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トランプ革命が日本にも起きるのか(武者陵司)

武者陵司のストラテジーブレティン vol.97

トランプ革命が日本にも起きるのか

武者陵司((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)

石破首相延命策、小手先では激変は乗り切れない

7.20日参院選挙で自公が衆院に続いて参院でも少数与党に転落した。石破首相はまずは選挙結果の総括が必要だとして、退陣を拒絶している。そうこうしているうちに世論調査では、石破続投を支持する声が高まっている(石破退陣を求める声が多数派を占めることに変わりはないものの)。

①リベラル系の人々は石破退陣により高市氏等タカ派が台頭することを懸念していること、
②自民敗北の責任は政治と金の問題に向き合ってこなかった旧安倍派など石破氏を批判するグループにあり、石破氏批判は責任転嫁だとの主張、
③野党第一党の立憲民主党も選挙で得票率を落としており、解散総選挙に繋がる石破退陣は得策ではないこと、
等の消極的要因が指摘されている。石破氏の狙い通り、続投容認論が一定の高まりを見せているのである。

しかしこうした小手先の政局論からかけ離れた、地殻変動的変化を見過ごす訳にはいかない。

参院選が示した有権者の地殻変動的旋回

今回の参院選挙は、
①昨年の衆院選挙に続く自公の少数与党転落、
②改革派保守3党(国民民主、参政、日本保守)の躍進、
③リベラル勢力の衰弱、
と言う歴史的特徴を備えている。

出口調査に基づく年代別比例区投票先(共同通信社)を見ると、自公支持率は、10~30代16%、40代20%、50代26%であるのに対して、改革派保守3党合計の支持率は、10~30代50%強、40代38%、50代31%と、すべての現役世代において、自公与党を上回っている。高齢世代の与党支持が大きいため、比例区総投票数では自公1801万票、改革派保守3党合計1802万票と拮抗しているものの、民心は明らかに旋回しているのである。

トランプ現象、民心の大旋回、米国で初めて生まれた社会的弱者の怒り

この民心の旋回は米国のトランプ現象に酷似している。米国では泡沫候補と見られていたトランプ氏が2016年大統領に当選し、2020年にはバイデン氏に敗れたものの2024年には上下両院で多数派を形成し大改革を遂行している。

トランプ氏を大統領に押し上げた勢力が、米国歴史上はじめて登場した社会的敗者、低学歴白人層である。海外製品の流入により米国製造業が衰退し、工場労働者という中産階級が没落した。かつての奴隷も移民も、人種に関わりなく誰もがアメリカでは成功できるという希望の国であったアメリカで、初めて取り残された階層が現れたのである。

急増する絶望死、先進国に劣後する米国寿命

この社会的敗者の存在を如実に物語るのが、米国の寿命の相対的悪化である。長寿化する先進国寿命の中で米国だけは寿命が伸びず他国に大きく引き離されているが、それは、絶望死(薬剤死、自殺、アルコール)の増加によってもたらされている。このようなことから関税を引き上げることにより米国に製造業を取り戻すという政策や減税が出てきたのである。

日本で顕在化した社会的弱者、現役勤労世帯の怒り

今回の参院選挙で、格差が小さく分断が見えにくかった日本でも、社会的弱者が現れ不満が高まっていることが判明した。

日本の弱者とは働く現役世代である。日本の家計実質消費は2014年3月の消費税増税(5➡8%)直前の2014年1~3月の310兆円がピークで、その後一度もそれを上回らず、現在でも依然として10年前のピークに比べ4%減の水準と言う、異例の低迷状態が続いている。この間企業利益は2.4倍、株式時価総額は.3.2倍、一般会計税収は1.6倍になったわけで、家計がひとり犠牲にされてきたと言える。春闘賃上げ率はそれまでの2%前後から2024年5.1%、2025年5.2%と上昇しているが、3%を超えるインフレと公的負担の重さにより、実質所得は依然としてマイナスのままである。

2012年に始まった「社会保障と税の一体改革」により国民負担率(国民所得に対する租税と社会保険料負担率)が2011年の38.8%から2022年には48.4%と世界にも例のない急上昇となり2025年も46.2%と高水準で、家計消費を直撃した。この間増加した消費税と社会保険料はいずれも逆進性が強い(低所得者の負担が大きい)うえ、徴税は景気変動に対して硬直的で、消費行動を大きく抑制した。

租税には本来ビルトインスタビライザーと言う景気安定化機能があり、景気後退期には税金が減り所得の落ち込みを軽減するという効果があるが、徴税一本やりの日本の税務当局はこの機能を殺したのである。

暴かれた高負担のからくり

この隠されていた高負担のからくりが、財務省が影響力を持つアカデミズム、大手メディアを飛び越えて、インターネットやSNSを通して可視化され、働く世代の怒りに火をつけたと言える。今や新聞もテレビも見ない現役世代が情報を収集するルートはインターネットとSNSである。

2024年の電通による広告収入を見ると、TV、新聞などのオールドメディア2.3兆円に対して、インターネットは3.6兆円となっており、情報拡散力は圧倒的にネットメディアが優位になっている。

Net/SNSが引き起こす情報下克上

これは情報下克上と表現できるのではないか。これまで情報収集と判断力において劣位にあった大衆が、インターネットによって専門家や大手メディアと対等の事実把握や知見へのアクセスが可能になった。他方既存のシステムで優位にあった情報エリートが影響力を失っていく。

情報下克上はトランプ現象そのものである。既存メディアと専門家から徹底的に批判されたトランプ氏はNet/SNSによって主張を拡散させ大衆的支持を得た。それは反権威、反エスタブリッシュメントの心情とも結びつく。反ワシントン、反ディープステイトというトランプ氏とそれを支えているMAGA派の主張はNet/SNS時代の産物である。このように見てくると日本にもトランプ現象が伝播してきており、その趨勢は不可逆的であることが分かる。

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■武者 陵司
1949年9月長野県生まれ。1973年横浜国立大学経済学部卒業。大和証券(株)入社、企業調査アナリスト、繊維、建築、不動産、自動車、電機、エレクトロニクスを担当。大和総研アメリカでチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長を経て、1997年ドイツ証券入社、調査部長兼チーフストラテジスト。2005年副会長就任。2009年7月(株)武者リサーチを設立。
■(株)武者リサーチ http://bit.ly/2x5owt