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「積小為大の実践で生涯現役を楽しむ」(澤田良雄)

髭講師の研修日誌(79)
「積小為大の実践で生涯現役を楽しむ」

澤田良雄氏((株)HOPE代表取締役)

◆90才生涯現役故N氏に学ぶ

”卒寿超え 生きる生き甲斐何なさむ「積小為大」と手の甲に書く”。
この短歌の一首は N氏の年賀状に記された言葉である。

N氏は90才。昨年師走に旅立ったが実に見事な人生を歩んできた方である。その職業人生は、日本橋の洋品関係企業に入社し、要職を経て、創業、高級用品を扱う卸業として国内外の有名店との取引事業を経営されてきた。そして、85才でその権利を「この人に……」とお取引先に無償提供した人である。

日常生活も実に見事であった。AM3:00に起床、軽く10分の運動を行い、般若心経の写経をする。既に1,350枚を超えている。5:00には近隣の朝の学習会に行き、お世話役をする。週1回は6:00から筆者等の経営者のモーニングセミナーに出席、時には進行役や講話も担当する。特技は仏像の木彫りで観音像を見事に彫り上げる。ここ数年は市民展に出展し、昨年の釈迦如来像は賞を得た。

実はこの木彫りは75才からはじめた事である。それに短歌は毎日一首は詠まれて来たがこれは80才からの習いであり、さらに、詩吟は3年前からである。90才まで車を運転し、風邪もひかず健康そのもの。但し、膝は難があり杖をついての歩行であるが……。
 
秘訣は「明るく生きる事、楽しむ事である」「明日は明日の風が吹く」というが、実にきちっとした生活ぶりであり、学ぶ気概も凄い、そして人への面倒ぶりも実に見事な人でした。年賀状は、旅立つ前に書かれたものである。

◆積小為大とは
 
さて、積小為大とは二宮尊徳翁の言葉で、この意味は、「小さい事が積み重なって、大きな事を成すことであり、従って、大きな事を成し遂げようと思うなら、小さい事をおろそかにしてはいけない」という説きである。

N氏の成し遂げて来た生き方、実績はまさにこの言葉に等しい。例えば仕事では、「海外との新たな、取引は英文によることになる。だから、不得手な英語であったが必死で、勉強した。いまでは、英文でのやりとりでトラブルもない。特技の木彫りの仏像も、75才からはじめ、基礎からしっかりと学び、コツコツと何日も彫り込んだ制作作品である。また、1,350枚に及ぶ般若心経の写経も毎朝、一枚ずつき書き上げた蓄積である。

今年91才。N氏の今年の新たに目指す事は何であったのだろうか。ここまでの、学びと偉業の継続だろうか、はてまた、新たな想い、目標を掲げてのスタートなのであろうか。旅立ちは、師走のある日、用事でお出かけし、帰宅した玄関で、そのまま旅立ったN氏。一週間前に共に学び合う場で語り合った筆者である。まさにPPK(ピンピンコロリ)の旅立ちである。「100までは……」と我らも思い巡らしはあるにせよ、見事な人生であったと賞賛し感謝でお送りした。
 
それは、N氏の頼られ、お役立てができる現役の活躍で関わる人を鼓舞する人生であったと感服の至りであるからだ。そこには、積小為大の実践力の証を魅せて頂いた。

◆生涯現役で活躍する決め手を持つ
 
N氏に類した生き方の実現に向けてるの筆者の指導テーマに「人生100年時代、いかに生涯現役で活躍する自身を育て上げるか」がある。「現役」とは、「人のお役に立てる決め手を持ち、人から頼られる存在感のある人物として、生涯にわたって活躍できる人、そしてそれを楽しめる人」と意味づけている。ならば、生涯現役の人のお役に立たれる決め手はどういうことか、それには二つの軸がある。

①ひとつは専門力。これには、専門知識(広く、深く、新鮮、論理的)、技術(匠の技、熟練度、多能性、独自性、応用性)、新規を生み出す開発力(経験を生かした改善・改革、創造性、破壊と創造、挑戦と継続による結実)という要素がある。 
さらに仕事以外の特技も加わって来る。いわば、「自身の売りは何か」と問われたときに、「これだ!」とアピールできるお役立ての糧である。

②もうひとつは人間力。専門力を生かす機会を生み出すパワーであり、これには、人間味(感受性、包容力、謙虚さ、人望)、協力をとりつける掌握力(信頼性、適切な評価、感謝心)、指導力(是々非々の育成・感化力)、人徳(利他の施し、言行一致の実践、倫理的実践観)という要素が並ぶ。
 
とすれば、周囲をみても、このふたつの軸を持った人は多い。いわば「あのような人になりたい」との憧れの人であり、「あの人に頼みたい、訊きたい」という現在でも、将来にわたっても頼られる人として、存在感をもたれる人である。

