武者陵司のストラテジーブレティン vol.71
「日中不動産バブルの比較と中国 Japanification の可能性」
~日本のバブルは帳簿価格の膨張、中国のバブルは投資の膨張~
武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)
中国不動産バブル崩壊は世界経済の最大懸念の一つとなった。日本の不動産バブル崩壊は失 われた 30 年に帰結したが、中国が日本の辿った道を後追いするのか、関心が高まっている。 以下、日中の不動産バブルを比較すると、中国の日本以上の深刻さが浮かび上がる。日本の 場合、政策の誤りによりバブル崩壊 (資産価格の過剰値上がりの是正) のみならず、負のバブ ルの形成(本源的価値以下までの株価、不動産価格の低下)があり、経済へのダメージが増幅 された。他方中国は土地バブルを原資として過剰投資を積み上げたという、日本にはない深 刻さがある。
(1) 日中不動産バブルの規模の検証
中国バブルが日本以上に深刻な現実(FACTS)を 4 点にわたって検証する。
まず第一に、中国において、近年世界が経験したことがない不動産価格の異常な値上がりが 起きたことが指摘される。不動産価格の水準を年間所得との比較で見ると、上海 50 倍、深 圳 43 倍、香港 42 倍、広州 37 倍、北京 36 倍(2023 年 NUMBEO 調べ)と、歴史的高水準に達 している(東京は 12 倍、NY10 倍)。バブル期の東京の同倍率が 15 倍であったことと比較す ると、中国の深刻度は明らかである(図表 1)。また住宅価格を年間家賃との比較で見ても東 京や NY の 25 倍に対して、中国は全国中央値でも 58 倍(2023 年中国不動産協会調べ)と著し く高い。住宅所有が結婚の条件という中国で、若年失業率が 20%超の環境下で、この価格は 異常である。結婚できない若者が続出し社会的不安が高まり、政権はそれを無視できなくな った。「住宅は住むためのものであり、投機の対象ではない」という習主席の言葉は、1990 年頃の日本と同様に、イデオロギーというより、国民の強い不満に対する対応と理解するべ きであろう。
では、不動産バブルのマクロ的規模はどれほどか。日本の土地時価総額は、1980 年(745 兆 円)、1990 年(2,477 兆円)、2005 年(1,252 兆円)、2013 年(1,135 兆円)、2021 年(1,276 兆円) と推移してきた。ピーク時 1990 年の対 GDP 比は 581%であつた(図表 4)。これに対し、 2017 年の中国の住宅時価総額は 430 兆元(Kenneth Rogoff, Yuanchen Yang (2020), “Peak China Housing”)という試算がある。GDP 79 兆元として計算すれば、対 GDP 比は 544%と、 ほぼ日本のバブル時に匹敵することがわかる。
ちなみに FRBによる米国の住宅時価総額(家計保有)はバブルピーク 2007年でも 26 兆ドル(対 GDP比 180%)、2011 年 20 兆ドル(対 GDP 比 129%)、2022 年 45 兆ドル(対 GDP 比 177%)となっており(図表 5)、日本と中国のバブルは やはり桁外れに大きかったことがわかる。
第二に、不動産バブル発生の根本的原因において、中国には日本にはなかった能動的要因がある。日中のバブル原 因には共通点と相違点がある。日中ともに不動産バブルは、ニクソンショック後のドル垂れ流しの国際分業進展の 下で、対米輸出の急増で経常黒字が大きく積みあがったことに端を発する。日本では 1980 年代以降 GDP 比 3~ 4%の経常黒字が積み上がり、中国は北京オリンピックを挟んだ 2006~10 年にかけて、GDP 比 5~10%の巨額黒 字を出し続けた。それは即、国内通貨の過剰供給に繋がり、不動産バブルの形成の原動力になった。また中国では 2015~16 年の金融危機・人民元安危機に対応し資本輸出規制を再導入したため、過剰貯蓄が国内に封鎖され 2016 ~17 年の不動産狂乱を引き起こした。このように対外黒字と過剰通貨発行は日中共通のバブル原因である(図表 7,8)。
