増田辰弘が訪ねる【清話会会員企業インタビュー】第6回
小型歯車加工機1本に特化した特異な工作機械メーカー—-北井産業㈱
― 誰よりも、どこよりも人に愛される会社づくりを深く追求する -
【会社紹介】
北井産業株式会社
- 創業: 1936年3月
- 代表者: 代表取締役社長 北井正之
- 事業内容: 小型ホブ盤、歯車加工関連機器の製造及び販売
- 従業員数: 23名
- 資本金: 3,500万円
北井正之社長
- 工作機械業界の鳥羽一郎
鳥羽一郎という演歌歌手がいる。この歌手のデビュー曲「兄弟船」から「男の港」「下北漁港」などの男歌、それもほとんどが漁師歌、マドロス歌一本やりなのだ。彼の歌は五木ひろしの歌の幅の広さやとうまさには及ばない。吉幾三のユーモアに富む楽しいスピーチにも及ばない。しかし、鳥羽一郎は独特の味を出して漁師歌、マドロス歌一本で長くファンを獲得し多くのヒット曲を出して来た。知る人ぞ知る歌手である。
北井産業㈱(本社・埼玉県白岡市、北井正之社長)は歌手で言えばまさにこの鳥羽一郎に当たる。歯車を作る小型歯車加工機のホブ盤一筋である。このホブ盤には大型(6モジュール以上)、中型(4~5モジュール)、小型(0.1~2.0モジュール)とあり、同社は小型のホブ盤一筋である。
この小型ホブ盤の工作機械メーカーは、同社と上場企業(スタンダード市場)のH社の2社のみである。この会社はほかの事業も行っているので小型ホブ盤のみは同社だけになる。まさに鳥羽一郎が真っ青になるほどの一本やりなのである。小型歯車加工機のホブ盤は特殊な工作機械であるからそれなりの特性があり、大手企業はともかく中堅・中小企業に至っては、うちは北井系、うちはH社系とこれも独特の市場構造となっている。
G-BOX(歯車種類の説明教材)
歯車は多くの製品に使われている。世の中で動いているものすべてに使われていると言って良い。カメラ、パソコン、ミシン、モーター、ロボット、各種自動車部品、電動工具など本当に何にでも使われている。
この歯車は、概ね平歯車、はすば歯車、すくばかさ歯車などが挙げられる。そして同社は、これらの歯車を製造する工作機械である4軸CNC万能小型ホブ盤、5軸CNC高速自動小型ホブ盤、5軸CNC強力生産ホブ盤、3軸CNC強力生産ホブ盤、2軸CNC強力生産ホブ盤、2軸CNC高速自動小型ホブ盤などを生産している。
- 良心的な中古品市場対策
これらの機械の価格は大変高くて1台が1500万円から2000万円する。だから工場の生産ラインでどんどん作るやり方ではない。ユーザーから注文を受ける受注生産のかたちで月に2~3台、年間30台くらい販売している。
これらの機械は同社が製造するため大変丈夫で20年、30年とかなりもつため今年は売上げが伸びて良かったということにはならない。ユーザーが限られているため次の年には売上が急激に落ちて来る。H社はほかの事業もやっているが、同社はこれ1本であるからこのアップダウン対策はまさに経営の死活問題である。
そして高価な製品なのに前金制度がない。注文があれば自社の負担で部品を購入し数ヶ月もかけて製品を製造しなければならない。ここ何十年もこのホブ盤に新規参入が現れないのはこの仕事が商売としてやりにくいと思われていることなのかも知れない。
その上にもうひとつの問題は製品の中古品市場への流通である。高価な製品なので中古品で間に合わせようとする動きは当然出て来る。ただ故障が起きたら当然同社に依頼が来る。
しかし、購入もしていない製品の故障の面倒を見るわけにはいかない。そこで同社の製品はまず購入先企業に登録をしていただくことにしている。中古品の故障の依頼が来たらまず顧客の登録をしていただく、多少の登録料はいただいているが、正規購入している顧客と同等の修理対応をするのであるから非常に良心的である。
私が、北井社長に「中古製品のお客さんにはほかにはどこも修理できないのでもう少しいただいてもよいのではないですか」と尋ねると、「うちしか直せないからそんなにはいただけないのです。それに修理や相談を重ねていくと次の新製品の購入に繋がるケースもあるのです」との答えが返って来た。