◆決め手は一隅の花でも良い
 
しかしながら、その存在は、必ずしも周りを驚かす、凄いものでなく「一隅の花」でもよい。それは派手さや、表舞台に立たずとも、陰の立場で、さりげなく貢献できる一目おかれるような人を形容している。筆者もその一人である。敢えて表現すれば、野に咲く花として、市井に咲いている花々にエネルギーを届け、置かれた場所で咲きほこれるようにお役立てするサポターと称しているからだ。

それは、研修講師として50年、のべ6000日にも及ぶ研修実践の日々、受講生に寄り添い、現場、現実、現人(個々人)の指導、支援を第一義としての実践指導を進めてきた賜である。まだまだ、小さな花であり、実りの味も不十分であるが、筆者なりの積小為大の誇りある現役である。

◆現在の活躍舞台でを生涯現役の決め手を創リ、磨く
 
さて、自分の決め手を持ち、存在感を表わすには、一朝一夕にはできることではない。それには、職業人生に就いた新人の時代から将来を見据えて、自分の担当職務を最高活用する事である。活躍舞台は新人時代、リーダー、ベテラン社員と変わって行くが、この舞台での職務の期待に応えた活躍が、決め手としての無形の財産を蓄え、磨きを掛けていく絶好の機会として生かす事である。

だからこそ、挑戦とか、難解、初だからこそ楽しむとの言葉が発し、より高い専門力をものする気概が生きる。ならば、職業人生の各々の舞台での存在感を示し、決め手づくりの取り組みは如何様か。それは、

◎新人の時は、決め手づくりの基本を学び、職場に新風を吹き込む存在
◎中堅の時は、守・破・離の破、基本に改革を加えて新を産み出し、離の独自の究明
◎リーダー時は、人を生かした実績づくりの責任感と指導力に磨きをかける
◎ベテラン時は、信頼感を高め、頼りがいのある人としての存在感を高め、専門力にも磨きをかけ、後身にそれを継承していく
である。

が、これからの職業人生のあり方は一様ではない。もはや一社で定年まで勤めあげるという時代ではないとの考えもある。さらに、組織の一員としてチームに貢献するメンバーシップ型の勤務形態だけでなく、専門力を生かして複数の雇用関係を結んで勤務するジョブ型人財としての勤務形態もある。そして、副業の推奨も出始めているのが昨今の実態である。

従って、各自にとっては、幾種の選択条件を組み合わせてハイブリッド(複合)型の勤務形態も進んで来よう。いずれにせよ、今後、職業人生は過去のパターンにとらわれていると、時代から取り残されることにもなりかねない。

いずれにしても職業人生の活躍舞台を最大に活用し、将来に向けての決め手人間としての「稼げる能力」を育て上げねばならない。そして、人生100年時代の存在感によるお役立てに着目すれば、やがて企業では定年になるが、

◎ここからの活躍舞台は、自由に選択できる。具体的には、活躍する舞台、その条件、働き方を自分で決定する。そこでものを言う決め手は、それまでの職業人生で蓄えた専門力であり、個人的に培った特技である。勿論 起業を成す事もある。さらに、
◎活躍舞台は、社会活動もあり、NPO活動、ボランティア活動、また、人望により地域活動や組織団体における役員としての存在感も楽しめる。

◆お役だてできる機会は、人物的影響力
 
だからこそ、決め手を持つ条件の人間力に考察を加えれば、「この人に頼もう」との寄ってこさせる好感度高い人物的影響力が無ければそれは、宝の持ち腐れに他ならない。ならばどうする。その、元は謝念を持ったコミュニケーション力を磨く事である。それは、感謝の心なき人、慢心やうぬぼれにより人に尽くすことを忘れているような人は、「あの人に訊こう」「あの人に頼もう」と寄ってこられる事はあるまい。
 
従って、高められた決め手の専門力・特技を持つ人の存在感は、自ずと活躍現場で謝念を持っているからこそ、「あの人に訊こう。頼んでみよう」との関係性が生まれて来るのである。選ばれ、寄ってきて頂き、お役だてできる機会に感謝し、対応する積み重ねが、さらに決め手を磨き、高めた人として選ばれる存在感をより確かなものにしていく。それは、互いに感謝の共有なのだ。キャリアを高める本質はここにある。

◆感謝話法の向上を指導
 
専門力を高める直接指導はできない筆者であるが、謝念を持ち得る人間力を磨き、決め手を生かす上での必要能力、それは感謝話法の効果的実践と説き指導している。

感謝話法とは、お役に立てる機会として、例えば訊かれたとき、頼まれた事への「感謝の心を持って」「感謝の心で話す」、そして相手の話を「感謝の心で聴く」「感謝の心で実践する」、そして、より良き状況が現実化したときの感謝の心を「おかげさまで」と届ける話す力と定義づけている。

