尚雄里と江戸吉原仲之町

伝統を伝え、育て、革新する伝・Tokyo 若柳 尚雄里 [ 特集カテゴリー ]

尚雄里と江戸吉原仲之町 [ 第6回 ]

春告げ鳥のホウホケキョ。旧暦での弥生はすっかり春満開なはずですが、平成最期の春を待ちわび、桜も待ち遠しく存じます。

 

桜と言えば、日本舞踊では数多く有る大道具(舞台背景のセット)桜満開の江戸、【吉原仲之町】。緞帳が開いた時にこのセットが見えるとそれだけで季節は関係なく、心が弾み、その華やかさに魅了されます。更にそこへ太夫(傾城又は花魁)と呼ばれる女性が登場すれば、尚一層、一気に江戸へタイムスリップする事が叶います。

 

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尚雄里と日本舞踊~其の四~

伝統を伝え、育て、革新する伝・Tokyo 若柳 尚雄里 [ 特集カテゴリー ]

尚雄里と日本舞踊~其の四~ [ 第五回 ]

皆様、寒中お見舞い申し上げます。

東京も今年は暖冬と申しましても、やっぱり冬らしい日が訪れ、年中行事も落ち着かれた頃でしょうか。

私は昨年の暮れより、年末年始のイベント出演にて、アメリカはサンフランシスコへ伺っておりました。

現場となりましたサンフランシスコでは有名な日本食レストラン【山昌】様にて大歓待を頂戴し、古典舞踊と現代音楽舞踊(We are the world等)をパフォーマンスさせて戴きました。

現地在住の日本人会の皆様と、アメリカ圏、中華圏、ヨーロッパ圏と、世界中からの皆様とカウントダウンが出来、新年を喜び合えた事は心温まる一生の思い出と成りました。山昌様はレストランとカラオケルームが沢山有り、お食事もとても美味しく、現地へお出掛けになられる事が御座いましたら是非お薦めです。

そんな幕明けをさせて戴きました伝・Tokyoの2019年は、有り難く、平素より増して舞台に勤しむ年になりそうです。

来る3月16日、国立大劇場にて伝・Tokyo所属の日本舞踊家・勝見智之が勝見流二代目家元継承披露【勝見會】が催されます。そちらで、同じく伝・Tokyo所属の日本舞踊家・若柳慶次郎と共に常磐津【将門】という演目にて出演しお勉強をさせて戴きます。

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尚雄里と日本舞踊~其の三~

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尚雄里と日本舞踊~其の三~ [ 第四回 ]

「ほんにお前もどうか見たようだと思うたら、遠い国からこのお江戸へ?」「あいさ、たれしも(誰しも)かせぎはあいたがい」と、日本舞踊の演目の一つ、常磐津【角兵衛】での台詞。これは【鳥追い】(江戸に住む粋な女太夫)と、江戸の初春に越後より江戸へ芸を売りに、出稼ぎに来た角兵衛とのやり取り。文政十一年(1828年)より今日まで継がれてきた演目です。

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尚雄里と日本舞踊 ~其の二~

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尚雄里と日本舞踊 ~其の二~ [ 第三回 ]

暖かな冬を迎え、師も走る季節と成りました。(師匠も私も年中猛ダッシュしておりますが・笑) 暦から遥か古より続く季節が移り変わる様子が解り、少し前は当たり前に皆さんご存知な事を、現在は教育機関でも余り取り上げないそうで、自身の主宰しております【正派若柳流 雄の会日本舞踊研究所】にて日々お稽古に励む子ども達は、その様な話を面白そうに聞き入っております。

 

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尚雄里と日本舞踊 ~其の一~

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尚雄里と日本舞踊 ~其の一~ [ 第二回 ]

今年は台風や地震などショッキングなニュースが飛び交う中、秋はどんどん深まり、秋の夜長にも読んで戴けます様、第二回のこの度は、「尚雄里と日本舞踊~其の一~」という事で、私の短く始まったばかりの舞踊人生の中で、お勉強させて戴きました日本舞踊の歴史や種類、見方等のお話をさせて戴きます。

先ずはかぶき踊の誕生から紐解いて参りたいと思います。

慶長八年(一六〇三年)の春、此処は京都四条、祇園社まで続く広き河原。そこに出雲の阿国という一人の女性が登場し、脚光を浴びます。

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尚雄里と伝・Tokyo

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尚雄里と伝・Tokyo [ 第一回 ]

ある朝、早朝に起床し身支度を終え、色無地に一つ紋の着物に着替え劇場に向かう。神棚に御参りをし楽屋に入り、その日の舞台での安全と成功を祈念した儀式を行う。

これは舞台の四隅に塩を撒き、参拝し、お神酒を頂戴するお祓いである。

楽屋に戻り、羽二重をし、顔をする。(舞台化粧)衣裳を着け鬘を乗せる。そして拍子木(柝)が打たれ幕が開く。
2歳の時の記憶はありませんが、物心つく頃からは頻繁に訪れるローテーション。私は日本舞踊家の家に生まれました。家業を継ぐ強制は一度もされた事は無く、4歳からはバレエやダンス等を真剣に勉強して留学までしたいと思う迄の自由奔放さ。

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