武者陵司の「ストラテジーブレティン」vol.26
「全ては連鎖感染遮断にかかっている」
~ 中国の遮断と日本の封じ込めに期待 ~
武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)
■天災でありいずれ治癒する
株の急落、円の急騰、原油急落、と金融市場はパニック売り一色になっている。
新型ウィルスの感染が今や全世界に広がりイタリア、フランス、スペインなど欧州諸国では感染者数増加に弾みがついている。イタリアでは学校休校にとどまらず、外出禁止という緊急措置が打ち出された。新型コロナウィルス感染による世界需要の落ち込みはこれからさらに深刻化するだろう。米国でも感染が加速度的に拡大し、大規模な経済活動抑制が起きることもあり得る。
株など市場の波乱は当分続くだろう。しかし、これから数か月にわたって展開される世界的対新型コロナウィルス戦争の先に希望があることも確かである。困難は全て新型コロナ感染という天災による経済活動の遮断によるもの、それさえ解決されれば経済と市場は鋭角的に回復するだろう。
FT紙上(3/10付)でレイ・ダリオ氏は『コロナ問題は天災、故に、もてる手段総動員を』と主張しているが、その通りであろう。まず資金繰り支援、資産価格押上げ、購買力補填など可能な手をすべて打つべき、各国政府はその構えにあるようである。
日本の場合、対症的政策とともに、本格的需要創造政策、期間を区切った消費税の減税などが打ち出されれば、株価が上昇し、米国でみられているような資産効果により相乗的に需要を押し上げる効果が見込まれる。それを望みたいところである。
この急落により再度、悲観主義が登場しているが、そうした議論は天災への便乗論法といえるのではないか。
1. 米国株がそもそもバブルであり、その崩壊がやってきたという説 (3/9付FTコラムA dangerous dependence on Wall Street等)、
2. 米国金融の大きな過剰債務が崩壊する、その時が来たという説 (特に米国ジャンク債市場でのエネルギーセクター債務破たんが起きる)、
3. 米国景気後退は時間の問題、その時が来た
等、これらは何年も蒸し返されてきた議論であり、武者リサーチはそれに対して反対論を対置してきた。
これらはコロナウィルスが封じ込められ経済が正常化すれば消えていく議論と考えられる。
■年後半経済と市場は鋭角回復へ
年前半でウイルス問題は沈静化し(完全制圧ではないとしても)、経済活動正常化、市場価格は急回復するという基本シナリオを崩す必要はないだろう。米国経済では1Q、2QのGDPがマイナスとなりテクニカル的にはリセッションに陥る可能性はある。
しかしその場合、回復はより鋭角的となるだろう。年前半の生産急減で在庫払底が想定されること、一時的に抑制されたペントアップディマンドの発現、経済対策の効果という三重の押上げ圧力が想定できる。株価は一気に2月高値を奪回するだろう。
(1) 中国で新規感染ほぼ止まる、経済正常化に大きな一歩
■中国で見え始めた、感染沈静化→経済正常化の動き
鍵はいつどのように連鎖感染が止まり、経済活動遮断が解除されるかの読み、にかかっている。
図表1はドイツ証券NYエコノミスト トースタン・スロック氏作成による累積感染者数の各国別推移であるが、現時点で2極化が顕著である。
欧米と韓国で感染者急増が起きている一方、中国(湖北省除く)ではほぼ新規感染はなくなっている。この中国の先行事例に、地域封鎖など同様の対策が打ち出されたイタリアなどもいずれ追随していくだろう。
中国は1月24日に武漢等湖北省4都市が封鎖され、その10日後の2月3日ごろをピークに新規感染者が減少に転じた。2月末には感染者数は150人前後と韓国やイランなどを下回り始め、3月初め100~150人、3月以降は数十人まで低下している。
図表1: 主要国新型コロナウィルス感染者数推移(感染者数100人超後)
図表2: 中国での新型コロナウィルス新規感染者数推移(湖北省/湖北省外別)
1か月前の2月11日、ロイターは『新型肺炎流行4月に終息も、ピークは2月か~中国専門家トップが予想』との記事を掲載した。曰く、
『中国政府の専門家チームを率いる鐘南山氏が「今月の半ばか下旬に恐らくピークを迎える可能性がある。その後はやや横ばい状態になり、それから収まるだろう」とし、「4月ごろに終息すると望んでいる」と述べた。その上で、新型ウイルスに「なぜこれほどの伝染性があるのかは分かっておらず、大きな問題だ」と慎重な見方を示した。』
この中国衛生当局の見解を代表するともいえる鐘南山氏の予測はぴたりと的中しており、医療崩壊が起き連鎖感染の爆発的増加と死亡者急増を余儀なくされた武漢の悲劇は、完全に封印された、と言える。
湖北省以外で感染がほぼ封印できたことにより、4~6月の生産急回復が展望できる状態となっている。習近平政権はあらゆる手段を投入してそれを実現しようとしている。
ブルームバーグは「国家統計局の2月29日の発表資料によると、25日時点でPMI調査の中・大規模企業の業務再開率は78.9%で、3月末までに90.8%へ上昇する見込み。中・大規模メーカーは25日時点で85.6%、3月末には94.7%になるとしている」と報じている。
