髭講師の研修日誌(69)
「体験による話力向上研修のすすめ」
澤田良雄氏((株)HOPE代表取締役)
新年度に向けて人財育成に関する指導依頼が多い昨今、研修目的、希望内容は様々であるが、ご依頼者の条件(業種、職種、組織での立ち位置……)に対応し、オリジナル企画を提案をし、共に創り上げる研修実施へと推進しているが特に支援事項として厚慮しているのは、必ず話力・聴解力を組み入れていることである。
なぜなら、いかなる職種、立ち位置でも共通する活躍は、専門力・自らの人間力を生かした言動で人にお役立つ働きを楽しむことにある。その過程での最も駆使する基本スキルは伝える力であり、周知のとおり、伝え方には、言葉を生かす、物を生かす、昨今でのデジタル機器を活用するなど方法は多岐にわたる。
しかし、その底に根ざす基本能力は話す力、聴解力に他ならない。ご存じのように、目にする図書には「話し方」に関するテーマが実に多い。それだけ苦手意識、向上意識の高い必要性が高く、既に30年余人財育成支援で、話力向上の実践指導してきた筆者にとっての実感でもある。
従って、アフターコロナの環境下でも、新たな活躍の舞台を得、あるいは託された新職場で、人との関わりを積極的に楽しみ、心からの協力者を得、新たな活躍で貢献する実績を重ねて欲しいとのエールを送り、その実現に向けて話力向上のサポートとがどうしても不可欠との提記をしているのである。
今回は、この切り口から、話力向上の体験指導実践策を記していく。しかしながら筆者の指導原則は「対面中心」であることを前提にさせていただく。
◆なぜ話すのだろう、それは感謝の言葉が嬉しいからだ
話すことは、話すこと自体が目的でない。それは、自分の想いを、必ず相手のためにお役に立てる、だから話すのであり、決して一方的に話すのではない。従って、聞き手の理解を得て、納得し、共感を引き出し、ならば試してみよう、実践してみようとの態度変容による活躍ぶりに変えることにある。だからこそ、後日聴き手から、「あのときに、お話しいただいたことを実践してみたおかげで、業績も伸ばせました」と感謝の言葉をいただく。このことが話す真の目的であり、話す喜びなのである。
先日、思わぬところでお声がけいただく。
「久しぶりです。10年前になりますね。管理者研修でのスピーチコメントで、私の話しぶりに注目して
『人生も山登りも同じ、登るときは頭を低くし、降りるときは頭が低い。人との関わりでも同様、上から目線で空威張りしている人に人は寄ってこない。成功を成している人の共通項は、謙虚、誠実、真摯に人への関わりを大事にしている。だから、“俺がおれがの『が』を捨てて、おかげおかげの『げ』で生きること”が人の上に立つ人にとっては重要。それは、多くの人の力を寄せていただく、事を成していくのが管理者だからです』と、未熟な私に率直にいただいた助言に感謝です。以後、部下への話し方に改善を加えてきました。現在、社長として活躍ができているのもあのときの指導のおかげです」
との言葉は嬉しい。
読者諸氏も「あのときに聞かせていただいた、あのときに教えていただいた、あの一言が…」と「おかげさまで」と感謝された体験は多いことであろう。
◆話す目的と実践話法の確認
まず、話す目的とその方法を関連付けを確認してみよう。それは次の4つの柱になる。
① 対人関係を創り、深める=これには挨拶・自己プレゼン・会話・雑談がある
② 正しく理解を得る=説明であり、伝える内容を正しく伝える
③ 変える意識を喚起する=説得。単に分かったではなく、なるほどの納得をうみだす
④ 改善する覚悟を決める=忠告・注意により、態度変容(心・行動の変化)の実践である。
この、目的、方法が最適に組み合わせて、プレゼンテーション、会議での発言、テーブルスピーチ、質問・応答、報連相、指示、提案、折衝、交渉、指導場面での話を日常諸処の場で実践されているのである。勿論、話す相手は、部下、上司、他部門、他社、お客様、家族、社会活躍での関わる人など多岐にわたる。
従って、研修においては、新人、リーダー、管理者、トップ・幹部、担当部署に応じて、話す相手の特性が変わるのであるから、話す準備でも一方的にどう話すかでなく、聴き手の特性を把握してどうお聞きいただくかを前提に、筋道立てて、簡潔に、わかりやすく話す準備を整え、そして場対応では、感じよく話す、聴き手に目をかけ、聞き手の内容の受け止め、反応状態を察して対応した話の展開をしていくことである。単に用意してきた内容を口から”放す”ことではない。
これらの基本条件の確認を踏まえ、指導は演習を通じて、分かっている、できる、やっているとの現状の診断に入る。それは、今後へ向けて改善ヒントを体得するには自己体験が最適であるからだ。しかも、単なる自己都合、持論での体験でなく客観的診断による適切なヒントを掴むことに他ならない。そこで、筆者が施している演習指導例を5つ紹介しお役立ていただくことにする。
