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「6つの安定」は「7つの不安定」へ (小島正憲)

小島正憲氏のアジア論考
「6つの安定」は「7つの不安定」へ 

小島正憲氏((株)小島衣料オーナー)

中国当局は、12月10~12日まで北京で、来年度の経済政策方針を決定する中央経済工作会議を開き、6つの分野をさらに安定させていく姿勢を示した。
6つの分野とは、
①雇用、②金融、③貿易、④外資、⑤投資、⑥社会予期(経済成長目標達成)
を指す。

しかし、現実には、それらはきわめて不安定である。政府当局や御用学者たちは、それらを隠蔽するために、必死になって数字を操り、国内外の世論に向かって、安定を強弁している。

そんな中国に今、武漢発の新型肺炎という7つ目の不安定が急浮上した。歴史は、社会が天災などをきっかけに大きく変動することを証明してきた。この7つ目の不安定が、中国バブル経済崩壊の決定打になる可能性がある。

※下記の青色文字の文章は、中国当局発表・日本経済新聞の記事・識者の見解など。    

1.雇用

・中国国家統計局は、全国城鎮(都市部)調査の失業率が5%前後であり、危険視するには当たらないと発表している。
ただし李克強首相は、昨年末、「2019年下半期以来、企業が粗雑に従業員を解雇したケースが急増している」と指摘し、「雇用の安定化をさらに重要な位置づけにする必要がある」と強調し、「大規模な失業リスクを全面的に回避・防止し、雇用情勢の安定を全力で確保しなければならない」と発表した。
また民間企業や零細企業向け融資を拡大し奨励すると唱え、雇用の促進や失業者への失業保険や生活保護費の支給も強調した。
その一方で、
「各地方政府は、大規模な失業による突発的な抗議事件に対応する体制を整えなければければならない。対立の激化と事態の悪化を防ぐ必要がある」
「突発的で、大規模な失業リスクに備えて、条件のある地域では、失業リスク準備金を設立することも可能だ」
と提唱した。
 
・中国当局が公表する雇用や失業率統計については、国内総生産(GDP)統計と同様に、その信ぴょう性が常に疑問視されている。
2015年8月、全米経済研究所(NBER)は、中国の実質失業率は、当局公表の3倍との見方を示した。また海外の研究者たちは、中国当局の雇用調査は都市部の人口のみを対象にし、農村からの出稼ぎ労働者数億人を対象外にしているため、まったく信用できないとしている。

たしかに中国当局の発表する雇用や失業率統計については、それをまともに信用することはできない。だが私は、それ以上に、中国人の労働観の方が大きな問題だと思う。

失業率とは、「労働力人口に占める失業者の割合を表す。失業者とは参照期間において、仕事はないが就業可能であり、かつ仕事を探す活動をしていた者を指す」わけであり、もともと仕事をしようとしていない者は、この統計の中には入っていないからである。

元来、中国人には、「働かないでお金が手に入るのであれば、わざわざ働く必要はない。働いて金銭を得るのも、株や不動産、賭博で儲けるのも同じこと。銀行から借金ができるうちは、働かずそれで暮らせばよい」などと考える人が、きわめて多い。したがって、李克強首相や中国当局の雇用や失業に関する危惧は、的外れのような気がする。

かつてわが社は、中国内で5工場を稼働させ、1万人以上の労働者を雇用していた。現在は、ほとんどの工場を閉鎖したが、工場幹部たちの多くとは、いまだに交流がある。

彼らの言によれば、かつてわが社で働いていた労働者たちの多くは、故郷に帰って、稼いだお金でマンションや株に投資したり、小さな事業を行ったりしているという。身に着けた技術を活かし、再び同業に就いている者は少ないようだ。つまり実業ではなく、虚業で食っている者が多いということである。

またわが社には女性労働者が多かったのだが、彼女たちは50歳を超え、そろそろ年金受給者になりつつあるため、そのほとんどに働こうという意思はない。

中国の定年は、女性が50歳、男性が60歳であり、早々とリタイアーし、年金生活に入ろうとする人が多い。もちろん彼らや彼女たちは失業者には入らない。日本では、先日の調査で、70歳以上になっても、健康維持のために働こうとする人が多くなっているということが明らかになった。