機械製造現場
- カスタマーサービスが売上げの30%
製品が売れたり、売れなくなったりする販売の需給のアップダウン対策で同社が取っている対策が2つある。ひとつは海外への販売であり、もうひとつはカスタマーサービスの充実である。海外への販売は中国、韓国、台湾、東南アジア、米国などこれまでに30ヶ国に製品を販売している。
特に、中国には強い。これは同社が独自の販売体制を敷いているからだ。現地にいて中国ビジネスに精通した日本人を雇い、広東省珠海市に現地連絡事務所を置いている。もちろんこの社員には給料(固定給)を支払い、後は製品の売上に応じた歩合制度にしている。だから売上が上がるほどこの社員の給料は高くなる。また製品をいくらで売るのかも基本的には彼に任せてあり、まさに中国式販売システムを導入している。
この方式が良かったのと中国の巨大なマーケットは多くの販売実績を上げる。これまで1年で20台も売り上げる年もあった。日本市場でのアップダウンをうまくカバーしてくれている。
ただ、中国での支払いの仕方は大きく異なる。まず注文が来た段階で前金を定価の30%をいただく、そして製品が完成し納入の前に残金の70%をいただくやり方である。これだと100%取りっぱくれがなくなる。中国のほか海外での販売はこのやり方で販売して来ている。なお、中国以外の国は日系の工作機械の専門商社に販売の代理店をして貰っている。ただ、台湾だけは熱心なローカルの商社があり、ここにお願いしている。
次にカスタマーサービスであるが、現場型の設計人材を5人程育成し、購入前、購入時、購入後何時でも顧客に寄り添い要請に応える体制を整えている。なかには新製品の購入時にメインの機械を30%も変更させて納入するケースもある。このカスタマーサービスは会社の技術力のアップにもなり、2年に1回行う製品のマイナーチェンジにも大変役に立っている。そして何よりも大きいのはこのカスタマーサービスが売上げの30%を占めるまでになったことである。
- リーマンショックの教訓
同社の経営の分岐点となった出来事がある。それは2008年のリーマンショックである。ただでさえアップダウンが激しい製品なので、この時の売上高のダウンはすごかった。前年対比の70%減とこの小さな会社に激震が走った。
ともかく、新製品が売れないばかりでなく修理の依頼も激減する。当時の日本企業はこの未曽有の危機を乗り切るために固定費を圧縮する、現金を出さなくすることを徹底していた。少々な故障ならだましだまし機械を使い出したのだ。
やむをえず40人程いた社員を半数以下にするつらいリストラを行った。北井社長は今でも時々この時のことを夢に見るそうである。最悪の事態では倒産までを覚悟したこの時に思いついたのが、会社の原点である経営理念を新しく創り直すことである。
北井産業㈱は、1936年現社長の祖父 北井清太郎氏が奥さんの弟さんと東京都北区で創業した会社である。今一度この源流を探った。そしてこのことが結果としてその後の会社のリスク管理にもなった。
その経営理念は、1.ゆとりある豊かな暮らしを創造する製品作りを通じて、社会の発展に寄与すること、2.会社を発展・永続することにより、社会的責任を全うし、関係するすべての人々を幸せにすること、3.会社員が企業活動を通じて、誠実で、誰からも愛され、信頼される人間形成を行い、明るい社会作りに貢献すること、である。
この経営理念には、当時の北井社長の悩み、苦しみ、辛さが滲み出ている。そしてこの時から主力の4軸CNC万能小型ホブ盤などの主力の小型ホブ盤のほかに自動ホブすくい面研削盤や両歯かみあい試験機などの補助製品、関連製品の開発や販売に力を更に入れることになる。
また、先に述べた海外への販路拡大やカスタマーサービスに本格的に取り組んだのもこの時からである。北井社長は、「リーマンショックはもう二度と体験したくない程大変つらい体験でありました。しかし、これほど経営的に物事を教えていただいた体験もありません」と語る。
加工歯車サンプル
- 課題となる技術と技能の伝承