日中共通の受動的バブル形成に対して、中国には政策が能動的にバブルを引き起こしたという、大きなバブル形成 の誘因があった。中国国家財政は地方が支出の 85%を担うという構造になっているが、地方の財政収入の 4 割が土 地利用権売却益によってねん出する仕組みとなっている。地方政府は規制・周辺インフラ整備・金融支援込みで魅 力度を高めた土地利用権を売却し巨額の収入を得続けた(図表 9)。その威力は、2008 年のリーマンショック時の世 界経済を助けたといわれた 4 兆元の経済対策や、2015 年のチャイナショック時に発揮された。
こうしたことから第三に、不動産金融において、中国の不動産関連負債は日本に比べて突出したレベルとなってい る。日本の不動産金融はもっぱら銀行部門の過剰融資であった。それに対して中国は地方政府の別動隊であり公共 インフラ整備資金の調達を担う地方融資平台(LGFV)の債務が急拡大してきた。
日本の不動産金融の規模は、1990 年の総量規制の対象となった 3 業種(建設、不動産、ノンバンク)に対する銀行融 資と捉えてよい。3 業種向け貸し付けは 1980 年 33 兆円(総貸出に対する比率 13%)、1985 年 50 兆円(同 18%)、 1990 年 89 兆円(同 22%)、1997 年 115 兆円(同 22%)と急増しバブル形成の主燃料となったが、その GDP に対する 比率は 1985 年 15%、1990 年 19%、1997 年 21%であった(図表 10)。
それに対して中国の場合、融資平台だけで債務総額は 2018 年 35 兆元(対 GDP 比 38%)、2023 年 57 兆元(対 GDP 比 53%)と推移し、IMF の見通しでは、2027 年 102 兆元(対 GDP 比では 60%以上)となっており、日本の比ではな いことが分かる。IMF はこれらを政府の隠れ債務と呼び、それを加えれば中国の政府債務残高は 2027 年には GDP 比 149%と日本に次ぐ高債務国になると予想している(図表 11 日本総研三浦有志氏「中国経済の新たなリスクに浮 上した地方融資平台」より)。
加えて、日本のバブル崩壊時には存在しなかったシャドウバンキング(貸付信託、受託債券、受取手形、 信用状、 収益権等)によるデベロッパー等の資金調達も数十兆元(対 GDP 比 10%以上)存在していると推測される。
また家計債務対 GDP を比較すると、日本のバブル期(1980~1990 年)で 45%から 68%へと 23 ポイントの上昇だっ たのに対して、中国は 2010 年の 26%から 2020 年の 62%まで 36 ポイントと急上昇しており、中国の家計債務の 脆弱性が推測される(図表 12,13)。
第四に、不動産バブルの経済への影響において中国の比重は大きい。バブル関連産業を建設業と不動産業と定義し 両者の産業別 GDP を合計すると、日本の場合 1990 年 GDP 比 21.0%(建設 10.1%、不動産 10.9%)、2021 年同 17.4%(建設 5.5、不動産 11.9%)と推移してきた。それに対して中国は 2016 年 29%(建設+不動産)と推定されている (Kenneth Rogoff, Yuanchen Yang(2020),”Peak China Housing”)。
以上のように検証すると、すでに形成された不動産バブルのスケールは、1980~90 年代にかけての日本のそれよ りははるかに大規模なものであることが分かる。
(2)中国不動産バブル崩壊はまだ序の口
ではバブル崩壊の現状はどうかだが、中国はバブル崩壊の初期、日本の推移と比較すると 1990 年代前半に相当す る、と言えるのではないか。日本の 6 大都市市街地地価指数 32.5(1971)、67.8(1980)、285.3(1991)、68.6(2005)、 67.8(2013)と推移してきた。11 年で 4.2 倍となった後、バブルの高値からは 13 年間で 75%低下し底入れをした。
他方、中国の不動産価格下落は今始まったばかり、当局の公表値は数%の下落に過ぎない(図表 2)。しかし、アリ ババ本社近くの中古物件、21 年終盤の高値から 25%安になったとのメディアの報道がなされており(ブルムバー グ)、仲介業者データではすでに高値から 15~25%下落したと推測されている。むしろ、現在最も大きく変化して いるのは中国の不動産販売の激減である。大手 100 デベロッパーの販売額はピーク 2021 年比 7 割減で推移しまだ 底入れしていない。また家計の住宅ローンも激減している。
