◆ 岡田 充(共同通信客員論説委員)
1972年共同通信社に入社。香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て2008年から共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。著書に『中国と台湾対立と共存の両岸関係』『尖閣諸島問題領土ナショナリズムの魔力』など。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。
中国が台湾に武力行使し、それを阻止しようとする台湾および米軍との間で軍事衝突が起きる――今年3月から「台湾有事論」がまずアメリカからたくさん発信されました。日本のメディアや識者がその主張を真に受けてそのまま援用し、「中国は台湾への武力行使に出るかもしれない」「武力行使は近い」などという言説が広がりました。
お話しするポイントは三つあります。第一に、アメリカ軍の高官が3月、台湾海峡危機は「多くの予想より切迫している」との見立てを議会証言しました。その後、発言内容がだんだん変化していくプロセスをトレースします。第二は、中国の台湾政策。日本では、中国が台湾空域に戦闘機を大量に飛行させ、威嚇行動を強めていること。さらに中国自身が武力行使自体を否定していないから、「武力行使は近い」と危機感を煽っていますが、そういう見方は正しいのかどうかを点検します。そして第三に、有事をあおる日本とアメリカの狙いを分析したい。最後に、台湾海峡危機論の「洪水」に対し、われわれは一体どのような外交政策を選択すべきなのかを提示したいと思います。
■トランプより強硬な中国包囲政策
今年1月、トランプに代わってバイデン政権が登場しました。バイデン大統領はトランプのようなハチャメチャな行動には出ず国務省や議会と調整しながら外交努力を積み上げて、中国との対話から問題解決を模索するのではないかと見られ、私もそう期待していましたが、トランプ以上に対中姿勢はむしろ強硬でした。バイデンは中国を「唯一の競争相手」とし、米中対立を「民主主義」対「専制主義」との競争と位置付けました。
彼の外交は二本柱からなっています。第一は同盟関係の再構築であり、第二は「多国間協力」です。いずれもトランプが軽視したものです。多国間協力では、トランプが脱退した地球温暖化防止のパリ協定や世界保健機関(WHO)に復帰しました。
一方、米ソ冷戦期にできた米国中心の同盟関係は、ソ連を共通の敵として成立しましたが、ソ連崩壊で敵を失ったためその基礎は大きく揺らぎました。
米ソ冷戦期は、米国とソ連の間には経済交流はほぼ皆無だった。一方、中国は1980年代初めからグローバルな市場経済に入って急成長を続け、アメリカのGDPの7割ぐらいにまで迫る大国になった。日米をはじめ世界中の国が中国との経済・貿易関係を深めており、中国が共産主義国家だからと言って「敵視」することができなくなりました。それだけグローバル化は世界の経済相互依存関係を深めたことが分かります。これがポスト冷戦後の経済が地球規模で一体化した世界であり、言い換えれば、敵の存在を前提として成り立ってきた「同盟関係」の基礎が揺らいでしまった。だからアメリカが中国を競争相手として戦うには、揺らいでいる同盟関係を再構築する必要が出てきたわけです。