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「大谷翔平選手とマンダラチャート」(小島正憲)

小島正憲氏のアジア論考
「大谷翔平選手とマンダラチャート」

小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)

昨今、巷では、アメリカの大リーグで大活躍する大谷翔平選手の話で持ちきりである。

先日、何気なくNHKテレビでの大谷選手の特集番組を見ていたら、大谷選手が高校時代に、「目標達成シート」を使っていたということが紹介され、その書き込み済み用紙が画面いっぱいに映し出されていた。それを見て私は、昨年10月に開催された第9回マンダラチャートフェスティバルで、講師の1人が、「大谷翔平選手もマンダラチャートを活用していた」と話していたことを思い出し、「このことか」と合点がいった。

私がマンダラチャートに出会ったのは、40代半ばであった。あるとき、わが社の顧問会計事務所の所長に、「金儲けの術を教える」という名目で呼び出された。

当時はわが社もあまり儲かっていなかったので、私は勇んで出かけた。すぐに所長が、「このシートを使って事業計画をまとめてください。ものすごい効果が出て、業績が上がりますよ」と言って、1枚のA3版の用紙を渡してくれた。

すぐにそのシートを見てみると、そこには、一面に、大小の〇とそれを取り巻くようにした□が書かれていた。私が、所在なげに、それをながめていると、所長が、
「使い方を説明します。貴社の来期の利益目標を、中央の〇に書き込んでください」
と言い、
「次にその下の枠の中に、それを達成するための行動目標を書いて下さい」
「書けたら次に、左横の枠の中に……」
と矢継ぎ早に指示を出してきた。

私はなかなかそのペースについていけず、そのシートへの書き込みはとうとう宿題になってしまった。帰り際に、所長が私に、「明日の朝までに書き込んで、提出して下さい。今の自分のありのままの気持ちを、率直に短時間で書き込めばいいのです」と念を押した。

夜中、私は机の上にそのシートを広げ、「こんなものが金儲けの役に立つのだろうか」と思いながら、所長に言われたように、とにかく思いつくままに、書き込んでみた。

ところが、どう書き込んだらよいか分からない場所が数か所あり、そこから次にはなかなか進まなかった。そこでペンが止まり、時間がどんどん経っていった。

私は焦った。そこで私はよく分からない部分は飛ばして、とにかく書ける枠だけをどんどん埋めることにした。そうして前に進まなければ、とても明日の朝までに完成できないと思ったからである。

夜が明けかけたころ、やっと最後の枠まで辿り着いた。そして私は達成感に浸りながら、眠い目でそのシートをぼんやり見つめていた。

そのとき私は、そこに意外なことを発見した。シートがまだら模様だったからである。次の瞬間、私の頭から眠気が吹っ飛んだ。つまりそのシートが黒く見えるほど字が書き込まれているところは私の得意分野であり、真っ白で何も書き込めていないところが、苦手かつ弱点分野であることが、まさに一目瞭然であったからである。

私は慄然とした。そしてこのシートを常時使用すれば、全方向で頭の中が整理でき、目標もはっきり自覚できるのではないかと思った。私はすぐに所長にこのシートを提出し、私の感想を述べた。所長は、「我が意を得たり」という顔でシートを受け取り、「ぜひ、これを習慣化してください」と再び念を押した。

しかしこのシートを書き込むことはなかなか面倒であり、私は結局、それを体得し、習慣化し、常時応用することはできなかった。三日坊主ならぬ一日坊主で終わってしまったのである。

40代では、新たな思考方法を見に付けることは、なかなか難しいことであり、もし私がこのシートに、20代で出会っていたら、きっと使いこなしていただろうし、私の人生も大きく変わっていただろうと思った。

私が悪戦苦闘して書き込んだシートは、マンダラチャートとして市販されている。マンダラチャートは、仏教に造詣が深い松村寧雄先生(クローバー経営研究所)が、密教のマンダラから着想され、定式化されたものである。

仏教とマンダラチャートの両方に興味があった私は、55歳のとき、松村先生といっしょにインドの仏教遺跡を回り、その説を直に教わった。このように書いても、マンダラチャートについては、実際にそれを目にして、使用してみないとよくわからないと思う。ネットで検索すればすぐに出てくるので、実際に自分で使用してみて、その効用を確認して欲しい。

なお「大谷翔平選手 マンダラチャート」と打ち込んで検索すると、大谷選手の「目標達成シート」つまりマンダラチャートを見ることができる。高校の先生がこれを使用し、大谷選手を指導したようで、これによって大谷選手が全面開化し、二刀流が実現したのだろう。

