も、看護婦も、事務職も配置して職員の休暇を取りやすくした。

 そのほかにこれもびっくりするが、この病院はフィリピンのセブとベトナムのダナンにホテルを経営している。院長が楽しくダイビングライフを過ごすためにリゾート地にホテルを作ったのだ。

 その作り方も工夫がある。資金は院長の医者仲間から1人3000万円を出資してもらい無借金で建設した。作り方もローカルの家族経営のような小さな工務店に頼んで、急ぐ必要はないのでゆっくりと丁寧にコテージ型のリゾートホテルを建設する。私はダナンのホテルの建設状況を取材したが、工事現場にテントを設けてその工務店家族が住み込みで建設していた。なるほどこれでは建設経費はいくらもかからないなと納得した。ホテルの宿泊費は1泊7万円であるからこちらの経営も順調のようである。

 国民皆保険はなるほど大変良い仕組みであるが、患者の側だけでなく病院の側もこれに依存するようになる。国民健康保険の会計が厳しくなるほど、病院に勤める医者も、看護婦も、事務職も経費が絞られ忙しくなる。そうすると病院の本質である治療行為がおろそかになる。

 いつも仕事に追われる多くの病院を見るにつけ、この病院の姿を思い出す。院長がダイビング好きということがきっかけで休暇が沢山取れる病院のビジネスモデルを構築し、良質な人材が集まる病院をつくり上げた。病院も患者も国民皆保険制度を活用はしても過度に依存してはならないのだ。

 

 


増田 辰弘
〈ますだ・たつひろ〉
1947 年島根県出身。法政大学法学部卒業後、神奈川県庁で中小企業のアジア進出の支援業務を行う。産能大学経営学部教授、法政大学大学院客員教授、法政大学経営革新フォーラム事務局長、東海学園大学大学院非常勤講師等を経てアジアビジネス探索者として活躍。第1 次アジア投資ブーム以降、現在までの30 年間で取材企業数は1,600 社超。都内で経営者向け「アジアビジネス探索セミナー」を開催。著書多数。