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「日大アメフト部問題にみる、学生スポーツのゆがんだインセンティブ構造」(神田靖美)

【ニュース・事例から読む給料・人事】第16回
「日大アメフト部問題にみる、学生スポーツのゆがんだインセンティブ構造」

神田靖美氏 (リザルト(株) 代表取締役)

■学校スポーツはプロ以上に手段を択ばない
 
日本大学アメリカンフットボール部の反則行為が社会問題に発展しています。

こういう問題が起きるたびに思ってきたのは、なぜアマチュアが、しかも学生の部活動がそこまでして勝つ必要があるのかということです。

学生スポーツは、勝つことに対して、プロより手段を選びません。日本語がほとんど話せない、駅伝の「留学生」選手、大会期間中だけ「短期留学」していた、バスケットボールの外国人選手、もはや都道府県対抗の体をなさなくなった高校野球、通信制で、授業は午前中だけ受けている高校野球チームなど、数え上げればきりがありません。

■プロは指導者より選手にインセンティブがある

しかし冷静に考えてみれば、学生スポーツにはある意味、プロ以上に、勝利への強力なインセンティブがあります。

プロは、監督やコーチにはあまり強力なインセンティブはありません。みな、せいぜい長くて5,6年のつもりで就任しています。しかも、解任されても十分生活してゆけるだけの蓄えがあるであろう、名選手だった人たちです。

選手には強烈なインセンティブがあります。サラリーマンの生涯賃金以上の賃金が、1年間の成績にかかっています。成功すれば40代後半までプレーすることができる反面、若い選手はまだ、無業でも生活してゆけるだけの蓄えがありません。通常は1年契約なので、少しでも力が落ちれば解雇されてしまいます。

こういう状況で、選手を殴ったり、反則をさせたりしてまで勝ちに執着する監督が現れるとは思えません。そんなことをしなくても、選手が勝手に命がけでプレーしてくれます。

■学校スポーツのインセンティブ構造はプロの逆

アマスポーツ、特に私立学校の運動部は、インセンティブ構造がプロとは正反対です。

選手にインセンティブはほとんどありません。箱根駅伝も甲子園も、優勝しても1円ももらえません。「栄光」や「母校の栄誉」という抽象概念を追いかけているだけです。

ほとんどの選手は卒業後に競技をやめるつもりでプレーしています。野球のように、延長線上にプロがある種目でも、学生時代の勝ち負けはスカウトの基準になりません。

高校生の場合、運動部推薦での大学進学というインセンティブがありますが、大学スポーツで活躍した人が、就職で有利に取り扱われるということはほとんどありません。考えれば考えるほど、つらい練習に耐える理由が見つかりません。

今回、日大アメフト部の監督・コーチによる記者会見で、司会者に対して「日大のブランドが落ちますよ」という声が浴びせられました。本当に落ちるかどうかはわかりませんが、アメフトで勝つことによって大学の受験料収入が増えたとしても、その果実はいっさい選手に配当されません。

反面、監督やコーチには強烈なインセンティブがあります。私立の強豪校では、部活動の指導者は教員ではなく、部活動専任ですから、チームが勝たなければ失業してしまいます。その代わり勝てば、今回の日大アメフト部監督がそうであるように、学校法人の要職に就くことができます。

こうした不祥事があると、指導者は繰り返し「強くなってほしかった」「成長して欲しかった」と言います。これは言い逃れではなく本心でしょう。選手が強くなるかどうかに自分の生活がかかっているのですから。強くなれば、あるいは成長すれば、選手に何の利益があるのかなど問題ではありません。

■指導者にもアマチュアリズムの徹底を

インセンティブを持った者が、インセンティブを持たない者を使役するとなると、手段は限られてきます。スポーツには損得を超えた崇高な使命があるというような、内発的動機に訴えることと、有形無形の圧力です。プロは負けても泣かないのに、学生スポーツは負けると号泣するのも、ここに原因があると思われます。

スポーツが私立学校の宣伝に使われる状況がある以上、悲劇は繰り返されるでしょう。かつてのオリンピックが、1ドルでも金銭を受け取った選手を排除していたように、学生スポーツの指導者には、厳格なアマチュアリズムを求めるべきではないでしょうか。

部活動を専門的に指導する職員を置くことは構いませんが、たとえば、その評価基準として勝敗を利用することを禁止するなどです。あるいはその逆に、現在のオリンピックがアマチュアリズムを求めないように、学生選手にも奨学金という名目でインセンティブを与えることを解禁してはどうでしょうか。

 

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神田靖美リザルト(株) 代表取締役)

1961年生まれ。上智大学経済学部卒業後、賃金管理研究所を経て2006年に独立。
著書に『スリーステップ式だから成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)『社長・役員の報酬・賞与・退職金』(共著、日本実業出版社)など。日本賃金学会会員。早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。

「毎日新聞経済プレミア」にて、連載中。
http://bit.ly/2fHlO42