【特別リポート】
「2023年、渋谷ハロウィンに行ってきました」
日比恆明氏(弁理士)
今年も10月31日が巡ってきて、「ハロウィン」の日となりました。テレビ、新聞などからは、10月中旬頃より長谷川渋谷区長の「ハロウィンのために渋谷に来ないで下さい」と言う声明が流されました。また、渋谷商店街理事長からは「変態仮装行列」という強烈な批評もありました。ハロウィンには参加しないで、というニュースは毎日のようにテレビで流され、渋谷に出掛けること自体が犯罪であるかのような風潮となりました。
しかし、「来るな」と言われると「行きたくなる」のが人間の本性です。私は今年も渋谷に出掛け、街路を徘徊することになりました。
写真1
渋谷の駅を降りてセンター街の入口には、早速「渋谷はハロウィンイベントの会場ではありません」という巨大な垂れ幕が掲げられ、これから雑踏に向かう私を含めた野次馬達をギクっとさせていました。垂れ幕はここばかりでなく、ハチ公像や駅出口の周囲や道玄坂にも掲げられていて、渋谷の街はスローガンで溢れていました。
さて、渋谷区長がハロウィンの日に渋谷に来ようとする人達を阻止しようとしたのは複数の理由が挙げられます。
1、梨泰院(イテウォン)のような事故を発生させない
昨年、韓国の梨泰院ではハロウィンに参加した若者達が転倒し、156人が死亡するという大惨事が発生しました。
渋谷区長や警察関係者は、渋谷で梨泰院と同じ事故が発生することを警戒しているのでしょう。万一事故が発生したら、責任を問われます。実際、韓国ではこの事故の責任を誰が負うのか
で政治問題になっています。
2、外出の規制が緩和された
本年5月になると、コロナウイルス感染症が感染力の弱い5類に分類指定が変更されました。この指定変更により、外出の規制が緩和されました(コロナの感染が弱くなっただけで、
感染しない、ということではない)。このため昨年のハロウィンよりも多くの人出が想定されました。
3、路上での飲酒と騒動
一番困るのは路上で飲酒する若者が騒動を起こすことです。2018年には酔った若者達が軽トラックを転倒させる事件があり、このような暴動が発生すると人身事故になりかねません。
それでなくとも酔っぱらいが路上にたむろするのは迷惑なものです。
写真2
渋谷のハロウィンで死傷者が出たり暴動が発生するのを防止するため、警察は万全の準備をしていたようです。写真2は道玄坂に駐車した警察車両で、この場所以外にも駐車していた警察車両があり、相当な人数の警官を配備したものと思われます。
警官の人数は、新聞発表では数百人としていますが、この人数がどこまで信頼できるのか不明です。昨年のハロウィンでは、「配備した警察官は350人」と公式発表しています。今年の数百人という人数発表には私服警官も含むのか、民間警備会社の警備員も含むのか不明です。もしかしたら、周辺に待機させた警官を含めると1千人になるかもしれません。それだけ、今年のハロウィンには厳重な警戒体制をとっていました。
写真3
写真3は駅前のスクランブル交差点で撮影したもので各警官はメガホンを持ち、歩行者に「立ち止まらないで下さい」「ゆっくり前にお進み下さい」「撮影はご遠慮下さい」と連呼していました。歩行者が一か所に滞留せず、真っ直ぐに歩くように指導していました。群衆は言われた通りに街路をゾロゾロと歩くことになり、ハロウィンではなく「渋谷歩こう会」とか「東京秋の散歩祭」になってしまいました。
公道上では警官による警告がありましたが、路地ではこの日のために雇われた民間警備員が同じように警告していました。どういう訳か民間警備員は坊主頭の若い男性が目立って多く、体育会系の学生を臨時に雇ったのかもしれません
。
写真4
スクランブル交差点で信号が変わると、いきなり「ピー」と警笛が鳴り、テープを持った警官が一列に並んで歩行者を誘導していました。その誘導では、センター街に向かう行列とセンター街から戻る行列とを分離していました。渋谷駅からセンター街に向かうと逆戻りはできず、駅に戻るには反対側の行列に並ばなければならず不便でした。