なお、チベットのボタラ宮には黄金の立体曼荼羅がある。私は周囲をじっくり観て回ったが、その深遠な思想を体得することはできなかった。

私は、マンダラチャートは思考方法の一つであると思う。残念ながら私は、マンダラチャートをマスターできなかった。

私は学生時代に弁証法と出会った。あまり勉強が好きでなかった私だが、この弁証法は面白かった。

毛沢東の「矛盾論」・「実践論」、柳田謙十浪の「弁証法的唯物論」などなど、貪るように読んだ。そしてそこに書いてあった三原則(対立物の統一、量から質への発展転化、否定の否定)で、常時、自らの行動を分析し、学生運動に応用した。

弁証法は思考方法として、私の中に定着し、それが私の人生を乗り切る切り札になった。もちろん学生時代には、帰納・演繹、三段論法などの思考方法を教科書で習ったが、それを自らの思考法として活用することはなかった。

またビジネスを始めてから、ランチェスター戦略、5W1H思考法などを学んだが、それらも実践で応用するまでにはならなかった。

マンダラチャートは、自らを全面的に分析し、目標に接近するために、きわめて有効だと思う。特に得意・不得意分野がはっきりわかり、努力目標が定め安い。20代にマンダラチャートに出会っていたら、マスターできていたのにと思うと、残念である。

私は学生時代から、論争が苦手だった。論争しても、いつも負けるので嫌だった。私は、論争下手の自分のことを、頭が悪いと思っていたし、論争の上手な人に劣等感を持っていた。しかしやっと最近になって、私の論争下手は、相手の意見をまともに聞きすぎるからだとわかった。

論争に強い人は、とにかく自分の意見を押し通し、相手の意見を全く聞かないし、たとえ論争がすれ違いになったり、自説の矛盾に気が付いても、臆せず堂々と、とにかく自分が正しいという顔で自説を主張する。その場合、相手の説に耳を傾けてはいけないし、自信のないような顔や態度を示してはならない。徹頭徹尾、自説で押し通す。そうすれば第三者は、理論の整合性や事の真偽よりも、堂々たる態度に騙され、その説を信じてしまう。

論争は技術であって、真理を探究する方法ではない。したがって論争での勝敗に拘るより、じっくり思考することが肝要であると思う。

なお私だけでなく、一般に日本人は論争下手だと言われている。欧米諸国では、学校の授業で徹底した論争(ディベート)を行うという。日本人の論争下手は、そのような授業が少ないせいかもしれない。

しかし私は学校で論争の授業はやらない方がよいと思う。むしろ思考法を実践的にじっくり学ぶべきだと思う。論争の虚しさは、国会討論を見ていてもよく分かる。それで白黒をつけることは難しい。つまり論理的に考えるよりも、揚げ足取りや詭弁の応酬が多く、論点がずれてしまうことがしばしばである。

論争で真理を追求することは難しい。しかも論争でもっとも警戒しなければならないのは、勝負の決着ではなくて、自分の口から発した詭弁が、そのまま自分の頭も洗脳してしまい、自分自身が誤った事実を信じ込んでしまう結果になることである。 

海外で華僑・印僑と論争しても、絶対に勝てない。それは時間の浪費である。彼らは、「白馬は馬にあらず」を真面目な顔で言い貫く民族である。日本人のように、正直ではない。日本人はたとえバカだと思われようとも、とにかく相手の言うことをじっくり聞いて、その場で結論出さず、家に帰ってから分析し、結論を出せばよい。

マンダラチャートに書き込み、弁証法で考えてみると、その正体が見抜ける。もちろん論争中に、瞬時に頭の中で、それらを組み立てられればもっとよいのだが、それはなかなかできない芸当である。私は「沈黙は金」だと思っている。

昨年のマンダラチャートフェスティバルで、もう一つ驚いたことがあった。女性講師が、「マンダラエンディングノート」の発表をしたからである。

私はそのとき、「なるほど、このような使い方があるのか」と思い、感心した。今、私はその雛形を机の上に開き、マンダラチャートに再挑戦してみようかと思っている。

中央の〇には、「楽しく死ぬ」が入る。そこだけはすぐ書けた。昨今、「70歳の手始め」という言葉が使われ、高齢者はとにかく新しいことに挑戦することが大事だと言われている。

私も70代に入って、新たな思考方法を身につけ、更なる飛躍を目指そうと思う。なにしろ40代のときとは違って、面倒なシートの書き込みと格闘する時間は充分にあるから。

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清話会  小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。