このニュースが中国に伝わり、ネット上では、そのような日本の高齢者を憐れむ発言が飛び交った。バブル経済に浮かれ、まじめに働くことを忘れ、あぶく銭を稼ぐことに慣れ切ってしまった人間に、勤労意欲を取り戻させることは難しい。

2.金融

・中国人民銀行(中央銀行)は25日、「中国金融安定報告(2019)」を発表し、中国の金融リスクは緩和に向かっているとしながらも「潜在リスクを短期間に解消することは難しい」との認識を示した。中小金融機関の1割強が高リスクを抱えているとの分析も明らかにした。

・2019年の社債の債務不履行額は1600億元(2兆5千億円)と過去最高を更新した。財政負担の膨張を恐れる中国当局が経営への過度の介入を控えた結果、地方政府や国有企業の不履行額が400億元と前年の3倍以上に膨らんだ。22年末までに満期を迎える社債は1兆6千億ドル(175兆円)に上り、借金依存の成長は限界が近付いている。

・中国が地方政府の債務膨張に警戒を強めている。地方政府系の投資会社「融資平台」の経営問題が浮上し、中国人民銀行関係者が連鎖的な金融リスクに陥らないよう対応を促した。地方政府の隠れ債務は2018年末に42兆元(650兆円)との推計がある。融資平台や政府系企業の債務不履行も起き始めており、信用リスクへの対応が急務になっている。

・信用貸し付けの拡大発展期に陥った経済国家は、最終的には皆、不動産バブルに陥ります。
2018年のクレディ・スイス証券の発表では、2018年に、中国の家庭の財富の規模は世界第2位になりました。2017年の富豪ランキングでは、中国大陸の940人に1人の割合で、1千万元富豪がいるそうです。
国内研究では、不動産が中国の家庭資産の7割以上を占めると言います。まさにこの家庭の財産が目減りするのを心配して、中国の多くの地方では、不動産会社が値下げするのに対しては抗議活動が起こります。
これは疑いなく中国的特色であって、不動産が、政府、銀行、所有者が一体となって利益共同体化し、それぞれが自分自身の目的で、この超巨大バブルを維持しているのです。

・2019年11月10日、ある中国政府の実務官僚がネット上で、「現在の中国の決定的弱みは、外貨準備高の不足と外資の総撤退である。ことに外貨準備高については、4兆ドル近くあったものが、2016年末までの2年間ほどで、3兆ドルまで激減した。
その後の当局の外貨防衛政策で、現在は3.1兆ドルまで持ち直したが、その中身は米国債が1.8兆ドル、外国資本の投資+利潤額が1兆ドルであり、残額は4千億ドルほどで、これでは貿易決済にも不足する。
この状態で、もし外資が総撤退し、外貨を持ち出したら、中国は即、デフォルトに陥る」と発表。

上記は、2019年末までに、私が気になった金融関係に関する情報であり、これらを見ても、とても金融が安定しているとは言えない。ことに、外貨準備の実質残高が4千億ドルという内部情報は、中国政府の苦境を明確に表している。

3.貿易

・中国の対米貿易が縮小している。中国税関総署が14日発表した2019年の中国の対米輸出は前年比13%減、輸入も同21%減り、減少額は統計をさかのぼれる1984年以降で最大だった。
とくに輸出は昨夏から減少幅が拡大し、家具や産業ロボットなどが急減した。18年7月から続く米中貿易合戦の爪痕は深く、中国が米国との貿易摩擦の緩和に向けて「第1段階の合意」を受け入れるきっかけになった。

・中国の貿易相手国では米国のシェアが19年には11.8%まで低下し、天安門事件の経済制裁を緩める前の92年以来27年ぶりの低水準になった。
代わりに欧州連合(EU)と東南アジア諸国連合(ASEAN)がシェアを伸ばした。中国は独自経済圏「一帯一路」沿いの両地域との関係を深める。ASEANは14%と大幅に伸びた。