北井産業㈱が現在、抱えている課題で技術、技能の伝承の問題がある。その最大のものがきさげ加工作業である。一般にはあまり聞き慣れないこのきさげ加工作業は高精度な工作機械を製造するにあたって、絶対に欠かすことのできない作業である。
きさげ加工は機械加工ではできず、手仕上げ加工のみによる。このことで製品を超高精度で超寿命な摺動面に創り上げる。どれだけ小型歯車加工機製造における機械加工の精度が向上しても、特に重要なこの部分は人によるきさげ加工が必要になる。これは今後とも変わらない。
きさげ加工は、ノミのような工具を使い、金属の表面上にわずかなくぼみを付けつつ出っ張りを削り取る「匠の技」である。誰にでもすいすいとこなせるものではなく長年をかけて積み重ねて向上させる技術である。現在、同社でこのきさげ作業を中心となって担当する社員の年齢が75歳の熟練工なのだ。
きさげ加工とは、金属加工の一種であり、工作機械のベッドのような滑り移動を行う金属平面の摩擦抵抗を減らす目的で製品の製造時の仕上げ時の大事な工程である。これをまだ元気そのものとはいえ齢75歳の熟練工がコア部分を担当している多少の不安はある。
もうひとつが小型歯車加工機の組立のエンジニアである。この方は元社員の方で同じく75歳であるが現場の組立作業で分からない事態、困難な事態が発生した時に非常勤社員として出動を願っている。私が取材していた時も出勤されていた。
同社の多くの現場の仕事は、長年時間をかけて技術、技能を磨き上げる仕事だが、このこと自体が今の若者にはあまり向かないように思える。日本社会自体に「匠の技」にあこがれる風土もあまりない。これからは若手社員が取り組みやすい匠の育成へと工夫が必要と感じる。北井産業㈱の技術と技能の伝承への今後の取組みが楽しみである。
★会社のある街の景色 ― 白岡駅周辺の街を活性化させる2つの店
北井産業㈱の最寄り駅であるJR宇都宮線・白岡駅の周辺は目立った商店や飲食店がない。人口5万人規模の街なら、駅周辺に蕎麦屋や喫茶店、本屋など少しは時間をつぶす店があってもおかしくないが、ここの駅はよく探さないとなかなか見つけられない。おまけに路線バスも少ない。
この街の市民の方は病院や図書館にどうやって通うのであろうかとふと思って、タクシーの運転手さんに聞いてみたら、マイカー、自転車、そしてタクシーだそうである。そう言えば駅周辺にやたらと駐輪場が多い。なかには千台規模の壮大な駐輪場もある。おそらく街づくりをあまり考えないうちに街の規模だけが大きくなってしまったのであろう。
しかし、この白岡駅から少し歩くと2つ、目を見張る店があった。これらの店を紹介することにより白岡市の今後の街づくりに少しは役立てたい。
ひとつは、居酒屋の「よりどころ 魚真」である。2020年の12月の創業でお魚が新鮮でその種類が多いのとお酒、焼酎、外国ビールなどアルコールの種類が大変豊富である。それも久保田、越乃寒梅、いいちこ等有名なブランド品はでなく、通が好む知る人ぞ知るブランドものである。我々はランチで刺身定食をいただいたがこれも大変美味しかった。
もうひとつは、喫茶店の「Inner Beauty Cafe Darm」である。こちらは2021年6月の創業である。この店は大変失礼な言い方だがとても白岡市には似つかわしくないほど洒落たモダンな店で、青山か原宿で店に入った感がある。若いご夫婦で経営しており、コーヒ―の種類も豊富で、味も極上である。もちろんランチもやっている。
こう見ると新しい店が白岡という街を変え出したように見える。当日はこの2つの店の応援を北井社長にお願いして、白岡の街を後にした。
増田辰弘(ますだ・たつひろ)
『先見経済』特別編集委員
1947年島根県出身。法政大学法学部卒業後、神奈川県庁で中小企業のアジア進出の支援業務を行う。産能大学経営学部教授、法政大学大学院客員教授、法政大学経営革新フォーラム事務局長、東海学園大学大学院非常勤講師等を経てアジアビジネス探索者として活躍。第1次アジア投資ブーム以降、現在までの30年間で取材企業数は1,600社超。都内で経営者向け「アジアビジネス探索セミナー」を開催。著書多数。