【特別リポート】
「令和4年 春の九段界隈のできごと」
日比恆明氏(弁理士)
2年前から続くコロナ騒動では、昨年9月に第5波の山が通過し、10月から12月にかけては1日の感染者数(全国)が2、3百人以下となりました。6月、7月にかけて全国で大規模なワクチンの接種が完了したため、その成果ではないかとひとまず安心しておりました。
しかし、正月三が日が過ぎた本年1月5日から感染者数が急激に増加し、1日に3万人、5万人となり、ついに2月5日になると10万人を越してしまいました(NHKの発表によるが厚生労働省は9万9千人と発表していて、各社によって微妙に数値が違う)。この日が新型のオミクロン株による第6波のピークで、それからは感染者は徐々に減少したのでホッとしていました。
だが、3月26日から患者数が増加する傾向になり、新たなコロナ新異株が発生したのか、規制緩和により外出する人数が増えたのが原因ではないかと言われています。今後は4回目のブースター接種をするか、再度の緊急事態宣言をして外出を控えさせることになりそうです。
写真1
そんなこんなで、コロナ騒動が続いていたと思ったら、2月24日に突然ロシアがウクライナに侵攻を開始し、戦闘状態となりました。1ヵ月を経過した現在も続いて居ます。第2次大戦後70年間のヨーロッパでは、ハンガリー動乱などの小さな混乱はありましたが大きな戦闘はありませんでした。歴史の上でこれほど長い間平和が続いた時期は無かったでしょう。
では、何故戦争が始まるかと言えば、単純に「領土」の問題だからです。領土は耕作地であり、食料の供給源であることから、人間の生存に直接かかわってきます。生きていくために領土が欲しい、というのは人類が始まってから数万年の間変わらない理論です。政治家、宗教家がいくら「平和」を唱えていても、生き残るためには戦争が発生してしまうのです。二国間の戦争は暫くは続くかもしれませんが、生き残るためにはどちらも譲れないでしょう。
ロシア、ウクライナの戦争が始まってから変わったことは、テレビのニュース番組の編成です。2月まではニュースの最初に取り上げられたのはコロナ関係でしたが、その後は戦争関係のニュースが真先に報道されるようになり、順位が逆転しました。世間の関心事はウイルスよりも戦争に向けられたようです。
また、3月初めにはウイルスソフト(コロナのウイルスではない)が添付された電子メールが続々と到着するようになりました。巧妙なメールで、アドレスは未知であるが発信者名は知人や取引先であり、文章は過去に通信した内容に似ているものでした。セキュリティーソフトもすり抜けるので、うっかり添付ソフトを開いてしまうところでした。ロシア国内のハッカー集団が、ウクライナ侵攻に歩調を合わせて発信したのではないかと思われます。ネット利用者の通信を妨害することで社会を混乱させようとしたのかもしれませんが、発信元は不明です。
今年の東京の開花宣言は3月20日になり、昨年より6日遅いものでした。満開は27日となり、この日私は九段界隈に出掛けました。この日は曇りの天候で、どんよりとした白い空を背景に桜花を撮影すると、淡いピンクの桜が空の色に溶け込むようで余り良い出来ばえではありません。春の陽気とはいえず、一日中寒いものでしたが、それでも靖国神社、千鳥ケ淵あたりをさまよって花見をしてきました。
靖国神社の大鳥居の前には、珍しく山桜が咲いていました。紅色をした山桜の花びらは染井吉野の花びらに比べて目立つため、道行く人達が撮影をしていました。私の知るかぎりでは、靖国神社の境内にある山桜はここと遊就館の脇の2箇所だけと思います。
写真2
東京の開花宣言をするために境内には桜の標準木が植えられており、いつものことですがここで撮影をする人だかりがありました。しかし、今年は例年とは少し様子が変わっていて、標準木の周りに固定してある立入り防止柵の手前に仮設の柵が設置されていました。つまり、標準木の根元を踏み荒らされ、土が固くなるのを防ぐために防止柵が設置されていますが、その外側にさらに仮設の柵が配置されていました。昨年の同じ場所を撮影した写真3と比べるとよく分かるでしょう。
写真3
このように今年は標準木を二重に保護していのですが、これは大阪で発生した事件と関係しているのです。気象庁が桜の開花を決める標準木は全国に58ヵ所あり、その殆どは各地の気象台構内にあります。しかし、大阪では大阪城公園の中にある桜が標準木として選定されています。この標準木の枝が3月21日に何者かにより折られてしまいました。このような事件が東京でも発生するのは困ります。このため、神社では、人が標準木に接近しないように二重の障壁を配置したのです。
写真4
コロナ感染を防止するため、去年に引き続き中央区によるさくら祭り、露店の営業は中止されました。例年、能楽堂では各種の奉納演芸が行われているのですが、昨年は一切中止となりました。今年も中止となるはずでしたが、なぜか相撲甚句だけは開催されてました。例年4月に土俵場で開催される奉納相撲が中止となっていて、その代替えとして認められたのかもしれません。
