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「覇権国、米国国益遂行の手段為替レート」 (武者陵司)

武者陵司のストラテジーブレティン vol.74

「覇権国、米国国益遂行の手段為替レート」
~1971 年体制の終焉、ドル一強時代の始まりか②~

武者陵司氏((株)武者リサーチ代表、ドイツ証券(株)アドバイザー、ドイツ銀行東京支店アドバイザー)

1971 年から始まった第二次戦後体制の終焉
 
戦後体制は 1945 年からの 36 年間と、1971 年から今日までの 52 年間に区分できる。 第二次戦後体制ともいえる現在の世界政治経済秩序の骨格は 1971 年の 2 つのニクソン ショックによって形成された。しかしそれは中国の「フランケンシュタイン」化と米 国覇権に対する挑戦によって、維持することができなくなった。世界は今ニクソンシ ョック体制に代わる新たな秩序が模索される時代に入っている。

「フランケンシュタイン」を作ったニクソンの米中国交回復、国連からの台湾追放
 ニクソンショックの第一は米中国交回復である。国連常任理事国であった中華民国(台 湾)との国交を断絶し、世界秩序の中に共産中国を招き入れた。経済発展が中国の民主 化を促し、中国がいずれ世界のリベラルデモクラシー秩序の担い手になるとの期待に 基づくこの政策は、50 年後に大いなる誤りであったことが判明した。晩年ニクソン氏 は「フランケンシュタイン」という怪物を作ってしまったかもしれない、と述懐した。 またこの日本頭越しの米中連携は、同盟国日本外交に禍根を残した。30 年後の 2003 年に明らかにされたニクソン訪中機密議事録によれば、ニクソンは「我々の政策は、 日本が経済的拡張から軍事的拡張に進むことを可能な限り抑止する」「日本が台湾独立 運動を支持することを思い留まらせる」「日本を抑制することが太平洋の平和にとって 利益になる」「日本に米軍がいなければ日本は米国に意を払わない」(10/3/2016 読売新 聞、出口治朗氏)等と述べている。中国に対する敬意と同盟国日本に対する警戒があか らさまに語られている。

米国赤字を是正しない変動相場制、本質はドル本位制
 第二のニクソンショックはドル金交換の停止である。基軸通貨ドルは金の裏付けが失われたことで、大暴落 の懸念が語られた。しかし金の縛りを離れたことで輪転機を回してのドル散布が行われたほどには、ドルの 価値は下落しなかった。図表 1 は世界の GDP に対する主要国の経常収支比の推移であるが、米国だけが唯一 最大の債務国として一手に対外債務を積み上げてきたことが明瞭である。米国は 1980~1990 年代には日本 の、2005 年以降は中国の巨額の対米貿易黒字を指摘し通貨の割安さを非難したが、自身の赤字削減の努力は なされなかった。これはドル基軸通貨体制の下での変動相場制が、非対称のものであったことを物語る。

 変動相場とは不均衡是正のメカニズムを内包している故にフェアであると信じられている。貿易赤字国の通 貨は安くなることで赤字が減る、黒字国通貨は強くなることで黒字が減るというメカニズムには説得力があ った。赤字国は通貨安になることで、輸入物価が上昇し輸入が減る、また通貨安で競争力が強まることで輸 出が増えるという理屈である(黒字国は逆)。これを根拠として、米国は為替操作の疑いがある主要貿易相手国 を監視し、時には制裁を加えてきた。かつて日本や中国は急激な通貨高を回避するための外貨介入により、 米国国債保有を積み上げたが、米国主導の国際世論はそれを為替操作、ダーティフロートと非難した。

 しかし過去 40 年間の歴史的事実は、この論理は米国だけには適用されてこなかったことを示している。本来 であれば大赤字国の米国の通貨ドルは急落し、米国の輸入物価が急騰することで輸入に歯止めがかけられな ければならなかったが、ドルの下落は限定的で米国の輸入のブレーキにはならなかった。その結果米国の経 常収支赤字は増加し続け、ニクソンショック後 50 年を経て、世界には巨額の対米債権と、米国の巨額の対外 債務が積みあがった(図表 2,3)。これこそが米国による世界に対する成長通貨ドルの供給そのものであった。