このような人力による規制をするのであれば、駅周辺の交通を遮断し、仮設のフェンスを設置して誘導路を作ればいいと思うのですが。渋谷駅周辺では公共バスなどが走行しているため、スクランブル交差点を閉鎖することが難しいからではないかと推測されました。
写真5
写真5は渋谷109の二階から眺めた道玄坂の人込みです。一見すると大勢の人達が歩いているように見えますが、ざっと見て昨年の半分以下ではないかと思われました。撮影したのは午後7時7分であり、これから歩行者が増えてきて、9時過ぎにピークを迎えたようです。ピーク時の人出は1.5万人であり、2019年に比べると6割減少、2022年に比べると3割減少しているとのことです(東京新聞発表)。
しかし、警視庁からの公式発表は無く、この数値がどこまで信頼できるのか不明です。何れにせよ、人出が減少したのには驚かされました。渋谷区長が「ハロウィンで渋谷に来ないで下さい」と何度も叫んでいたのが効果したのでしょう。道行く人達は私と同じように、「人出が少ないのでガッカリした」とこぼしていました。
写真6
写真6はセンター街にあるマグドナルド前で午後6時40分頃に撮影したものです。これから人出が多くなるはずですが、7時近くになってもこんな程度の人込みでした。ガラガラではありませんが、例年のハロウィンに比べたら人の流れはスカスカでした。
特徴的なのは、日本人に比べて外国人が際立って多いのです。1割から2割は外国人、それも観光客のようでした。外人観光客が多いのは、観光ガイドやSNSなどで渋谷のハロウィンが大きく取り上げられていたのでしょう。世界的に見ても渋谷のハロウィンは異質なのです。外国でのハロウィンは子供が昼間遊ぶお祭であり、大人のお祭ではないのです。しかし、渋谷では大人が仮装して夜間に遊ぶことがきるのです。
また、今年は日本人の仮装者が激減していました。日本人で仮装している人は、猫耳のカチューシャを被ったり、化粧を濃くしただけのような簡単な仮装ばかりでした。コスプレをしている日本人を見かけることは稀で、見かけたら珍しいのか野次馬が集まってきました。
例年なら、「多額の金をかけて、ここまでよく作ったものだ」と感心するほど出来の良い仮装を見かけることができました。しかし、今年は既製品のハロウィン衣装ばかりでなく、手作りの仮装にもお目にかかれませんでした。日本人が皆おとなしくなってしまったのか、馬鹿騒ぎを嫌ったのかはその理由は不明です。連日のように「渋谷に来ないで下さい」という警告の影響で、仮装して渋谷に出掛けること自体が道徳的に気まずくなったのではないかと推測されます。
とにかく、今年の渋谷ハロウィンは全く盛り上がっていませんでした。
写真7
写真8
写真9
日本人で仮装している人は極端に少ないのですが、仮装しているのはほとんどが外人観光客でした。写真7、写真8、写真9はアメリカ人でした。どうも、観光ガイドには渋谷ハロウィンでは仮装が楽しめる、と案内してあるようです。しかし、凝った仮装は少なく、ほぼ量販店で販売されている既製品の仮装でした。わざわざアメリカから仮装するための衣装を持参してくるとは思われず、来日してから購入したのでしょう。
また、アメリカ人以外の国籍で意外に多かったのはチリからの観光客でした。どのような理由で、地球の反対側のチリから多くの観光客が来日したのかは不明です。
写真10
写真11
仮装している外国人の中で、中国人の数が目立って多いものでした。本格的な仮装ではなく、やはり既製品の衣装でした。仮装している中国人は単独ではなく、集団で行動しているのが特色です。また、日本語が話せない人ばかりでしたので、日本で働いていたり就学している中国人ではなく、観光のために訪日した中国人のようです。
その理由を考えてみると、中国の社会体制にあるのではないか、と思われます。中国では、路上で仮装して馬鹿騒ぎすることが違法であり、警告もなしに拘束される可能性があります。日本であれば、仮装して外出することは自由であり、中国人であっても何ら咎められることはありません。中国人観光客は、来日することで行動の自由さを満喫しているのかと思われます。
