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「中国の外貨不足がシアヌークビルを直撃」(前編)(小島正憲)

小島正憲氏のアジア論考
「中国の外貨不足がシアヌークビルを直撃」(前編)
—-日本のカジノ誘致派は、この惨状を直視せよ! 

小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)

1.今、カンボジアのシアヌークビルが激しく乱高下している

カンボジアのシアヌークビルでは、9月以降で、市内に居住していた20~30万人と言われた中国人のうち、80%が帰国したと報じられている。シアヌークビル空港からは毎日4~5000人が出国し、大混乱を呈していたという。もちろんチャーター機まで出た。

シアヌークビルでは、2017年ごろから中国人が激増し、その結果あるマンションでは、月額家賃(1LDK)が250$から2000$へと約8倍に跳ね上がっていた。

ところが最近では、20~30%値下がりし、それでも空室が目立つようになってきた。ある戸建てアパート(10室)のオーナーは、「8000$まで上がっていた月額家賃を、3000$まで下げたが、それでも借り手がみつからない」と途方にくれていた。同様に中国人を当てにしていたレストランや小商店も、顧客が激減し悲鳴を上げている。

8月18日、フンセン首相はオンラインカジノ禁止令を出した。その表向きの理由は、カンボジア全土(ことにシアヌークビル)で、オンラインカジノに関係する中国人の犯罪が多発しており、それを防止するというものであり、同時に中国人の手から警察権などカンボジアの主権を取り戻すというものであった。

しかしこのフンセン首相の禁止令の陰には中国政府からの厳しい通達があったという。その証拠に、8月20日、中国外交部の耿爽副報道局長は定例記者会見で、「オンラインカジノの禁止は、カンボジアと中国の両方の人々の利益を保護するのに役立つと信じている。カンボジアと協力して法執行と安全保障の協力を深め、国民の利益のために効果的な措置を講じる用意がある」と、カンボジアの決定を支持する声明を、ただちに出した。

この数年で、カンボジアではオンラインカジノが激増していた。ことにシアヌークビルでは、リアルカジノ(従来のカジノ)に客が数人ほどしかいなくても、その上階のホテルはほぼ満室という奇妙な現象が起きていた。つまり、中国人がホテルの個室を借りて、そこに卓を置き、オンラインカジノを開き、中国内の無数の顧客とネットでつながり、莫大な利益を稼いでいたのである。

現在、シアヌークビルには、リアルカジノが90社ほど存在しているが、そのほとんどが数十室の客室を備えており、それらのほぼすべてでオンラインカジノが開帳されていたという。その数は補足不可能であり、そこに従事する中国人だけでも数万人と言われていた。

シアヌークビルの街全体でもカジノが公認されており、マンションの一室などでもかなりの数のオンラインカジノが開帳されていた。それでもリアルカジノビル内の個室は安全が保障されており、そこにオンラインカジノが集中していたのである。

オンラインカジノにおけるカネの流れや決済方法については、いろいろな方法で取材を試みたがわからなかった。結局、この不明部分こそがオンラインカジノが短期間に激増した真因だったのである。オンライン上で大金が動き、マネーロンダリング後、カンボジア国内からのドルの持ち出しは自由なため、それを利用して堂々と海外へ流出して行ったのである。

昨年春、プノンペン空港では、香港から350万$(約4億円)をカバンに詰めて持ち込もうとした中国人3人組が逮捕された。これは氷山の一角であり、プノンペン空港よりもはるかに検査の甘いシアヌークビル空港では、毎日、中国各地から、チャーター便で乗客名簿なしの中国人が入国しており、彼らが現金をトランクに詰め込んで飛んできていたという。またネット上でも特殊決済を通じて、莫大な金額が動いていたことは間違いない。

フンセン首相がオンラインカジノ禁止を指令した真の理由は、「このオンラインカジノを通じて、中国から外貨が大量に流出しており、それを防止することを中国政府に迫られた」からである。今、中国政府は悲願である人民元国際化を遅らせてでも、死に物狂いで、なりふり構わず外貨流出を食い止めている。香港政府に逃亡犯防止条例を策定させたのも、これが主因である。

ところが、シアヌークビルから、外貨がダダ洩れしていたのである。フンセン首相の指示を受け、シアヌークビルの警察は、オンラインカジノを徹底して取り締まった。

9月に入って、オンラインカジノ関係者がいっせいに、シアヌークビルから引き揚げた。その結果、マンション価格などが激落したのである。さらに街中に、「チャンス到来」「担保なしで、すぐにお金を貸します」、あるいは「フォークリフト・クレーン車を貸し出します」「中古設備を高価買取りします」の中国語の看板が街中に溢れる事態となった。

両方とも、8月以前には、なかったものである。「チャンス到来」の方は、オンラインカジノを開帳していた中国人が最後の大儲けを企み、シアヌークビルに働きに来ていた中国人からカネを巻き上げようとしたものである。ところが彼らにはカネがないので、「担保なしで、すぐにおカネを貸します」とあいなったわけである。


