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「大東亜共栄圏」と「一帯一路」(小島正憲)

小島正憲氏の「アジア論考」
「大東亜共栄圏」と「一帯一路」                      

小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)

私はこの小論で、中国の覇権主義を批判しようとするわけではない。
大東亜共栄圏と一帯一路の共通項は、「夢」である。

1.大東亜共栄圏
戦前、日本国民は、軍部や政治指導者によって、「大東亜共栄圏」という「夢」を見させられた。

一般に、当時の日本国民は、大東亜共栄圏の目指すところは、「帝国を核心とする道義に基づく共存共栄の秩序を確立」することだったと教え込まれていた。

しかし、その実態は、軍部や政治指導者が、欧米の植民地支配に代わり、日本のアジア支配を正当化しようとしたものであった。日本国民は、「大東亜共栄圏の確立」という掛け声のもと、侵略戦争に駆り立てられていった。

戦前の日本国民は、当時の日本を世界の五大強国と認識しており、世界の強国と戦っても勝てると信じていた。日清・日露の両戦争に勝利したことが、日本国民に自信を与えたことも事実であるが、軍部や政治指導者、メディアによって、大国意識が鼓吹されたことにも大きな原因であった。

軍部や政治指導者は、日本国民に、「大東亜共栄圏」という「夢」を与えることによって、日本国民の意識を現実から逃避させ、戦争に駆り立てることに成功した。

そして日本は完敗した。戦前の日本の国力から見れば、それは当然の帰結だった。戦後、多くの人たちが、その無謀さを批判するに及んで、日本国民は国力のひ弱さを自覚するに至った。残念ながら戦前の日本国民は、世界の強国という宣伝に乗せられて、その実態を直視することはなく、大本営発表を信じ、最後まで、「神風が吹く」と信じ込んでいた。まさに夢をみさせられていたのである。

日本国民に真実を知らせる義務のあるメディアや学者は、思想統制の結果、沈黙し真実を語る勇気を持てなかった。

さらに日本国民も、真実を知ろうとせず、「夢」にどっぷりつかり、侵略戦争にのめり込んでしまった。姜尚中はその間の事情を、
「明治から大正にかけて、日本のローカルな現場では民主主義のさまざまなムーブメントがあったと思います。しかし、残念なことに、資本と国家には勝てなかったということです。
その勝てなかったという怨嗟が、自由民権運動を途中から変質させたり、アジア連帯という大義が、いつの間にかアジア侵略という屈折した方向へと向かっていったのだと思います。
つまり、国の中で圧力がかかると、この圧力のかかったものを外側に転嫁させるような力が働いて、結局はそれが日本のアジア進出へとそのはけ口を見出し、多くの民衆が積極的にそこに活路を見出していくことになったわけです。
逆に言えば、ローカルな現場で下からの民主主義を徹底させていければ、国権発揚の膨張圧力の蛇口がそこでとめられ、歪んだ大義が外側に広がっていくことはなかったのではないかとも考えられます」
(「アジア辺境論」)
と書いている。

つまり夢を信じ込んでしまい、侵略戦争に荷担していった日本国民にも、多大な責任があったのである。

2.一帯一路

習近平主席は、「一帯一路」は、「中国の夢」であると公言している。また、「一帯一路」は、「区域の連携を深化し、文化交流を促進し、世界の平和を維持する」、また「商品、資本、労働力の自由移動を促進し、周辺国家との利益共同体を作る」ものだと主張している。そして、「政治上の相互信頼、経済関係上の相互補充と融合、文化上の多元と相互包容というような利益共同体、責任共同体、運命共同体を作る」ことを目的としている。

具体的には、「経済回廊を共同建設し、生産力と投資を拡大する」とし、その資金は、「中国単独、もしくは他国と作った金融機関:“シルクロード基金”“アジアインフラ投資銀行”“SCO開発銀行”」が担うとしている。

一般に、「中国は世界第2位の経済大国」として認識されている。しかし中国経済の発展は、外資に依るところが大きく、中国内で外資が稼ぎ出している分を、GDPから差し引いたら、第2位の座から転落することは間違いない。もし今、外資が総撤退したら、中国経済はただちに破綻する。したがって中国政府は、あの手この手で外資の慰留と呼び込みを図っている。

一方、バブル経済は危険水域に達しており、格差の拡大も解決不可能となってしまっている。中国人民は、真面目に働くことを忘れ、一攫千金を夢みて投機に奔走している。

しかしその夢は、いずれか破綻する。中国政府は、中国人民が夢から覚め、現実を直視することを怖れ、より大きな夢を与えることによって、その人民の意識を外に向けさせようとしている。

中国の実態は借金大国である。2016年度には、中国から外資などの手によって、いっせいに外貨が持ち出されたことによって、外貨準備高が激減した。中国政府は慌てふためいて、従来の人民元国際化政策に反する外貨流出規制策を繰り出した。もし中国政府がそれをやらなかったら、2017年度末には、外貨準備高は半減し、資金不足に陥っていただろう。

いずれにせよ、国庫には資金がありあまっているわけではない。したがって「一帯一路」に、中国の自己資金を気前よく無償供与するわけにはいかない。結局、資金の大半は、AIIBが債券を発行することによってまかなうことになったが、格付けが遅れ、いまだにできないようだ。

習近平主席の掛け声にもかかわらず、「一帯一路」の実際のプロジェクトは、なかなか進行していない。むしろ最近では、パキスタンやネパールでは中止が相次いでおり、バングラデシュ、ミャンマー、インドネシアなどのプロジェクトも暗礁に乗り上げている。

それらは融資条件が厳しいことによるものとされている。それらが中国の夢ならば、無償資金供与がふさわしいと思うのだが。外貨準備の豊富な中国ならば、無償資金供与が十分可能なはずなのだが。

中国人民は、天井知らずで上がっていくマンションなどの価格で、名目上の財産が膨れ上がっていくことに狂喜し、中国経済の現状を直視しようとしていない。メディアや知識人は厳しい情報統制の結果、沈黙してしまっている。

もちろん「一帯一路」は、中国の覇権主義の表れではない。中には、「国内の鉄鋼などの余剰生産物のはけ口を狙ったものだ」という見解もある。それも否定はできないが、「一帯一路」の主眼は国内人民対策である。あくまでも、それは、「中国の夢」なのである。

中国人民は、それに惑わされることなく、等身大の中国をしっかり見定めるべきであるし、諸外国は、その経済効果などに、大きな期待を持つべきではない。「一帯一路」は、「中国の夢」なのである。

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清話会  小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。