写真5
参道の脇にはやはり仮設の立入り防止柵が設置されていました。昨年は無かったのですが、今年は花見客を締め出すために厳重な防止柵を設置したのでしょう。参道脇にある外苑は整備され、現在は石畳と芝が貼られていますが以前は何もない地面でした。20年以上前の花見では、この地面の上にブルーシートを張り、酒盛りが行われていました。
当時は戦友会も盛んな時期であったので、老人達による宴会をあちこちで見かけることができました。今回はコロナ騒ぎにより外苑での飲酒が禁止されましたが、もしかすると、今後は外苑での酒盛りは継続して禁止になるかもしれません。桜の木の下での宴会は昭和の風景としては懐かしいかもしれませんが、これからはそんな光景はみかけられなくなるでしょう。神社は戦死者を祀るのが目的であり、酒盛りするための施設ではないからです。昔からの慣習を懐かしがってもしょうがありません。これからは靖国神社も大きく変わっていくことでしょう。
写真6
千鳥ケ淵では多数のボートが浮かび、観桜客が乗船していました。千鳥ケ淵公園は国有地のため露店が出ることもなく、ボート遊びしか楽しみがありません。27日は満開の日であり、散り初めではありませんでした。このため、水面には桜花が浮かんでおらず、いわゆる花筏がない光景でした。
この光景はお馴染みのアングルで、雑誌やテレビニュースなどでは同じ画角で撮影されています。千鳥ケ淵は結構広いのですが、撮影に適した場所は数カ所に留まっています。毎年、同じ方向、同じ画面の写真が雑誌に掲載されています。それにしても水面に浮かぶボートの数が多いような感じを受けました。
写真7
写真8
今年のボート乗り場で乗船を待っているいる行列が写真7です。昨年の行列風景は写真8となります。昨年に比べ乗船を待っている人数がはるかに増えています。コロナの感染が無かった2019年以前の花見の時期では、乗船に1時間待ち、2時間待ちが常識でした。それが、昨年は10分待ち、今年は30分待ち程度で乗船できるようになってしまいました。
今年、千鳥ケ淵公園の遊歩道を撮影したのが写真9で、ほぼ同じ場所で2021年に撮影したのが写真10で、2020年に撮影したのが写真11です。同一時刻同一場所ではないため、厳密には決められませんが観桜客が増えているようです。コロナが発生して注意喚起が発令された2020年では、コロナの感染がどのようなもので、発病するとどのようなことになるか知識が薄かったので、皆様おっかなびっくりで外出を控えていたのでしょう。
翌年の2021年になると知識も増え、日本国内での感染者は海外に比べて少ないので感染する恐れは薄いのでは、という感覚になったのでしょうか。今年になると、ワクチン接種も3回行ったし、新異株のオミクロン株は感染しても重症化する確率は小さい、という先入観ができあがったでのしょう。
まだ、コロナウイルスは全国で蔓延しているので、外出は控えるべきではないか、と思います。これから更に新型のコロナの新異株が発生するかもしれず、第7波の可能性も極めて大きいのです。用心することに越したことはありません。
写真9
写真10
写真11
写真12
この日、サリーをまとったインド女性が桜をバックに撮影していました。どうも、新調したサリーを記念に撮影しようと数名で集まったようでした。千鳥ケ淵公園の反対側にはインド大使館があるため、そこの関係者ではないかと思われます。毎年、さくらまつりの際には、インド大使館は一般客に開放され、交流イベントや飲食物が提供されていました。コロナ禍のため恒例のイベントは全て中止され、大使館の門扉は閉まっていました。
写真13
千鳥ケ淵公園の入口付近では、ハーモニカとピアニカを演奏する夫婦らしき二人がいました。童謡などの曲を演奏していましたが、ベンチなどの休息する設備がないためか、足を止めて聞きいる人は少ないようでした。
写真14
さて、昨年に引き続き都内の桜の名所では、宴会や飲酒を禁止しています。上野公園では道路を一方通行にし、宴会できないような対策を施しています。三密を避けてコロナに感染するのを防ぐためです。靖国神社、千鳥ケ淵公園でも宴会、飲酒は禁止されており、警備員が巡回していました。飲酒しているのが見つかると、警備員から退去するよう要請されていました。
ただ、同じ千代田区にありながら、市ヶ谷駅から飯田橋駅の間で、中央線と並列した外濠公園では警備が薄いようです。このため、飲酒を伴った宴会を開催する不届き者も見かけられました。写真14にあるグループは朝から飲酒していたようで、飲み干したビールの空き缶が並べられていました。
しかし、飲酒しているグループは極く少数で、私が確認できたのは2組だけでした。多くの観桜客はお行儀が良く、飲酒することなく静かに観賞されていました。