① 自己紹介・会話・他己紹介
対人関係づくりを楽しむ話し方として、いかに好感度の高い自己の紹介と相手の話を聴き、相手を知ることの大事さを会得する実感づくりである。すすめは、自己紹介カードを配布し準備をする。4人グループ編成で、一人づつ自己紹介スピーチ。その都度、良き人の良き点を小生から褒め、全員で拍手。良さを基本事項として次に生かしていく。
終了時にまとめの講義。次に隣り同士でペアを組み、話題テーマを告げ、自由に会話を交わしていく。ベルを入れ、次なる話題テーマを告げる、以前のテーマを打ち切り、新たなテーマで会話を交わす……何度か繰り返す。終了。
まず、相手の人物印象を相互に紹介する。共に親和感が高まる。そこで「先の会話は楽しかったですか」と問う。「ハイ」の回答、「どちらが話しかけをしましたか」と問う。改めて自己の働きかけを確認し、話し手の良さ、聴き手の良さを状況診断し、そのOK、改善ポイントを説き、会話弾みのヒントをまとめ講義する。
更に、いきなり隣の人の他己紹介を仕掛ける。「えっ」と驚く。自己紹介で聞き、人物印象を話し、会話で理解し合っているにもかかわらず困った状態に陥る。ここから、聴くことの責任、次のビジネス機会への話による橋渡しの大切さを説く。
② 図形説明による確認で正しく伝えるスキルを確認する
「説明」とは、「説いて、明らかにする」と書く。この説明が「自分1人で飲み込んでいて、話の内容がつかみにくい」、その結果、相手の納得が得られずに、協力や信頼も得られない。
これに比べて、説明が「上手な人」は、周囲からの評価も高くなり、信頼を獲得できる。しかも重要点は、正しく伝わることである。伝える側の内容と相手が理解した内容に相違が生ずれば、以後のトラブルの発生の要因となる。そこで、正しく伝えるスキル体得に向けての演習は、条件をつけての取組みである。
それは、説明者は、手渡された伝えるべき教材内容は相手に見せない。そしてゼスチャー無しで言葉だけで説明する。聞き手は質問なし、描いている画は見せない、と完全なる一方通行方式とする。お分かりの通り、普段このやり方がおおよそであるからだ。
説明にてこずる。終了。聞き手が描いた状態を教材と比べる。「えっ」と驚く。いかに正しく伝わっていないかの体験は、日常の課題が浮き彫りとなり実感から導き出した改善点は正しく伝えるスキルアップ法として今後への役立てにする。
③ 1分間の即題スピーチで筋道づくりを体得する
ロジカルスピーキング、話の筋道はテーマに対する「こう思う・主張」→「なぜならば・根拠、理由付け」→「だからこう思うのです・結び」が三段階法としての基本型。従って、簡潔、明燎なるこのストリーづくりの鍛錬は、お題拝借1分スピーチである。
日常良く聞かれる「話が長い」「何を言いたいか解らない」「一言で言えばどういうこと」と話し手に対する聞き手からの要望への解決策として有効だ。
また、ビジネス現場では突然、「このことについて端的に教えて下さい」「どう思いますか」「意見を述べて下さい」「態度を決めて下さい」……と即意思を問われることも現実。こんな場でも即題での演習での極意を体得していれば一応の話の形はできる。
実施プロセスは、あらかじめ受講者の特性に配慮し、テーマカードを多数作成しておく。演習テーブルにカードを伏せておき、実習者は一枚取り上げ、テーマを確認する。すぐさまプレゼンテーションに入る。うまくいかなくて元々。恥かき道場。この申合せ事項で気楽さを促すが、実際は無我夢中。なかなか話には入れないこともある。
1分経過ベルで終了合図。感想を訊く。「テーマに対する得手不得手、気持ちの高ぶり、途中で真っ白……」様々だ。すぐさま小生が内容、筋道を確認し、コメント。興奮状態であるから内容の確認は効果的。ならば、「こうすると良いね」と、本人の言いたいことを筋道の基本に併せて、当方がスピーチモデル例を実演する。本人のみならず受講者全体に対して、その場で共有した教材を生かしての指導の施しである。当初「そんなこと無理……」が「思ったよりできた」この現実も楽しい。
ちなみに、30年間継続指導している話し方教室では毎回、この演習を重ねている。「今回は、どんなテーマか楽しみです」とのりが良い人もいる。筋道の基本形も体得でき、その場でさっと閃く身近な体験談を生かしてまとめ上げていく見事さも嬉しい。
④ ロールプレイによる話力・聴解力の診断
事例研究によるロールプレイング(役割演技法)の実践である。一例を紹介すれば、行政で長らく施している研修として、部下職員が住民対応でトラブルが発生する事例をビデオで観て、その原因、住民の心情を浮き彫りにする。ならば、管理者としてどう住民に対応するかの解決策を見出し、場面での対応シナリオを作成。
一方、住民側としては、役所がこうきたらこうしようとの攻めポイントを見いだし、口実を考える。さあ、職場を設置して住民側、役所側の役割を決め、ロールプレイングに入る。役割以外の受講者は観察表に基づきチェックする。観察チェックのポイントには、相手の心情、主張に絡ませての話の展開ができるかにも着目する。即ち聴解力の診断である。
