小島正憲のアジア論考
傲慢力
小島正憲((株)小島衣料オーナー)
資本主義社会を勝ち抜く経営者には、傲慢力が必要不可欠である。なぜなら、経営者は労働者階級からは敵とみなされ、味方であるはずの資本家階級間でも、利潤を求めて常に必死の戦いをしなければならず、いわば孤立無援だからである。
経営者は、神仏のご加護も頼らず、「金が儲かればすべてよし」という信念に寸分の疑いもなく、自分以外の者の意見に耳を貸さず、傲岸不遜=傲慢に生き抜かなければならない。傲慢力を持たない経営者は、資本主義社会では敗者となる。傲慢力を持たなかった私は、だから、金儲けができず、敗者となった。
私は、バブル期に先輩経営者から、「借金は資産と思え。多ければ多いほど銀行は潰せない」と、教えられた。この教えに、私はびっくり仰天した。だが、その先輩の教えを実践することはできなかった。当時、私は無借金経営を志していたからだ。
日本の大企業には無借金経営を是とする会社が多い。小さいながらも、わが社もそれを目指していた。しかし、よく考えてみれば、いかなる大企業も、最初は借金から始まっているわけで、運よく事業が成功し、それをうまく返済し、その後、蓄財できたに過ぎない。天下のトヨタでも、朝鮮戦争特需に救われたということは周知の事実である。もし、天祐? に恵まれなければ借金返済はできず倒産していただろう。
創業期に事業を拡大し、経営を軌道に乗せるためには、かなりの借金をせざるを得ない。だが、大借金をすれば、経営環境が激変したとき、借金返済が不可能になり、あえなく倒産ということになる。倒産すれば、経営者は社員を路頭に迷わせることになる。私は、それが怖かった。だから、「借金は資産と思え。多ければ多いほど、銀行は潰せない」という先輩の傲慢なアドバイスには従わず、無借金を貫こうとした。結局、我が社は大きく成長できなかった。
私は、岐阜市の織田町に生まれ、毎日、織田信長の居城=岐阜城を仰ぎ見て成長した。だから信長が大好きである。信長はその生涯で幾度となく危機を脱したが、なかでも、1570年(元亀元年)、敦賀市の金ヶ崎からの脱出劇は、後世に「金ヶ崎の退き口」と語り継がれるほどのものだった。
越前の朝倉攻めを翌日に控えていた信長は、その夜、味方と頼んでいた近江の浅井氏が反旗を翻したことを知らされた。挟撃され全滅することを恐れた信長は、ただちに撤退を決断し、部下数人を連れ、いち早く京都を目指して逃げ帰った。信長は、秀吉や光秀、家康など、多くの部下を見捨てて逃げた。信長は自分だけが生き延びることを優先したのである。信長は傲慢であった。生き延びた信長は、その後、天下布武の道を切り開いた。
イタリアの戦国時代(ルネサンス期)にフィレンツェで活躍した政治思想家・外交官であったマキャベリは、「君主論」で、
「君主は人を捨てることを知れ」
「君主は愛されるより恐れられよ」
「君主は律儀など守らなくてよいことがある」
「君主は憎まれたり、見くびられたりしてはならない」
「重臣や側近たちから“不決断なり”と見くびられた君主は危ない」
「好ましくないことは、一度にやってしまえ。君主は民衆の支持を得ていると錯覚してはならない。彼らが“わが君のためには死をも辞さない”というのは、死を必要としないときだけである」
「君主には悪徳も必要である。どの程度まで善人であればよいかをわきまえておれ」
などと書き残している。君主には傲慢力が必要だと説いているのである。
名経営者と言われた越後正一氏は、「経営者には横着さと神経の太さが必要である」と、教えたという。昨今では、パワハラを警戒してか、見た目では傲岸不遜にふるまう経営者が少なくなったようだ。だが、腹の底には、傲慢力を備えている人が結構いるような気がする。
もちろん、経営者には内省力が重要だという指摘もある。だが、傲慢力と内省力は対立しており、一個の人間の中では両立不可能なような気がする。どちらに軍配を上げるべきか? これに関して、マキャベリは、「君主に大切なことは、信義を守り、仁慈、誠実で、人情に厚く、信心深そうに見えることである。ほんとうにそうであり、つねにそのすべてを実行すれば失敗する。善く見せかけることは容易である。人民は外見と結果だけで納得する」と述べている。傲慢力を隠す演技力があれば良いというわけか。
経済学者の飯田経夫氏は、その著書『経済学の終わり』(PHP新書 1997年11月4日)で、
「かつては、財界・経済界の重鎮の中に、私自身の世代にとってはまことに懐かしい名前だが、たとえば故・湊守篤氏(日本興業銀行)を一例として、その発言を聞いていると、まるで“マル経”学者そっくりの人が、少なからずいたものである。彼らは、資本主義の尖兵として働きながら、他方ではその限界を、つねに意識していたように思われる。若い時に勉強した“マル経”の教えを旨としつつ、仕事としては金儲けに励み、つねになにがしかの罪の意識に苛まされながら、みずからの行為を律した財界・経済界のリーダーが、過去にはかなりいたという事実は、まことに感動的だと私は思う」と書いている。
彼らのような経営者が、日本の高度成長を裏で支えていたのである。海外の経営者から日本的経営と称賛されたものの本質はここにあったと思われる。しかし、そこには弱点も同居しており、その後、日本経済はバブル崩壊を経て、長き低迷に陥っている。
私も、若い時に勉強した“マル経”の教えを旨としつつ、仕事としては金儲けに励み、つねになにがしかの罪の意識に苛まされながら、みずからの行為を律してきた。しかし、残念ながら、マキャベリの説く演技力=「信義を守り、仁慈、誠実で、人情に厚く、信心深そうに見えることである。
ほんとうにそうであり、つねにそのすべてを実行すれば失敗する」は駆使できなかった。だから、わが社は中途半端な会社で終わってしまったのである。
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小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。