酒造所訪問 特別レポート (訪問:2022年11月5日、清話会 代表取締役:佐々木俊弥)
伊勢屋酒造訪問記
~日本製のハーブリキュール〝SCARLET〟を展開~
日本のウィスキーやワインは今や世界でとても好評だが、バーでカクテルをつくる際に欠かせないリキュールは日本ではほとんど造られていない。昨年11月に日本で唯一のハーブリキュールを発表し注目を集める伊勢屋酒造を訪問、元永達也代表に酒造の現場とハーブの畑を案内いただきながら、リキュール造りをスタートさせるに至るまでの想いと経緯をうかがった。
新橋の洋酒バーで〝SCARLET〟に出会う
日本のウィスキーやワインは今や世界の品評会で優勝、入賞するなど評価が高く、取引にも高値がつくなど人気を博している。その流れを受けて、ジンやウォッカなどの蒸留酒も日本各
地で次々と発売されている。
ところで、洋酒バーでカクテルを注文するとき、バーテンダーが必要とするのはジンやウォッカ、ラム酒等の蒸留酒に加えて、カシス、アマレット、カンパリ、チンザノ、ドランブイなどのリキュールである。日本のリキュールで代表的なものは梅酒だが、カクテルづくりに必要な右記のようなリキュールで日本製のものはほとんどない。
ちなみにリキュールとは、「蒸留酒に果物やハーブなどの副原料を入れて味や香りを移し、そこに砂糖やシロップなどを加えて作るお酒のこと」で、「おもにフルーツ系、薬草系、ナッツ
系、そのほかの4つに分けられ」る(サイト「macaroni」より)。
サントリーのホームページによると、リキュールの発明者は古代ギリシャの医聖ヒポクラテス(BC.460頃~BC.375頃)だといわれ、ヒポクラテスは薬草をワインに溶かし込
んで、一種の水薬をつくり出し、これが起源とされているそうだ。
筆者は今年夏、新橋でたまに寄るバーでバーテンダーと雑談の折、「日本製のハーブリキュールってないですよね」と話したところ、「こういうのがありますよ」と出してくれたのが、〝SCARLET〟のグリーンボトルだった。イタリアのアマーロという薬草酒を、神奈川県相模原市で造っているという。
早速、この〝SCARLET〟を使って、幾種類かのカクテルをつくってもらった。薬草独特の苦みが立つなかで、蒸留酒の風味と柑橘のさわやかな香りが相まって、それぞれ見事なカクテルに仕上がっていた。
筆者は無性に、このリキュールを造っている伊勢屋酒造に行きたくなった。翌日、早速、連絡をしたところ、代表の元永達也氏から「ぜひお出で下さい」との返事をいただいた。9月後
半に日程をいただいたが、台風による風雨で訪問を延期、元永氏は10月にベルリンで展示会に出品し欧州のリキュール酒造所を訪問予定だったため、11月5日に改めての訪問となった。
SCARLET
欧州を周遊、薬草リキュール見直しの風潮を経て自ら造り手に
元永達也氏は、もともとバーテンダーとしてキャリアをスタートさせている。渋谷や新宿、台湾や中国のバーに勤務した後、ヨーロッパを周遊、蒸留所を始め70ヶ所ほどを見学した。
「ヨーロッパでは色々回りましたが、特にフランスやスイスなどで田舎のほうに行きました。田舎には素朴に、うちの規模の1・5倍くらいで数百年もやっているようなリキュールの酒造
所がけっこうあるのです」(元永氏)。
その土地の風土を活かしたお酒造り、また農業のあり方に感銘を受け、「ヨーロッパでは文化の中にリキュールが溶け込んでいること」を実感した。元永氏は、ハーブリキュールを造るに至った経緯を次のように語る。
「薬草酒はもともと薬で、嗜好品化したのは産業革命後と言われています。それまではワインに薬草を入れて飲んだりしていました(今でいうベルモット)。
薬草リキュールは、ヨーロッパではポピュラーです。日本でも養命酒が代表ですが色々とあります。ただ、養命酒をもっと嗜好品化したものが日本にはないのです。
2004年、05年くらいまでは、年配の方が飲むお酒というイメージでしたが、その頃から、料理人が色々と工夫した食材を使用して料理を作るようになり、バーテンダーもそれに伴って
