単純なマクロ政策だけでは
物価を上昇させられない
CPI(消費者物価指数)で測った日本のインフレ率は90年代半ばにマイナスになり、デフレの時代に突入した。1930年代にアメリカで起きた大恐慌では毎年10%ほど物価が下落したが、今の日本のデフレ率は前年比マイナス1〜2%程度で、世の中を混乱させるほどのものではない。デフレとしてはマイルドだが、20年以上も持続している点が特徴である。90年代後半に政府や日銀が心配したのは、デフレと景気低迷が悪循環するデフレスパイラルに陥ることだった。当時はもっと激しいデフレが起きるのではないかと懸念されたが、幸いそうはなっていない。
私が立ち上げた東大発ベンチャー企業のナウキャスト社は、日本経済新聞社と共同で、POSデータを利用した日次物価指数を提供している。そのデータを活用すれば、消費財を製造・販売する企業ごとの物価を計測することが可能だ。対象となる約5000社のうち、日銀が目標とする2%の物価上昇を果たした企業数は、アベノミクスが始まる直前の2012年末には10%程度だった。その数はその後徐々に増え、ピーク時には4割ほどの企業が目標をクリアしている。日本経済は依然としてデフレから脱却できずにいるが、この分析結果を見る限り、アベノミクスはまったく効果がなかったわけではないということになる。
製品価格を上げている業種で代表的なのは、輸入素材を加工して販売する食品メーカーだ。これはアベノミクスの影響で円安が進んだ結果だと思われる。一方、売価を下げている企業はまちまちだ。その1つがビールやビバレッジメーカーで、過当競争による値崩れが原因だと考えられる。日用雑貨もドラッグストアによる安売りの影響で値下げしているし、大手流通企業のプライベートブランドも価格を下げている。このように個別の事情を抱える業種は、国のマクロ経済政策とは関係なく安売りを続けざるを得ない。こうした企業も含めて全体の物価を上げるには単純なマクロ政策だけでは不十分で、過当競争が激しいならそれを改善する方策を立てるなど、ミクロ的なアプローチが必要だ。