《チャンス到来の貼り紙》


《担保なし カネ貸しの貼り紙》

最近、シアヌークビルでは、餌食になった中国人ワーカーが拉致され、十数人の縛られた中国人男女が小部屋から発見されるなど、陰惨なニュースが飛び交っている。また中国人ホームレスが出現するなど、シアヌークビルは無法地帯と化し、重慶ヤクザの荒稼ぎの場と化した。なお、「フォークリフト…」の方は、オンラインカジノの撤退やカジノの倒産の後始末で一儲けしようとする中国人の仕業である。

さらに、給料の未払い、建設費の未払い、飲食店業者などへの支払いの踏み倒しなどが頻発しており、街中では、中国人やカンボジア人が、プラカードを掲げて抗議行動を起こしている。これらも8月以前には、なかった現象である。

12月25日の現地情報では、シアヌークビルに90軒以上あったリアルカジノのうち、4軒が閉店、23軒が一時閉店、33軒が臨時休業という状態で、それらのカジノから解雇され無職となったカンボジア人が約8000人であるという。

それでもシアヌークビルでは、依然として建設ラッシュが続いている。建設中のビルが倒壊し、建築許可がかなり難しくなったが、それでもお構いなし。中国人は、「上に政策あれば下に対策あり」と、次の妙手を生み出そうとしているし、カンボジア人はそれを信じ、その尻馬に乗ろうとしているからである。


《建設ラッシュの現状のごく一部》

《倒壊したビルの跡地》

オンラインカジノはカンボジアだけでなくフィリピンでも急増しており、大きな問題となっている。

オンラインカジノ事業者(POGO)は50社を超え、その約7割が中国系とされ、オンラインカジノ業界の雇用創出数約44万人に上り、中国人が13万人を占めている。また国内のオフィス需要の約9%に当たる106万㎡を賃貸し、飲食店や衣料品店などが、その恩恵に預かっている。一方、中国人の増加による治安の悪化、マネーロンダリングや納税などの問題が急浮上している。

フィリピン政府は7月からオンラインカジノ事業者(POGO)が雇用する外国人労働者から徴税を開始したほか、フィリピン娯楽賭博公社(PAGCOR)は9月、POGOからの営業免許の申請受付を今年末まで停止すると発表した。

政府は現在、POGOが滞納している税金は216億2,000万ペソ(約447億円)に上ると試算している。PAGCORが営業免許の付与停止を発表した後、中国外務省の耿爽副報道局長は20日の定例記者会見で「フィリピン政府の意向を尊重する。同国の全オンラインカジノが閉鎖されることを期待する」との見方を示した。

日本でも国会でIR法案が通過し、カジノが解禁されようとしている。そうなれば、おそらくオンラインカジノ業者なども大量に流入してくるだろう。日本のカジノ誘致派には、リアルカジノだけしか念頭にないようだが、このような状況に対応することは到底不可能だろう。

おりしも秋元衆議院議員が収賄容疑で逮捕されたが、相手は中国の事業者で、中国内でスポーツくじなどの販売を行い、国外でオンラインポーカーやブラックジャックなどのサービスを提供している。なお、逮捕のきっかけは、秋元氏の関係者の数百万円の現金のハンドキャリーであるが、やがてそれはカンボジアの数億円のように膨れ上がっていくに違いない。

カジノ誘致派は、それによる地域経済の活性化を錦の御旗のように掲げているが、おそらくカジノ収入よりも、治安維持やネット監視費用が上回り、しかもそれにカジノ依存症患者の更生に関わる費用をも含めると、逆に地域財政を窮迫させる結果が予想される。

カジノ誘致派は、シアヌークビルの現状を直視すべきである。残念ながら、現地では、日本の識者や政治家などカジノ関係者が視察に来たという話を、まったく聞かなかった。

すでにカジノ解禁をにらんだ下記のようなビジネスも始まっている。

12月24日、スマートフォン向けソフトウエア開発を手掛けるアクロディア(東京都新宿区)は、カンボジアのバベットでビンゴカジノ場の直営事業に参入、事業開始は来年1月23日と発表した。統合型リゾート(IR)ホテルの関連事業を展開するホートラムジャパン(東京都中央区)と提携し、カジノ市場が拡大するカンボジアで、IT技術を活用したビンゴシステムを導入する。同社が開発したビンゴシステムでは、タブレットやスマートフォンを通じ、ビンゴカジノ場の様子をリアルタイムで配信する。フィリピンやカンボジアではオンラインギャンブルの規制が厳しくなっているが、今後は各国のオンラインカジノの規制に準拠し、会場に行かずともゲームに参加できるサービスの提供を目指す。

(後編に続く)

 

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清話会  小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。