例えば、新人が専門力を蓄えるには、ひとりではできない、どうしても先輩からの指導は必要条件。ならば、先輩からの指導には、「お忙しいところ、ご指導いただきありがとうございます」と素直に感謝の心で学び、不確かな点を訊き、失敗時の叱りに対しても「ご指摘頂きありがとうございました」と感謝心で受け止め、そして、変える実践を重ねて進化していく。このような話し方なら、先輩も多忙な時間を割いてでもとの指導意欲を高めてくれる。その先輩の指導時間の配慮分だけ自らの力は向上する現実である。
 
各舞台での具体的な実践策は様々であるが共通項は、次の11ポイントとを極意としてここで提起してみよう。

① 自分の持ち味を積極的に活かせる機会に感謝
 自分の持ち味とは、専門力、特技、才能、知識、技術、人間味
② お役に立てると信じて話す
 まずは、自分が話す事は、お役に立てると信じて話す。
③ 本気で、本心から話す
 話し上手とは、巧みに話すことではなく、お役に立てる機会に感謝し、たとえ、つっかえたり、とつべん訥弁であったとしても、本気で、本心で話せば必ず相手に通じる。
④ 謙虚さ、誠実さをもって話す
 訊いていただける、聴いて頂けることに感謝。「実るほど頭の垂れる稲穂かな」の人間味の豊かさが生きてくる。そこには、言って聞かせる上から目線はない。
⑤ 相手の立場に立って話す
 理解していただくためにも、納得いただけるよう話の筋道を整える。そのコツは、自分が体験したとき感動の話題から掴んだ考えを、相手の理解レベル、立場に落とし込んで伝える。
⑥ 感謝の心をこめて話す
 聴き入れてくれる相手に対して、感謝の心を込めて話す。それは、理解、納得、実践へとお役立ての実効に結びつく。
⑦ 感謝の心で聴く
 自分に寄り添って話してくれている相手の誠意を素直に受け止め、感謝の心で聴く、それは、うなづき、相づちの良き反応を返しての誠意に応える。
⑧ 言いにくいことでも「お役に立てること」は臆せず伝える
言いにくいことでもきちんと伝えていくことも大事。「あのときのひと言のおかげです」という感謝の言葉は、お役立てのもたらす価値の大きさを表している。
⑨「好きです」と当たり前のことでも認め合う、そこに感謝の心が広がる
 人を好きになる、人を愛する気持ちが感謝の心を育む。だから「ありがとう」「おかげさま」の言葉が笑顔で交わされる。部下、同僚、お取引様、夫婦、家族関係であっても当たり前の行為に感謝。
⑩ 感謝の報告には感謝で返す
 話した相手からの実践による感謝の報告は、「お役に立ててうれしい」と素直に喜ぶ。感謝のひと言は、本当にうれしいもの。その体験の重なりが人格を豊かにする。素直に感謝の心を込めて、「また、どうぞ……・」と笑顔で返す。
⑪ おかげさまの心を自然に出せるように心がける
 
感謝話法の極意は「ありがとうございます」に集約される。それは「おかげさま」の心を、いつでも、どこでも、誰に対しても自然に届けることにほかならない。
以上である。いかがであろうか。既に習慣化されている人も多いであろう。

人生100年時代、どんな舞台でも「自身の活躍が生きている」でなければ寂しい事である。特にお役だてできる専門力を持ち得る自身でありながら、お役立ての機会を創り、生かすことをせずでは、自身を粗末にする。何歳になっても寄ってきてくれる人がいて、「ありがとう」「おかげ様」との生涯現役として充実した人生を謳歌しよう。 年初の想いはどんなことであっただろうか。すでに実現に向けての活躍はスタートしていることであろう。

”大事をなさんと欲して、小事を怠り、其の成り難きを憂いて、成り易きを務めざるもの、小人の常なり。夫れ小を積めば、即ち大となる。万石の粟は即ち一粒の積。……”(大きな事で成し遂げたいと思っていても、小さなことをさぼり、なかなか成功できないと憂いて、できることをやらない人が思慮の浅い人間のパターンである。小さいことを積み重ねて行けば、大きな事になる。万石の米は、一粒の米が集まったものだ)と、報徳記では記されている。

再確認し、指導現場での小さなことの最高実践を約し,N氏へ感謝の合掌とする。

 

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澤田 良雄

東京生まれ。中央大学卒業。現セイコーインスツルメンツ㈱に勤務。製造ライン、社員教育、総務マネージャーを歴任後、㈱井浦コミュニケーションセンター専 務理事を経て、ビジネス教育の(株)HOPEを設立。現在、企業教育コンサルタントとして、各企業、官公庁、行政、団体で社員研修講師として広く活躍。指導 キャリアを活かした独自開発の実践的、具体的、効果重視の講義、トレーニング法にて、情熱あふれる温かみと厳しさを兼ね備えた指導力が定評。
http://www.hope-s.com/