写真12
写真12は、ハロウィンではお馴染みのゴジラの着ぐるみを着けたアメリカ人でした。例年、この着ぐるみは日本の学生が仮装する定番なのですが、今年は殆ど見かけませんでした。着ぐるみが暑いのか、顔を出したらこんな風になりました。
写真13
こちらはやはりアメリカ人の女性ですが、ワンピースを着て黒い帽子を被っただけの仮装でした。別に仮装しなくとも、この体型であればどこでも目立つことでしょう。この人はなぜか人気があり、あちこちの路地で撮影されていました。
写真14
写真15
この日見かけた日本人で、凝った仮装をした女性でした。和服に和傘をさしているだけなのですが、目立っていました。和服だけであれば目立つことはないのですが、和傘がキーポイントとなっているようです。和服を着て歩いているだけでは、近所の居酒屋から出てきた仲居さんの姿になってしまいます。和傘をさして周囲から際立てようとしたところが演出の効果なのです。背後から見ると、帯には「万聖節前夜祭 神無月晦日」と刺しゅうしてありました。日本語に翻訳すると「ハロウィン 10月末日」という意味になります。昨夜、徹夜で縫い上げてきたそうです。
写真16
写真17
写真18
さて、渋谷商店街理事長は、渋谷ハロウィンを「変態仮装行列」と揶揄していたため、日本人は恐れをなして仮装しなかったようです。仮装して渋谷を歩くことが道義的に悪いことである、と受け止められからでしょう。お上の言うことには逆らわない、という日本古来の風習なのかもしれません。
そんなこんなで、日本人の仮装が激減したのですが、その反面「渋谷にいる人達」の仮装が目立っていました。それは渋谷にある商店員の仮装です。写真16はカラオケ店、写真17はケバブ店、写真18は量販店で、それぞれ店員が仮装して客引きしていました。
しかし、店員による仮装は渋谷区長、渋谷商店街理事長が警告している内容と間逆になり、「地元の人達は仮装していいが、外部から来る人達は仮装してはいけません」ということになります。渋谷ハロウィンでの仮装の自粛を要請するなら、地元商店での仮装も止めて欲しいものです。
写真19
例年、ハロウィン期間の渋谷には変わった人達が出現します。写真19は「サトシ募集中」と書かれたポスターを下げ、ピカチュウの着ぐるみ着た小柄な男性です。濱田雄馬というゲイで、YouTube やTikTokなどで出没しているようです。
私は今回初めてお見かけしたが、テレビのバラエティー番組にも出演していて、その業界では有名なのだそうです。派手な恰好をした仮装者がハロウィンに現れるのは、知名度を上げるためです。渋谷の街路を歩く多くの通行人に印象付けることで、タレントとしての売り込みを図っているのです。また、偶然にテレビクルーにより撮影されてニュース番組にでも取り上げられたなら、全国的に告知されてなおさら効果が上がります。役者、タレントにとって知名度を向上させることが収入の増加につなげられるため、街頭での露出は営業活動なのです。
奇抜な恰好で自分をメディアに売り込もうとしている彼ら彼女らは、生き残っていくために必死なのです。
写真20
こちらの男性は「ゴミ袋、配付しています」とボードを下げ、ポリ袋を手渡していました。ゴミ持ち帰り運動の主催者でもなく、渋谷区の職員でもなさそうです。政治的な思想もなさそうで、ただポリ袋を手渡ししているだけでした。
どうも、ナンパが目的のようですが、女の子に声をかけるほどの勇気もないため、こんな方法を考えたようです。運良く女の子がポリ袋を貰ってくれたなら、それをキッカケに話し込もうという魂胆のようでした。この日の成果は聞きわすれましたが、一人くらいは彼女を見つけられたのではなかったでしょうか。
写真21
