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新連載! 働き方改革時代の生産性向上策(1) 「高付加価値を企業目標にする」(神田靖美)

新連載!
働き方改革時代の生産性向上策(1)
「高付加価値を企業目標にする」

神田靖美氏(リザルト(株) 代表取締役)

■豊かな国スウェーデンの経済政策
  
働き方改革法案が国会で可決されました。法案の中心は長時間労働の是正と同一労働同一賃金です。こうした政策は労働者の福利を向上させるものであるとして、(高度プロフェッショナル制度を除けば)世論から歓迎されています。
 
しかしこの政策が労働コストを引き上げるものであり、雇用の量そのものが減る可能性があるということは、あまり懸念されていないようです。
 
「メーン=レイドナー・モデル」という経済政策があります。経済的に世界で有数の豊かさを誇り、労働生産性が日本の1.4倍である、スウェーデンで採用されている政策です。その内容は、最低賃金を労働者が生活するに十分なほど高く設定することによって、生産性が低い企業に退場を余儀なくさせる。そこで失職した労働者を生産性が高い企業に移動させる。これによって国全体の生産性を高めるというものです。「メーン」と「レンドナー」は、この政策を提唱した二人の経済学者の名前です。
 
メーン=レイドナー・モデルは何もスウェーデンだけの政策ではありません。要するに「同一労働同一賃金」のことであって、欧米諸国は基本的にこれと類似した政策をとっています。働き方改革はいわば「日本版レーン=メイドナー・モデル」ともいうべきものです。必ずしもすべての労働者の救済政策ではなく、経済振興策の一環です。
 
これからこの連載では、生産性を高めて、退場する側でなく労働者を吸収する側の企業に回るための方法について考えます。まず今回は、生産性と表裏一体である付加価値を目標にすることについて考えます。

■生産性とは?付加価値とは?
 
言い古されていることですが、日本企業が進むべき道は高付加価値化、つまり高くても売れる物やサービスを作ることです。いまさら薄利多売のビジネスをしても、新興国や発展途上国の企業にかなうはずがありません。労働生産性を高めることが国家的な課題になっていますが、労働生産性の定義は次のとおりであり、付加価値と労働生産性は合計か一人一時間あたりかの違いだけです。

労働生産性=付加価値/(労働者数×一人あたり年間総労働時間)

付加価値とは、企業の活動によって生み出された価値のことです。たとえばコンビニで売られている梅干し入りのおにぎりは、見方によっては米と海苔と梅干しのかたまりです。しかし同量のこれらよりもはるかに高い値段で売られています。これはもちろん、おにぎりが単なる米のかたまりよりもおいしいからであり、おいしさが付加価値です。おいしさは企業が活動しなければ生まれません。
 以上は考え方としての付加価値ですが、企業がどれだけの付加価値を生み出したかは、実務上は次のように足し算で計算します。

【付加価値・中小企業庁『中小企業実態基本調査』方式】
付加価値=労務費+売上原価中の減価償却費+人件費+販管費中の原価償却費+教育費+租税公課+支払利息割引料+経常利益

付加価値という言葉は「営業利益」や「経常利益」のように、法律で定義されたものではないので、微妙に異なるいくつかの算式があります。上記は中小企業庁が『中小企業実態基本調査』で用いている算式です。

■付加価値を企業目標にする
 
しかし上記の計算式で付加価値の目標を立てても、企業はどのように行動したら良いのかわかりません。「そうか、たとえば労務費を増やせば良いのか。じゃあ明日から工場の社員の給料を上げよう」と考える経営者はいないでしょう。もちろん、給料を上げたら今まで以上に懸命に働いてくれて、生産性が上がるかもしれません。しかしやみくも労務費を増やせば良いとは思えません。
 
答は、上の算式を次のように引き算に置き換えることです。

付加価値=売上高+営業外収益―商品仕入原価―材料費―外注費―その他の売上原価―水道光熱費―運賃荷造費―販売手数料―広告宣伝費―交際費―その他の販売費および一般管理費―その他の営業外費用

ただし、
●営業外収益=受取利息、受取配当金、有価証券売却益など

●その他の売上げ原価=売上原価のうち、商品仕入原価、材料費、労務費、外注費及び減価償却費(売上原価に含まれるもの)以外のその他の原価の総額。製造工程又は業務の直接部門に属する従業者の福利費(法定福利費を含む)を含む

●その他の販売費および一般管理費=販売費及び一般管理費のうち、人件費、地代家賃、水道光熱費、運賃荷造費、販売手数料、広告宣伝費、交際費、減価償却費(販売費及び一般管理費に含まれるもの)、従業員教育費及び租税公課以外のその他の経費の総額。販売及び一般管理部門に属する従業者の福利費(法定福利費を含む)を含む

●その他の営業外費用=支払利息・割引料以外の営業外費用に計上される雑損失など
です。
 
証明は割愛しますが、式の定義から言って、積み上げ方式でも控除方式でも同じ答えになります。控除方式にすると、付加価値を増やすためには売上高と営業外利益を増やし、「-」がついている費用を減らす努力をすれば良いことがわかります。付加価値を企業目標にするならば、これらの項目でそれぞれ目標値を設定します。
 
あるいは
 労働生産性=付加価値/(従業員数×一人あたり年間総労働時間)
 資本生産性=付加価値/有形固定資産
 付加価値率=付加価値/売上高
という、付加価値に関連する指標があります。これらにおいて目標を設定しても良いでしょう。
 
多くの中小企業は売上高と利益の目標しか立てていませんが、働き方改革の時代には付加価値の目標も立てる必要があります。まずは来期から、売上高だけでなく、上記の式のマイナス項目についても目標値を設定されることをお勧めします。

 

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神田靖美リザルト(株) 代表取締役)

1961年生まれ。上智大学経済学部卒業後、賃金管理研究所を経て2006年に独立。
著書に『スリーステップ式だから成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)『社長・役員の報酬・賞与・退職金』(共著、日本実業出版社)など。日本賃金学会会員。早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。

「毎日新聞経済プレミア」にて、連載中。
http://bit.ly/2fHlO42