聴は相手の心を掴む、解は内容を理解することである。修了後直ちに 管理者側本人、住民側本人の感想、他者からのOK、改善点の提起、そして、小生からの総括コメントで改善点を整理する。この演習での特色は、実際の場面に近いリアル感。例えば、住民側が大声出す、怒鳴る、理路整然と冷静に話す、首長、議員との近しい関係の誇張……と役割に徹してくれることである。
従って、この状況を創り上げ、演習の経過を正しくとらえ、その都度の状態がどうして起こっているかの推察を加えて診断する。そして、受講者の役割本人所感、他者のチェックを踏まえての的確な総括コメントを施すことは講師としては闘いであり、楽しい。
⑤ ビデオ撮影による自己診断が楽しい
自分のプレゼンテーションをビデオ撮影で生に確認し、そこからの気づきの支援と改善ヒントの掴みは効果的である。実施は、基本事項である筋道、話しぶりの基本事項を確認し、2分間のプレゼンテーションの準備に入る。実習・撮影に入る。再生し、診断表に基づき本人の感想、加えて他者からの所感(OKポイント・アドバイスポイント)をいただく、小生の総括指導を施す。初めて自己の話しぶりをビデオで観た新鮮さと、照れながらの感想は実感であり、以後への改善に功を奏する。
日常話す機会の多い対象者だからこそ、自信なき人の自信を持つ手がかりの掴み、自己流満足者にとっての確認を通しての気づきは多い。上位者対象時には特に話しぶりにも留意する。それは話の味は人の味、言葉遣い、語調、態度はその人の人物印象として相手に影響を与え、行動を如何ようにも変えている現実だからである。
話しぶりが変われば、相手が変わる、相手の変わりは、自分への寄り添いが変わってくる。そこには人間力の向上への示唆も含む指導であり、話の味は人の味だからである。
◆ちょっと自己診断してみましょう
日頃の話す場でのいい対応力の自己診断として次の11項目を提供している。
1)話す前に内容を整理して、筋道を簡潔に整えていますか
2)自分は何を言いたいのか、まずはっきりとさせていますか
3)話すとき、感じたことや思ったことを素直に表現することができますか
4)話す時に、相手の立場に立って話す努力をしていますか
5)聞き手に応じて言葉に配慮して、わかりやすい表現を心がけていますか
6)聞き手をよく見て、反応を確かめながら話すようにしていますか
7)とっさの場面でも、機転の利いた一言を言うことができますか
8)相手から話された内容を、次に生かして話を進めていますか
9)苦手な人に対しても、なんとか笑顔で話しかけることができますか
10)話をするとき、態度、表情、服装、声にも注意していますか
11)気になる反応が出されたとき、冷静に話を進めることができますか
いかがだろううか。全てわかっていることだ。でも、必要なことを・必要なときに・必要な人に・必要なだけ・必要な方法でどれだけ実践されているだろうか。
◆演習指導のこだわり
紹介してきた指導実践は、演習、気づき、振り返り、改善点を見出すことにある、即ち、そのためには基本条件をきちんと共有化し、その内容を踏まえての演習、そして本人、他者コメントで確認できた条件は今後の更なる話力向上への変えるヒントに結びつけていくことに他ならない。
更に留意すべき事項は、研修目的にリンクさせて、その立ち位置、職種に落とし込んで最適な話し方を実践するための指導・支援に徹することにある。それは、全体、個人に切り込んでの指導でもある。だからこそ演習指導は、印象に残り、改善による話力向上の実感を享受されるのである。
今朝も経営者セミナーで講話を聴いた。講話者は筆者が長年担当してきている話力向上セミナーの受講者である。早速、終えた後笑顔の肘タッチし、進化ぶりが見えるとの所感をお送りした。
話力向上 このニーズは対面場面に限らず、オンライン、リモート方式での話し方も、更なる配慮条件は加味されるが基本条件は共通である。
新年度の人財育成の実施に向けてお役立ていただければ幸いである。
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東京生まれ。中央大学卒業。現セイコーインスツルメンツ㈱に勤務。製造ライン、社員教育、総務マネージャーを歴任後、㈱井浦コミュニケーションセンター専 務理事を経て、ビジネス教育の㈱HOPEを設立。現在、企業教育コンサルタントとして、各企業、官公庁、行政、団体で社員研修講師として広く活躍。指導 キャリアを活かした独自開発の実践的、具体的、効果重視の講義、トレーニング法にて、情熱あふれる温かみと厳しさを兼ね備えた指導力が定評。
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