対米貿易の縮小は想定内であり、今後も苦戦が予測される。一方、EUや「一帯一路」沿いの諸国、ASEANも希望の星とは言えない。「一帯一路」沿いの諸国、ASEANも、中国からの過剰な投資や貿易の不均衡による債務のワナに陥ることを警戒するようになっており、想定外の伸びはないと思われるからである。

ASEANとの貿易の伸びは、米国への迂回輸出が主因であり、そのための素材輸出も大きい。しかしASEANもやがて外資を取り込み、独自に技術を高め、対米輸出をするようになるため、これは低下する可能性が高い。
 
またEUとの貿易も、政府の補助金によるところも大きいと理解しておく必要がある。

たとえば、中国と欧州を結ぶ鉄道コンテナ輸送の「中欧班列」に、貨物を積み込んでいない「空コンテナ」が多数搭載されているのは輸送実績の誇張や業者の補助金目当てのためだといわれている。ネット上では「1編成41 本のコンテナのうち40 本が空だったケースがある」といった情報が流れている。

空コンテナが輸送される理由について、「中国の各省市が一帯一路事業に貢献している実績を中央政府に示すために補助金で運行本数を増やしていることや、補助金によって利益を得ようとする輸送オペレーターがあるからだ」とも言われている。

4.外資

・中国国家外貨管理局が7日発表した2019年11月末時点の外貨準備高は、年初に比べ229億ドル、率にして0.7%増の3兆956億ドルに上った。

・中国商務省は1月21日、中国への外資による直接投資(FDI)実行額が、2019年は前年比2.4%増の1,381億4,000万ドル(約15兆1840憶円)、人民元建てでは5.8%増の9,415億2,000万元だったと発表した。一方、中国企業のFDI(金融業を除く)は、1,106億ドルで8.2%の減少。商務省は、懸念していたような大規模な企業の海外移転は見られなかったと説明している。

・米国との貿易摩擦や人件費などのコスト増加に伴い中国の事業環境が大きく変化する中、中国政府は外資撤退の流れが起きているとの観測を打ち消そうと躍起になっている。商務省は外資政策をテーマにした会見を開いて外資の大規模流出を否定。東部地域からの移転を検討する企業に対しては、東南アジアなどの海外ではなく国内の中西部地域が受け皿になれると強調した。

工業情報省(工情省)が7月に明らかにしたところでは、広東省だけで2018 年に外資系メーカー588 社が生産の全部または一部を東南アジアなどに移したことが判明している。この数字について工情省は、広東省の全外資系メーカーの1.44%に過ぎないとしている

上記のように、中国当局は、金額と撤退数の両面から、外資総撤退を否定しようとしている。しかし、その論拠は、数字上のトリックであり、実態を隠蔽するものである。外資は今、続々と中国から総撤退しているのである。

中国当局は、直接投資の増加から、外資総撤退の現実を否定しようとしている。一方、外貨準備高の増減からみると、外貨準備は微増である。直接投資があるにもかかわらず、外貨残高が増えていないということは、相当分の外資が撤退しているということである。

労働集約型企業が 総撤退している代わりに、ハイテクや金融サービスなどの外資が新規に進出してきているのである。つまり、今、外資の入れ替え戦が行われているのである。ただし問題は、新規流入外資があまり雇用を生み出さないことであり、逃げ足が速いということである。

さらに1.44%と撤退数が少ないことを論拠に、 総撤退を否定しているが、撤退数が少ないのは、ほとんどの会社が、実際には操業していないにもかかわらず、清算しないで、形式上、そのまま存続させたまま、他国へ移転してしまっているからである。なぜなら中国では、企業の清算時に、税務上などで幾多の想定外の問題が起きるからである。

したがって、あえて火中の栗を拾わず、少なくとも3年間ほど経ってから清算するのが通例である。だから中国からの数字上の撤退数は少ないのである。企業は、あくまでも中国で操業中という顔を装っているのであり、実際には、もぬけの殻になっているのである。

5.投資

・固定資産投資は1~11月に前年同期比5.2%増と伸び率は横ばい。堅調なのは不動産だけで、製造業の投資は2.5%増、インフラ投資は4%といずれも減速し、低空飛行から抜け出せない。