色々と試すようになりました。欧米のバーテンダーは100年くらい前のお酒のレシピを見つめ直して今風にアレンジしようというムーブメントがあり、それに伴って薬草酒など昔からあ
るお酒が見直されました。
2015年頃にさらに見直しがあり、だんだん流行り始めました。17年頃になると、リキュールを若者が飲むようになりました。最近では甘いもの、苦いもの、味がしっかりしてコンセプトもはっきりしたものを求めがちなところがありますね。
日本の方も敏感なので、そういう流れをキャッチしていくだろう、と思いました。ジンとか、ウィスキーも流行っている。副材料にもメインにもできる。誰もやっていないし、面白そうだ
なという発想がありました」。
現在、伊勢屋酒造は、甲州街道沿いの100年以上の歴史のある古民家を借りて、営業している。もともとは旅籠だったため「伊勢屋」という屋号をそのまま残したいと考えた。建物の
内装は1年半くらいかけて自分たちで行った。
「この場所は、幸いなことにたまたま借りられました。先に場所ありきで始めたからよかった。リキュールを造りたいから、と場所を探し始めたら、なかなか条件に合う場所はそう見つか
らないので、大変なことになっていたと思います」と元永氏は語る。
酒造の免許を取るのに1年半かかった。厳密にはお酒を醸造・蒸留して造っていないのだが、売り先と販売量もある程度決めてからでないと申請を受け付けてくれない。新しいお酒の造り
手には、なかなか高いハードルだ。
ベースとなるお酒はウォッカ。これはバーテンダー時代から付合いのある広島県の㈱サクラオブルワリーアンドディスティラリーから購入している。そこにカルダモン、ターメリック、ア
ザミの種、キャラウェイ、ジャスミン、ネトル(西洋イラクサ)、ブラッドオレンジ等、様々なハーブやスパイスを調合して味をつくっていく。ハーブ類は、近くの自前の畑で収穫したものや他県から購入したものを使っている。
ステンレスのタンクで調合して、ウィスキー樽に入れて寝かせて造る。樽は、各地のウィスキー蒸留所から借りており、薬草酒を寝かせて香りの付いた樽はなかなかないので、その樽でウィスキーを造るとどうなるかが興味深いということで、伊勢屋さんに貸してくれている、ということのようだ。
元永達也氏 ハーブ畑 リキュールは樽で貯蔵している リキュール造りに使う多くのドライハーブ
〝SCARLET〟と伊勢屋酒造の今後の展開
今後、元永氏は、〝SCARLET〟と伊勢屋酒造をどのように展開させていこうと考えているのか。
「これくらいのこぢんまりとした規模感がいいと思っています。やりたいことは徐々に増やしていけばいい。
欧州では、薬草酒はどこも秘伝のレシピです。どうやったら美味しくなるか、分からないことが多くて、僕はハーブ類をお酒にどんと浸けて造っていますが、そういうところはほとんどありません。他のところは薬草を一つひとつ抽出したものをス古民家を使用した伊勢屋酒造の母屋リキュールは樽で貯蔵しているスピリッツに入れて味付けをして香り付けをして製品になるというふうに単純化されています。
薬草酒を配合して造るというのは面倒くさい。そこで伝統や歴史のある酒造所が大手の会社に買い取られて、効率化されて市場に出ているかたちです。
今は、アマーロとか薬草酒を身近に感じて欲しいと思っています。日本のクラフトのお酒は値段が高く、高いと文化や身近なところに根付きにくいので、そうならないように試行錯誤し
ているところです」。
甲州街道沿いの酒造所の近く、そして車で数分行ったところ、計3ヶ所にオーガニックのハーブ畑を展開している。土地は、近隣の農家が好意で貸してくれているようだ。
よくありがちな、よそ者に冷たいということもなく、3年前に越して来て以来、地元との関係も良好なようだ。相模原市議の方々や地域の方が注目し「相模原市を薬草の街にしましょう」と協力を求められてもいる。
身の丈の規模で始めた伊勢屋酒造だが、今後各界に波及していく影響は小さくはなさそうだ。
古民家を使用した伊勢屋酒造の母屋