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バングラデシュの日本式高級老人ホーム(小島正憲)

小島正憲のアジア論考

バングラデシュの日本式高級老人ホーム

小島正憲((株)小島衣料オーナー)                                   
                                                            

「バングラデシュのダッカに日本式高級老人ホームがオープン」という記事を本で読んだので、さっそく視察に行ってきた。

その老人ホームは、ダッカから東へ車で30~40分ほどの場所にあった。街中を抜け、ひたすら田畑や林の中を車で走っていくと、突然、高層マンションのような建物群が現れた。それがお目当ての老人ホームだった。

私は、その豪壮さに驚き、おそるおそるゲートをくぐった。場違いのところに来たよう気がしたからである。だが、代表者が玄関ホール前まで出迎えてくださり、にこやかに挨拶してくださったので、心が落ち着いた。(なお、この老人ホームの代表者は、日本の東大医学部卒の外科医で、バングラデシュへ帰国後、病院などの創設などに携わり、現在では10社以上のトップを務めるProf.Dr.Sarder A.Nayeemである。現役医師であり、社長であり、理事長でもある。だから、以下、代表と書かせていただく)。

その後、代表自らが、すべての施設を案内してくださり、私の質問にも丁寧に答えてくださった。情報では、昨年12月20日にオープン式典が行われたということだったが、実際には、まだ内装や外周の工事が大急ぎで行われていた。それでも、エレベーターなどは完成しており、全様を視察するのに支障はなかった。なお、代表の話では、あと1か月ほどで完成するということであった。

当初、私は、この情報に懐疑的だった。まず、情報元の本に老人ホームの名称や住所が明示されておらず、うさん臭く思ったからである。次に、このような高級マンションのようなところに、低所得のバングラデシュ市民が絶対に入れないと思ったからである。さらに、イスラム教徒は家族愛が強いので、老人をホームに入居させることには抵抗があり、最後まで自宅で家族が見守るはずだと確信していたからである。

だが、代表に連れられて現場をくまなく回り、詳しく説明を聞くうちに、私の先入観が大きな間違いだったことがわかった。以下に、この老人ホームの概要を記し、その後に、私が行き着いた結論と感想を書いておく。

≪概要≫
・正式名称:Japan Bangladesh Friendship Retirement Homes&Hospital
・代表:Prof.Dr.Sarder A.Nayeem
・8階建てが7棟でそれぞれの最上階はホスピス。食堂、話室、図書室、娯楽室、IT室など完備。
・個室は2LDK(65~70㎡)で、全部で約250室。夫婦で入居可。ヘルパーさんの居住も可。
・病院が2棟(地域の人も通院可)。
・散歩用庭、競技用グランド、プールなど併設。
・総工費は約25億円。
・個室分譲型で、1室:約1000万円。すでに150室が販売済み。あと2~3か月で完売予定。なお賃貸も可。
・食費や共益費などは、実費を支払う。1人月額10万円程度か?

≪結論と感想≫
①.住所などが明記されていなかったのは、代表がバングラデシュにおける著名人で、老人ホームの住所などは自明のことであり、わざわざ記す必要がなかったということだったのである。
②.代表の話によれば、「この老人ホームの購入者は、欧米や日本へ出ていき、そこで大儲けし、バングラへ帰る気がない人たちで、彼らが国に残った両親のために買うのだ」という。つまり、この老人ホームは、バングラデシュ一般市民向けではなく、バングラデシュ富裕層のための高級老人ホームだったのである。  
③.日本でも、最近、高齢者をめぐる家族観が大きく変わりつつあるが、バングラデシュでも、「子どもが両親を最後まで家族で見守る」というイスラム教の家族観が、一部の富裕層の中で変化しつつあるということの反映。
④.  残念ながら、この老人ホームはとても高額であり、私が企図している「日本の年金生活高齢者の移住受け入れ」などの話は、まったく言い出せなかった。
⑤.やがて、日本式介護を学んだバングラデシュ研修生たちが、帰国後、この老人ホームに勤め、日本式介護を定着させるだろう。そのときにまた、視察させてもらいたいと思った。
⑥.なによりも、代表の「ニッチなところに目をつけ、事業を成功させる一流の経営者的能力」に驚いた。  
⑦.応接室に掲げられていた老人ホーム設立メンバーの写真の中に、下記の井筒氏の写真も掲げられていた。  

※参考文献
「外国人介護人材活用」  
井筒岳著  幻冬舎  2024年10月20日

帯の言葉 : 「日本の介護人材不足を救い、将来は母国で、介護のプロフェッショナルとして働ける仕組みを構築する」

著者の井筒氏については、
「日本で育成した外国人のスタッフが母国でも活躍できるよう、海外での医療施設や老人ホームの設立なども手掛ける一方、国内では“良き医療とやすらぎの環境”の理念のもとに長年にわたり地域に根差した病院や介護福祉施設の経営をしてきた。近隣の医療機関や介護福祉施設などと連携を取りつつ地域医療に尽力し、2017年には東北地方の民間医療機関で医業収益1位となっている」
と紹介されている。

また、井筒氏は本書で、
「私が取り組んできたグローバル循環型の介護人材活用が日本の介護現場の慢性的な人手不足解消の突破口になる」
「介護業界の苦境の実質的なピークはこの10年だろうと私は予測しています。その後、慢性期医療や介護の国内ニーズは減っていき、なんの手も打ってこなかった病院や介護施設は経営が成り立たなくなるところもたくさん出てくるはずです。この10年の間に海外人材の活用を進めると同時に、積極的に海外へ介護事業を展開していくことは、日本の病院や介護施設の生き残りのための一手でもあります」
と主張している。おそらく、介護業界の人で、このような長期予測を立てている人は皆無だろう。慧眼である。

さらに驚くことには、井筒氏は、
「2024年12月20日にバングラデシュで老人ホームをオープンすることになりました。本来はミャンマーに最初につくるべきでしたが、ミャンマーの情勢不安があり、隣国であるバングラデシュにつくりました。いずれはミャンマーにもつくる予定です。日本で介護の技術を身につけた外国人スタッフが母国に帰って働けるようにすれば、日本の高い介護サービスの質をそのままに提供することができるからです。さらに、バングラデシュの施設と私の施設で3か月交替の交換留学実習を行う計画を立てています」
と書き、立派な建物の外観写真を載せている。

私は、さっそく、それを見に行くことした。ただし、残念ながら井筒氏の構想の中には、それらの施設で、「日本人高齢者を受け入れる」ことは想定されていない。

 

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  小島正憲氏 (㈱小島衣料オーナー )
1947年岐阜市生まれ。 同志社大学卒業後、小島衣料入社。 80年小島衣料代表取締役就任。2003年中小企業家同友会上海倶楽部副代表に就任。現代兵法経営研究会主宰。06年 中国吉林省琿春市・敦化市「経済顧問」に就任。香港美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表、中国黒龍江省牡丹江市「経済顧問」等を歴任。中 国政府外国人専門家賞「友誼賞」、中部ニュービジネス協議会「アントレプレナー賞」受賞等国内外の表彰多数。