ドル散布がアジアの離陸をもたらした
 この米国の対外債務の増加、換言すればドルの散布は世界経済にとって結果オーライであった。1980~90 年 代に日本が対米輸出で経済飛躍を遂げ、1990~2000 年代には韓国、台湾、香港などのアジア NIES が離陸し、 2000 年代後半の北京オリンピック以降中国経済が高成長を遂げたが、その起点はすべてドルの散布にあった と言える。中国が世界の製造業生産のほぼ半分を担うというオーバープレゼンス、「フランケンシュタイン」 化はまさしく第二のニクソンショックの賜物であった。このドルの垂れ流しシステムこそが現代のグローバ リゼーションの本質と言える。

日中不動産バブルの遠因はドル散布にある
 
なお付言すればこの対米黒字の積み上がりが、日本や中国における通貨の過剰供給をもたらし、その後の不 動産バブル形成の原因になったことも銘記されるべきであろう。図表 4、5 は日中の対外経常黒字(対 GDP)と家計債務(対 GDP)の推移を示したものであるが、日本、中国ともに、両者の連動性がうかがわれる。

ドル散布は米国消費の底上げと産業構造高度化をもたらした
 
ドル散布は米国国内でも機能した。図表 7 に米国の輸入依存度の推移を示すが、1970 年代初頭のニクソンシ ョックまでは 10%にとどまっていた米国の財輸入依存度が 2010 年以降 8~9 割に達している。かつて衣料品 も TV も自動車も大半を国内で作り自給自足体制であった米国経済が大きく開放化したのである。これにより 太宗の製造業の空洞化か進んだが、それは IT、サービスなど新たな産業と雇用の勃興によりカバーされた。 別の観点から見れば、米国製造業の空洞化が米国での産業構造の高度化を推し進めたともいえる。

米国消費もこれによって増加した。1970 年代初頭米国消費の GDP に対する比率は 60%であったが 50 年後の 2023 年この比率は 68%へと大きく上昇した。安価な輸入品により米国消費者の実質購買力が押し上げられた ことが 寄与している(図表 8)。

米国経常赤字は縮小していく
 このニクソンショック体制下でのドル供給に変調が現れ始めた。第一に米国での財の輸入依存度が 8~9 割に 達し、もはや目に見えるモノの収支である財貿易赤字は限界に達した。今後の米国輸入は経済成長に見合っ たごくマイルドなものになるだろう。第二に米国のサービス・所得収支(=目に見えないモノの国際取引)の黒 字が、大きく増加していくと推察される。よって米国経常収支の赤字は減少していく(図表 6 参照)。それはド ル供給のブレーキとなり世界的為替需給をドル余剰からドル不足へと変化させ、ドル高、ドル一強時代を開 いていくのではないだろうか。

世界最大の成長市場サイバー世界での米国の圧倒的プレゼンス
 世界経済の最大のブライトスポットはアジアでもグローバルサウスでもなく、国境のないサイバー空間であ る。この急速に発展している知の塊である サイバー空間、インターネット・AI 等の分野において、米国は世 界需要をほぼ独占し、その利用料金を釣り上げている。欧州や日本はインターネットプラットフォーマーの 独占にペナルティーをかけようとしているが、代替供給者が自国に存在していないのであるから、無駄なあ がきである。年初来の米国 S&P500 株価指数推移を見ると荒野の 7 人、The Magnificent Seven をもじった GAFAM+NVIDIA、TESLA の年初来株価上昇率は 5 割に達した。他方残りの 493 社の株価はほぼ横ばいで ある。これをバブルと見るか、新産業革命推進企業の台頭と見るか。米国市場に最も明るいセクターとそう でない普通のセクターが混在していると考えれば、この格差は当然であろう。

 これまで検討してきた米国経常収支の改善に加えて、イノベーションの母国米国の経済成長率が他国を凌駕 し始め、それによる高金利が米国への資金集中を促進し始めた。となるといかにして世界に成長通貨である ドルを供給できるのか、という問いが重要になってくる。今後の世界に対するドル供給のチャンネルとして 今までの輸入代金に代わって、米国からの投資と融資のウェイトが高まるだろう。それは覇権国米国の立場 を強めるものとなるだろう。そうしたことの結果起きるドル高は、覇権国米国の財政力を強化し、世界秩序 の再構築の推進力となるという仮説が成り立つ。

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■武者 陵司
1949年9月長野県生まれ。1973年横浜国立大学経済学部卒業。大和証券(株)入社、企業調査アナリスト、繊維、建築、不動産、自動車、電機、エレクトロニクスを担当。大和総研アメリカでチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長を経て、1997年ドイツ証券入社、調査部長兼チーフストラテジスト。2005年副会長就任。2009年7月(株)武者リサーチを設立。
 
■(株)武者リサーチ http://bit.ly/2x5owt