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「長時間労働是正は不発に終わるのか」(神田靖美)

【ニュース・事例から読む給料・人事】
第11回「長時間労働是正は不発に終わるのか」

神田靖美氏 (リザルト(株) 代表取締役)

■「過労死ライン」が合法ラインに
 
政府の「働き方改革実現会議」が設置されて1年が経ちました。国際的にみても例外的に長い労働時間と、やはり例外的に低い法定最低賃金に、とうとうメスが入れられる時が来たかと思いましたが、ここに来て雲行きが怪しくなってきました。
 
「実現会議」は9月、時間外労働(法定労働時間を超える労働と法定休日における労働)の上限を「繁忙期の平均で月80時間、最大で1か月100時間」とする法案をまとめました。

「平均80時間、最大100時間」というのは、厚生労働省が「これを超えて働かされていた人が脳や心臓の疾患にかかった場合、業務が原因であると判断する」として設定した「過労死ライン」とまったく同一です。過労死ラインぎりぎりの時間外労働が合法ということになります。これでは「改革」という名に値しないと言わざるを得ません。

■日本はいかに長時間労働志向か

現状の法律では、賃金さえ払えば、時間外労働を命じることに特に上限はありません。厚生労働省の告示で「1週15時間、1か月45時間、1年360時間」などの限度時間が設けられているものの、労使間で「特別条項つき協定」を結べば、これを超える労働を命じることも可能であり、上限時間は事実上ありません。法案は青天井である上限時間をさすがに青天井ではなくするだけのものです。

ちなみにフランスでは、時間外労働の上限は、日本の基準を適用すると、つまり1日8時間超あるいは1週40時間超の労働を時間外労働として計算するものとすると、1か月35時間です。しかもその35時間をどのように配分しても良いわけではなく、労働時間(時間内+時間外)の上限は1日10時間、1週48時間と決まっています。これを超える労働を命じると罰金を課せられます。日本の労働時間規制がいかに長時間志向であるかがわかります。

■長時間労働の源流は明治に

日本がここまでして長時間労働を保護するのには、歴史的な経緯があります。

明治の産業勃興期には、こんにちの労働基準法のような、労働条件を規制する法律がありませんでした。1911年に労働基準法の源流となる工場法が制定されましたが、これが定める労働時間の上限は「1日12時間、休日は月2日」でした。

当時のILO(国際労働機関)条約の基準は「1日8時間、1週48時間」でしたから、これを大幅に上回っています。そのうえこの規制が適用されるのは女性と15歳未満の年少者だけであり、15歳以上の男性には規制がありませんでした。違反に対する監督も不徹底なものでした。

戦後になって労働基準法が制定され、ILO条約なみの労働時間が法定労働時間として定められましたが、今度は「労使協定を結べば、これを超えて働かせても良い」とする抜け穴が付け加えられました。

日本は他の先進国に比べて、法律そのものが長時間労働に対して寛容である上に、監視制度も緩やかです。ILOは、先進国では労働者1万人あたり1人、新興国では労働者2万人あたり1人の労働基準監督官がいることが望ましいといっています。

実際、EU諸国はほとんどこの基準に達していますが、日本は16,000人に1人の割合ででしかありません。むしろ新興国に近い水準です。これは、労働法制を過度に厳しくすると、倒産や解雇が増えて、かえって労働者のためにならないという考え方に由来します。

長時間労働をこれほど保護してきたのに、上限時間を急に他の先進国並みにするということは現実的でありません。せいぜい可能なのは、100時間になろうとしている上限時間を段階的に短縮させて、何年かかけて40時間程度まで持ってゆくことくらいでしょうが、今のところそういう案さえ浮上していません。
長時間労働の是正は不発に終わるというのが、私の予想です。


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神田靖美氏(リザルト(株)代表取締役)

1961年生まれ。上智大学経済学部卒業後、賃金管理研究所を経て2006年に独立。
著書に『スリーステップ式だから成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)『社長・役員の報酬・賞与・退職金』(共著、日本実業出版社)など。日本賃金学会会員。早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。

「毎日新聞経済プレミア」にて、連載中。
http://bit.ly/2fHlO42