・12月26日、中国の李小鵬・交通運輸相は、政府は2020年に鉄道に8000億元(1143億8000万ドル)、高速道路と河川に1兆8000億元、民間航空に900億元の投資を計画していることを明らかにした。

中国政府は、インフラ投資などを経済成長への即効的な切り札としようとしているが、現実にはその成果が表れているとは言えず、むしろ弊害が多い。

巨額なインフラ投資への結果、中国全土に張り巡らされた高速鉄道や高速道路は、一部を除き、押しなべて赤字と言われ、2018年末の高速鉄道会社の負債額は4兆元に達している。また各都市の地下鉄も、北京の4号線、空港線、上海1号線などを除けば、すべて赤字の状態である。

このような無駄なインフラ投資は、経済成長の切り札にはならないし、やがて足を引っ張ることになる。

今、中国各地に不動産の幽霊物件が激増している。地方都市のマンションが鬼城(ゴーストタウン)化していることは、今さら特筆するまでもないが、それに加えて、最近ではショッピングモールやスーパー、小店舗などの鬼城化が進んでいる。消費者がネット販売を多用することにより、リアル店舗に足を運ぶことが少なくなった結果である。

もちろん労働集約型外資の総撤退によって、各地の工業団地には幽霊工場が目立つ。したがってマンションや工場などの箱物への新規投資も激減しており、経済成長への貢献度は低下する一方である。

6.社会予期(経済成長目標達成)

・中国のエコノミスト調査では、20年の実質国内総生産(GDP)成長率の予測平均値は5.9%。1年前の調査では6.1%を予測しており、エコノミストは先行きに厳しい見方を強めている。

・中国共産党が掲げる2020年の国内総生産(GDP)を10年比で倍増する目標について、20年のGDP成長率が6%を割っても達成できる可能性が高いことがわかった。11月に公表した経済センサス調査を受け、過去に遡ってGDPの数値を改定するためだ。

私はかねてより、中国のGDPについて、外資企業が貢献している分を差し引いて計算するべきだと主張してきた。GDPというものさしで、中国自体の経済成長を計ること自体が大きな誤りなのである。それにも増して、意図的に過去に遡って数値を改ざんするということであれば、もはや論外である。

さらに、米中貿易戦争という新たな経済成長阻害要因が重くのしかかってきた。しかも1月に入って、突如、武漢発新型肺炎という想定外の事態に見舞われた。これがGDPをかなり押し下げることは、SARSのときの経験から明らかである。

7.その他の不安定 
 
以上のように、私なりに6つの安定が、きわめて不安定だということを論じてきた。識者や中国ウオッチャーの中には、今年、中国が向き合う困難を、「企業の資金繰り難」、「食物価格の上昇」などをあげる人がいる。その他に、昨年後半からの香港騒乱もまだ解決しておらず、これが大きな障害=不安定要因になると言う人もいる。

しかし、誰も天災を想定している人はいない。過去の歴史は往々にして、天災などをきっかけにして、大きく動いてきたのだが、今のところ、それを指摘している識者は皆無である。

1月中旬、突如として、武漢発の新型肺炎が中国全土を襲った。1月26日時点では、武漢は完全に閉鎖された。それでも新型肺炎は、まさに「燎原の火」の如くに広がっており、終息する気配をまったく見せていない。このままでは、おそらく閉鎖範囲は湖北省全体まで広がるだろう。

また患者が中国全土に発生したこともあり、感染を恐れる外資系企業は中国から社員を引き揚げさせようとしている。そしてそれは外資の中国からの撤退に拍車をかけることになる。

新型肺炎封じ込め作戦は、国内外の物流や人的交流を途絶させてしまう。そして当然の帰結として、それは経済の低迷をもたらす。

香港への強制介入が台湾総統選の敗北という意外な結果を生んだように、新型肺炎への強制封鎖措置がバブル崩壊という結果を生む可能性は大きい。それはバブル経済に浮かれた中国人民の頭を冷やすことになり、同時に世界人民をカジノ資本主義から目覚めさせることになる。

 

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清話会  小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。