アップルiPhoneを生産している鴻海は3月3日にコメントを発表し、「現状5割復帰、3月末にはほぼ必要な生産能力まで回復する」と説明している。このように4~5月にかけて中国をハブとするグローバルサプライチェーンが再構築される公算は大きい。
加えての景気対策。財政赤字対GDP比は6.1%と急速に悪化しているが、政府債務残高は対GDP比55.6%と主要国の中では最低水準であり、さらなる発動の余地は十分にある(いずれもIMF2019年10月推計値)。
このように見てくると中国では強権発動が感染を遮断し、経済の後退を短期で抑制できる可能性が高いように思われる。
(2) 対新型コロナウィルス戦争、日本の踏ん張りにも期待
■ここ1~2週間で日本も新規感染者数ピークアウトへ
先走りとの批判は承知の上で推測すれば、中国に続いて感染者ピークアウトと、経済の正常化が見込まれるのは日本であろう。
図表1から明らかなように、日本の踏ん張りが顕著である。感染者数の増加が抑制され、死亡者数が12人と、中国(3126人)、イタリア(463人)、イラン(291人)、韓国(60人)はもとより、感染が遅れて始まったフランス(30人)、スペイン(35人)、米国(26人)などの諸国より少ない。
対新型コロナウィルス対応に関して、メディアの日本政府批判は声高であった。ダイヤモンド・プリンセス号の対応に関しては、ニューヨーク・タイムズ(2/11付)は「政府が公衆衛生危機に対処しないという教科書に載る(悪い)例だ」という危機管理の専門家の声を紹介。記事ではダイヤモンド・プリンセスが「中国以外で最も感染者が多い場所」であり、「停泊を続けることで感染を拡大させている」と指摘している。
しかし日本が武漢型医療崩壊を適切に回避できていることは明白ではないか。2月24日に政府の専門家会議が開催され、武漢型連鎖感染を回避するのに1~2週間が瀬戸際との方針が打ち出され、2月27日には安倍首相による大規模イベント自粛、2月28日には安倍首相による3月2日からの一斉休校要請により、日本国民は完全防御態勢に入った。その結果、新規感染者の増加趨勢に歯止めがかかっている。
依然として感染経路と主要な感染クラスターの追跡がなされており、今の国民的警戒体制が続けば、中国に続いて日本がコロナ制圧に成功できる国になる可能性があるのではなかろうか。
図表3: 主要国での新型コロナ感染者・死亡者数
図表4: 日本国内新規感染者数推移
■日本の美徳・清潔・衛生とその背後にあるソーシャル・キャピタル
日本批判、政府批判ばかりが氾濫しているので、日本の医療体制の堅牢さと国民の衛生意識の強さをここでは指摘しておきたい。
WSJ紙(3/2付)は「Precaution Help Japan Control the Flu(日本では予防の高まりでインフルエンザが抑制されている)」という記事により、新型コロナウィルスのために人々の衛生予防意識が高まり、インフルエンザ患者数が大きく減っていることを紹介している (図表5参照)。
またThe Economist 誌(3/7付)は「Japan may have to cancel the Olympics」という記事の中で、『伝染病を乗り切るために滞在する国を一つ選ぶとしたらそれは間違いなく日本である、日本人は沐浴版画に見られるように、清潔さに強いこだわりを持ち続けてきた』と日本を描いている。
図表5: 日本のインフルエンザ週次定点当たり報告数
図表6: 平均寿命とソーシャル・キャピタルの関係
また日本は世界先進国中で最長寿の国であり、それは日本のソーシャル・キャピタルの高さと関連している、という説がある。
Voice3月号に掲載された『ウェルビーイングとは何か・・・・人生の質的側面を明らかにする』という論考の中で、著者石川善樹氏は日本の肉体的、精神的、社会的すべてにおける健康=Well beingの高さを強調している。
「ハーバード大学公衆衛生大学院のイチロー・カワチ教授は『われわれハーバード大学の社会疫学研究者たちが96年から、アメリカや日本など世界の国と地域を対象に行った大規模な調査の結果、日本文化の中にある強いソーシャル・キャピタルが、長寿と健康に大きく関係していることがわかりました』と述べている。ソーシャル・キャピタルとは、平たく言えばお互い様やお蔭様に代表されるような、社会的つながりを指す。実際、ソーシャル・キャピタルと平均寿命の関係を見てみると、きれいな相関が見て取れる(図表6)」
この日本のソーシャル・キャピタルの高さは、日本におけるトラストの高さ、リスクプレミアムの低さとなって、ビジネスモデルの骨格になっている。今回は詳述しないが、日本企業がバブル崩壊後の円高と日米貿易摩擦により、価格競争でのNUMBER ONE争いで完敗し、技術と品質に特化したONLY ONEのビジネスモデル構築に成功したが、それを可能にした社会的土壌にもなっている。
対新型コロナウィルス戦争の過程で、日本の隠された美徳が顕在化していくと期待したい。
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