こちらは「渋谷はハロウィンイベントの会場です。自由を奪うな。」と書かれたプラカードを掲げた男性でした。渋谷区の方針に反対するという主張なのでしょうが、単に目立ちたいためだけです。企画は良かったのですが、同調する組織作りができなかったので失敗したのでしょう。50人くらいのグループで同じポスターを掲げ、渋谷の街路を行列したら反響は大きかったのではないでしょうか。来年は事前に準備し、多人数で目立つように反対運動を開催されることを期待しています。
写真22
渋谷ハロウィンでの困り事には、暴走族が公道を走行することがあります。けたたましい爆音を鳴らしながらオートバイ、改造車が走行するのは迷惑なことです。しかし、今年も何台かの改造オートバイを見かけましたが、例年に比べると少ない数でした。写真22は二人乗りしたハーレーで、車体に花びらのような装飾を付け、演歌のような音楽を流しながらユックリと走行していました。ハーレーの持ち主は目立ちたいためか、街路をグルグルと廻っていたので何度も目にすることができました。
写真23
今年の渋谷ハロウィンの人出は例年に比べたら減少していますが、それでも平日に比べたら遙に多い人出です。そのため、渋谷にある飲食店には客の入りが良く、ハロウィンのお陰で潤ったのではないか、と予測しました。しかし、実際は飲食店にそれ程多くの客は入らなかったようです。
写真23は午後8時頃に、井の頭線渋谷駅近くの居酒屋を覗いたものです。センター街とは反対側なのですが、こんな状態でした。この店だけが特に客の入りが悪かったというものでもなく、付近の居酒屋、飲食店も似たようなものでした。渋谷に来た人達は、ただ街路を歩くだけで時間を潰し、居酒屋などには寄らずにそのまま帰宅してしまったようです。ハロウィンによる経済効果はあまり無かったと考えてよいかもしれません。
池袋ハロウィンコスプレフェスとの違い
今年になって私は知ったのですが、池袋では「池袋ハロウィンコスプレフェス」というイベントが毎年開催されているのだそうです。現地に出掛けたことが無いので詳細は不明ですが、池袋駅周辺にある複数の公園を利用し、コスプレした参加者が練り歩くという内容のようです。
今年は11月28日と29日に開催され、14万人が参加したそうです。盛況なようですが、池袋と渋谷では全く性質が違っています。両者の特色を比較すると、次のようになります。
| 渋谷 | 池袋
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参加料 | 無料 | 有料
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開催時刻 | 夜間 | 昼間
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場所 | どの路地でも可 | 指定された通路のみ
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仮装内容 | 比較的緩い | 猥褻なものは不可
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主催者 | なし | 株式会社ドワンゴ
要するに池袋のハロウィンは、秋空の明るい空の下で、絨毯が敷かれた通路をコスプレした参加者が歩くだけ、という極めて健全なイベントなのです。イベントのタイトルには「池袋ハロウィンコスプレフェス」とコスプレの文字がちゃんと入っています。
これに反して、渋谷ハロウィンは、薄暗い街角を何の目的もなく歩き回り、日頃は出会うこともない見知らぬ他人とすれ違うという猥雑さがあります。この猥雑さが若者達を引きつけているのです。もし、社会に猥雑さが無くなったらどうなるでしょうか。刺激の無い退屈な日常となるでしょう。こうして、人々は猥雑さを求めて夜の繁華街に出掛けるのです。
文部省表彰優良少年のような池袋ハロウィンは、表のイベントとしてこのまま継続していけば良いでしょう。人生には明るく健康的な生活が必要なためです。しかし、不良少年のような渋谷ハロウィンも裏のイベントとして継続していく必要があります。刺激のある猥雑さの中から、教科書では学べない社会の影の部分を勉強しておく必要があるためです。