ということは、不良債権の発生と処理も今の中国はほんの入り口に過ぎないということである。日経新聞(8 月 31 日)は、中国不動産デベロッパー11 社のバランスシート合計値を発表した(図表 17)。「主要 11 社の 6 月末のバラン スシートは資産総額が約 12 兆 3300 億元(対 GDP 比 10%)に対し、負債総額が約 10 兆 3400 億元。差し引き約 1 兆 9900 億元が資本となっている。総資産のおよそ半分を占める開発用不動産の評価が仮に 32%下がれば、資本不足 で債務超過に転落する計算だ。」しかし、開発用不動産以外の資産もバブル崩壊で評価が大きく下落するだろうこ と、価格下落はこれからが本番、大幅な評価減は不可避であろうこと、を考えれば、ほぼ全社が債務超過に陥るこ とは避けられないのではないか。
日本の場合、全国銀行の不良債権のピークは 2001 年の 43 兆円、累計の銀行処理額は 80 兆円程度、GDP 比 20% 程度に上ったものと推定される。日銀は銀行の不動産処理による損失に対して巨額の量的金融緩和で対応した。損 失処理が進展した 1998 年から 2005 年にかけて、日銀総資産はほぼ 80 兆円増加した(図表 18,19)。これは銀行の 処理額はまるまる日銀信用によって補填され、銀行のバランスシートの収縮は避けられたことを意味する。このよ うに日本の不良債権処理の過程を振り返ると、未だ中国では不良債権の処理すら始まっていない段階と言える。
(3)不動産バブル崩壊がバランスシートリセッションに止まらないのか
中国は固定資本形成の GDP比 40%超という歴史上例のない投資主導経済を 20年にわたって続けてきた(図表 20)。 この投資主導経済の実態はコスト先送りによる需要創造である。投資とは会計的には支出し(=需要を創造し)、コ ストを資産計上によって先送りするという危険な行為である。建設された設備や構築物が有効に活用できないもの であれば、不良資産の山を作り続けることになり、非常に大きなリスクを伴う。共産党主導の地方政府は、そのリ スクに無頓着で、成長競争のみにこだわる投資暴走を続けてきたのだ。2 年余りでアメリカ 100 年分のセメントを 消費したといわれるほどの天文学的投資資産の多くが、価値を生み出す健全資産とは考えられず、潜在的不良資産 が積み上がっていると推測される。
固定資産投資による経済成長を続けてこられた背景には、土地の錬金術があった。地方政府が土地利用権を売り、 その売却代金が地方政府の収益の四割を占めたことで、地方政府は極めて収入が潤沢になった。そうした潤沢な資 金をインフラ投資やハイテク企業への支援に向けることができた。この成長パターンは、バブルが崩壊し、地方政 府による土地利用権売却収入が止まると維持できなくなる。そして、今その崩壊が実際に始まったのである(図表 9)。
投資とは逆に、過去 40 年間に消費対 GDP 比は 53%から 38%へと 15%低下し、消費が投資を下回り続けたことも 異例である(図表 21)。今後予想される投資の落ち込みは消費の増加でカバーするしかないが、バブル崩壊と習近平 政権の奢侈を非難するイデオロギーは、家計の防衛的貯蓄の引き上げに結び付き、一段と経済活力を奪っていくこ とが想定される。短期的困難を、①バブル崩壊の先送り、不良債権の隠ぺい、追い貸しなどの弥縫策、②家計に対 する減税などの消費支援で、糊塗するだろうがその効果は短命であろう。
中国の困難はかつて日本が陥ったバランスシート不況とは異なる。日本の BS 不況は、資産価格下落による金融上 の損失の発生であり、時間をかけてその処理が完遂された。しかし中国の根本問題は、実物資産の作り過ぎ、過剰 住宅・過剰設備・過剰インフラにある。そこからの脱却は実物経済の急収縮をもたらす。深刻な大恐慌型の経済困 難がありえる。
ということは、中国が日本化(Japanification)するかどうか、という問いは甘すぎる。より深刻な将来が待っている ことを念頭に置くべきである。